ロジーナさんは寮の部屋にいて、私達三人が訪ねてきても特に驚いた様子はなかった。リーナちゃんと同じく、「待ってました」という具合に余裕そうな笑みを口元に浮かべている。
「リーナから話を聞いた。お前がナマエに嫌がらせをしているらしいな」
「あら急に不躾ね。その話をするからフェリクス君とアネットさんは出て行ってくださいますか?ナマエさんとふたりで話させてください」
フェリクスくんもアンも渋々文句を言いながらも部屋から出て行った。ふたりがいなくなってしまうと、途端に怖くなってきた。
ロジーナさんは私を円卓に案内してくれて、椅子に座るように言ってきた。大人しく従ってロジーナさんの目の前に座った。
「食堂に行く途中であなたとフェリクス君がくっつくところをみたわ」
ロジーナさんから口を開いた。思い出し笑いをするように薄らと笑いながら、瞳を斜め上に向けた。
話の内容からくっつき魔法を使ったのはロジーナさんみたいだ。ロジーナさんの魔道の成績が良いのは知っていたから特別驚かなかった。
「お似合いだったわ……でも、リーナさんとレネさんにはシルヴァン君を選ぶように言ったのに、フェリクス君を選ぶなんて……今思えば、レネさんはシルヴァン君のことが好きなような反応をしていた気がするわ。気づかなかった私が悪いわね。はあ、面倒なことになったわ。彼って、あなたのこと好きなんじゃないかしら?私のことを見る瞳を見た?あんなに恐ろしい瞳を見たのは初めてよ……でもまあ、いいわ。色々嫌がらせをしたことは謝るわ。ごめんなさい。あなたがずっと目障りだったの」
ロジーナさんは目障り、と言う単語に憎しみを込めるように強調して言った。面と向かってそんなことを言われて傷つかないわけはなくて、胸の辺りがざわざわする。
「いつも『ローレンツ君、ローレンツ君。助けてローレンツ君!』って……!本当に耳障りで目障りで……私ね、ローレンツ君のことがずっと好きで、魔導学院時代から好きだったのよ」
「えっ?」
私が魔導学院にいた時に、ロジーナさんを見かけた覚えはなかった。アンとメーチェだって、ローレンツくんの他に魔導学院にいた子の名前を口にしたことがなく、つまり私達四人の他に魔導学院出身の子達がいないはずだ。
「クラスが違ったし、あの時は眼鏡をかけて地味にしてたからわからなくても不思議はないわ。それに、流行病で出席できなかった従姉妹の代わりに通っていたから名前も姓も違ったのよね。ねえ、軽い冗談のつもりで嫌なことしてごめんなさいね。もうあなたに嫌がらせはしないから、ローレンツ君を譲ってくれない?」
その軽い冗談のつもりで、どれ程私が悲しくなって辛かったか、ロジーナさんきっとわからないんだと思う。そんな言葉聞きたくなかった。魔導学院のエルンストくんの取り巻き達も軽い冗談で私を揶揄っていたのかと思うと悲しくて仕方がない。
泣きそうなのところを堪えて、頷いた。
「譲るも何も、ローレンツくんと私はただのお友達だよ。好きにしていいよ」
「友達って言うのはローレンツ君の口から聞いたわ。それに今日、ローレンツ君にあなたに嫌がらせしたことバレちゃったの……だから、なんとか私とローレンツ君の仲を取り持ってくれない?」
「えっ?な、なんで?」
恐れ多くもロジーナさんって図々しいなって思ってしまった。まさかそんなことを頼まれると思っていなかったから驚いた。
「ほら、あなたがうちの領民だってこと知ってるのよ。善良な領民ならそういうことくらいできないの?」
「知ってたの……?あ、し、知ってたんですか?」
慌てて敬語に直して聞いた。領主様の御息女ということで、さん付けで呼んでいたけれど、相手側が私のことを領民と認識している今は敬語にしなくてはと思った。
「敬語じゃなくていいわよ。ずっと知ってたわ。魔導学院時代から、私の従姉妹の家からお金を借りていることからわかったわ。ねえ、士官学校も借金して入学したんでしょ?魔導学院に入ったのに碌な魔法を使えるようにならなくて、今度は弓術?両親は大変ねえ。借金をなかったことにしてあげましょうか?」
「それは嬉しいけど……いいの?でも、私両親には騎士になってお金返すって約束したから……」
