ラブラブ
チルットドールを腕の中で転がしながら、最近また仲良くなれたと頰を緩ませていた。終わりは恥をかいてしまったけれど、寝癖マクワさんも見られて自分は幸せだった。
お弁当を届けたら今日は自分も仕事に行こうと歩いていたカオ。道中に現れたカップルの女性の方が「ユウくんはさー」と話しかけている声が耳に入った。
「ユウくん……」
聞こえた名前を繰り返し呟く。別にその男性の名前に聞き覚えがあったり、男性が気になったわけではない。くん付けで呼ばれている様子が、なんだかとても羨ましく思えたのだ。マクワのことはさん付けで呼んでいる、それは初めては客と店員であったし、マクワもいつも丁寧な口調で話すからだ。差別や壁を作っているわけではないが、くん付けのカップルが仲睦まじく見えた。
お弁当を見ながら「マクワくん……」と呟いてみると、途端に恥ずかしくなる。突然そんな呼び方を変えてしまったら、嫌がられてしまうかもしれない。それに、距離を詰めすぎと思われてしまうかも。もんもんと考え、自然に呼んでみようかな、気がつかれないかもと手を握りしめた。
「今日もありがとうございます。ああこれ、昨日のお弁当箱です」
食べ終えたお弁当箱をいつも洗って返してくれるマクワに、今こそチャンスだと弁当箱を受け取りながらカオは口を開いた。
「いえお粗末な弁当ですがそのマ、ママ、マクワぐ、ま、マクワ……さん、ありがとうございます……」
「今日はカオさんも仕事ですね。がんばって」
「は、はい」
言えなかった! 恥ずかしい!
マクワはニコッと笑って、ジムへと戻って行った。なかなか難しいのかもしれない。カオはチェッと道にあった石ころを蹴りとばした。
そうだ顔を見て言うからダメなんだ! 夜に電話で自然と言っちゃったということにすれば良いと、仕事をしながら作戦を練っていた。
『もうツボツボのきのみジュースの糖で、イシヘンジンが……』
正直マクワの話は半分くらい聞けていなかった。ツボツボの父さんが陣痛で? なんだって?
今日は一度も通話の中で名前を出していない。お気付き頂けるだろうか。
「マクワ、さん、あの……」
『うん?』
「いえ! なんでもないです! 明日、早いうちからチャレンジャー戦だって言っていましたよね、今日は早く寝ましょう! おやすみなさい!」
『あ、はい、おやすみなさい』
ぶつ切り。言えないよーとベッドの上で転がった。それにもし、どうして突然呼び方を変えるのか聞かれたらどうする? 『その方がラブラブっぽいから!』なんてアホのような理由で呆れられないだろうか。さん付けのままでいいかもとチルットドールを抱き締めて、カオは夢の中へと吸い込まれていった。
「やっぱりカオさんの卵焼きは絶品ですね。ありがとうございます」
「褒められると作っている甲斐があります。ふへへ……マ、マク……」
「はい?」
「あ、明日はサンドイッチにしようかな! ……と思って、へへ、その」
「わあ良いですね! ぼくタマゴのサンドイッチが……って、ずっと卵ですみません」
誤魔化すように笑うマクワを見て、サンドイッチのタマゴのバリエーションを増やそうと思った。今日も言えなかったが、好物は知れたので良しとしよう。