翌日の休日、その日はロジーナさんに朝早く訪ねられて目が覚めた。寝ぼけ眼なまま取り合うと、「朝ご飯を食べたらその後はずっと部屋に籠るからローレンツ君にそれとなく訪ねてくるように仕向けて欲しい」と昨日と同じことを言われた。渋々頷いて、ひとりでローレンツくんの寮を直接訪ねたけれど、ローレンツくんはいなかった。
「おい、ひとりで何をしている?」
「わっ。フェリクスくん、おはよう」
フェリクスくんがクロードくんの隣の部屋から出てきた。そういえば、ローレンツくんの隣の隣がフェリクスくんの部屋だ。
昨日は「付き合ってられん」とフェリクスくんは怒っていたけど、一晩おいたからか険のない表情だ。
「ローレンツくんに用があるんだけど、ローレンツくん知らない?」
「知るわけなかろう。お前はひとりでウロウロするな。アネットとメルセデスはどうした?」
「ふとり共まだ寝てるよ。あのね、昨日はありがとね。本当に助かったよ」
「ああ。だが、助かった顔をしていないぞ。ちゃんと眠ったのか?」
フェリクスくんに指摘されてドキリとした。確かによく眠れなかったし、嫌な役目を引き受けて心穏やかではない。
「眠ったつもりだったけど、疲れてるのかも」
「なら、肉を食え。朝食はまだか?」
「うん」
「食堂に行くぞ」
「ええっ?フェリクスくんとふたりで?」
フェリクスくんからのお誘いにびっくりした。フェリクスくんとふたりで食事なんてしたことがない。
「なんだ。嫌なのか?」
「ううん。びっくりしただけ。いいよ。一緒に食べよう」
フェリクスくんとふたりで食堂に行くと、ちょうど食堂からローレンツくんが出てくるところだった。まだ心の準備をしてなかったから、あわあわと落ち着きがなくなってしまった。
「ロ、ローレンツくん、あのね、ローレンツくんに言いたいことがあって」
「僕もナマエさんに言いたいことがある。先日のことなんだが……その、見るつもりはなかったんだ。いやはや、なんて謝ればいいのか……申し訳ない」
「ううん。そんなに謝らなくていいよ。恥ずかしかったし、今も恥ずかしいんだけど、それはもう忘れてくれる?」
「あ、ああ!勿論だ!」
そう言うローレンツくんの白い頬は朱を注いだように赤くなっていて、当分は覚えてそうだと思ってしまった。
「それでね、ちょっとこっち来てくれる?」
フェリクスくんが近くで見ているところでロジーナさんのことを言うわけにはいかなくて、ローレンツくんを離れたところに呼んだ。
「ロジーナさんがね、私に嫌がらせしてたことを深く反省してくれたの。それでなんだか調子が悪くて寝込んでるみたいなの」
「反省してくれているのなら嬉しいことだが、何故寝込んでいることを知っているんだ?」
「えっと、フェリクスくんから聞いたの」
「彼がか?そんなことより何故彼と一緒にいるんだ?」
「えっ?たまたま会ったから一緒にご飯食べることにしたの」
「昨日、僕と食事を共にすることを拒否したのにか?彼とはいいのかい?」
「ええっと、昨日はまだ、その、恥ずかしくて……」
本当はロジーナさんの為だけど、半分は恥ずかしい気持ちもあったから嘘ではない。
「すまない。責めているつもりはないんだ。だが、ロジーナさんが寝込んでいるというのは僕には関係ない。彼女に何かされたら僕に教えてくれ。ナマエさんは僕に頼らないと言ったが、僕がナマエさんの力になりたいと思っていることはわかって欲しい」
「うん。ありがとう。あのね、ロジーナさんが心配だから、ロジーナさんを見舞って欲しいの」
「何故ナマエさんがそれを頼むんだい?君は彼女に虐められていた立場だろう?」
「ロジーナさんと昨日話したの。そしたら友達になりたいって言われて……」
「彼女がそんなことを言っていたのか?ナマエさん、それは騙されているよ。わかった。彼女が何か企んでいるだろうから素直に見舞ってやろう。話を聞き出してくる」
