ひなたのまぶしさに解をもとめる
事の発端は、呪いの絵を見たことをきっかけに二人の美大生が狂ったことだった。一人は自殺、一人は精神を病んでしまった。
この二人の接点は多く、同じ大学に通う同級生ということの他に、小学生からの幼馴染で、同じ絵画教室、スイミングスクールに通っていた。同じ高校に進学し、水泳部に所属していた。高校三年生の夏、二人は関東大会に進み、メドレーリレーの選手に選出された。そこで、唯一の二年生だった柳廉が、フライングしたことにより、失格処分となり念願の全国大会の夢は絶たれた。責任を感じた柳廉は、大会当日の夜、学校に忍び込んで一人プールで練習していた所、何らかの原因で溺れた。巡視の教師が発見した時には意識はなく、低酸素脳症による後遺症で今も意識は戻らず寝たきりとなった。
「私はこの事故の背景に、いじめがあったと推測します」
呪いの絵の被害者である池宏実と牧総悟、そして柳廉。この三人の在籍していた高校に事情聴取に向かうと、まだ当時の水泳部顧問が残っていた。水泳部顧問が、事故当日、巡視していた教師だった。
恵の刑事の勘が、水泳部顧問が何かを隠していることを告げていた。
柳廉は三年生を差し置いてメンバーに選出されていた。妬みや僻みを買っていておかしくない。そして、フライングによる失格だ。いじめの動機は十分にある。だから、恵は揺さぶりをかけた。そして、水泳部顧問は引っかかった。
「事故当日、柳廉は自主的に学校に行ったんじゃない。いじめの主犯だった池宏実と牧総悟らによって、連れ出されたんだと思います。そして練習や指導という名目のいじめを受けた。恐らく、巡視の先生に驚いて、二人は慌ててプールをあがった。そして溺れて動けない柳廉を放置して学校を去り、水泳部顧問は二人の存在を隠蔽した」
幸いにも、柳廉は意識を取り戻さなかった。真実は語られることはなく、事故の真相は闇に葬られた。
これに満足できなかったのが、柳廉の母親、柳京子だ。柳京子は真相を知りたかった。そして、その手段を見つけた。
「念写のスペックホルダー。絵師としてはベアトリーチェと名乗っています。無戸籍なので本名は不明。恐らく、加賀美紗音の子どもです」
性質から推測して、対象の記憶を読み取り、その心象風景を念写する。事故の真相を知りたい柳京子によって、柳廉の記憶を読み取り本人が伝えられなかった真相を、心象風景を通じて念写した。その絵は池宏実と牧総悟にとって、消し去りたい事故の罪悪感や恐怖を想起させ、狂わせた。正しく二人にとっては呪いの絵だったのだ。
そして、その絵を二人に見せた人物。画廊を二人に紹介して、本来置いていないはずの絵を画廊に展示した人物。美大の助教授を務め二人と接点があり、画商としての一面もある人物。
「三宮和也」
三宮和也は画商でもあり、呪いの絵の展示を行っていた画廊のオーナーとも、深い付き合いだ。
「その画商が、組織とどう繋がっている?」
「三宮和也は美術品の輸出入と並行して、銃火器や薬物の密輸に関与しています。その銃火器や薬物の取り引き先のひとつに、黒の組織があります。叩いて黒の組織の勢力を削ぐも良し、泳がせもっと大きな獲物を狩るも良し。その辺りは降谷さんの良きに計らってください」
「三宮和也が深く関わっているのは理解した。だが、念写のスペックホルダーとの関わりは?」
「三宮和也は加賀美紗音の父親、加賀美蔵之介から離島と屋敷を相続しています。加賀美蔵之介は戦後、貿易で豪商と言える程の財を成した男で、離島と屋敷は後暗い取り引きのルートの譲渡でしょう」
「娘の紗音や孫には相続させなかったのは?」
「紗音は若くして事故で亡くなっています。相続できなかったのでは?孫に関しては分かりませんが、直接聞けば済む話です」
降谷はなるほど、と一応納得した様子を見せた。ちょうど車が赤信号に引っかかり、停車する。
「これが私の調べた限りの取り引き先リストとその品目です。随分手広くやっているようで、さすがに調べきれなかったので、後は任せます」
「分かった」
#nam#が資料の入ったUSBを渡し、降谷はそれを内ポケットにしまった。降谷が不敵に笑う。
「だそうだよ、コナンくん」
「、ぇ」
「野宮刑事は全てが終わったあとに、組織の弱体化とかざっくりした情報をくれるつもりだと思う。けど、それで満足するつもりはないよ、だそうだ。コナンくんからの伝言だ」
「っ降谷さん貴方、未成年をこんなことに巻き込んで良いわけが!」
ない、といいきる前に信号が青に変わり、降谷の袖口につけられた盗聴器を回収し損ねた。伸ばしていた両手が彷徨い、膝の上のカーディガンを握る。
降谷は左手でシフトレバーを操作したあと、自分で盗聴器を取って恵に渡す。恵は手のひらに落とされたシール型の盗聴器を睨み付ける。
「情報はあげた。ガサ入れの結果も教えてあげよう。でも事件の捜査はさせない。君には捜査権がないこと、分かっているね?私がバーボンの件で君の信用を損なったのと同様に、君も私の信用を損なった。それだけは覚えておくように」
それだけ吹き込み、恵は助手席の窓を開けて盗聴器を投げ捨てる。
「降谷さんも、彼が有能な人間なのは認めます。けれど、守るべき国民のひとりで、未成年のこどもなこと、忘れないでください」
「肝に銘じよう。だが、我々は公安だ。国のためになるなら多少の犠牲も厭わず、手段も選ばない。そういう組織であることを、君も忘れるな」
「……分かっています」
恵が苦々しげに絞り出した後、沈黙が車中を支配した。
「……そういえば君はどんなSPECなんだ?コナンくんはSPECに関して、全く話してくれなくてね」
「安易にSPECを語る危険性について、よくよく言い聞かせてますからね。コナンくんは賢いですから」
「それで?」
「……透明化です。私自身と、私に触れているものを、他者の意識から強制的に外すことが出来ます。
視覚の認識阻害の他に、意識すれば各種センサーの阻害も可能です」
「透明人間か。道理で簡単に尾行され、正体を掴まれるわけだ。正直、君が敵でなくて良かったと心底思う」
「私が私であることに、感謝するといいですよ」
恵が皮肉ると、降谷は軽く笑って流す。
「君は、SPECをどう考えている?」
「体の一部のように。手段や道具としては、包丁によく例えます。便利だけど使い方を誤れば自分や誰かを傷付ける」
「なぜ、SPECは出現する?」
「さあ。私も学者ではないので。ただ、人間の脳は10%しか使われておらず、残りの90%がなぜ存在し、どんな力を秘めているのか…」
「秘められた力がSPECであると?」
こくりと頷く。
「これは私の勝手な推測ですけど、SPECはスペックホルダーの強い願いや意思の具現だと考えています」
「願い、だとしたら、君は何を願った?」
「………消えたい、と」
降谷はそれ以上深堀りはしなかった。恵には何となく、降谷にも何か願いがあるのだと察した。願いを叶えるSPECの覚醒を、降谷は欲しているのだろうか。
「願いの具現というのは主観ですけどね。SPEC発現には遺伝的要因や脳科学的要因がありそうな気もしますけど、それは刑事じゃなくて学者の領分です」
「分かっているよ。君は若い割に線引きがしっかりしていて厳しいように見えるけれど、優しくて甘いんだな」
「そういうのは黙っておくものですよ」