両手いっぱいのありがとうを

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 3月5日――今日は俺の誕生日。ありがたいことに今日は朝から、テニス部のみんなにかわるがわるお祝いをしてもらった。
 柳と柳生からはお勧めのミステリー小説、丸井からは手作りのクッキーと丸井がよく食べているガムの詰め合わせ、仁王からは手品と小さな花束、ジャッカルには花壇の手入れを手伝ってもらったあと、お勧めの肥料を教えてもらった。真田からは水色のマグカップと、なぜかタッパに詰められたおかずをもらった(あとから聞けば、真田のお母さんがやたらと張り切って持たせてくれたとのことだった)
 みんなからのプレゼントを手に、帰り支度をして教室を出る。そういえば赤也とは会ってないな、と足を止めた。新部長になった赤也は、後輩をまとめたり練習メニューを組んだりと忙しそうにしていた。もうすでに部活を引退した先輩を祝いに来るほど、赤也も暇じゃないだろう。赤也の成長に喜びを感じながら、もうすでに賑やかな声が聞こえるテニスコートに背を向け、俺は玄関へ向かった。

「幸村部長!」

 その呼び掛けに振り向くと、もうテニスコートにいるものだと思っていた人物が立っていた。

「あれ、赤也?」
「やーっと見つけたっすよぉ。ずっと探してたんすからね!」

 そう言いながら赤也は頬をふくらませる。部長になって少しは成長したのかと思っていたけど、子どもっぽくわかりやすい拗ね方をするところは変わらなくて、思わず笑ってしまう。なんで笑うんすか、とむっとしながらも赤也は続けた。

「幸村部長。今から俺と、勝負しましょうよ」

 ――え? 俺の返事を待つことなく、赤也は半ば強引に俺の手を引いて歩き出す。向かう先は外にあるテニスコート。ちょっと待ってよ、と声を掛けるが赤也には届いてない。テニスコートに着くなり、コート脇に立て掛けてあった練習用ラケットを俺に放り投げる。ラケットを受け取ってもなお、状況が飲み込めない俺を見て、赤也は早くと急かすようにボールをポンポン打ち鳴らした。

「待ってよ赤也。俺、制服だし」
「そんなん、俺も同じっすよ」
「てか、俺はやるって言ってないけど」
「ラケットを持ったヤツがコートに二人いたら、あとは何するべきか、幸村部長が一番わかってるっしょ?」

 そう言って赤也はにやりと笑った。

「15分。15分でアンタを潰すよ」

 なんだよやる気じゃん、と思わず口元がゆるむ。制服だから、とか自分のラケットじゃない、とかそんなの関係ない。後輩がやる気を見せているのなら、先輩としてやることはただ一つ――その思いに応えてあげることだ。

「15分でいいのかい?」

 ――じゃあやろうか。
 赤也の手から離れたボールは、空高くとんだ。


* * *


「っだぁぁ! 負けた!」

 13分42秒。どうやらコートの外にいた一年がタイムを測っていたようで、赤也の15分宣言は見事に守られた。まあ、勝ったのは赤也じゃなくて俺だけど。
 コートにひっくり返っていた赤也に手を差し出して起こした。赤也は汗だくになりながらも、起き上がってからはきびきびと動いて後輩たちに指示を出す。赤也の指示を聞いて、部員たちはそれぞれの練習へ向かっていった。赤也はラケットを元の場所に戻して、俺に向き直る。

「さ、幸村部長。部室に行くっすよ」
「え?」

 有無を言わせず、赤也は再び強引に俺を部室まで引っ張っていった。そして、部室の扉の前で立ち止まり咳払いをひとつ。ドアノブに手をかけ、勢いよく扉を開けるのと同時に大声で叫んだ。

「ハッピーバースデー! 幸村部長!」

 と、さらに同時にクラッカーの音。真田、柳、仁王、柳生、丸井にジャッカル。みんなが口々に言うおめでとうの波に包まれ、思わず笑みがこぼれた。
 さ、と赤也に背中を押されて部室の中に足を踏み入れた。いつもミーティングをしていた机の上には大きなバースデーケーキ。ちょっと不格好なケーキにはチョコプレートが乗っかっていて、不器用な文字で『ゆきむらぶちょう たんじょうびおめでとう』の字が書かれている。俺がケーキに釘付けになっていると、丸井が嬉しそうに口を開いた。

