枯れおちた花片ひとつ潰さずに

 工藤新一、もとい江戸川コナンは沈んだ顔の同級生を痛ましげに見る。
 最近都内を騒がせている連続性器切断事件。男の身としては味の竦むような事件だ。その詳細はセンシティブなので語られないものの、ニュースや新聞、週刊誌などで詳細が匂わされている。被害者は全員男性で、痴漢やセクハラなど女性関連のトラブルを起こしている。
 同級生は怪我をした父親のお見舞いに千羽鶴を作っていた。コナンも手伝ったので、一緒に届けようと誘われたのだ。事件のことも気になるし、何より親子関係が心配だった。
 同級生は自分の父親が加害者でもあることを知らない。男性の象徴を切り落とされたのも知らない。同級生にとって父親はいい父親なのだ。父親も父親で、子供には知られてないことに安堵しつつも、きっと顔向けできないと複雑な心境なのだろう。同級生は怪我のせいで元気がない、と話していたが、きっと何となくそうではないことは察している気がする。

 コナンたちが病室の前まで来て、警備の警官に挨拶をしているとドアが開いた。工藤新一の時も、江戸川コナンになってからも、捜査一課の刑事とは知り合いが多い。しかし、中から出てきたのは線の細い女性で、見知らぬ顔だった。同級生の反応からしても、母親ではなさそうだ。
 女性はコナンたちに目線を合わせて、唇の端を少しあげた。優しい顔に見えるが、瞳の奥底に何となく虚ろと言うか、何とも言えない闇を見た気がして、違和感を覚える。

「もうパパにご用事は終わったの?」

 同級生が問うた。

「うん、終わったよ。それ、作ったの?」

 女性の視線と指が、同級生が大事そうに抱える千羽鶴に向けられた。ピンクベージュに控えめなラメのジェルネイルで彩られている。刑事は必要に応じて制服やスーツ、私服と服装を変える。女性はあまり刑事らしくない、オフィスカジュアルではあるが警察官にしては華やかな格好をしていた。何より、5cm程度のかかとの細いヒールが印象的だった。
 加えて、警察官は警察学校にて訓練を積むため、普通〜少々がっしりした体格の者が多い。捜査一課の紅一点、佐藤刑事も細身ではあるが実は鍛えられていてがっしりしているのだ。それを感じさせない、あまりにも華奢な体型だった。

「お姉さん、刑事さんなの?」
「ええ、そうよ。制服とか、ちゃんとした服を着てないと警察官に見えないよね」
「刑事さんってことは、警察手帳とか持ってるの?僕ドラマとかで見たことあるよ!ねぇ、本物見てみたい!」
「いいわよ」

 女性はバッグから警察手帳を出して広げて見せる。他者へ渡してはならない規則のため、子供たちの見やすいように掲げる。

「(野宮恵…。警部補!?キャリア組なのか…)」

 警察手帳には、実は階級と名前、顔写真のみ記されていて、情報量は少ない。まだ若く見える恵が警部補であることに、コナンは驚愕した。一流大学を卒業したエリートのみがなれるキャリア組は、出世を約束されると言っても過言ではない。一般の巡査から始めた刑事がどんなに頑張っても警部が限界と言われている中で、キャリア組は警部の一つ下の警部補からのスタートなのだ。
 捜査一課の白鳥もキャリア組だったが、白鳥は良いとこのお坊ちゃんであるので何となく納得できるのだが、目の前にいる女性がエリートとは思えなかった。人は見かけによらないな、なんて思っていると、野宮刑事はそろそろ良いかな?と断ってから手帳をしまった。

「野宮刑事、ありがとう!」
「刑事さん、絶対に犯人を捕まえてね」
「絶対って約束はできないけど、約束を守れるように頑張るね。お姉さん以外にも、たくさんの刑事さんが犯人を捕まえようと頑張ってるよ」

 そう言って野宮刑事は同級生の頭を撫でると、細いヒールをコツンコツンと控えめに鳴らして去っていった。コナンは恵が、小学校一年生では習わない漢字の名前を読めたな、と感心しているとは知らない。




 壱原ハジメの聞き込みを終え、その後も被害者の証言を集めていく。彼らを無力化し、事件のことに関して口を噤ませていることは明らかだが、それがどんなスペックなのかは分からない。スペックの詳細が分からない状態で挑んでも返り討ちに遭うだけなので、今は情報を集めて整理して、頭を使うしかない。
 帰庁し、地図上に被害に遭った場所をマークしていく。ついで、彼らの生活圏を塗る。最後に彼らが自供した過去の痴漢やセクハラなどの場所も、それぞれマークする。捜査一課が頭を悩ませていたように、それぞれに共通性がなく被疑者の手がかりは薄い。

「レディ・ジャスティス…」

 そう名乗っているので、素直に考えれば被疑者は性犯罪被害者やその縁者の女性。しかし、被害者の縁者には男性も含まれる。恵は性犯罪被害者の妹を持つ男が、命がけで犯人を追っていたことを知っている。復讐の代理人の可能性もある。
 他にも、レディ・ジャスティスとはローマ神話におけるユースティティアや、ギリシア神話のディケー、テミスなど、正義や秩序を司る神のことでもある。裁判所にお馴染みの天秤と剣を手にし、目隠しをした女神像はこの女神たちなのだ。要は、裁きを下しているのか。

「野宮くん、言い忘れてたんだけど、今度新しい子が配属になるよ」
「はあ」
「京大理学部在学中に司法試験に合格したり、FBIのX-FILEの研究をしてたエリートなんだけど。野宮くんと同い年の女の子だから仲良くね」
「はあ」
「“彼女”のスカウトだよ」

 彼女というのはこの未詳を立ち上げた人物で、それこそエリートの高官だ。今は参事官だとか。
 そして未詳を立ち上げるということは、スペックを知る側の人間ということだ。人智を超えた犯罪に対抗でき、法で裁けぬ者を裁く。そういう機関の必要性を理解する、数少ない人物である。
 かく言う恵も彼女にスカウトされた側の人間である。彼女の介入があったからこそ、一部の研修勤務を免除されて早々に未詳へ配属されたのだ。

「それは、楽しみですね」

 恵は野々村にようやくまともな返事をした。

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