大広間から食堂に入ると、夕飯時とあって混み合っていた。噂の的になっている身であまり動き回りたくなかったけど、フェリクスくんと別れて私はアンと一緒に端から端までロドルフォくんを探した。彼はどこにも見当たらなかった。
アンと一緒に食堂の北側の出口を出て、先に外に出ていたフェリクスくんと合流した。外はもう暗くなってきていて、至る所で篝火が焚かれ始めている。
フェリクスくんとお互い見つからなかったことを報告しあっていると、ヒューベルトくんがユルゲンくんらしき人を連れてやって来た。
ユルゲンくんは赤毛の癖っ毛が特徴的な人で、首根っこを背の高いヒューベルトくんに掴まれて、口を曲げてムスッとしている。
「逃げ出さないようにこのまま捕まえておきますか?」
「いや、こっちで引き取るからいい。手数をかけたな」
あのフェリクスくんがあのヒューベルトくんを労う。なんとも珍妙な光景だけど、やっと一連の嫌がらせの手がかりとなる人の登場に緊張してきた。
「いえ。この様子だとこれがそちらに迷惑をかけたのは明らかですな。できれば、エーデルガルト様に報告する為に罪状を把握しておきたいので傍観していても構いませんか?」
「断ってもお前はどうせ見ているんだろ?勝手にしろ。おい、ユルゲン。ここは目立つから隅に寄るぞ」
今度はフェリクスくんがユルゲンくんの腕を掴んで無理やり中庭の隅へと歩いて行く。
「なんだよ!俺が何したって言うんだよ!」
ユルゲンくんは大変ご立腹なようで、隅っこまで行って立ち止まったフェリクスくんから解放されると、乱れた制服を正しながらフェリクスくんや少し離れたところで成り行きを見守っているヒューベルトくんを睨む。
「さっき俺に手紙を押し付けたことは覚えているか?」
「ああ。それがどうした?」
「誰に命じられた?」
「いや……それが寮に置いてあって……その、書きつけみたいのが、お前に渡すようにって……書いてあったんだよ!」
しどろもどろになりながらユルゲンくんは説明する。赤毛の眉の下の瞳は泳いでいて、なんだか嘘をついている気がする。
「書きつけ?それはどこにあるんだ?」
「燃やしたから知らねえよ。もう行っていいか?」
「駄目だ。字は女の字だったか?」
「そこまで見てねえよ!いいか?俺はちゃんと正直に答えた。明日以降は絶対質問してくるなよ?」
「明日以降質問してはいけない正当な理由を説明したら、行っていい」
「は?そ、それはだな……」
「説明できないのなら、正直に全て話せ」
「クソッ。これも全ておまえの所為だぞ!」
ユルゲンくんが私の方を向き、怒り顔で指を指してきた。
「私の所為……?」
急に面と向かって批判されて驚いたし、動揺してしまう。
「ああ!おまえが男に色目使ったかなんかしたから俺が巻き込まれたんだよ!」
「え?色目なんて使ってないよ?」
「じゃあ、なんで"色狂い"って言われてるんだ?」
昨日の朝のことが一瞬にして脳内を駆け巡った。途端に気分が悪くなり、思考が鈍る。またあのクスクス笑いを思い出してしまって、頭を振って忘れようとした。
「おい、やめろ」
フェリクスくんはユルゲンくんと私の間に割って入るようにして、ユルゲンくんを制したけれど、ユルゲンくんは怒りを収める気がないらしく、フェリクスくんを避けながら私に近づいてきた。
「それにこいつがおまえの為に怒る理由が説明つかないだろ!男を巻き込んで犯人探しして高みの見物か?なあ?男で紋章持ちなら誰でもいいのか?本当噂通りの××××女だな!」
信じられない暴言を聞いて唖然としていると、横からフェリクスくんの拳が飛び出してユルゲンくんの頬を打った。
ユルゲンくんは一瞬ふらついた後すぐに体勢を立て直してフェリクスくんに殴り返そうとした。
私の所為でふたりを喧嘩させるわけにもいかなくて、止めに飛び出そうとすれば、後ろからアンに引き止められた。
それからはあっという間で、ヒューベルトくんがユルゲンくんを捕まえて、フェリクスくんは後から駆けつけてきたクロードくんに捕まった。
「落ち着けって」
クロードくんはフェリクスくんを宥めるけど、フェリクスくんはユルゲンくんを殴っておきながら特に興奮している様子はなく、渋面を浮かべて自身の体を押さえるクロードくんを睨んだ。
「俺は落ち着いているし、自制はできている。ユルゲンを殴る必要があったから殴ったまでだ。今は殴るべき状況でないのがわかっているから手は出さない。だから離せ」
フェリクスくんは恐ろしく冷静で、納得したクロードくんから解放されるとユルゲンくんを睨む。
そのユルゲンくんもフェリクスくんを睨み返す。
「まあ、とりあえずはうちのロドルフォ君の話を聞こうじゃないか」
