フェリクスくんの稽古では、周りが引くほど厳しくされて、ハンネマン先生が止めにはいる程だった。アンもメーチェも怒ってフェリクスくんを問い詰めると、フェリクスくんの言い分は、「
それを聞いたシルヴァンくんが「俺もナマエに厳しくした方がいいのかな〜?」なんて怖いことを言うので、断っておいた。あのお調子者のシルヴァンくんが私に冷たくしてきたら、フェリクスくんより怖く感じてしまうだろう。
訓練の後は皆で早めのお風呂に行った。何人かはそのままサウナに入ったけど、私はアンとメーチェと一緒に湯殿で体を温めることにした。
湯殿には他の学級の生徒もいて、三人で隅っこに並んで湯に浸かった。
「そういえばさ、ナマエの下着最近可愛くなったよね」
アンが唐突に褒めてくれた。前の下着は無地で本当に色気のないものだったから、褒めてくれたのは凄く嬉しい。
「うん。ヒルダちゃんと可愛いやつ買いに行ったの」
「あらあら〜。何かきっかけがあったの?」
「う、うん……色々あって……」
ベレト先生とローレンツくんが私のパンツをくたびれたハンカチだとか布だと形容して傷ついたのだ。先生に言われた時は別に気にそこまでだったけど、ローレンツくんに言われると、何故か凄く嫌だった。別に誰かに見せる予定は無いけれど、ヒルダちゃんに相談したら、お洒落は下着から、とヒルダちゃんが可愛い下着を選んでくれたのだ。
「色々かー。そういえば、明日は肩掛け鞄を買うの?」
「うん。背に背負ったり、手に持つよりも、肩に掛ける方が好きかな」
「そうよね〜。ナマエは両手が空いてないと転んだ時に大変だものね〜」
「えー。私、あんまり転ばないよー。でも、肩掛けの方が便利だからいいかな。アンみたいな鮮やかな色のが欲しいかな」
アンの持っている鞄は鮮やかな青色で可愛い。私も目立つ色でアンのよりも大きな鞄が欲しい。
鞄の他に街でお菓子屋さんとか石鹸屋さんに行ってどんなものを買うかで話が盛り上がった。
湯殿から出て制服を着ようとすると、籠に置いていたパンツが消えていた。他にも訓練や野外用で履いている下穿きまで無い。
「ナマエ、全裸のままどうしたの?」
「下着がないの!」
「ええ!」
「それは大変ね〜」
何度探しても見つからなくて、仕方なくパンツと下穿きのないまま制服を着たけど、落ち着かない。
「幸い寮まで近いから、スカート押さえながら歩けば大丈夫だよ」
「うん……」
アンの言う通りだけど、ヒルダちゃんと一緒に悩んで買った下着だったから悲しい。
スースーするスカートの裾を押さえながら浴室の階段を下りて寮へ向かう。
男子寮の前を通って石畳の階段を一段下りたところで、ローレンツくんが階段の下にいた。メーチェとアンは私の後ろで「あ、ローレンツ」とふたり揃って言う。
「ナマエさん、昼休み振りだな。ちょうど、話がしたいところだったんだ」
「ローレンツくん、さっき振り!」
手を上げてローレンツくんに手を振った瞬間、ふわりと一陣の風に吹かれた。
「わっ!」
スカートが捲れ上がり、慌てて裾を両手で押さえた。ローレンツくんの方を見ると、大きなリンドウ色の瞳をより大きくさせ、口をぽかんと開けていた。いや、まさか、そんな──
「きゃあああああ!ローレンツくん、見た!?今の見た!?」
「い、いや、ぼ、僕は何も見ていないぞ!」
ローレンツくんは頬や耳を真っ赤にさせて全力で否定するけど、絶対見てる反応だ。
「ローレンツくんの馬鹿!変態!」
「ナマエさんっ!」
くるりと後ろを向いて階段を上って、アンとメーチェの間を抜けてその場をスカートの裾を押さえながら走り去った。
「あ、ナマエ!待って!」
「ナマエ〜!どこに行くのかしら〜?」
アンとメーチェの静止を聞いている余裕なんてなくて、ただローレンツくんと合わせる顔がなくて隠れる場所を探した。とりあえず、大広間にある書き机の隅っこに座って、ドクドク脈打つ胸を押さえた。