「うん。でも、ロジーナさんには優しくしてあげて」
「ナマエさん……?」
ローレンツくんは瞳を丸くさせて、私の二の腕に触れてきた。私がよく怪我をしちゃうから、ローレンツくんには体のあちこちを触られているけど、何故かローレンツくんに触られたところが出血したみたいに熱くなるし、心なしか鼓動が早くなってきた気がする。
「なに?」
「顔色が優れないぞ。後で僕のところに来るといい。気分がよくなる茶を淹れよう」
「ごめんなさい。今日は用事があるの」
「そうか。残念だな。では、夕食は一緒にどうだい?昼からは僕も用事があるから夕方以降なら空いているんだ」
「ええっと、夕食は他に先約があるからごめんね」
「まさか、彼か?」
ローレンツくんは離れたところから私達を睨むように見てくるフェリクスくんの方を見た。
「うーんと、そう!そうなの」
「やはり、そうか……一昨日、彼は否定していたが嘘だったようだな。僕の見立ては正しかったみたいだ。ナマエさん、彼のどこがいいんだい?」
「えっ?どこって、フェリクスくんとはお友達だし、普通にいい人だよ?昨日、私の為に奔走してくれたんだ」
「ナマエさん、男とはそういう生きものだよ……いやはや、どうしたものか……」
ローレンツくんは片手で頭を抱えて頭を振った。
「ナマエさん、僕の気持ちを整理したい。待っていてくれるか?必ず彼より先に君に伝えたいことがある。彼から変な気を察したら、逃げ出してくれ」
「ローレンツくん、言っている意味が全然わからないんだけど……」
「そういうところも君の美徳だな。うむ。今言ったことはその時にわかってくれればいい。とにかく、フェリクスが君を見る目が怪しくなったら逃げるんだ」
「ええっ?フェリクスくんがなんで私を怪しい目で見るの?」
「それは……」
「おい、話はまだ続くのか!」
フェリクスくんが大声で催促してきた。これ以上待たせるのも悪いから、私はローレンツくんに「絶対ロジーナさんを見舞ってね」と伝えると、フェリクスくんの方へ駆け寄った。
「待たせてごめんね?」
「何を隠れてこそこそ話していた?」
「ちょっと言いにくいこと。あんまり聞かないで欲しいな」
「そうか。詳しくは聞かないでいてやるから、さっさと食って訓練に行くぞ」
「えっ!なんで!」
「心が弱っている時は体を動かすといい。自然と前向きになれる」
「なるほど」
確かにそういうことは往々にしてある、と思ってフェリクスくんと一緒に食堂に入った。
ローレンツくんが今からロジーナさんに会いに行くと思うと悲しくて食欲がないけれど、これから訓練をする予定だから無理してでも食べなくちゃ。
フェリクスくんおすすめの体力のつく料理を選んで朝からがっつりご飯を食べた。
それからフェリクスくんと一緒に訓練上で剣術の練習をした。弓兵になるにしても、実際の戦となると剣術は必須だからだ。
この前は凄く厳しくされたけど、今日はそれなりに優しく手ほどきしてくれた。
訓練中、昨日お世話になったヒューベルトくんとエーデルガルトさんが訓練場にやってきたものだから、いくら緊張する相手といえど、挨拶しに行った。
「先日はありがとうございました」
「礼はいらないわ。むしろうちのユルゲンが迷惑をかけたことをお詫びするわ。それで、今日もくだらない噂を聞いたからそれも嘘だと言っておいたけど……余計だったのかしら」
「くだらない噂ってなんです?」
「あなたとフェリクスが抱き合ってたって噂よ。でも、ふたりの様子だとそれは事実で交際しているのよね?」
衝撃を受けた。昨日フェリクスくんにくっついちゃったことは噂になると思ってたけど、まさか傍から見ていてそう思われてたなんてびっくりだ。
「交際しておりません!なぜそうなるんですか?」
「あら。ヒューベルトの話だと、貴方の為にうちのユルゲンを殴ったみたいじゃない。ねえ、ヒューベルト?」
