夕陽色の夢と約束

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「赤也、誕生日おめでとう」
「幸村部長! ありがとうっス!」
「プレゼント、何がいいかなっていろいろ考えたんだけど思いつかなくて……何か希望はあるかい?」
「俺が決めてもいいんスか? じゃあ――」

 季節外れの海にいるのは物好きな俺たちだけで、静けさの中に波の音と時折通る電車の音ばかりが響いていた。
 海に行きたいと希望した当の本人は大はしゃぎで、砂浜に到達するなり早速靴も靴下も脱ぎ捨てていた。つめてー! と顔をしかめながらも、そんなのお構いなしでじゃぶじゃぶと海の中へ入っていく。捲っていたズボンの裾はすでにびしょ濡れで意味がないが、それすらも気にならない様子で赤也は波と戯れていた。

「幸村部長! 部長も入りましょうよ!」
「いや、俺は遠慮しておくよ……寒いし」
「ええー! そんなこと言わずに! まあ無理言いませんけど……」

 それにしても、と赤也は続けた。

「夕日、綺麗っスねぇ。なんか久しぶりっス、夕日をじっくり眺めたの」
「そうだね。ずっとテニスばかりだったし、空を見上げるって最近なかったなあ」
「みんなテニスに夢中だったから、日が暮れてることも気づかなくて、よく下校時間を過ぎて先生に怒られたっスよね……懐かしいなあ」

 懐かしい、なんて言って赤也は急にしみじみし始める。まだそんな経ってないだろ、と突っ込もうと思ったが、テニスに明け暮れていたあの日々が、遠い昔のように感じていたのは確かだった。
 全国大会が終わって、俺たち三年生は部活を引退した。赤也なんかは泣きじゃくって「俺と一生一緒にテニスしてくれないと嫌っス!」と真田の足に縋りつくほどだった。あのときは「一年なんてあっという間だよ。高校でまた一緒にテニスをしよう」なんて言って笑い飛ばしたけど、いざテニスのない日々に放り込まれると一日がすごく長く感じた。テニスをやっているときはいくらあっても足りないくらい、あっという間だったのに。引退してまだ一ヶ月も経っていないけど、もう何年も経った気がしていたのは事実だった。
 幸村部長、と赤也が呼んだ声ではっと我に帰る。気づくと赤也は浅瀬で、俺に背を向けて佇んでいた。

「俺、幸村部長と……先輩たちと一緒にテニスできて、良かったーって思うんス。立海のテニス部に入って、レギュラーになれて、大会で一緒に戦って……ほんと、」

 赤也が言葉に詰まる。こちらに背を向けているから表情は見えないけれど、きっと泣いているんだろう。赤也は怒りっぽくて単純でバカだけど、泣き虫だから。全国大会が終わった日も、俺たちの引退式でも一番泣いていたのは赤也で、赤也が大泣きするたびにジャッカルが一生懸命慰めて、仁王がお得意の手品を見せていたっけ――。

「赤也」

 呼びかけると、「なんスか……」と涙声の返事が聞こえた。肩は小さく震えていて、時々鼻をすする音が聞こえる。ただ静かに、涙を流して泣くなんて赤也らしくない、と思った。

「赤也はさ、すぐ怒るし生意気だし、そのくせ泣き虫だけど、自慢の後輩だよ。俺も、赤也と一緒にテニスができて良かったって思う。もちろん、俺だけじゃなくて皆も、そう思ってる」

 俺の言葉に赤也が勢いよく振り返る。その顔はやっぱり、涙でぐしゃぐしゃで、でも笑っていて。

「赤也、今まで一緒に戦ってくれてありがとう。赤也は俺の――立海の誇りだよ」
「ゆ、幸村部長……」
「それからね、赤也――俺はもう部長じゃないよ」

 ――そうだろ、切原部長。


 大泣きの赤也が泣き止むまで待って、日が完全に暮れる前に俺たちは帰ることにした。赤也が学校に宿題を忘れたなんて言うから途中で学校に寄ったら、丁度自習帰りの真田と鉢合わせするし、赤也はびしょ濡れなのがバレて(足元だけなのに真田は目敏かった)しこたま怒られた。風邪を引いたらどうするんだ、とか、部長が体調を崩すことになったら部員に示しがつかんだろう、とか。赤也がしょぼくれた顔をしていたから、真田がくどくど言うのも赤也がかわいいからだよって教えてあげたら、今度は俺が怒られた。
 赤也とは家の方向が反対だから校門で別れることにした。今日は楽しかった、と伝えると、赤也も嬉しそうに俺もっス! とはにかむ。

「今日は無理言って付き合ってくれて嬉しかったっス、幸村部長」
「だから俺はもう部長じゃないって」
「あ……じゃあなんて呼べばいいっスかね……?」
「普通に先輩、とかでいいんじゃない?」
「ゆ、幸村せんぱ、ぃ……な、なんか恥ずかしいっスね……」

 ともかく! と赤也はぺこりとお辞儀をして礼を言った。その表情は、立海テニス部の部長にふさわしく堂々としている。さっきまで大泣きしていたやつとはまるで別人なほどだ。
 赤也がこぶしを前に突き出す。そのこぶしに自分のこぶしをぶつけた。部長としてのプレッシャーに負けないように、責任に潰されてしまわないように、そんな願いを込めて。でもきっと、赤也なら部長の責務を全うしてくれる、そんな気がするんだ。

「これからの立海を、よろしく頼む」
「もちろんっスよ! 来年こそは、王者に返り咲いてみせるっス!」