カニの日

「ワッ」

「ひゃっ」

この瞬間、この時、空気は鎮まり皆が凍った。
船員の一部が武器の手入れをしていた時のことだ。どう扱ったのか武器の刃は飛び上がり、ヒュンと回転しながらカオを襲った。

幸い怪我は無かったものの、刃はカオの髪の毛をバッサリと切り落としたのだった。

ハサ、ハサ、と髪が床へと落ちた。皆、金縛りにあったかのようだった。動かない。カオが髪を伸ばしていたことも、大切にしていたことも知っていた。そしてその髪を、カオをキラーが大切に思っていることも知っていた。

「お嬢…大丈夫…?」

やっと船員の一人が声を出した。それは誰もが『大丈夫では無いだろう』と思った発言ではあったが、時が動き始めた。

「大丈夫ですよ、いけない…汚してしまいましたね、ホウキを持って来ます」

何もなかったようにカオは答えると、ホウキを取りに行く。とまれかくまれ、切れた毛は元に戻らないのだが。死を覚悟していた船員たちは心配でたまらなかった。しかも切れた髪の毛を片すと、カオはいつものように洗濯を干し、昼の支度を始めたのだからますます心配になった。

ジャガイモの皮を剥き終わった頃、バタバタバタバタ!と足音が炊事場へ向かっていた。それはキラーのものである。

「カオ!」

「キラーさん」

たまらなくなった船員たちは自首をしたのである。キラーが度を失ったら肋骨の2、3本折られると覚悟をして身構えていたのだが、キラーの足はすぐにカオの元へと動いていた。

馳せ着けたキラーはざんばら髪になったカオの髪を見て言葉が出なかった。目を合わせようとしないカオはどこか余所余所しい。

「夜からは雨が降りそうですね。雲が集まって…」

か細い声のばつを合わせるカオに我慢ができなくなったキラーは椅子を動かし、無理矢理に座らせると「ハサミを取ってくる」と一言声をかけた。

逃げることもできたのだが、カオは大人しく椅子に座っていた。何が始まるのだろうと、落ち着かないカオは天井や床などあちこちに目を向ける。

戻って来たキラーがカオの首まわりから布を被せると、振り向いたカオはやっと目を合わせたのだった。

「これはなにを…」

「動くなよ。耳を切り落としかねない」

シャキと鉄の擦れる音がした。それはキラーがカオを切る音。毛先を整えていくその音だけが響く。

「髪…」

「はい」

「おれは短い髪も好きだ」

カオはじわっと視界が悪くなる、ぱちぱちとまぶたを動かせば涙が落ちていった。

「でも…」

「な、おれは、だからその、髪ではなくカオが好きなんだ。カオが長い髪が良いなら、それは…すまん」

ぱちぱち。次のまばたきでは、涙は出てこなかった。

「あの」

「なんだ」

「ぎゅっとしたいんですけれど、ケープが邪魔して」

てるてる坊主のようなカオは赤い顔でチラッと振り向いたりモゾモゾとしたり。

「あ、後でして欲しい…」

気のせいか、ハサミの進みが早くなった。
短い髪が整うと、カオはずっとキラーに貼りついていた。ホッとしていた船員たちだったが、後々にきちんと肋骨を折られて制裁を受けた。