「ええ。感心するほどの鋭い一撃でしたな」
「昨日は貴方の為にずっと噂の犯人探しをしていたみたいだし、今日も一緒にいるものだから勘違いしてしまったみたいね」
「そうです!フェリクスくんとは付き合っていないです!」
「そう。なら、噂を否定しておいてよかったわ。それじゃあ、お互いに訓練に励みましょうね」
「はい!エーデルガルトさん、ヒューベルトくん、昨日は本当にありがとうございました!」
頭を下げてフェリクスくんのところへ戻ってすぐに、私とフェリクスくんが恋仲の噂になっていることを伝えた。
「ねえ、一緒にいたら勘違いされちゃうよ」
「だが、
「そういえばね、ローレンツくんが、フェリクスくんが私を怪しい目で見てきたら逃げろだって。でも、フェリクスくんって私のこと怪しい目で見ないよね?私怪しくないよね?」
「……言っている意味がわからんが、なんとなく推測で理解した。『だったら、早くやることをやれ』とローレンツに伝えておけ」
「よくわからないけど、そうしておくね。さ、訓練の続きしよう?」
「フンッ。半人前の癖して偉そうに言うな」
「ええっ?そんなつもりなかったんだけど」
「お前はその台詞で幾人の男を斬り捨てていきそうだな」
「捨て台詞として全然かっこよくないよ?」
「……そうだな」
フェリクスくんはため息をつくと、剣を構えろ、と言うので剣を構えた。また剣撃の練習だ。
*
訓練が終わった後はお昼ご飯を食べにまた食堂へ行くと、アンとメーチェに会った。ふたり共私を探してくれていたみたいで勝手に出歩いていたことを怒られてしまった。
「本当にどこかで怪我してたらどうしようってメーチェと話してたんだから!レア様に報告するところだったんだよ!」
「ごめんね。次から一声かけてから行くね」
「こいつから目を離すなと俺が言った次の日に、こいつを野放しにするお前らも悪いぞ」
「でも、今回フェリクスがナマエと一緒にいてくれて助かったわ〜。なんだかんだいって、フェリクスもナマエが心配なのね〜」
「なっ!俺は別に……」
「確かにフェリクスくん、ちゃんと眠ったかって声かけてくれた……フェリクスくんってなんだかんだいって優しいんだね。心配してくれてありがとう」
「それはお前の顔色が悪かったから、聞いただけだ……!誰だって聞くことだ!勘違いするな!」
「えっ。ごめん……でも、フェリクスくんが優しいのは事実だよ?」
「ナマエ、フェリクスが発狂しそうだからそれ以上褒めるのやめよう」
確かにフェリクスくんの顔は朱を注いだように真っ赤で、顔が怒りに歪められている。相当怒っているみたいだから、優しいとか褒めるのはよしておこう。
四人で食事を終えると、午後は夕飯までアネット達と一緒に大広間でお勉強したり、書庫で調べ物をしたり、お散歩して過ごした。お友達と一緒に過ごすと少しは嫌なことを忘れられてよかったけど、知らない生徒と通り過ぎると、「あの子だ」とひそひそ話されるのは嫌だった。どうやら噂はまだ流れてるみたいだ。
夕食はローレンツくんと食べたかったけど、ローレンツくんにはフェリクスくんと食べると言ってしまったから宣言通りにアン達と一緒にフェリクスくんを誘って、また四人で食事した。
「それでね、弓術だけじゃなくて馬術も頑張ってみようと思うの」
食事をしながら今後重点的に学びたい科目を、三人に相談した。魔道は才能が無さ過ぎて諦めて、今はローレンツくんが紹介してくれたシャミアさんから弓術を十分に学べているから、どうせなら馬上で射ることができたら騎士団で重宝されるんじゃないかと考えていて、皆の意見が聞きたかった。
「ナマエが馬術などやめておけ。危な過ぎる」
「なんで?」
「二つのことを同時にできる器用さはないだろう。常人でも、一つを極めることすら難しいのにお前にそれができるのか?」
