救急箱

「シス、おかえり!」
「ああ」

ぱたぱたと走り寄って出迎える。今日は午前中に会うことができた、お昼も一緒に食べられるかもしれないとカオは顔を緩ませていた。

近づき対面すると、サッとシスは腕を後ろへ隠した。

「どうしたの?」
「なんでもない、気にするな」

シスは顔も反らす。こういう時は何かあるに決まっているのだ。カオはそれならと、シスの仮面を奪い取った。

「な、あ! やめろ、ここでは!」

仮面を取り返そうと伸ばしたシスの利き腕は服が破けており、そこからは包帯がグルグルと巻かれていた。滲んでいるのは血液、シスのものだろう。荒い処置の仕方を見ると、自分で何とかしようとしたと見える。

「怪我してる!」
「そ、そんなことより……はやく、返せ」

シスに仮面を返すと、素早く顔に戻された。痛そうだと傷を見てオロオロとするカオに、シスは眉間にシワを寄せる。

「大した怪我ではない。すぐ治る」
「でも」
「大袈裟だ。この程度で構うな」

ピシャリとそう言うと、シスは伸ばされたカオの腕を振り払って医務室へと向かってしまった。



「あらシスくんじゃない」
「な……今日は貴様なのか」

医務室にはファスティバ。ティコが居ればすぐなのだが、出入りも多く医務室の人間は代理になることが多々ある。そして今日はこの愛の伝道者が代理なのだ。薬の管理や情報の管理もここの仕事であり、優しさと力が医務室には必要なのである。

「まあいい。治療をしてくれ」

どかりとシスは椅子に座り、袖を捲り上げ腕を出す。ファスティバはにこにことカルテを置くとさっそくシスの腕の荒っぽい包帯を取った。

「止血はしてあるみたいね。シスくんにしては珍しいじゃない」
「俺も万能ではない」

ウフフとファスティバは意味ありげに笑う。シスはなんだと低い声で問うた。

「珍しいっていうのは、カオちゃんに頼まないのねってこと。私よりよっぽどカオちゃんの愛が特効薬だと思うけど?」
「なっ」

ファスティバが手際良く傷の処置をしながらそんなことを言いシスをからかう。シスはしばらく間を開けてから口を開いた。

「あいつは……大袈裟な顔をする。俺はあまり、あの顔が得意ではない」
「あらまあ。こんな怪我しておいて、勝手ね」

パシ! とファスティバがシスの腕を叩くと、シスは声にならない悲鳴をあげた。

「っ、なにをする……」
「カオちゃん、シスくんが無事に帰って来るか心配してるわ」
「俺は簡単に野垂れ死ぬような……ッ痛!」

またパシ! ファスティバはシスを叩く。

「好きな人には、特別心配をしてしまうものなのよ」
「フ、フン」

終わりよ、とファスティバはまたパシッとシスを叩いた。礼を言うと、ファスティバはヒラヒラと手を振ってもうここへは来ちゃダメよとウインクをした。

思っていたよりも丁寧で良い処置をされたなと考えながら腕を動かし、シスは部屋へ向かう。部屋に近づいた時、自室の扉を背に座っているカオが目に入った。こちらに気が付いたカオは驚き、慌てて立ち上がる。自分がもう部屋に帰っているのだと思っていたらしい、カオは「部屋に居たんじゃないんだ」と洩らした。

「カオ」
「ご、ごめんなさい。用事、あるわけじゃない、から」

カオは立ち去ろうと後退り。両手に抱えている袋にはオレンジが見える。用事もなくそんなものを抱えて何をしているというのだ。

「どうした」
「何でもない」
「俺は大袈裟に考えるなと言ったはずだ。様子を見に来たなどと言うならそれ……は」

大きなため息の後、言葉を続けたシスの目の前にはポタポタと涙するカオ。泣いているカオにギョッとするとシスは慌て、カオに歩み寄った。

「な、なぜ泣く!」
「だって……シス、心配したら嫌そう。でも、やっぱり心配する、から…」

しゃくりあげながらカオはオレンジの入った袋をシスに差し出した。

「これ、これ、食べて早く治してもらおうと思って……でも、シス、嫌そうだったから…待ってたの」

袋を受け取るとシスは温かくなった袋にじんとした。カオは泣き止まないどころか、泣き止み方がわからないような状況だ。ヒッヒッと抑えようとしている姿が自分には辛かった。

「すまない。カオに心配されることは、その、悲しんだ顔が俺は苦手だった」

ゆっくりカオを抱き寄せると、シスはカオの背中をぽんぽんと叩いた。

「シス、ごめんね」

カオの優しさにシスはぐっと力が入る。

「シス、だいすき」

カオに背中に腕をまわされると、疲れや痛みがフーッと抜けていくような気がした。これがファスティバの言う特効薬なのかもしれない。