合図の口紅が
「キラーさん」
「どうした」
カオは、じ、とキラーをの顔を見た。
「呼んでみただけです」
そうカオは言うだけ。こんな、呼ぶだけのことを繰り返していた。
キラーは不思議に思って仕方がない。
「キッド、カオはおれに何か用でもあるんだろうか」
「さあなあ。良いじゃねえか、呼ばれるの好きなんだろ」
「まあ、そうだが…」
名前を呼ばれることは嫌ではない。
しかし、何か用や悩みや、言えないことでもあるのだろうか。
「カオ、おれに言えないことでも…」
「好きなやつでもできたんじゃねえか」
キラーは絶望した。
もしかすると、もしかして、カオは好きな男でもできたのかもしれないと惟る。
『キラーさんに紹介します。私この人が好きなんです』
そんなことを言うつもりだったのかもしれない。キラーは今、マスクをつけているので、顔は見えないが真っ青だ。
キッドは適当に答えたつもりが、愕然としてしまった相棒に苦笑いする。そんなわけないだろうに、と思うが、言っても信じないだろうなと言葉を飲む。
「カオ…」
「ま、まあそんなことがあるとしたら、この船の奴だろ。命知らずもいいところ…」
キッドがそう言いかけた時、キラーは勢いよく立ち上がり、メラメラと闘志を燃やしていた。
「そうだ、カオをたぶらかした男は船に居るに違いない。許さん、絶対に…」
こうなればキラーは聞く耳持たないことをよくキッドはわかっていた。
仲間殺しは許されない為、やばくなれば止めるが、キッドは別して喧嘩が好きだった。
オモシレーことになった!と内心思ったことは秘密だ。
「ヒートさん、服、直し終わりましたよ」
「すまん、どうも細かいことは苦手なんだ」
ヒートの服のほつれを直したらしく、カオは服を渡していた。それを見ていたキラーは、一目散に駆け寄ってきた。あまりの形相に、ヒートは何か自分が悪いことをしたのかとビクビクと構えてしまう。
「ヒート、おれになにか言い残すことはないか」
「旦那に?別に、お世話になりました、としか…なにかおれ、ミスでも」
ガンを飛ばされ、ヒートはわけがわからないという顔をしている。とぼけているのかとキラーは武器に手をかけるが、その手はカオに渡された服でふさがった。
「キラーさんも、はい。昨日頼まれた服の直し終わりましたよ」
「あ、ああ。すまない。また頼む」
カオに見とれていると、その間にヒートはトンズラしていた。
何を言っても殺されるような顔をしていた、とヒートは語る。
ヒートを探しながらも、キラーは考えた。
そうだいちばん怪しい奴がいたじゃないかと。
「はあ、旦那。何か用事ですか」
「ワイヤー」
ズカズカと乱暴な足取りで、キラーはワイヤーの元へ馳せつける。
「カオが!」
「カオが、なんです」
キラーは突然我に返る。だいたい、自分の嫁でも無ければ、彼女でもないカオに男ができたかもしれないなんて、自分には関係ないじゃないか。きっとワイヤーなら、ニヤニヤといやらしくそのことをからかうだろう。
「…カオが、その、変で」
「ほう。それで」
「お前が何かしたのかと」
「旦那、おれはカオを性の対象で見てますよ。ええ、女ですから。でもそれだけで、まだ何もしてませんよ」
気だるそうに話すワイヤーに嘘はないだろう。臆面もなく、むしろ正直すぎるほどだ。
「ああ、また尻は触りましたけど」
「いやもういい。おれの勘違いだ」
いつもならブン殴るところだが、ワイヤーを後に、キラーはカオを探した。もう本人から聞こうと。
メシのにおい。
これはカオが晩を用意しているのだろう、ふらふらとキラーは炊事場へ足を運んだ。
一歩踏み入れれば、すぐにカオはキラーに気がつき、パッと笑う。
「キラーさん!すみません、まだできていなくて。お菓子なら、そこに」
「いや。腹はまだ」
手を止めて、カオはキラーの顔を覗き込んだ。
「キラーさん」
またカオはキラーの名を呼ぶ。そして、じ、と見るだけ。
「…また呼んだだけなのか」
「え!は、はい、気にしないでください」
「その…話してくれないか。なぜ呼ぶのか。言いたいことがあるのか?それともおれには言えないなにか、わけでもあるのか」
「言えないわけじゃ…」
キラーはカオを壁に追いやった。逃げられないように腕を壁におし立て、カオを見る。おたまを握りしめて、カオは目の動きで動揺しているのがわかる。
「話してくれ」
「でも」
カオの顔は赤い。
キラーは、この顔はもう男の話なのだなと決心した。
「キャ、キャプテンが…」
「キッドが」
「キラーさんは、好きな人に名前を呼ばれると、一度足元を見るのだと聞いて…つい、何度も…」
「なっ、そんなこと試してたのか」
「すみません…」
足元から崩れ落ちた。キラーは、なんだ、男じゃないのかと安堵して。
「やっぱり嫌でしたか?ついつい、やりたくなってしまって」
「俺はてっきり男ができたのかと」
そんなわけないじゃないですかとカオはしゃがんで、キラーを見ながらクスクスと笑う。
「マスク取ってください。ごはんですよ」
「ああ、安心すると、不思議と腹は減るものだな」
がしゃり。マスクを取った時、すっとカオから口をつけてきた。
と、思いきや、口に当てられたのは、ただのおたまであった。トキメキを返してほしい。
「好きでいるなら、私はキラーさんが良いです」
*****
「あれは本当なのかキッド」
「ちょっとからかってやろうと思ってカオに冗談言ったんだ。まさかそれをずっと試しているとはな」
「おかげで大恥だ」
「でも嘘にはならなかったみてえだ、カオはおまえより背、小さいだろ」
しばらくキラーはカオを避けて過ごすことになる。蓋し当然のことだ、自分より背の低いカオに呼ばれて足元を見るのは。
カオはカオで、それが嬉しかったのかもしれないが、知らず知らず彼女に好きだと念を押していたようで内心忸怩たる思いだ。
こんな恥、もうごめんだ。