確かにフェリクスくんの言う通りだ。私は不器用なところがあるから難しいと思う。でも、ただの徒の弓兵よりも弓騎兵の方が絶対お給料がいいし、引く手数多だ。
「できないけど、やってみるだけやってみる……」
「やめておけ。それに弓騎兵は槍術の技術も必要になってくる。弓だけ装備する弓騎兵などおらんからな」
これも確かにフェリクスくんの言う通りだ。ぐうの音も出なかった。
「フェリクス、ナマエはもしかしたら馬術の才能あるかもしれないよ?」
「アンの言う通りよ〜。明日は厩舎に行って馬術の練習をするといいわ」
「うん。ちょっと試して向いてるかだけ確認する」
「怪我はするなよ……剣術は俺が教えているし、少しは魔道の心得があれば俺とエピタフになれるのだがな」
フェリクスくんはぼそりと言う。
もしかして、フェリクスくんは心配して馬術の練習を止めてくれたのかなと思ってしまった。
フェリクスくんは優しい人だな、と思いながら雑魚の串焼きを食べていると、食堂の出入口に入ってくる女子達の会話が急に耳に飛び込んできた。
「あのローレンツがロジーナと付き合ってるって本当なの?」
「わかんないけど、寮の廊下で抱き合ってたんだって」
そんな会話をしながら、私の着いているテーブルの横を女の子達が通り過ぎて行った。
「あのローレンツがそんなことするわけないのに……!絶対ロジーナがなんかやったんだよ!だから、ナマエは気にしちゃダメだよ!」
「わたしもそう思うわ……そのうちローレンツが弁明しにくると思うわ」
「フン。噂などあてにならん。ローレンツがそんなことするわけないだろうが」
何故か三人共私の顔色を伺ってくる。そして、私の心臓は握られたようにきゅうっと痛くなった。
苦しい胸の痛みに、ローレンツくんがロジーナさんと何かあると考える度に嫌な気持ちになる理由がなんとなく分かった気がした。今までの周りの反応から照らし合わせても、そんな気がする。
多分、私はローレンツくんのことが──
「あら。四人共お揃いで。隣いいかしら?」
ロジーナさんがトレーを持って現れた。その隣にはローレンツくんがいて、険しい表情をしている。ふと、ローレンツくんがこちらを見て私と目が合うと、口を開きかけて、何も言わずに閉じてしまった。
心臓が痛い程どくどく脈打って、これ以上何も見たくないし聞きたくないと思ってしまった。
「そうだ!私、この後ハンネマン先生に聞くことがあったから講師室行ってくるね!」
ちょうどご飯を食べ終わりかけていたところだから、トレーを片付けて食堂を出た。後ろから皆が呼び止める声がするけど、取り合わなかった。
食堂の前の階段を一気に駆け下りて、部屋に向かって一目散に走った。
「おい!」
「ぎゃっ!来ないで!」
フェリクスくんの声につられて振り返ると、フェリクスくんが怖い顔をしているものだから、逃げるように走り続けた。
結局、日々体を鍛えているフェリクスくんから逃げ切れるわけもなく、部屋の前で捕まってしまった。
部屋の扉を背にして横歩きで逃げようとすれば、フェリクスくんが私の頭の横に両手をついて逃げ道を塞いできた。自然と近くなる顔の距離に恥ずかしくなって顔を背けた。
「お前がローレンツを好きなのは知っている。それなら、はっきりとロジーナとローレンツにそう伝えろ」
「べ、別にローレンツくんのこと好きじゃないよ……」
「嘘をつくな。見ればわかる」
「……自分の気持ちより大事なことは幾らでもあるの」
「なら何故そんな顔をする?」
フェリクスくんに顎を掴まれて正面を向けさせられた。
それでも目線を落としてフェリクスくんと目を合わせないようにした。
こうも必死になって、フェリクスくんがなんで私の為に行動するのか理解できなくて混乱するし、なんだか責められてるようで怖い。
「なんでこんなことするの?フェリクスくんに関係ないことだよ?」
「関係なくはない。俺はお前のことを守る必要があってこうしている」
