女たらし


「マクワさんがファンの一人に花を贈ったってよ!」

働いているとそんな噂が耳に入ってきた。

「特別なファンだなあ」
「きっと古参のファンなんだぜ」

カオはそれはもう、それはもう羨ましいと思った。はいどうぞと笑顔であの人は花束を渡していたに違いない。もしかしたらバスケットに入った花かも。いやそんなことより、なんて羨ましいんだろう。

マクワさんの女たらし!

少しムクれた。ファンは大切にしないといけないけれど、特別扱いしている子がいるなんて聞いていない!
花屋で母さんに選んでいるなんて言っておいて、本当は特別扱いの子に選んでいたんだ! 嘘なんてついて、一体どういうことなの!

「カオちゃん、漬物入れ過ぎてるよ」
「ハッ」

ムカ〜! としながら漬物をお弁当に詰めていたら、山盛りになってしまった。

昼休みにメールを見れば、マクワからのメールが入っていた。今晩会えますか、と。それを見るとカオはまたムカ〜とした。なによ女たらし!

……と怒りながらもしっかり会うように返事をしてしまったカオ。いつもの所で待ち合わせ、先に来ていたのはカオである。ニュースによればジムが延長戦になったようだ。きっと今連絡しても返事は来ないだろう。

「マクワくん、きっとわたしが花束を貰ったことがないって聞いて、心の中で笑ってたんだわ」

そう考えると怒りよりも悲しみが込み上げてきた。しゃがみ込んで、鼻をスンと鳴らす。その スン が引き金になったのだろうか、涙が出た。ああ悔しいとポロリポロリ。試合なんてずっと終わらなければ良いのにと思った。

そう願っていれば、神様は聞き入れてくれたのか試合はとても長引いて、もうカオの涙は枯れ果てていた。なによなによ、こんな時には涙を拭うために颯爽と登場するんじゃないのとカオは膝を抱えた。

「カオさん! すみません遅くなって!」

マクワの声に顔を上げると、カオを見たマクワはギョッとしていた。カオの目は腫れ上がり、擦り倒した目元は汚れて、唇を噛み締めている。

「ど、どうしたんですか。待たせて、その上連絡もできずにごめんなさい」

マクワはハンカチをカオに差し出すが、カオはプイッとそっぽを向いた。ハンカチを受け取ろうとしないしこの態度は確実に怒っている。

「カオさん、今日はどうしたんです」
「わたしに何か隠していることがあるんじゃないですかマクワさん」

”マクワさん“ に心がグサリ。なんだろう、とマクワは思考を巡らせるが覚えがない。

「言えないんですね」
「心当たりがありませんから……」
「聞きましたよ、ファンのこと。誰かに花束を贈ったそうじゃないですか。特別なファンがいるって、わたしにも内緒にして。マクワさんの女たらし!」

もちろんマクワには身に覚えがなかった。ファンには皆同じものを送り返したはずだ。

「ぼくが花束を渡したのは母さんだけですが」
「本当?」
「あ、いや、花束はもうひとつあることはあるんですが」
「ほらやっぱり!」

はい、と突き出された花束にカオはキョトンとする。なにこれと素早く瞬きをすれば、マクワはあなたにですよと言葉にした。

「え! ええ!」
「何をそんなに驚いているんですか。それとも、女たらしからの花束は嫌でしたか?」

恥ずかしくなった。カオは火が出そうだった。

「誰かがどこかで勘違いしたんですね。まあ特別なファンがいるというのは、あながち間違いではありませんが」
「じゃあわたし妬くことなかったんだ……」

ピキンとマクワはその言葉に反応を示した。

「妬いていたんですか?」
「だ、だって、特別扱いされている人がいるなんて聞いたら……」
「だからそんなに顔を汚して泣いていたんですか?」
「……そうですけど」

マクワは実際のところどうだったかわからないが、ヤキモチを妬いているカオを想像した。かわいいことをまたこの人はしでかして! 「マクワさんの女たらし」なんて考えてモヤモヤしていたのだろうか。

「カオさん、かわいい……」
「な、な、何を言っているんですか! こっちがどれだけ思い詰めたと!」
「ふふ」
「笑わないでくださいよ……」

花束で顔を隠している彼女にまた笑ってしまった。

「マクワくん、ありがとう。と、ごめんね」
「いいえ、良いものをたくさん見られましたから」
「わたし花束、嬉しい」

ふにゃり。また笑う彼女に見惚れて、マクワは幸せだった。