イノシシの弱点

『きゃー!こわい!』

と言いながら抱きついてくるカオ。大丈夫だとなだめながら、優しくカオの手を取る自分。

『やっぱりキラーさんは頼りになりますね!結婚してください!』


とかなんとか妄想をする時がある。虚しい。
キラーは、大きなため息をついた。こんな妄想の通りにはならないのだ。

ことカオには、こわいものという存在がない。

ゴキブリが出た時は素早く倒していたし、クモもお手の物。オバケの存在すら怖がらないらしく、幽霊騒ぎがあった時は一番にキラーの元へ駆けつけて「無事ですか!」と叫んでいたくらいだ。

どちらかと言えば、カオは“何としてもキラーさんだけは無事にいてもらう、自分が犠牲になってでも”という精神らしい。
それはそれで可愛らしいのだが、やはりときめくことが欲しい。そしてあわよくばよろしくやりたい。船の上での願望だ。

せめてカオが悪魔の実の能力者であれば、海というわかりやすい弱点が見つかるのだが。

「はあ……」

「また悩みですか」

ヒートはたまらず声をかけた。辛気臭いキラーはいつも同じ、カオのことで悩んでいる時だ。わかりやすい人である。

「カオの苦手なもの、知らないか」

ほらね。

「お嬢の苦手なもの…旦那にわからなくて、自分がわかるわけないでしょう。生き物はどうです」

「それならあらかた調べはしたが、狼も蛇も平気だったぞ」

「ははあ。お嬢は案外、肝が座ってますからね。自分が死ぬことも怖くないという感じだ」

ヒートは困って、頭を掻いた。

「きっと人を殺せと言えば殺すし、死ねと言われれば躊躇なく死ぬだろう。させはしないが。食べ物ですら、カビが生えても食べると言う程嫌いがない…」

キラーはまた大きくため息。

彼女を怖がらせたり、困らせたりはしたくないが、頼りにされたい。されていないわけではないが。嫌いな食べ物でもあれば…

『キラーさんお願い…これ食べてください』

とおねだりされるのに。甘えて欲しいのだ、彼女に。そんな面も見てみたい。

「お嬢も人間ですからきっと何かありますよ」

ヒートの苦笑いで、この話は終わりになった。


その晩、よく晴れた空から一変、嵐になった。
船は大きく揺れて、雷雨が襲う。舵を取り、帆をたたみ、多忙となった船内。
しばらくして波は少し落ち着きピークは過ぎたたものの、まだ雷鳴は遠くで鳴り響いていた。天気とはどうしてこうも勝手なのだろうか。

「キッド、振り落とされるなよ。こんな海じゃ、助けに行けないからな」

「おまえこそ。テメーのデカイ図体、海から拾い上げられねえからな」

そんな言い合いをしながら、キッドの安否を確認する。一番船から落ちて厄介なのはキッドだ。カナヅチなのだから。
辺りを見渡し、人数を確認する。キラーは大切な1人がいないことに気がついた。

「カオは…?」

「そういえば居ませんね。落ちないように部屋に入ってるとは思うんですが」

近くにいた船員がそう答える。
落ちた、そんなはずは無いと思いながらもカオの部屋へと急いだ。

「カオ!カオ、居るか!」

「い、居ます!どうしてここに…私は大丈夫ですよ!」

どこからか声がする、キラーは部屋の中をキョロキョロと見渡す。カオが潜んでいたのは、それは狭い隙間で、よくもまあこんなスペースがあったものだと感心してしまった。

「何してるんだ。挟まったのか?」

「いえ別に…なんでも」

オロオロとしているカオの顔がよく見えたのは、空が光ったからだ。大きな雷が落ちた。すると、カオは悲鳴と共に顔を手で覆い隠した。


「カオ…もしかして、なんだが…」

「すみません、子どもみたいで…雷がその、苦手というか…わ、笑っても良いです」


メルヘンゲットだ。


ありがとう嵐、ありがとう雷雨。
キラーはどこかの神様に感謝をしながら、カオの側に寄った。

「いつもどうしていたんだ。雷雨はよくあるだろう」

「いつもここに隠れてやり過ごすんです…ほら、皆さん雷雨の時は船で忙しいでしょう。気がつかれないんです」

このスペースはそのために作ったらしい。隠れるための巣穴のようだ。

「は、恥ずかしいです。なんと情け無い…キラーさん、お願いです。ナイショ…ですよ」

絶対に言わない。頼まれても話さん。
少し潤んだ瞳で、お願いをされた。最高だと思ってしまった。怖がってるカオには悪いが、やっと2人の秘密ができたのかと舞い上がってしまった。

また雷鳴が鳴り響く。カオは同じように悲鳴と共に顔を隠した。飛びついて来てくれたら良いのに。

「いけません…キラーさん、幻滅されましたか?」

「そんなわけあるか。ほら、こっちに来…」

これまでで一番大きな雷鳴が響いた。
カオはたまらずに、キラーの胸に飛び込んで隠れた。

神様ありがとう。

「すみません、服を汚してしまいましたね…」

「かまわない。フフ、カオもやはり人の子だったな。おれは嬉しい」

「どういう意味ですか?」

「かわいらしいと思う。カオは雷がダメだったのか、そうかそうか」

「お、面白がっていますね!」

抱っこするようにカオを包んだ。すると、カオはボソボソと精一杯の反抗の言葉や言い訳をぼやいていた。

「きゃ!」

雷鳴と同時に、カオがしがみついてくる。なんと幸せだろう。

「頼りにしてもらうのは悪い気分じゃないんだぞ」

「頼りにはしています、でも、こんな子どものような理由で頼りにしては…」

「強情だ、カオは」

スンと鼻を鳴らす。カオは雷が鳴らずとも、しがみついてきた

「バチが当たるでしょうか。こんなに抱きついてしまっては」

「いいや。おれはもっとされたいくらいだ」

「キラーさん、いやらしいですよ」

「何とでも」

いっぱいハグができた。雷雨のその日は最高だった。