借金がないだけで、両親の生活は大分楽になるから嬉しい。騎士になってお金を返す約束を果たしたいけれど、両親がすぐにでも楽になる方がずっといい。無償で両親を助けてくれるなんて、ロジーナさんは優しい一面も持っているんだと気づいた。
「はあ……もうっ!調子が狂うわ!あのねえ、借金のことを忘れてあげるから、ローレンツくんとの間を取り持って欲しいった言ってるの!」
「本当?それだけでいいの?」
気持ち的にはローレンツくんとロジーナさんが仲良くするのは嫌だけど、それで両親を助けられるなら安いものだ。
「ええ。それだけでいいわ。じゃあ、明日中に私があなたに嫌がらせをしたことを深く反省してるってローレンツ君に伝えてくれる?できたら部屋で寝込んでることにしたいの。ローレンツ君が私を見舞うようにしてくれる?」
「うん。いいよ」
本当は凄く嫌だけど、自分の気持ちより大事なものは幾らでもある。
「そう。よかったわ……ああ!そうだわ。あなたが如何に下品で色狂いか証明するのに下着を盗んだの。ごめんなさいね。返してあげるからちょっと待っててくれる?」
「う、うん」
領主様の御息女に下着を盗まれた挙句に、それを返還されるという奇妙な流れにドキドキしながら椅子に座って待っていた。
「はい、どうぞ。手に持たせるわけにもいかないから、布袋に入れたわ。ねえ、随分と可愛いのつけるのね」
「ありがとう……」
ロジーナさんにもらった布袋を開ければ、中にパンツと下穿きが入っていた。他にもさらに小さな袋が入っている。
「ああ、中にお菓子を入れておいたわ。お詫びとして受け取っておいて。勿論、毒なんか入ってないから安心して」
「えっと、うん……あ、ありがとう」
布袋に入っているとは言え、着用済みパンツと同じ袋の中に食品を入れられて、ちょっと嫌だったし、お詫びにお菓子なんて欲しくなかった。
「じゃあ、私とあなたは今日からお友達。それでいいわね?」
「お友達?」
「そう。お友達。今日から仲良くしましょ。ローレンツ君にも言っといてくれる?」
「うん……」
ロジーナさんをお友達だなんて思うことはないと思うけど、これも仕方ないことだ。波風を立てないように頷いた。
「じゃあ、もう出て行っていいわ。ああ、ローレンツ君との仲を取り持つこととか、他にも色々フェリクス君にはあまり悪く言わないでくれる?彼の目って本当恐ろしくて……」
「うん」
ロジーナさんがフェリクスくんを悪く言うのに嫌な気分になったけど、大人しく頷いてロジーナさんに見送られて部屋を出た。
ロジーナさんの部屋を出ると、フェリクスくんとアンが私に食いつくように近寄ってきた。
「あいつになんて言われた?」
「どうだったの?」
「えっと、ロジーナさんはローレンツ君のことが好きで、私が邪魔だったみたい……それで……」
「それで?」
「もう嫌がらせはしないって……今後はお友達になって仲良くしようって」
ローレンツ君との仲を取り持つことは約束通り伏せておくことにした。
「は?」
「え?」
「え、何?」
「おい、どういうことだ?まるで意味がわからんぞ!」
「なにそれ!意味わかんないよ!」
「でも、もう嫌がらせしないって言ってくれたから私はそれで十分だよ」
「そんな顔をしておいて何を言う?それにそれはなんだ?」
胸に抱えていた布袋をフェリクスくんは指差す。
「えっと、お菓子もらった……」
「まさか菓子につられたのか?おい、貸せ!どうせ菓子に毒薬が入っているはずだ」
「あ!だ、だめ!」
フェリクスくんに布袋を取り上げられて、取り返そうとしたけど間に合わなかった。
フェリクスくんは袋の中を見て、固まった。見る見る頬が赤く染まっていくのがわかってこっちまで恥ずかして仕方がない。
固まったフェリクスくんの手から袋を奪い返して、袋の口をしっかりと閉じた。
「フェリクス、どうしたの?」
アンが心配そうに聞いてくる。
「いや、まさか、盗まれたという下着か……?」
「そんな真っ赤な顔で聞かないでよ、フェリクスくんの変態!」
「え!フェリクス、ナマエの下着見たの!?変態!」
「おい!ふたりして人を変態扱いするのはやめろ!ナマエが菓子をもらったと言ったから中を見ただけだ!もらったという菓子は絶対食うなよ!」
「フェリクスくんがそこまで言うなら食べないよ!」