走って鼓動が早くなってるのか、ローレンツくんに大事なところを見られてこうなってるのかわからない。昔お母さんに「好きな人の前以外では下着を脱いじゃ駄目よ?」と教えられたことを思い出した。それなのにローレンツくんに見られてしまった。もしかしたら、見てない可能性もあるけど、あの反応は間違いなく見てる。もうお嫁に行けないし、恥ずかしくてしょうがない。
「よう、ナマエ。ひとりで何してるんだ?」
これからローレンツくんにどんな顔をして会えばいいかわからず悶々としていると、通路を通り過ぎるシルヴァンくんが私に気づいて声をかけてくれた。その後ろにはアッシュくんもいて、ふたりして私の向かいに座る。こんな時に同学級の男の子に会いたくなかった。特に女ったらしのシルヴァンくんには下に何も履いていないことを見透かされてしまうような気がして、居住まいを正して、ちゃんとパンツを履いているような顔をするように心がけた。
「シルヴァンくんとアッシュくんは何してるの?」
「今からふたりで大広間にいる女の子に食事の誘いでもしようと思っててさ」
「えっ!アッシュくんと?」
「ち、違います!今から夕食を食べに行くところなんです!シルヴァンは嘘をつかないでくださいよ!」
「だよね……」
いつものシルヴァンくんの冗談だとわかると、なんだかホッとした。アッシュくんが女の子を口説くところなんて想像できないもの。
ふと前を見ると、シルヴァンくんと目が合う。シルヴァンくんは片肘で頬杖をつき、そのまま私をじっと見つめてくる。まさか、下に何も履いてないことが伝わってしまうんじゃないかと心配になって、必死でシルヴァンくんのコルク色の瞳を見つめ返した。目を逸らしたら最後、バレてしまう気がした。
「ナマエさ、なんかさっきと雰囲気変わってないか?訓練が終わった後と違うような……」
「え、ええ!?」
指摘されて、動揺して目を逸らしてしまった。流石女たらしのシルヴァンくんだ。なかなかに鋭い。
「ええ?そうですか?ああ、でも、言われてみれば……」
アッシュくんは考え込むように顎に軽く握った手を当て小首を傾げる。今度はジロジロ見てくるアッシュくんの若葉色の瞳を見つめ返せば、アッシュくんは青白い肌を赤く染めて私から目を逸らした。そんな反応をされると、まさかアッシュくんにパンツを履いてないことをバレた気がして羞恥心が増してきた。
「実は……俺に恋してるとか?」
「え?それは違うよ」
シルヴァンくんの的外れな指摘に安心した。流石のシルヴァンくんも女の子が下着をつけてないとかわからないようだ。
「ははは。違うかあ。ま、ナマエの想い人はあいつだもんな」
「あいつ……?」
シルヴァンくんの中では勝手に私に好きな人がいることになっている。そういえば、恋多き女友達がいるのに自分にはそういう浮いた話は全く無い。
「おっと、無自覚みたいだな。さてと、俺達は食堂に行くが、ナマエはどうする?」
周りをキョロキョロすると、夕飯時なのか行き交う人が多い。ここではあまり動かない方がいいかも。それにあまり男の子と一緒にいるべきじゃないと思う。
「私は暫くここにいるよ」
「その方がいいかもな。女子の嫉妬は恐ろしいからな〜。何かあったら俺を頼ってくれていいんだぜ?」
「うん。ありがとう」
「僕もナマエさんが困っていれば助けたいです。今は大丈夫ですか?なんだか、訓練後と様子が違うので……」
「えっと、大丈夫!」
流石に寮からパンツと下穿きを持ってきて欲しいなんて頼めなかった。
シルヴァンくんとアッシュくんはじゃあ、と言って手を上げたところでフェリクスくんが通りがかって、ふたりともフェリクスくんの方を向いて立ち止まった。
「フェリクスも今から飯か?」
シルヴァンくんがフェリクスくんに声をかける。
「ああ。ナマエはひとりで何をしている?様子が変だな」
「へ、変じゃないよ!」
すぐさま否定したけど、フェリクスくんまで私の顔から何か読み取ろうとするから身構えてしまう。
「アネットたちと別々に行動しない方がいい。訓練の時に言い忘れたが、護身用に小太刀か短剣は持ち歩いとけ」
「心配してくれてるの?ありがとう……」