「え?守るって……?なんで?」
「……ナマエのことが好きだ」
びっくりして、フェリクスくんの赤く染まる顔を見て更に驚いて声を失った。フェリクスくんの今までの反応は、私がローレンツくんへの想いに気づいた今、ローレンツくんと私の仲を応援しているように思えた。
でも、フェリクスくんは私のことが好きだと言うから混乱してしまう。
「その様子だと気づいていなかったようだな……いつもお前がひとりで何もできないことが気にかかっていた。問題が起こると、俺達の誰にも頼ることなく他学級のローレンツのところへ助けを求めに行ってたな。ローレンツはお前に甘過ぎる。士官学校を卒業したらお前を助けられなくなるというのに、お前がひとりでも問題を解決するように注意しなかった。だが、当のローレンツがお前に惚れていると最近知って一応は安心した。ローレンツと婚姻できるなら、ローレンツがお前を守ってやれるからな。しかし、ロジーナによる騒動であれだけ体調を崩していたら、平民のお前に貴族の嫁は無理だ。貴族の社交界ではお前のような奴は虐めの標的になるし、ここでの嫌がらせの比ではないことをされる。ローレンツならお前を守ってやれると思っていたが、逃げ出すお前を追ってこれないようなら、もうローレンツにお前を任せられん。俺がお前を守る。例えお前が一生駄目駄目の駄目駄目の駄目駄目であったとしても俺が助けてやるし、虐めからも守ってやる。だから、俺の嫁に来い」
殆ど息継ぎなしにフェリクスくんは力強く言い切った。
今まで気づかなかったフェリクスくんの気持ちを一気にぶちまけられて、全部は頭に入ってこなかった。入ってこなかったけど、フェリクスくんの熱の籠もった瞳や、今まで私にしてくれたことを考えるとフェリクスくんの私への気持ちがひしひしと伝わってきた。フェリクスくんは本当に私の為に助けてくれていたんだとわかる。
ローレンツくんが魔導学院時代に私を助けてくれたことは一生忘れないと思ってる。それと同じように、フェリクスくんが私の為に奔走してくれて、今もこうやって走って追いかけてきてくれたことは一生忘れないと思う。
「フェリクスくん……私……」
まだ気持ちは決まってないけど、何か言わなくちゃと思って話し出した。けど、続きの言葉が紡げなかった。
「返事は今でなくてもいい。例え振られても好きな女のことは守るから安心しろ」
こう言ったらフェリクスくんは怒るだろうけど、まるで物語の騎士様のような発言に心が揺さぶられる。
「フェリクス!今すぐナマエさんから離れたまえ!」
フェリクスくんの背中越しにローレンツくんの声が響いてきた。フェリクスくんが私から手を離して後ろを振り返る。
フェリクスくんが離れたことでローレンツくんの姿が見え、ローレンツくんが大きく息をついているのに気づいて、走ってきたことがわかった。
「ローレンツか……今更ナマエに何の用だ?」
「ナマエさんと大事な話がしたい」
「言っておくが、ナマエに無駄な気を持たせ傷つけるような中途半端なことは言うなよ」
「君に言われたくない。僕は覚悟を決めてここに来た」
「……好きにしろ」
フェリクスくんは私を一度振り返ると、またすぐ前を向いて二階の寮の方へ行ってしまった。
ローレンツくんはその背中を一睨すると、私の前まで来た。
「ナマエさん、大丈夫かい?フェリクスに何かされたのか?」
「ううん。フェリクスくんは私を助けてくれようとしただけだよ……」
「そうか……まずは先程ロジーナさんと一緒にいた訳を説明させてくれ」
「うん……」
「僕は今日君に言われた通りロジーナさんに会いに行った。そこで君に構うなとロジーナさんに言えば激怒されてね。エフモント領にいる君のご両親について脅しとも取れる発言をされた。脅しに屈する僕ではないが、万が一があるからな。とりあえずはロジーナさんの言う通りに一緒に部屋で茶会をし、廊下で彼女を抱きしめ、食堂で夕食を共にすることにした。だが、食堂であんな反応をする君を見て僕はいてもたってもいられなくなった。すぐに家の者に君のご両親をグロスタールの所領に保護するように書簡を出した。安心してくれたまえ。君のご両親に危害が及ぶことはない」