「このケーキ、赤也が作ったんだぜ?」

 赤也の方を向くと、恥ずかしそうに赤也は笑った。すごいよ、と褒めるとますます赤くなる。嬉しさと、安堵したのとで、思わずぽろりと言葉がもれた。

「俺、誕生日のこと、赤也に忘れられてるかと思ってた」

 言ってしまってから気づき、なんてね、と慌ててごまかす。すると赤也は食い気味に、そんなことないっす! と声を上げた。

「幸村部長の誕生日を忘れるなんて、そんなことするわけないじゃないすか! ただ、幸村部長をびっくりさせたくて、おめでとうって言うのが遅くなっちゃったのは……すみません……」

 あからさまにしょんぼりしている赤也の手を取り、向き合って、ありがとうと伝える。忘れないでいてくれてよかった、本当に嬉しい、と言うと、赤也の目からはみるみるうちに涙が溢れ出して、わんわんと泣き始めた。赤也の背中に手を回してぽんぽんすると、赤也は大泣きのまま俺の肩にもたれかかってしばらく泣いていた。
 赤也が落ち着いてから、みんなでケーキを食べた。ケーキ作りのいろはを丸井が手取り足取り教えてくれたみたいで、不格好な見た目とは裏腹に味はおいしかった。そのことを赤也に伝えると、またぐずぐずし始め、丸井やジャッカルや柳生がまるで小さい子をあやすかのように赤也に構っていた。
 それからしばらく思い出話に花を咲かせ、夕日が部室に差し込む頃、俺の誕生会はおひらきとなり、赤也は部活の始末があるようで、俺たちより一足先に部室を出ていった。
 赤也が出ていった部室で、俺はみんなにお礼を改めて伝えた。今日だけじゃなくて、今までのぶんも合わせて。楽しい3年間だった、と言うと、みんな頷いてくれて、きっとこの先何年、何十年経ったとしても、みんなと仲間として過ごしたこの3年間を忘れることはないだろうと思った。
 各々解散し、真田が一緒に帰るか誘ってくれたけど、俺は赤也を待つことにした。そのことを真田に伝えると、真田はそうか、と一言残して部室を出ていった。
 赤也に玄関で待ってることを連絡し、ひとつひとつを確かめるようにゆっくりと玄関まで歩く。階段、廊下、教室のドア。夕日が窓から差し込み、オレンジ色に染まって綺麗だ。ゆっくりと歩いたけれど玄関まではあっという間で、下駄箱にもたれて赤也を待つ。部活帰りの生徒が何人か通り過ぎ、やっと赤也が来た。お疲れさま、とねぎらいの言葉をかける。

「あ、ありがとっす。なんかありました?」
「うん、赤也には言ってなかったと思って」

 そう言って、他のメンバーにも掛けた言葉を赤也にも伝える。赤也はそんなことくらいで、と笑って続ける。

「お礼を言いたいのは俺の方っすよ。幸村部長、本当にありがとうございました。今日だけじゃなくて、今までも」

 また泣きそうになる赤也の肩に手を置く。泣くなよ、部長だろ、と声を掛けると、赤也はむりやり笑顔になって話し続ける。

「幸村部長。部長って大変なんすね……俺、たまにどうすればいいかわかんなくなるときがあるんすよ……だから」

 赤也の言葉に頷く。

「だから、卒業してもたまには部活に顔出してくださいよ? 俺、待ってるっすからね」

 そう言って赤也は小指を差し出す。指切りげんまん、なんて子どもっぽい約束の仕方で、泣きべそなのは変わらずだけど、眼差しだけは確かに立海テニス部部長としての意志を宿していた。

「これからの立海をよろしく頼むよ。切原部長」
「もちろん! 次は絶対、全国優勝してみせますから!」