橡木の接唇

 

週末の昼頃、ナマエと大修道院の森に来た。
今のところナマエとは普通に話せているが、少しでもくっついて歩こうとすると、自然と距離を取られることに気づいた。その度に、まだナマエは俺のことを怖がっているのか単に警戒しているのかとぐずぐずと考えてしまう。こんなのは俺らしくない。恐らく、自分で意識しているよりも俺は本気でナマエのことを好いているから嫌われるのを恐れているんだろう。故郷にいた頃には嫌われる、なんてことは普通のことでそんなことを恐れたことはなかったから未だかつてない感覚には自分でも困惑する。
ナマエはその辺で拾った木の枝で草木を掻き分けながら、人が何度も通って草地が禿げている遊歩道ではなく、傾斜があり、より緑が鬱蒼と茂っている方へ歩いていく。草地を踏みつけると薬草臭い香りが宙を舞い、小さな虫が乱舞する。まだ太陽がちょうど中天に位置する明るさだというのに気味が悪く、帰りは迷子になる不安がでてきた。

「ナマエ、こっちには来たことがあるのか?」

「ないよ。黄金の花だから、きっとこういう人が入らなそうなところにあるかなって」

「まずは平地を行かないか?こっちには道という道がないし、危なくないか?」

「うーん……そうだね。あっ」

ナマエは前に足を踏み込もうとして、し損ねたのか、前のめりになって腕をばたつかせた。

「おっと。大丈夫か?」

ナマエが倒れそうなところを向い側から両腕を掴んで倒れないように助けた。
自然と距離が近くなり、ナマエは恥ずかしそうに顔を俯かせる。そんな反応をされると先日の続きをしたくなるが、ナマエが泣いたことを思い出して、なんとか堪えた。

「あ、ありがとう……木の根っこに足挟まっちゃったみたい」

ナマエの言う通り、地面から露出した苔むした木の根っこに両足が挟まっている。どうやったらこんなに綺麗に挟まるのか感嘆する程だ。

「両足が挟まるなんて器用だな」

「うう……ちょっと掴まらせて」

ナマエは右手だけを俺の腕から離すと、少し身を屈めて木の根っこに挟まった右足のブーツを掴んで引っ張ったと思ったら、重心を崩したのか、また右腕をばたつかせて、左手で俺の腕を強く掴んだまま後ろに傾いた。

「あっ」

「ナマエ!」

咄嗟にナマエが倒れないように、掴んでいたナマエの左手を引っ張ると、ナマエが俺の方に倒れ込んできた。本能のままにナマエを抱きとめれば、ナマエは悲鳴をあげて俺を突き放して後ろに倒れ込んで尻餅をついた。その拍子にナマエの両足が木の根っこから抜けたわけだが、ナマエのスカートは膝丈で、必然的にスカートの中が見えた。ただ、残念なことに今日も下穿きを穿いていた。昨日は木を登り下りする時にナマエは思いっきり下に穿いた下穿きを晒していた。勿論、ナマエは「見ないでね」と言って木を登り下りした訳だが、正直心配する振りしてがっつり見ていた。そして今もついつい見ちまっている。中に下穿きを穿いていようが、良いものは良い。
ナマエは俺の視線に気づくと、足の間に手を置いて、スカートの中を隠した。情欲を催すような格好にそそられてそのまま押し倒したくなるが、ナマエがまた泣くだろうし、悲鳴をあげられて拒否られた直後後だから、何もできない。
ただ、好きな子が自分の恥ずかしいところを恥ずかしそうに隠す仕草を見つめて楽しむことが、今の俺に味わえる最上の喜悦だ。正直、悲鳴をあげられて傷ついているから、見るくらいは許して欲しいもんだな。
ナマエは立ち上がって地面についた尻を叩いて土汚れを取りながら俺を疑うような目で見てきた。

