ベリアル

うたた寝をしていた。

カオが目を覚ますと、上着がかけられていた。ぼんやりした頭もすぐにピンと起きてしまう、きっとこれはシスの上着だ! カオは嬉しくなり、上着を抱き抱えたまま艦内にシスの姿を探す。

「あっ」

曲がり角で何かにぶつかった。驚き目を閉じてしまったが、大丈夫かと言う声に目を開き見上げる。倒れないように支えられた腕、見上げた先は思っていたよりも近かった。

「シス!」
「危ないぞ、どうしたんだ」
「あの、あのね!」

おかえりなさいと、上着を渡そうと思ったことを話そうとしたところでグッと腰に手を回され引き寄せられた。

「シス……?」

仮面も付けずに真っ直ぐにこちらを見てくるシスは珍しいと思った。もう離していいよと伝えるが、離すどころか顎に手を添えられて顔を背けることすらできなくなった。

「シス……? 顔、何かついてる?」
「何も。久しいお前の顔をよく見たいだけだ」
「シス、近いよ。目、悪くなったの?」

今日のシスは変なことを言うなと思った。そんな矢先に、腰を抱かれた反対の手が指を絡めてきた。なんだろうなんだろうとわからなくなっていたカオに、シスは真剣な顔で囁く。

「キスしていいか」

と。カオはボッと顔が熱くなるのがわかった。キスなんてされたこともなかったし、初めてシスがそんな変なことを言うものだから羞恥の渦だ。良いともダメとも言う前にシスの顔が近づいてくる。慌ててカオはシスの胸を押してストップをかけた。

「シス、へ……変! それにこんなところ、見られたらシス、困る……でしょ?」
「何故困る。見られるなら見せつけてやれば良い」
「変なシス……仮面、無くしたの?」
「仮面をしていたらカオとキスできないじゃないか」

フ、と笑ったシスを見ると、カオはもう目が離せなくなった。シスの顔が近づいてくると、もうカオは受け入れるように目を閉じる。

「何をしている!!」

後数センチのところで、シスの声がした。それも遠くで。おかしい、シスはここにいるのにと目を開けてみれば確かに離れたところにもシスが立っていた。

「シスが2人……?」
「惜しいなあ、あと少しで騙しきれたのに」

自分を抱いていた方のシスはそう言ってニタリと笑うと黒い靄がかかった。靄が晴れると、そこに居たのは怪しげな白い肌の男。その男のことをシスはベリアルと呼んでいた。

「カオに何をしている」
「キミができないことを手伝っただけじゃないか」

ベリアルはカオの唇を指でなぞると「良かっただろう」と口角を上げた。でもキスは結局してないと声を出そうとしたカオに、指を口の前に当てながら秘密だとジェスチャーをした。

「特異点によろしく」

それだけ言うと、ベリアルは姿を消してしまった。何だったのだろうと目をパチクリしていたカオのもとに、シスは急いで駆け寄って来た。

「怪我はないのか」
「怪我ないよ」
「術をかけられたりしていないか」
「かけられて……ないと思う」
「そうか」

仮面の下でキュッと唇を噛んで、シスは決心した面持ちをしながらカオにもうひとつ尋ねた。

「……口付け、されたのか」

シス側から見れば、2人の顔の距離がどれだけあったのかよくわからなかったのだ。おまけにあのベリアルの仕草、されたに決まっているとシスは心をざわつかせていた。

「されてないよ。お話しだけ」
「そ、そうか!」

パアッと明るくなり、俯いていたシスの顔が上がった。

「仮面してるから本物のシス、嬉しい。おかえり」
「奴は仮面をしていなかったのか?」
「仮面してるとキスができないからって、言ってた」

グサリと言葉がシスに突き刺さった。何を話していたのだ2人で。

「シス、上着ありが……あれ」

カオが上着を返そうと手を見れば、先程まで手に持っていた上着は消えていた。あれをかけたのも彼だったのだろうか、カオは首を傾げる。

「どうした」
「上着を返そうと思って、でもさっきの人の上着だったみたい」
「上着を……」
「わたし、寝てたから」
「寝ていた……」

本当に何もされなかったのか?! シスはカオの肩を掴んで再度問い詰めた。

次会えたら御礼を言わなきゃとカオは呑気で、シスは大きなため息をつく、週末の日。