「俺が言わなかったら、食べるということか?お前は常識がなさ過ぎる!」
「常識くらいあるよ!フェリクスくんはなんでそんなに怒るの!」
ロジーナさんから嫌なお願いをされたところへフェリクスくんに怒られて参っちゃう。
「もう勝手にしろ!どうせロジーナに変なことを言われたのだろう!おい、アネット!」
「なに?」
「ナマエを常に監視していろ!その女は隙だらけだ!放っておいたら、更に駄目になる!一人立ちも一生無理だ!」
「なっ!フェリクスくん、酷い!」
フェリクスくんがローレンツくんから一人立ちするように言ってきたのに、「更に駄目になる」とか、「一生無理だ」と言われて悲しくなった。
「付き合ってられん」
フェリクスくんは最後にそう言い捨てて寮の奥へ行ってしまった。自分の部屋に帰るみたいだ。
「ナマエ、大丈夫?部屋出てきた時、悲しそうな顔してたから心配だよ」
「うん。ちょっと、ロジーナさんは苦手かなって」
「だよね。そうだよね。明日からもロジーナには気をつけてね。あたしも側にいるようにするけど、ナマエは抜けてるから凄く心配」
「うん。アン、ここまでついてきてくれてありがとね」
「ううん。友達なんだから当然だよ。早くメーチェを探しに行こう」
「うん」
アンと一緒に階下へ下りながら、フェリクスくんのことが今更気になった。フェリクスくんは私の為に積極的に解決しようとしてくれた。勿論、巻き込まれたっていうこともあるだろうけど、少なくとも私のことを心配してくれてるように感じた。最後に酷いことを言われたけど、フェリクスくんが助けてくれたことは深く感謝した。明日ちゃんとお礼を言っておこう。
アンと階段を下りた後、メーチェを探した。メーチェは寮に戻っていて、私達の帰りを待ってくれていた。三人で食堂に行きながら情報を交換した。
メーチェが言うには、ロジーナさんから私について話したいことがあると言われたからローレンツくんはロジーナさんと街のお菓子屋さんでお茶をしていたらしい。ローレンツくんが簡単に誘いに乗ったのは、私に関する噂を流した犯人の情報をロジーナさんから探りたかったらしい。けど、結局ロジーナさんは犯人を教えてくれない上に、その日のうちにロジーナさんが私にくっつき魔法を使った現場を見て、犯人がロジーナさんだと思ってとっ捕まえたらしい。アンとメーチェが見た「走っていくローレンツくん」はこの時のことみたいだ。
「それでナマエに対する嫌がらせを認めたロジーナはナマエにはもう嫌がらせをしないことをローレンツに約束したみたいよ〜」
「そうだったんだ……じゃあ、ローレンツくんは私の為に動いてくれてたの?」
「そうよ〜。ローレンツはナマエが一人立ちすると言ったのを信じて応援する為に、影で犯人探しをしていたみたいなの。噂なんて鼻から信じてないから早いうちから動いていたみたいよ〜」
「結局ローレンツくんが助けてくれたようなものなのかな。それに私はフェリクスくんにもアンにもメーチェにも頼っちゃってるし……」
「ナマエ、今回の場合は助けを求めて当然のことだし、友達なら助けるのは当然のことだから気にしないでいいんだよ」
「アン……ありがとう。メーチェも、私の為にローレンツくんに誤解を解いてくれてありがとね」
「ええ。それで、ローレンツがナマエに会いたいって言ってるんだけど……」
「ローレンツくんが?なんで……?」
「よければ、四人で食事をしたいって。ナマエが嫌じゃなければって」
「えっと……」
ロジーナさんにはローレンツくんとの仲を取り持つように言われているのに、ローレンツくんと食事だなんてできない。
「私、ローレンツくんと会いたくない」
「どうして?」
「だって、私のあそこ見たから……まだ、ローレンツくんに会う心の準備ができてないの」
それらしいことを言えば、アンもメーチェも気持ちはわかる、と言ってくれた。
「じゃあ、わたしがそれとなく伝えておくわね〜」
メーチェが先に食堂に行ってローレンツくんに言ってくれる手筈になった。申し訳なく思いながら食堂に着くと、先に行ったメーチェと合流して三人で食事をとった。食欲があまりなくてスープ系を頼めば、ふたりに心配されてしまったけど、帰ってお菓子を食べたいからと誤魔化した。