真選組っ!
―――――…
とにかく俺はガキを連れてようやく屯所に帰ることができた。
そう“ようやく”だ。
とりあえず、近藤さんに説明するために局長室にガキを連れていこうと屯所内の廊下を歩いていく。その一方で、廊下の反対側から総悟が何食わぬ顔で歩いてきていることに気づいた。
「あ、土方さんおかえりやさい、今帰ったんですかィ。これまた、随分と遅かったですね。」
「総悟、テメェー逃げやがって。」
「何のことだか俺にはさっぱり。それよりどうしたんです?土方さん真っ黒でさァ。副長のくせに攘夷浪士にでも襲われたんですかィ?副長のくせに。」
「…オマエ知ってただろ。知ってたよな!?しらばっくれやがって。…なんだこのガキ。触れるだけで嫌がって…挙げ句電撃だぞ!?」
「チッ、生きてたか。…さぁ、オレは絶縁体の手なんで、気付きませんでした。」
「今とてつもなくオマエの腹黒さが見え隠れした気がしたんだけど!つーか、テメェー普段どんな腕してんのォォ!?」
実際、ここに来るまで俺はガキとは手をつながなかった。いや、正しくは手をつなげなかった、だ。ガキのわりに整った顔立ちをしてると思ったら、いきなり電流が流れだして…って、んなガキと手なんざつなげるか!!命がいくらあっても足りやしねーと、そんなことを一人悶々と考えていると、急に局長室の戸がスッと開いた。
「おお!トシ、やっと帰ったか。遅かったな!…ん?なんだこの可愛いお嬢ちゃんは?まさかトシのこさえたガキか?」
「真顔で恐ろしいこと言ってくれるな、近藤さん。」
「そうですぜ。土方さんのガキが、こんなに瞳孔が小さいわけがねーでさァ。」
「テメェは少し黙ってろ。そいつは迷子だ。仕方なく連れてきちまった。」
近藤さんがそうかそうか、と笑いながらガキを抱き上げようとする…ってオイオイ、これやばいんじゃねぇーか?
「近藤さ…」
「近藤さん、うかつにそのガキに触れたら危ねェですぜ。嫌がってその体から電気が流れてきまさァ。」
「…オイ、総悟、やっぱテメェー知ってたじゃねェか。」
「あ、やべェー。」
「“あ、やべェー”じゃねェェ!!」
「オイオイ、二人とも何言ってるんだ?
…電気なんて流れてないぞ?」
今にも刀を抜こうとした俺は、ぴたりと止まり(それは総悟も同じだったが)一斉に近藤さんの方を向いた。
抱き上げられて、キャッキャッ!!とはしゃぎ始めるガキに近藤さんは口元を綻ばせている。傍目から見れば、親子と言っても通じるような光景だった。
「そーか、そーか!お嬢ちゃんはほたるちゃんって言うのか!!」
「…総悟、あれはどういうことだ?」
「近藤さんをゴリラとでも思ったんじゃないですか?」
「あー…ゴリラな。すると何か?俺らはゴリラ以下か?」
「違いまさァ、土方さんだけですぜ。俺はあのガキ、ちゃんと手なずけやしたから。」
そういうと総悟は何食わぬ顔でガキに触れる。
しーーんと静まり返る廊下は、何も起こらなかったことを示していた。
『そ、ご!そ、ご!』
「ほら、トシ!電気なんて流れないじゃねェーか。いやーそれにしても総悟良いなー、もうほたるちゃんから名前呼んでもらったのか?」
総悟が真顔でピースをしてくる。何アイツのどや顔、めちゃくちゃ腹たつんですけど。誰がここまで連れてきてやったと思ってるんだ。
「お前、ほたるって言うんですかィ?
この人は近藤さん又はゴリラでィ。」
『こん……ら――ゴリ!』
「エェエエ!!ほたるちゃん、今近藤って言うとこだったよね!?なんでゴリって言っちゃったのォォ!?」
『ゴリ…ゴリ!』
ほたるはキャーキャーはしゃぎながら近藤さんのひげをいじくり始めていた。痛い痛いと苦笑しながらも、近藤さんが止めさせないところを見る限り、満更でもなさそうだ。
「ほたるは近藤さんの髭が相当気に入ったみたいですねェー。どうですか?ほたるの親が見つかるまで屯所で世話するってェーのは。」
「総悟の言う通りだ。ほたるちゃんは親が見つかるまでここにいるといい!!俺たちゃ、歓迎するぜ!」
「…ちょっと待ってくれ、近藤さん。仮にもここは真選組の屯所だぜ?ガキなんて世話する余裕なんて…」
「…なんだ、トシは不満なのか?」
「…不満つーかよ。」
「プフー、土方さんだけほたるに嫌われてるからいじけてやらァー。大人気ないですぜ?」
「テメェは黙ってろ!」
「まぁまぁ、トシ、江戸の住民を守るのがオレたちの仕事だ。ほたるちゃんも江戸の住民。それを保護するのは悪いとは思わんがな。」
「だけど、近藤さん!」
「いいじゃねーか、ほたるちゃんに日頃の疲れを癒してもらうッつーのもよ。ほら、ほたるちゃん可愛いぞ!」
そう言いながら、近藤さんがほたるをこちらに向けてくる。総悟が近藤さんの後ろでニヤついているのがわかった。
アイツ、マジ斬ろうかな。
覚えてろよ総悟のヤロー。
「……ほら、トシ。」
近藤さんはどうしても俺にほたるを抱いてもらいたいらしい。キラキラした目をこちらにむけられれば、さすがの俺も断ることができなかった。
「…クソ」
俺は観念して手を差し出すと次の電撃に備えて眉をひそめた。そして、ほたるの体とオレの手が触れた瞬間――――
しーーん。
ずしりと命一個分の重さと暖かさが両手にかかる中、今だに電撃はこない。総悟が心底つまらなそうな顔をしていた。
「…な、可愛いもんだろ?」
「…ア、アア。」
確かに俺を見つめてくるつぶらな瞳はどこまでも真っ直ぐで、少しも汚れていない。それどころか先程と違って、俺を頼るかのように隊服を握る小さな手までもが、とたんに愛しくなった。
…近藤さんが言ったこともあながち間違いじゃねぇーなと思った瞬間だった。
「ほたる、俺は土方…」
「ほたる、その人はマヨでさァ。今度からマヨって呼びなせェ。」
…ちょっと待てぇぇ!!
「誰がマヨだコラ!土方…」
『マヨ、マヨ!』
「あららー、気に入っちゃいやしたね。
ご愁傷さまでさァ。」
「誰のせいだ、誰の!」
『マヨ、マヨ!』
とたんにほたるが飛びはねんばかりに俺の腕の中で動き回った。そのせいでバランスをくずしほたるを落としそうになる。
……もちろん、そんなことはしねェーが。
「うぉ!コラほたる、あんま暴れんじゃねェー!!ここっから叩き落とすぞ!」
『マヨーマヨー』
あまりにも誇らしそうに言うほたるに総悟は満足そうにしているが、俺は口元をヒクつかせることしかできなかった。
夕暮れて明るく輝く、真選組屯所の廊下は、近藤さんの豪快な笑い声が響き渡っていた。
2008. 8.28