川の中の一人
「練習、させてください」
ハサミを握りしめて、カオはやってきた。聞けば、散髪の練習をしたいのだと言う。
キラーの髪を切ってしまったのは自分で、とカオは説明をするが、知っている。
なぜならキラーにそれはもう何度も自慢をされたからだ。
『カオが切ったんだ』
『はあ、短い』
『カオが、おれの髪を。褒めた、ふふ。ヒート、カオは愛らしいな本当に』
それはもう飽きる程。
思い出すとウンザリするが、キラーはいつもそんな感じだ。惚気はほぼ毎日。
「ヒートさん、ダメでしょうか…キャプテンは、髪が長くないし、やっぱり」
「いいぞ」
パ!とカオの顔が明るくなった。
しまった、かわいいと思ってしまった。ヒートはキラーのあの睨みを思い出して、気持ちを萎えさせる。
「ありがとうございます!少し、毛先だけ、やらせてくださいね!」
「ああ」
ヒートは床に腰を落とした。
シャキ、とハサミがはいると、少し緊張が走った。
「キラーさん、ああは言ってくれたけど、やっぱり失敗したのは悪いなって」
「気にしてないだろう、キラーの旦那」
むしろ喜んで自慢しているが。
「優しいから、キラーさんは。私、迷惑をかけてばかりで。良くしてもらって、かっこよくて、声も、仕草も好きです」
「ははあ。惚気話か」
「ナイショですよ!い、言っちゃダメです!」
「約束しよう」
そんなことを言ったらどうなるか、火を見るよりも明らかだ。朝から晩まで自慢話が続くだろう。
「ヒートさん」
「なんだ」
「ヒートさんは、聞いたことありますか。キラーさんの初恋のこと…」
「旦那の初恋?」
初恋だなんて、そんな淡い思い出話を話す連中が乗っている船ではないのだが。こればかりは聞いたことがあった。
あれか、カレーうどんの。
カレーうどんの女、あれは笑い話だと思うのだが、本人は深く傷ついているらしい。その為にカレーうどんも食べない。
「やっぱりかわいかったんでしょうか。聞いたこと、ありますか。本人に聞くのは怖くて…どんな人が、キラーさんは好きなんでしょう」
鏡でも見たらどうだろうとヒートは喉まで出かかったが、言葉を飲み込んだ。
「例えば、ヒートさんはどんな人が好きですか」
「カオみたいな女が俺は好きだ」
「そんな冗談を」
「ハハ」
恐ろしいことだ。そんなこと。
それに、入り込む隙間もないのだ、この二人に。そんな中で、好きにでもなってしまったら酷だろう。惚気を聞かされる身にもなってほしいものだ。
「ヒート、何を笑っている」
「ハッ」
またキラーに見つかったヒートの散髪は、凄まじいキラーのカットで終了した。