命の危険は感じてないけど、フェリクスくんがそこまで忠告してくれるのには好感を持てて素直にお礼を言っておいた。
「別に心配しているわけでは……」
「可愛いナマエちゃんの御礼にフェリクス君は照れてるのかな〜?」
シルヴァンくんがいつもの調子でフェリクスくんを茶化す。シルヴァンくんはフェリクスくんと幼馴染といえど、怒らせると怖いフェリクスくんを平気で揶揄えるから凄い。
「誰がだ!とかく、昔から男絡みの女の争いは
「うん。そうするね」
フェリクスくんは有力貴族という出生から、平民の私よりもそういう場面に多く出会してきたのかもしれない。フェリクスくんがそこまで言うのなら、もっと警戒しようと思う。
三人が食堂へ行ってしまった後は、大広間の人通りが少なくなるのを待ちながら周りをキョロキョロしていた。人がすれ違う度に私が目をやるせいか、見られた方も私の方を見て、表情を強張らせる。不審者に思われているのかもしれない。
暫くすると、アンとメーチェが駆けつけてくれた。私を探し回ってくれてたみたいだった。
「もう!なんで走っていっちゃったの?」
「ナマエ、まだ履いてないんでしょう?早く寮に戻りましょ」
「ごめんなさい……」
ふたりが私を隠すように両隣でくっつくようにして部屋の外まで付いてきてくれた。
お昼の時に荒らされていた部屋の中は元どおりに綺麗になっていて、ツィリルくんの掃除能力の高さに感動した。明日、ツィリルくんにはお礼のお菓子を買ってこようと思う。
早速パンツと下穿きを履くと、なんとも言えない安心感に包まれた。パンツと下穿きの行方も気になるけど、あまり考えないようにしたい。でも、きっと部屋を荒らした人と同一人物なんだろうとか考えてしまう。そう思うとまた胸が痛くなってくる。こんな時はアンとメーチェと一緒にご飯を食べて、楽しいことを考えようと思う。
*
「それでね、ローレンツくんにどうやって会わないように行動するかだけど──」
「あの、ナマエさん、今大丈夫ですか?」
アンとメーチェと食堂に行ってご飯を食べてながら、見てはいけないものを見てしまったローレンツくんの避け方について相談していると、見覚えのない他学級の男の子に横から声をかけられた。
「はい?」
なんで声をかけられたかよくわからなくて、聞き返すように返事をしてしまった。
男の子は明るい茶色の髪をピシッと真ん中で分けていて、少し口角の上がった薄い唇からは気品を感じる。
「これ、寮に帰ったら読んで欲しくて」
スッと差し出されたのは手紙みたいで、とりあえず受け取った。
「ああ、申し遅れました。僕は
「あ、はい……初めまして……」
フォが多くてフォフォフォルフィーネくん、なんて呼びたくなる名前だ。
「では、僕はこれで。ご機嫌よう」
「ご機嫌、よう……?」
よくわからないまま去っていく男の子の背中を見つめた。彼が食堂を出て行くのを確認してから前に向き直ると、アンとメーチェが「何の手紙?今見て」とふたりして同じようなことを言ってきた。
「わかんない。何て書いてあるんだろう……」
ロドルフォくんは寮に帰ってから、と言ってたけど、手紙には明日陽が沈む刻に会いたいと書いてある。ふたりに見せると、ふたりとも瞳を大きくさせ、にこにこ笑う。
「きっと恋愛絡みだよ!」
「わたしもそう思うわ〜」
「えー?でも、知らない人だし……違うんじゃない?」
「ナマエは
「でも、あの教室に行く時は私が困ってた時だから慌ただしくしてるし、私って絶対貴族受け悪いよ……」
自分で言うのもなんだけど、貴族のご令嬢には何度か鼻で笑われたことがあるし、ローレンツくんにも呆れられることある。だから貴族受けが悪い自信があるのだ。
「そういうところがナマエの可愛いところよ〜」
「よくわからないけど、そう思い込んどく……ロドルフォくんかあ」
お上品な人だったけど、なんとなく、私のことをそんなに好きには見えなかった。アンにもメーチェにも言わないけど、貰った手紙は悪戯に思えた。フェリクスくんも忠告してくれたから、ここは慎重に行動しないと。