やさしさ

椅子から転げ落ちた。

「カオ、カオどうした!大丈夫か!」

酒の席で。

しびれるような、まるで馬車にでも轢かれたような衝撃的な味だった。カオは酒を飲むなりひっくり返ったのだ。

「おいワイヤー、何飲ませたんだ!」

「酒ですよ。保存がきくやつ、いろいろ役に立つじゃ無いですか。ほら、これ」

キラーがワイヤーから受け取ったその酒には、96と数字が書いてある。よりにもよって、いちばん高い、ほぼアルコールのものを飲ませたのだ。

実はこの酒、この船には多く乗っており、ヒートによる炎の攻撃の強化や、長旅で薄めながら長く飲む酒として、ある時は度胸試しや宴に使われた。

「匂いでわかると思ったんですがね、まさか本当に飲むとは」

ワイヤーは悪びれもなく、自分は酒を水で薄めて飲んでいる。
カオはあまり酒に縁がなく、コップに注がれたそれを少しだけ鼻から離してくんくんと嗅いではみた。酒とはこんなものなのだろうかとそのまま飲んだのだ。それも、皆が飲む様子を真似して一気に。

「そこらへんで休ませとけば良いじゃないですか」

「馬鹿言うな。これ以上おかしなことをさせられてたまるか」

「へーへー、保護者さんは大変ですねえ」

ワイヤーに茶化されながら、キラーはカオを担いで、船室に入る。初めは、カオの所へ行こうと思ったものの、なんとなし、好きな女の生活する部屋には入れなかった。そのために自分の寝床にカオを転がすこととなる。

アルコールが回って、赤くなったカオはウーと声を出す。
マスクを取り、しゃがみこんで目線を合わせるとキラーはできるだけ優しく声をかけた。

「カオ、おれがわかるか」

「わかります」

ふにゃふにゃとした口調で、本当にわかっているのかどうか怪しいくらいだ。

「すごくきもちがわるいです…」

「ああ水を持って来るべきだった。待ってろ」

水を取りに一旦部屋を出たキラーは、キッドに鉢合わせした。

「おいキラー、変な気起こすなよ。ゲロでもされたら俺も船も泣くぜ」

「酔っ払いに何させようというんだ。静かに寝てもらう」

こんな言葉の投げ方もキッドはキッドなりの気遣いなのだ。
普段のキラーならキッドの気遣いにも気がつくが、そんな余裕がなかったらしい。水を持参して、部屋に戻ればカオは横たわったままキラーを目で追う。

「少し起きられるか、水だ」

半身起こせば、ちびちびとカオは水を飲む。少し口から漏れたりしながら。
キラーはカオの口端の水を拭う。

指を離せば、手がカオに掴まれる。
カオはキラーの手を愛おしそうに頬に付けて、

「やさしい」

そうもらす。

「具合が悪いなら優しくするさ」

「ぐあいがわるいなら、やさしい」

「キッドでもそうする」

もう一度カオを横にする。
カオはまだキラーを追っているようで、布団を整えればまた手を掴んだ。

「わるくなくても、やさしい…キラーさんは」

「何故だと思う」

「やさしいひとだから」

とろんとした顔のカオにキラーは微笑む。

「好きだからだよ」

きっと記憶が飛んで、覚えてはいないだろう。キラーの告白は、カオから消えてしまう。

はじめて本気で伝えられたのに、こんな酔いのおかげで0にされてしまう。キラーは、もう酒を飲まないように言い聞かせておこうと心に決めたのだ。

カオにチュと唇を重ねると、ウトウトとカオは眠ってしまった。




「…という夢を見ました」

キラーは飲んでいたものを吹き出す。
忘れるだろうと思った記憶は、ぼんやりとカオは覚えていたのだ。どうやら夢だと思ってはいるようだが。

「どうだか、夢じゃねえかもしれ」

キッドはキラーにヘッドロックを喰らい、言葉が止められる。

「キッド、夢を見たんだカオは」

「馬鹿言え告ってたろ!」

「な…盗み聞きしたのか!」

「薬持って来てやったんだよ、感謝しろよムッツリのくせして!」

よく喧嘩しているのに仲が良いなと、カオは紅茶を飲みながら眺めていた。