怪獣たちの眠る場所3
――――――――…


「おい、起きろ。」


『……んぅ、まだ眠いわ……』





「当然だ。……起きないのなら、君の相棒ラスクが本の下敷きになるが?」







ナルの言葉にサヤは飛び起きた。急いでソファーを見ると、黒蛇の真上には分厚い本。そして、それを持つナルは無表情だった。サヤは驚いて顔を青ざめる。



『ちょ、ちょっと止めてよ!ラスクをイジメないで。ナルの鬼畜、鬼、悪魔!』


「……。魔女には言われたくはないな。」







ため息をはきながらナルは本を本棚に戻す。最近、ナルはサヤの扱い方を心得てきたらしい。サヤは悔しそうに唇を噛み締めた。





『もう少し寝かせてくれたっていいじゃない。昨日帰ったの、夜中の3時よ?』


「奇遇だな。君に叩き起こされた僕も夜中の3時だ。」


『……貴方のキスが私にとって必要不可欠なんだもの。』


「魔女の性質か?」


『いいえ。私の性質よ。』


「それを世間一般では変態と呼ぶらしい。」


『失礼ね。ところで用は何?』


「あぁ、今日の夜の調査には僕も同行することにした。」




ナルは資料をサヤに渡すと、ベッドに軽く座って腕と足を組んだ。


『……。そう、また随分と勝手ね。』

「いいから資料を見ろ。」


『はいはい。』




サヤは資料を読んでいく。ペラリ、ペラリ…と紙をめくっていくうちにサヤの表情が険しくなっていった。



『……なるほどね。どうやって調べたの?』


「簡単なことだ。」


『ふーん。女の子の涙にほだされちゃった?』


「……。」



ナルはそっぽをむき、それを見たサヤはクスクスと笑う。




『素直じゃないのね。でも、これでこの件は解決するわ。あ…もしかして、だからナルも今日は同行するの?』


「あぁ。」







――――――――…



夜中、例の雑木林近くに車を止めると、ナル、リン、麻衣、サヤ、ぼーさんが降りてきた。そしてそこには、未愛の他、母の麻子、弟の忠士…とブスっと不機嫌そうな男。


さらに、少し離れた所で玉井と玉井明男の未亡人のしのぶもいた。
リンが運ぶ大掛かりな機械装置に、彼らは目を丸くするが何かを質問しようとする前に、ナルは一歩前に出ると簡単な自己紹介を始める。




「はじめまして。SPR所長の渋谷一也です。では、皆さん空き地の方へ。」







ナルが一同を連れて、空き地の崖の手前まで移動を始めた。
ナル以外の麻衣、サヤ、リン、ぼーさんは各々ケーブルやマイク、赤外線カメラなどを運びながら移動のためナルを先頭とする一団からは少し離れた場所にいる。




「ね…サヤ。どうしてナルがここに?」


『彼、あれでもこの件について調査してたみたいよ。』


「え、マジ!?ナルが!?」


『あまのじゃくよね。』



ギロリと先頭を歩くナルに睨まれて、仕方なく麻衣とサヤは口を閉ざす。丁度崖辺りまで来ると、並木雄介が不機嫌そうに口を開いた。









「何だって引っ張りだすんだ。うちは迷惑してるんだ。」



「よく分かっています。」






雄介の言葉に、ナルは仏頂面のままツラツラと述べる。ケーブルを繋ぎながらそれを横目で見ていたサヤはクスクスと笑い、麻衣はオロオロと冷や汗を流していた。







「まぁ。――もしかして、玉井先生の奥様?」



そんな空気を壊したのは麻子だった。しのぶを見て、麻子は目を見開いている。





「あ……。並木さん、ですね。」



「まぁ、こんな所で……。」





「お母さん、知ってるの?」





未愛の言葉に麻子は頷く。





「だって――忠士の担任だった玉井先生の奥様よ。」


「へぇ。」


「弟が君の担任だったのか?」





玉井は忠士に言ったが、忠士は聞こえないふりをしてそっぽを向いていた。






「未愛さんからは引っ越して来られたことを聞いていたのですが、もともとお近くにお住まいだったようですね。」





ナルの言葉に麻子は頷いた。




「えぇ。このすぐ隣の町で、玉井先生、丁度うちの子の担任のとき、亡くなられて……」




「ナル、それって何か関係あるの?」



「ナル、もうじきです。この崖の辺りの温度が急激に下がっています。」


「あぁ。」





ヘッドフォンを被っているリンが画面を見ながら知らせると、ナルはリンの言葉に頷く。ナルにアッサリと無視されてふて腐れている麻衣をサヤが慰めていた。


空気がヒヤリと濡れたようになってくる。





「何かくるぞ!」





ぼーさんは焦り声をあげた。





「僕――帰る。」





忠士が言う。青くなって、傍目からも分かるほど震えていた。





『もう遅いわね。』





サヤが崖の上を見上げて呟くと同時にドドド……と大勢の足音が聞こえた。


《殺せ!》


《殺せ!》


《やっちゃえ!》


いくつもの声が聞こえてきた。






「お分かりですか?――よく聞くと分かります。あれは子供の声なんです。」





ナルの言葉に玉井は頷いた。





「怒っているというより、はやし立ててるようだ。」



《殺せ!》


《突き落とせ!》


と言う音がして――。


《アーーッ!》という叫び声。



何かがシュッと空を切って落ちて来ると、地面にドスンと衝撃があり、砂埃が立った。誰もが息をのんだ。――その地面の上に、しだいに姿が――エビギラスの姿が浮かび上がってきたのだ。





