郷に入っては郷に従え


 同じ要領で、未だおねんね中の熾天使様こと、ミルトウンゲドゥルの名前も教えてもらった。
 両頬が真っ赤に腫れ上がるほど叩かれても目覚める気配がなく、痺れを切らしたライに蹴りつけられて漸く目を覚ましたのだった
 ライはミルを叩き起こした後、恭一郎に何かを言って部屋を出ていった。
 ミルもライを追って退室し部屋に一人となった恭一郎はいつまでも棒立ちしていても仕方がないと、ベッドへ戻った。
 現状や今後のことについて考えているうちに、いつの間にか眠ってしまったようで、窓の外は橙に染まっている。
 布団を抜け出して外の様子を見ていた恭一郎の肩がふいに叩かれた。ハッとして振り返るとミルがいて、部屋の外を指差している。そのまま手を取られ、引かれるようにして連れ出された。
 移動した先は、これまた豪奢な部屋だった。先程までいた部屋は寝室で、こちらが居室なのだろう。
 ざっと十人は超えるであろう人が一斉に恭一郎を見た。それだけの人数にいきなり注目されれば流石の恭一郎もたじろぐ。

「伴侶様!なんと美しい!」
「伴侶様、幸せになってくださいね」
「伴侶さま、」
「伴侶様、」

 興奮したような表情で駆け寄ってきて、代わる代わる恭一郎の手を取り何かを伝えてくるが、恭一郎はそれに応える術を知らない。誰もが笑顔なので歓迎されているのだろうが、四方八方から伸びる手は恭一郎の服を掴んでいる。このまま身ぐるみを剥がされるのかと思いや、彼らは困ったように恭一郎を見つめてくる。

「お退きっ」

 最前列にいた人を押し退けて出てきたのは……クレオパトラ(仮)でした。
 眦よりも長く太く引かれたアイライン。本物か偽物か分からない睫毛は長く密度も高い。鎖骨の辺りと眉上で切り揃えられたワインレッドの髪。そんな彼女の剥き出しの肩は筋肉が盛り上がっていて、声も太く低い。胸部に膨らみはあるがそれもきっと筋肉だ。
 恭一郎には、クレオパトラのコスプレをしたマッチョのおっさんにしか見えなかった。

「ああ、体の形に合わせて布を縫い合わせているのね……こんな衣見たことがないわ。機能的で素晴らしい……でも装飾が一つも無いなんてつまらないわね。これは、釦……よね?なんていう素材でできているのかしら……こんなに小さくできるなんてどんな術が使われているの……?ああ、素晴らしいっ」

 クレオパトラ(仮)はぶつぶつ呟きながら恭一郎が着ているシャツの釦を外していく。
 焦ったのは恭一郎だ。肌を晒すことに抵抗は無いが、他人の手で衣服を脱がされるのは受け入れがたい。

『待った待った!自分で脱ぐからっ』

 恭一郎はクレオパトラ(仮)の手首を掴んで叫んだ。

「ん?どうしたんです?」
『自分で、自分でやるからっ』

 自分を指差しジェスチャーで必死に訴えた恭一郎の意見は通じたようで、クレオパトラ(仮)は腕から力を抜いた。
 ストリップショーの如く周人に注目されながらの脱衣に気まずさを感じながらも恭一郎はシャツを脱ぎ捨てた。
 露わとなった筋骨隆々な褐色の肉体にそこかしこから吐息混じりの感声が漏れる。

「これも、ですわ。全部お脱ぎ下さいまし」

 クレオパトラ(仮)は、恭一郎のスラックスをチョイと引っ張った。

『え……これも?』

 スラックスを指して尋ねた恭一郎に笑顔で頷き返したクレオパトラ(仮)。
 有無を言わせぬ圧力を感じて、恭一郎はバックルに手を掛けた。釦を外し、ファスナーを下ろす。ウエストベルトに手を添えて、ほんの僅かな時間逡巡した後、勢い良く脚を引き抜いた。
 これでどうだとクレオパトラ(仮)を見遣ると、まだ残ってるじゃないかと言わんばかりの表情で、恭一郎が止める間も無く下着を摺り下ろされた。
 呆然と立ち竦む恭一郎。

「さあこれで問題は片付いたでしょう?急ぎなさい!時間がなくてよっ」

 そんな恭一郎を尻目にクレオパトラ(仮)の合図で我に返った者たちがいそいそと動き出す。
 恭一郎がショックから立ち直った時には、何枚もの布を巻かれて彼らと似たような格好になっていた。
 しっかりと下腹部も覆われていて一安心した恭一郎は、この世界の衣服をまとった自分をまじまじと見た。
 ふんどしのようではあるが、前垂れは長く隠されていない。下着も隠すべきものではないらしい。インナーに当たるであろう布は、胸部と腹部で別れている。胸部を覆う方はストールに似ていて肩から掛ける仕様だ。それらはバッスルとコルセットを合わせたようなもので留められている。裾が長く、ボトムの役目も果たしている。背中を隠すマントはボトムより短いがかなり幅のある布らしく、裾が波打っていた。

「よくお似合いですわ。ラインシュリヒガーベ様がお待ちです。参りましょう」