事態をぽつんとひとりで見守っていた人を見れば、昨日の夜に私に手紙を渡してきたロドルフォくんで、クロードくんの音頭で皆の視線が集まっているのを居心地悪そうに受け止めて咳払いをした。
「僕は昨日、
「解毒薬?」
「お茶会のお茶に遅延型の毒薬が入っていたみたいなんです。それで解毒薬が欲しければ今日まで黙っていろと言われましたが……」
「ここからは俺が話す」
クロードくんがロドルフォくんの言葉を遮った。
「大広間の二階を探してみたら、ロドルフォが書庫で本を読んでいるのを見つけた。本を取り上げてみれば、解毒薬について調べていたみたいでさ。なんとなく察しがついて、副作用が弱めの解毒薬の存在をチラつかせれば飛びついたもんだから、その解毒薬と引き換えに全てを話してもらうことにした」
「それで指示した人間は誰なんだ?」
「その前に俺にも解毒薬をくれ!」
フェリクスくんの問いに答えることなく、ユルゲンくんが必死の様相でクロードくんに手を伸ばす。
「くれてやってもいいが、そう簡単に言うなよ。これを作るのに二週間かかったんだぜ?毎日攪拌しないと駄目になっちまうから遠征中も実験道具を運んで大変だったんだ。それ相応の対価が欲しいもんだ」
「指示してきた女の名前を言うから早くくれ」
「それはうちのロドルフォ君が教えてくれるが、いいだろう。情けだ」
クロードくんはジンジャー色の液体の入った小瓶を取り出すとユルゲンくんに渡した。
「本当に効くんだろうな?」
「効くことは保証するけどな。ま、聞いた感じだと、中毒症状は胸焼けに吐き気、胃痛程度だから大丈夫そうだけどな」
クロードくんは他人事のように言うけど、ユルゲンくんは臓器の機能が損なわれてたらどうするんだ、と怒っている。
「ユルゲンのことはもう構わなくていいです。僕に指示してきた女性の名前を言います」
ユルゲンくんが必死に小瓶に口を付けて解毒薬のを飲み下すのを横目に、ロドルフォくんが躊躇いがちに話し始めた。
「
リーナちゃんだったんだ、と同級生が仕掛けた事実に悲しくなった。
「
「リーナちゃんはわかるけど、レネさんは聞いたことがないかな」
首を捻って、確認するようにアンを見ればアンも頷いた。
「リーナは殿下を見ながらいつもキャーキャー言ってる気がするかも……」
「猪王子の方か……他に茶会にいたやつは?」
「いえ。いませんでした」
「それなら、次はリーナとレネって女を探しに行くぞ」
「うん……えっと、皆さんありがとうございました。クロードくんも大事な解毒薬使わせちゃってごめんね」
またフェリクスくんに腕を引っ張られて、後ろを振り向きながらクロードくんに声をかけた。
「ああ、まったくだぜ。後で集金に行くからな?」
「えっ。高いの?」
「冗談さ。同じ
「ありがとう……!」
クロードくんは冗談で済ませたけど、あの解毒薬は聞いた限り、相当な手間暇をかけている。そんな大事なものを使わせてしまった分、クロードくんには今度何かの形でお返しをしたいと思う。
フェリクスくんに促されるまま、今度はリーナちゃんとレネさんを探しに食堂に戻った。レネさんが誰かはわからないけど、
*
すっかり外が暗くなった刻、食堂にいたリーナちゃんを見つけて、大広間の長机に呼んで座ってもらった。
一対三で対面する形で、リーナちゃんは居心地悪そうに居住まいを直しながら、細めた瞳で私たち三人の顔を確かめるように順番に見てくる。
「それで……私を疑って来たの?」
「ああ。手っ取り早く黒幕が誰か吐け」
「そう簡単な話ではないのよねえ……やっぱり、人伝いじゃなくて、寮に手紙を置いておけばよかったのかしら……?いいえ、人伝いじゃないと確実じゃないものね……」
リーナちゃんは可愛らしく人差し指を顎に当て、目線を上に向けて考えながら話す。それからハッとして、瞳を大きくさせた。
「そういえば、ふたりはどうだった?胃の働きを弱めるだけの毒薬……というか、ただ副作用のある薬を飲ませただけなんだけど。それがバレて、解毒薬はいらなーいって、あなた達に告げ口したのかしら?」
リーナちゃんの悪びれる様子のない態度に面食らって、言葉が出てこなかった。
「……その言い方では手紙をロドルフォ達に渡すように頼んで、磁力魔法で俺にナマエを貼りつけて来たのはお前とレネの仕業だったと認めるわけか?」
「手紙は私もある方から頼まれて彼らに渡しただけよ。レネも私もその後のことは知らないし、昨日の"色狂い"の板書だって私達のやったことじゃないわ。まあ、昨日今日と噂を流したのは私達だけど……でも、磁力魔法ねえ……どうだったの?どれくらいの人に見られたの?」
リーナちゃんは興味深けに身を乗り出して聞いて来た。今思えば、男の子と体をくっつけちゃったんだ。相手がフェリクスくんでも恥ずかしい。
