凛と咲く
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壁も、床も、天井も、何もかもが白い病室。淡い水色のパジャマと見舞いの花だけが鮮やかだ。
部屋の主は、今日は調子が良いらしく、花瓶に生けられている花の手入れをしていた。枯れ落ちた葉を拾い、綺麗に咲いた花を慈しむように見つめる。あの黄色い小ぶりな丸い花は、赤也が選んだものだ。レギュラー全員で見舞いに行く前に寄った花屋で赤也が真っ先に見つけたもので、「丸くて黄色くて、なんだかテニスボールみたいじゃないっスか?」と即決していた。そのことを伝えると幸村は、赤也らしいな、と笑っていた。
「幸村」
声を掛けると、幸村はゆっくりとした動作で振り向いた。その表情はとても穏やかで、調子が良いというのはどうやら本当らしかった。幸村は俺の手にあった花束に気づくと、「いつもありがとう」と微笑む。持参した花瓶と共に花束を幸村に渡し、俺はベッド横にあった椅子に座って幸村が花を生け直すところを眺めていた。
俺が持ってきた花は、幸村に手によって手早く花瓶に移された。心なしか花束のときより生き生きとして見える。手をかけてやれば、そのぶんだけ花は応えてくれるんだ――いつだか、幸村が言っていた言葉をふと思い出し、これもそういうものなのか、と考える。花を生け終わった幸村がベッドに腰かけるのを待って、話を切り出す。
「幸村、大会の結果なのだが」
「知ってる、順調に勝ち進んでいるって」
「ああ」
幸村のベッドの傍らには、立海の誇りであるレギュラージャージが丁寧にたたまれた状態で置いてあった。その横にはラケットが立て掛けてある。それを見つめながら、幸村はふ、と息を吐いた。
「王者の勝利は絶対だ、そのためにも――」
「負けはしない、どんな試合でも。わかっている。俺も、もちろん皆もだ」
そうだね、と幸村は寂しそうに微笑む。諦めを含んだその瞳を、俺は見ることができなかった。
病に倒れ、もう二度とテニスができないかもしれないと言われ、絶望の淵に立たされていたとしても、それでも諦めずに俺たちの元へ帰ってきてほしいと思うのは、俺の我儘だろうか。
「幸村、」
俺も皆も、お前の帰りを待っている――一方的にそう伝えて、俺は病室をあとにした。
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「俺はまた、テニスができるのかな」
帰りを待っている、と真田に言われ、はっとなった。俺はいつからテニスを諦めていたんだろう、と。気づいたときには、俺は仲間に無責任に勝利を託すようになっていた。王者立海の勝利は絶対――口で言うのは簡単だ。だけどそれを達成するには並の努力では叶わない。そんなこと、自分が一番わかっている。勝利しか許されない立海で、三年もやってきたのだから。
医者から手術という治療法があると提案され、ずっと悩んでいた。成功率は低く、手術を受けたとしても確実に治るとは断言できないと言っていた。手術を受けても治らない可能性があるのなら、そんなものに希望を見出して裏切られるくらいなら、最初からやらない方がいいとすら思っていた。
でも、真田が、他の皆が俺の帰りを待っていてくれてるなら。皆と一緒に、立海三連覇の夢を追いかけてもいいなら。俺は、ちっぽけで消えてしまいそうな希望にも縋りたいと思うんだ。自分に言い聞かせるようにぽつり、呟く。
「何を犠牲にしたっていい。勝つためなら、苦痛も、犠牲も、何だって乗り越えてみせる」