目を瞑ると目は合わない

 赤井の死後(仮)、色々なことがあった。バーボンという組織の探り屋が、赤井の死を不審に思い、同じ組織の変装の達人と協力して赤井の姿で関係者に接触があった。それと同時に、安室透という探偵が毛利小五郎に感銘を受け弟子入りを志願、事件があれば同行し、それ以外は毛利探偵事務所の下にある喫茶店でアルバイトをしたり。
 その安室透がバーボンであり、赤井の死を利用しつつシェリー殺害を試みたミステリートレイン。パスリングの入手が困難だったため恵は同行しなかったが、代わりにコナンの知り合いが幼児化した哀の代わりにシェリーとして死を偽装したそうだ。



「(困った…どうしよう)」

 上記の経緯もあり、隠密行動が得意な恵はバーボンの尾行を行っていた。そして、コナン達より先に知ってしまったのだ。彼が恵自身と同類であることを。
 バーボンの後を追っていれば、ちょこちょこ生真面目そうな男と接触している。そして彼は警察庁にも出入りする人間で、名は風見というらしい。そして風見から彼はバーボンでも安室でもなく、降谷と呼ばれていたのだ。ここまでくれば言わずもがなだ。
 黒の組織へ潜入している公安警察官。それが彼の正体だ。しかしこの事実はコナン達には教えられない。しかし、教えないでいれば、それはそれで彼らの好奇心を煽るだけに終わりそうだ。彼らの実力なら、自力で答えに辿り着いてしまいそうだった。

「(私が何しても潜入捜査の妨げになってしまう。なんとか彼らに怪しまれず手を引きたい…)」

 恵は登庁して自分のデスクでゲンドウポーズをきめ頭をフル回転させる。

「入りまーす!」
「み、雅ちゃん!!」

 なんだかんだ毎回依頼者を未詳まで連れて来てくれる正汽雅と、野々村は不倫関係にある。彼女が未詳に来る度、野々村は若い頃より太ってなかなか抜けない指輪を頑張って抜こうとしたり、左手を隠したりと忙しない。彼女も彼女で、野々村にウインクをしたりと余念がない。
 そんな茶番をいつも見せられている恵だが、今回ばかりは行幸だったこれで彼らの頼みを自然に断れる、と。いつもはただでさえ薄い影をさらに薄くしているが、今回ばかりはそそくさと粗茶を淹れてソファで待機した。

「はりきってどうぞ!」



「野宮と申します。早速ですがお話を聞かせていただけますか?」
「わっ、びっっくりしたぁ…」
「どうぞおかけ下さい。粗茶ですがどうぞ」
「あ、はい…」

 野宮の対面に座ったのは、気弱そうな中年男性だ。警察にしては独特の雰囲気のある未詳を、物珍し…不審そうに見回している。このリアクションもまあ、いつものことである。
 気弱そうな男の名は三宮さんのみや和也かずや。芸大で絵について教えているそうだ。言われてみれば芸術家っぽい感じがある。

「最近ある生徒の様子がおかしいんです。まるで、人が変わったようで…」
「どのように変わったんですか?」
「その生徒は大人しくて、繊細な子でした。ですが、ある時から非常に、なんというか、攻撃的になったんです」

 その生徒は典型的な陰キャだったようだ。それが突然、口調が荒っぽくなり、絵も繊細で写実的なタッチから、激しい印象派のような抽象的なものに変わったそうだ。態度も非常に攻撃的で、指導しても突っぱねられ、上手く描けないと物に当たるなどしているそうだ。
 優等生にありがちな、悩みなどのストレスから非行に走ったのでは、と心配されている。しかし、三宮先生は非行というのはあまりしっくり来ないそうだ。

「何か、心当たりはありますか?」
「そのぉ、彼と仲の良かった生徒が一人、少し前に退学しておりまして。退学の後に自殺したそうなんです。特に学内での様子は変わりなかったんですが…」
「友人の死をきっかけに、精神を病んでしまったのでは?」
「周りの先生方にもそう言われました…。ですが、なんとなく、気になってしまって」
「…何かあるんですか?」
「亡くなった生徒の両親によると、急な退学の前に、二人で画廊へ行ったそうなんです。それ以降様子がおかしくなってしまったようで、彼も呪いとかそういったことを言っていたと……」
「呪いの絵、ということですか」
「ははは、こんなのおかしい、あるわけないって、分かってるんですけどね」

 固い笑いをこぼす三宮に、恵は目を細める。

「美術の先生であれば、図像術はご存知ですよね」
「ええ、まあ」
「呪いの絵画というのは、存在しますよ。だからここへ来たんじゃありませんか」

 図像術というのは、絵に特定のイコンを入れ込むことにより、メッセージ性を持たせる技術だ。例えば西欧では百合は純潔を、犬は忠誠を示す。さらにそのモチーフを人物と持ち物など関連付けられることも多く、アトリビュートという。
 例えばかの有名な最後の晩餐はユダの裏切りを表している。もしこの絵画をユダ、ひいては裏切り者が見たらどうだろう。きっと裏切り者の示唆にドキリとするはずだ。このように特定のメッセージが、特定の相手に刺さることはある。
 もちろん、そのメッセージに気付かないこともあるだろう。宗教や社会風刺としての側面の強い絵画なので、書き手と同じコミュニティや知識がなければ、どんなにメッセージが込められていてもただの絵に成り下がる。三宮も同じように思っているから、きっと言い出せなかったのだろう。

「ですが、本当にそんなことあるのでしょうか?」
「現段階ではあるともないとも言えませんね。ひとまず、彼らの行ったという画廊に問い合わせてみるつもりです」

 捜査を請け負った、と告げれば、三宮の顔がぱぁと明るくなる。よろしくお願いします、と何度も密度の低くなった頭で低頭されては、仕方がない。
 さぁて、コナンくんにバーボンの調査は一時中止だと言わなければ。恵はニコニコとスマホを取り出した。

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