私は机の上に視線を落として、リーナちゃんの好奇心で光る目を躱した。
「ふざけるな。とっとと、そのある方の名前を言え」
「ええ。言ってもいいけど、一つだけ約束してくれる?」
「言ってみろ」
「ナマエちゃんに言うんだけど、殿下にちょっかいださないでくれる?これずっと言いたかったのよねー。思ったより早く来てくれて助かったわ。この為に割と口が軽そうな人を選んだの」
リーナちゃんは長い睫毛に縁取られた瞳をすっと細め、唇の端を歪めた。本当に殿下のことで私を嫌っているような印象を受けて、悲しくなる。
「そんな言い方はないでしょ!まずはナマエに謝ったらどうなの!」
アンが机を叩いて立ち上がって叫んだ。普段朗らかで怒らないアンが私の為に怒る姿に、胸を打たれてしまった。
「アン、ありがとう。でも、私は大丈夫だから……リーナちゃん、私は殿下にちょっかいだしてるつもりなくて……殿下は優しいから、ダメな私を助けてくれてるだけなの」
「ハッ。よく言うわ。この前あんたが殿下とぶつかって転ぶの見たけど、殿下、わざとあんたとぶつかるように移動してたのよ?」
「えっ?なんで?」
多分リシテアさんに手を振りながら走ってた時のことだ。見られてたんだ。でも、そんなことをして殿下には何の利益もないから、何で殿下がそんなことをしたのか理解ができない。
「こっちが聞きたいわよ!それに、あんたの罰則手伝ったり、ご飯を作ってあげたり、殿下がそこまであんたに尽くすのはなんでよ?あんたが殿下に色目を使って誑かしてるんでしょ?」
「……その話なら俺から説明できる」
フェリクスくんが言うには、殿下は級長である自分ではなく、他学級のローレンツくんばかりを頼る私に対して、自分は頼りないのか、と自信をなくしていたらしい。つい出来心で私が走っている時に避けずにわざとぶつかりにいって私を助け起こすことで、"助けた"という事実を残し、今後自分を頼るように仕向けたかったらしい。ただ、やってみた後で「当たりどころが悪かったら怪我をさせてしまったかもしれない。我ながら馬鹿なことをした」と心を痛めてフェリクスくんのところへ懺悔しに来たらしい。殿下らしくない行動にはびっくりしたし、殿下が心を病んでるのかと心配になった。
「あいつはナマエに好意を持って目をかけてるわけではないことは理解しろ。駄目駄目の駄目駄目の駄目駄目なナマエを助けたい病気だと思え」
「はあ……それを聞いたら、ますます殿下に恋してしまうわ。殿下ったら、そこまでしてダメダメのダメダメのダメダメ女を助けたいって思うなんて、なんて優しい方なのかしら」
リーナちゃんは瞳をとろんとさせて、胸の前で両手を合わせた。恋する女の子って感じで、それを前にしたら、ダメダメ言われたり、嫌がらせされたことを追及する気が削がれてしまう。
「理由に納得したなら、お前に指図したやつの名前を教えろ」
「ああ、そうだったわね。ロジーナちゃんよ、ロジーナちゃん。あの子、ローレンツのことが好きだからあなたのことが目障りみたいよ?」
嗚呼。あっさりと言い放たれた言葉で全てを理解してしまった。
ロジーナさんは、ローレンツくんと仲良くする私が嫌だったんだ。今日、街でロジーナさんがローレンツくんを見つめる瞳は、リーナちゃんが殿下を想う時の瞳と同じだったから納得がいく。
「ロジーナか……ファーガスでも譜代の貴族だが、レスターの所領やグロスタール家の身代や紋章狙いか?」
「あなた、話聞いてた?ロジーナちゃんはローレンツのことが好きなのよ。ずっと前から」
ずっと前?どのくらい前からなのか気になった。私は魔道学院時代からローレンツくんと仲良くしてもらっていたから、士官学校に来てからずっとロジーナさんに嫌われてたのかもしれない。
「そんな理由でナマエに嫌がらせをしてたってこと……?」
アンが怒りに声を震わせながらリーナちゃんを睨みつけた。本来私が怒るべきところなのに、親友を怒らせてしまって申し訳なくなる。
「私は殿下絡みで目障りだったの。でも、殿下がナマエちゃんに興味ないなら別にいーのよ。ローレンツのことについては本人に聞いて」
「あ、そう。リーナ、次ナマエが嫌がることしたら、あなたを魔法でどかんと一発ふっ飛ばすから!」
アンは物凄い剣幕で乱暴に席を立って、リーナちゃんの方へ身を乗り出した。アンの魔法技術の高さは
「ナマエ!フェリクス!さっさとロジーナのところに行くよ!」
「は、はい!」
小さな体に怒気を這わせるアンの雰囲気に気圧されて、思わず敬語が飛び出してしまった。
慌てて席を立ってフェリクスくんと一緒に黙って大股でズカズカと歩き出すアンを追いかけた。