ローレンツくんが私の両親の為にそこまでしてくれたなんて、申し訳なくて頭が上がらない。
「あ、ありがとう……私の両親の為に色々してくれたんだね。でも、私エフモント家の傍系に借金があるの……」
「それも代わりに払うように命じてある。完済せずに勝手にグロスタール領に匿ったでは、国際問題に発展しかねないからな」
「で、でも、ただの学校のお友達にお金の工面をしてもらう訳にはいかないよ!それに両親もグロスタール領に保護してくれるなんて……嬉しいけど、申し訳ないよ……」
同級生、特に好きな人に生活を工面してもらう程、惨めで恥ずかしいことはない。両親もきっとグロスタールの使者からの申し出を断ると思う。
「ナマエさん、僕達はただの学校のお友達ではない。まあ、これは君の答え次第だが……ナマエさん、僕と結婚して欲しい」
ローレンツくんに片手を下から掴まれ、跪かれた。
突然の申し出に驚いたし、嬉しさに心臓が飛び出さんばかりに強く鼓動する。
さっき好きだと自覚したばかりだし、フェリクスくんにも嫁に来いと言われたばかりで、頭の中で考えることがいっぱいだ。
「えっと……」
「僕は食堂でロジーナさんと僕を見た時の君の反応から、君が僕に好意を寄せていると思っている。僕のことが好きなら断る理由はないだろう?」
「わ、私もローレンツくんのことが好きだけど……!」
「けど?」
ローレンツくんが首を傾げて言葉の続きを促してくる。
本当に何も考えずに好きなローレンツくんの婚姻を受けていいのかわからなかった。平民と貴族の結婚が大変なことはわかっている。だから、よく考えたい。それにフェリクスくんのことも気になっている。私の為に奔走してくれたし、一生守るとも言ってくれた。あのフェリクスくんがあんなことを言ってくれたのに簡単に無碍にはできない。
「ローレンツくんの家は大丈夫なの?私平民だから、グロスタールの利にならないし……むしろ、困り事作り過ぎてローレンツくんに迷惑かけちゃうよ」
「ナマエさん、そんなことはもう気にしなくていいんだ。勿論、士官学校の入学当初はそんなことを考えていた。正直、魔道学院から留学を切り上げて同盟領に戻り、君に会えない日々が続いた時、君のことばかりを考えていて、君を好きなことに気づいたが、君が平民であるから婚姻は望めず、気持ちを押し込めて士官学校の入学から一節程は家の為に花嫁探しをしてやり過ごしていた。だが日に日に君への想いは募っていき、頭の中ではずっと君と婚姻することばかり考えていた。そして、君が僕を頼るのをやめると言った時や君がフェリクスの方へ気持ちが向くのを見て、僕は覚悟を決めた。周りが何と言おうと、僕は君と結婚して君も君の家族も守り抜く。平民の出で、君はこの先辛い目に合うかもしれないが僕が必ず君を支えることを誓うよ。だから僕と婚約して、今まで通り僕を頼って欲しい。僕はいつでも力になるし、君がひとりの時もなんとか問題を解決できるように助力もする。僕が一緒にいてやれない時は君のことが心配だからな」
フェリクスくんと同じくらい、ローレンツくんの言葉には力強さがあった。
私が好きなのはローレンツくんで、好きだと自覚する前からずっとローレンツくんに頼ってきたし、ローレンツくんもそれに応えてくれていた。迷わずにローレンツくんを選べばいいのに、何故かフェリクスくんのことも気になる。
フェリクスくんは返事を保留にしてくれたけど、この様子だとローレンツくんには今答えなくちゃいけない。今、決めないと。
──好きな人か、気になっててこれから好きになるかもしれない人か。
「私は──」