ティーポット
「鳥が逃げたの」
カオは素行からは考えつかないほどに青くなっていた。珍しく座り込んで、らしくもなく狼狽えているようだった。トリスタンは側により樺色の椅子の背に手をかけて佇立する。
「自然に帰りたかったのではないでしょうか」
トリスタンはそう冗談のつもりでカオに囁いた。鳥がそんなこと思うわけないとでも言って怒って来るだろうと思っていたが、返事が無かった。トリスタンが顔を覗き込むとカオは反論せず目に涙をいっぱい溜めていた。
「自然になんか帰れない、死んでしまうわ。どうしたらいいの」
目に溜め込んでいたものが溢れ出すと、カオは顔を手で覆ってそれを受け止めていた。
トリスタンは黙ってその場を離れると、カオに気が付かれないように外へと出た。カオの泣いたところも、弱いところも初めて見た。それがどうしてこんなに突き刺さるのか。
「あの鳥は、よく鳴いていましたね」
鳥の声に耳を澄ませてトリスタンは歩く。カオに帰してやらねば、鳥を生かしてやらねば、夜の雨のせいで道は泥濘、跳ねた泥がトリスタンの靴もマントも汚した。ああ、雨は止んだ跡ですら好きになれない。止まない雨は無いと言うが、カオのあの雨は止まないかもしれない。
ポロンポロンと弓を奏でて、口笛を吹いて、鳥を呼ぶ。くちゃくちゃとした地面にせめて、足跡でもあれば。
日が沈み星が出た頃、ゆっくり、ゆっくりとトリスタンは帰って来た。
「トリスタン!貴方はどこに行って…そんな、泥だらけで」
「手が使えなかったもので」
トリスタンは両手で包み込むようにして抱えているものを、指の隙間から見せた。ピロロと高く鳴いたそれは、自分も今まで探していたそれだった。
「私の鳥…本当に?」
「間違えるはずもありません。同じ声で鳴いていますから」
鳥籠に戻った鳥は何事もなかったかのように葉を食べていた。怪我も無く、元気で戻って来た証拠だ。
「トリスタンは、怪我しなかったの?」
「私はサーヴァントです。転んだくらいで怪我はしません」
「転んだの」
「む……」
泥濘を歩いただけにしては、あちこちが泥だらけだと所思していたカオは納得する。トリスタンは他言するつもりは無かったようで、少し恥ずかしそうにしていた。
「嘲るつもりならば、構いませんよ」
「なぜ?そんなことしないわ。ありがとう、トリスタン」
「おや」
素直でよろしい、トリスタンはそう思った。
ストンとすぐ隣にカオが座ると、トリスタンは少し面映ゆい。
「トリスタン、本当は優しいのね。ありがとう」
「いえ」
「見直しちゃった」
「……」
汗顔のトリスタンにカオは気がつくこともなく褒め続けた。今日はカオの見たことがない面を多く見てしまったと、トリスタンはしみじみと黙考するのだった。