「これって……もしかして――主人が?」





しのぶが震えて、細々と声を出す。ナルは真っ青になって母親にしがみついている忠士の方へと向かった。サヤもそれに着いていく。ナルはしゃがみこむと、ジッと忠士を見つめた。







「忠士君。君は知っていたはずだ。担任の先生が〈ミラクルマン〉の脚本家の弟であったことを。」





「……話して……くれたんだ。僕が〈ミラクルマン〉の本を見ていたときに。」





「そう。それで、先生に頼んだ。エビギラスの格好をして見せて、と。……玉井さん、明男さんはテレビ局にエビギラスの衣装を借りに来ていたんじゃないですか?」





「あ、そういえば。今朝方スタッフと共に衣装を捜したんだが見つからなくて――うっかりしてた。明男に頼まれたんだよ。エビギラスの衣装を写真に撮らせてくれと。」






『きっと、明男さんはその時にしばらくエビギラスの出番はないと聞いて、すぐ返すつもりでそのゴムスーツを持ってきちゃったのね。』






玉井とサヤの言葉にしのぶはそういえば…と呟く。





「運動会の仮装大会のことなんですけど…主人は、うちのクラスは本格的にやるんだって張り切ってました。」




未愛は忠士を見る。




「じゃあ……あんたたちが、先生を突き落としたの!?」

「違うよ!先生が勝手に落ちたんだ!」


「忠士――」







「僕達……他のクラスの子に見られないように、この山の中で稽古してたんだ。――先生が逃げるのを追いかけて……そしたら……先生、落っこちちゃったんだ。」





「まぁ……どうして黙ってたの!」





麻子は呆然とした後で声を荒げる。忠士はビクリと身を小さくした。










「だって……死んじゃったんだもん。怖くなって……。みんなで、黙ってようって決めたんだ。」





「だけど、警察はなんて言ってたんだ?」





ぼーさんはしのぶに尋ねる。





「警察は自殺だろうと……でも、遺言一つも残していませんでしたし……ましてや衣装なんか……。」





麻衣は忠士の前にしゃがむと優しく聞いた。



「忠士君、ゴムスーツはどうしたのかな?」


「脱がして……森の中に捨てた。」





しのぶはゆっくりと立ち上がったエビギラスの方へ、「あなた!」と呼び掛けた。その怪獣は、ゆっくりと足を運ぶと、麻子にしがみついている忠士の方へと手を伸ばす。




咄嗟にぼーさんが忠士を庇おうと前に出るが、それをサヤは引き止めた。





「ごめんなさい!」


忠士が悲鳴を上げる。




「ナル、ぼーさん!忠士君が!?」



「麻衣。大丈夫だ。彼は忠士君を恨んではいない。」





ナルの言葉を肯定するように、エビギラスが、エビの頭をゆっくりと縦に振った。そして、ハサミの先で忠士の頭をそっと撫でる。





『彼は本当のことを知ってもらいたかったのね。自殺じゃなかったんだって。』


「あなた…」




しのぶが歩み寄ると、エビギラスは何度も頷いて見せた。そのまま怪獣の姿が薄れていく。



「願いが叶ったんだ。成仏するな。」


ぼーさんの言葉にしのぶは愕然とした。





「そんな……。もっともっと、私のところへ出てよ!あなた!」




エビギラスがしのぶの方を向いて、大きなハサミを振る。そして――フッと空中へ溶けるように消えてしまった。











「いなくなりました。これで二度と現れることはないでしょう。」







ナルの言葉に皆シーンとなり、ただひとりしのぶだけが啜り泣いている。






ぼうさんは忠士のそばにきてしゃがみこむと、忠士の頭を撫でた。それから忠士の目を見つめて言う。



「本当のことを言えば、もう怖くなくなるぜ。明日は、お母さんと一緒に警察へ行って、本当のことを話すんだ。」













「馬鹿らしい!うちの子がどうして警察へ行かにゃならんのだ!」

雄介が怒鳴る。


「あなた――」


「何も悪いことなどしとらん!大体、こんなインチキくさい見世物など……」


「おいおい、おっさん――」


雄介の言葉にぼーさんが立ち上がろうとした時、それよりも先に未愛が雄介の前に立ち塞がった。









「お父さん、間違ってる。」


「何だと?」


「お父さん、間違ってる!」








未愛の目に涙が光っていた。麻衣は未愛の肩を支えると、キッと雄介を見上げる。







「おじさん。人が一人死んだんだよ?…父親なら、忠士君がちゃんとそのことを考えるようにするべきじゃないの!?」





同じく涙を浮かべた麻衣の頭をぼーさんはポンポンと撫でてやった。雄介は真っ赤になって娘と麻衣を睨んでいたが、明らかにぶが悪いと悟ったのか、やがて家の方へと大股に歩き去っていったのだった。

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