「見てないよね……?」

「ああ、勿論だ。このフォドラの大地に誓って見ていないさ。いや、今のは嘘っぽいな……すまん。見てた」

「うう……そうだよね。見苦しくてごめんね」

てっきり怒られるかと思ったが、謝られて安心した。やっぱり、スカートの中は見た方が得なんだな。

「そんなことはないぜ。好きな子のスカートの中は皆見たいものだしな」

「……え?」

ナマエは引いたように表情を強張らせた。あー、さっきから俺、何言ってるんだ。ナマエに悲鳴をあげられたショックがまだ尾を引いているみたいだ。

「流石に冗談だってわかるよな?ほら、転ばないように手、繋ごうぜ?」

「よかった……冗談か……」

まあ、冗談ではないがナマエが怒らないならそれでいい。
ナマエはおずおずと、俺の伸ばした手を取った。ナマエの手は思ったよりも小さく、少し冷たい。互いの指を絡める繋ぎ方に変えればナマエの手がびくりと震えて、拒否られるのかと思って不安になったが、ナマエも俺の指に絡めて来て安心した。
手を繋ぐだけでなんだか緊張するな。こんな緊張するものなのかって程だ。それに胃のあたりが重苦しくて仕方がない。ナマエを感じることができるのは、当分この絡ませた手からだけかもしれない、と考えているからだろうか。
口付けも駄目。抱擁も駄目。手は大丈夫。じゃあ、その次は?両手を繋ぐとかか?
これ以上発展が望めなくなるのは俺も辛いが、我慢できる自信はある。俺も獣ではないからな。理性がある。勿論行くところまで行けば、理性がぶっ飛ぶかもしれないが。
横道から遊歩道に出ると、ナマエの手が自然と緩むのを感じたが、俺は離すつもりはなくてそのまま手を繋ぎ続けた。

「どの辺りまで行くんだ?」

「太陽が燃え尽きる頃に咲く花だから、そもそも陽が当たらないところを好むと思うの。だから、高い木が密集したところを探したいかな」

「なるほどな……明るいうちに見つけたら、蕾の状態ってことだよな?」

「多分」

「年中存在して、陽が沈む時に開花するのか?」

「んー。確かに季節については記載がなかったけど、どうなんだろう……もしかして、季節限定なのかな?」

「俺はその本を読んでいないからなんとも言えないが、探すのには相当骨が折れそうだぜ?」

「クロードくんは嫌?」

「俺はナマエと過ごせればなんでも構わないさ」

「そうなの?」

「ナマエは俺と一緒は嫌か?」

「ううん……一緒にいられるの凄く嬉しい……」

ナマエは伏し目がちに小さな声で言う。
堪らず抱きしめたくなる程可愛いらしいが、また突き放されることを考えて我慢した。
結局と言うべきか当然と言うべきか、その日は黄金の花は見つけられず、夕日が沈む前に大修道院に戻った。門の手前まで殆ど手を繋いでいたわけだが、離すと僅かに手汗をかいていてナマエに引かれないか心配になった。

「クロードくん、私、手汗かいちゃってた……」

「いや、恐らくそれは俺のだから気にしなくていいって」

「え?そうなの?緊張してたから私のだと思ってた……」

そういえば、手を繋いでからナマエは大人しかった。昨日のように突然走り出すこともなかったしな。そんなに俺を意識する程、俺のことが好きなのか?なんて聞いたら、ナマエは顔を真っ赤にして恥ずかしがるのだろうか。ナマエの反応見たさに言いたいが、引かれそうだから我慢した。昼からずっと我慢しっぱなしだな。本当に俺らしくない。金鹿(ヒルシュ)の皆に知られたら笑われちまうな。

「また週末に手繋いで森に行こうね」

「お、おう……」

てっきり次は手を繋ぎたくないとでも言うと思ったが、ナマエは手を繋ぐのは好きなようでよかった。それならいくらでも手を繋いでやりたいし、ナマエの手の平や指だけでなく、滑らかそうな白い手の甲までも、触ってじっくり堪能したい。
煩悩に取りつかれながら大修道院に入り、温室の横を通って寮の二階のナマエの部屋の前まで並んで歩いた。
ナマエは部屋の扉の前で立ち止まると、「クロードくんって明日の放課後暇?」と聞いてきた。何の誘いをしてくるのか、期待に胸が膨らむ。

「暇だが、どうした?」

「よかったら大広間で一緒に勉強しない?弓術の資格試験が近くて……筆記に不安があるからクロードくん頭いいし、助けて欲しいの」

「弓術なら任せてくれ。戦術設問のヤマも張れるぜ?」

「本当?よかったぁ。聞きたいところが色々あるから明日教えてね」

「ああ。ナマエの体の芯まで俺の秘儀を教え込んでやるさ」

「えっ?筆記のこと言ってるんだけど……」

「いや、それはそうだが……そうだな。うん。筆記の場合だと、体じゃなくて頭だもんな。流石ナマエだ。鋭い指摘だ」

最初からナマエに通じるとは思ってなく、ナマエが誘ってくれた嬉しさでついふざけただけだが、真面目に返されるとやはり調子が狂うもんだな。ま、そういうところもナマエの可愛らしいところか。

「ふふ……クロードくんってやっぱ面白いね」

ナマエは口元に手をやり、少し堪えつつも声を上げて笑った。
そういや、こういう関係になる前は俺がふざけ過ぎてナマエが腹を抱える程よく笑っていたのを思い出した。そう思うと昨日からの俺は余裕がなく、ナマエを笑わせられていない。ナマエに"やっぱ"面白いと言われて、自分の余裕の無さと、ナマエとどうにかなりたいという願望が強過ぎることを反省した。明日からはこの欲を捨てていつも通りの俺でいたいと思うが、果たしてナマエを目の前にしてそれができるか自信がない。

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