事実は小説より奇なり


 一夜明けた生誕祭の翌日から勉強を始めて二週間が経つ。
 先生は眼鏡が似合う美人のリュールングレーラー。彼が毎日付きっきりで言葉を教えてくれたお陰で、どうにか日常会話は通じるようになった。

「今日からこの国についても少しずつ学んでいきましょうね」

 リュングはそう言って地図を開いた。それは恭一郎が知る世界地図とは随分違った。

「キョーイチロー様はご自分の出身地はお分かりになりますか?」
「俺、日本……死んだ、ここ来た。」
「死んだ?キョーイチロー様は生きてるじゃないですか」
「え……ここ、死んだ後の世界、違う?」
「死んだ後の世界って、どういう世界ですか……あいにく僕は命を立ったことがことがないのでそんな世界があるのか知りませんけど、現在僕は存命ですし、この国も含め世界中で、命無くして動ける者などおりませんよ」
『俺……死んでなかった!!』

 衝撃的な事実に歓喜した恭一郎だったが、喜んでばかりもいられない。

『帰してくれ!家族も会社の皆も困ってるはずだ……早く日本に帰せ!』
「落ち着いてください!何を言いたいんですか?こちらの言葉でもう一度、お話ください」
「……家、帰る。家族、仕事……困る」

 この二週間、ずっと自分は死んだものだとばかり思っていた。どう足掻いても戻れないのだからと、遺してきたもののことは忘れようと敢えて呑気に過ごしてきた。けれど、自分の命がまだあるのだと分かった以上、いつまでもこうしてはいられない。一族内のごたごたや会社の経営などが落ち着いたのはつい最近のことなのだ。下らない争いが始まる前に帰らなくてはと気が早る。

「ふむ…………ライ様をお呼びします」

 暫くして、リュングはライとミルを伴い戻ってきた。二人に会うのはここに来た初日以来だ。

「帰りたいそうだな。何故いきなりそんなことを言い出した」

 久々の再会だというのに、挨拶も無く詰め寄ってきたライ。

「死んだ、思ってた。でも、生きてる。帰る」
「何故死んだと思った」
「ここ、俺の生きてたとこ違う。言葉、建物、服、食べ物、全部」
「何故、我が国へ来た」
「起きた、いた。どうして、は分からない」

 何故、何故、何故と問うてくるライの顔を恭一郎が答える度にどんどん険しくなっていく。

「この国のことは知っていたのか?」
「国、名前、何?」
「……グロスライヒ皇国だ」
「……聞いた、ない」
「お前がいた国の名は」
『日本』
「ニホン……聞いたことがないな。リュング」
「僕も存じ上げません。地図にも載っていないとおっしゃられていましたが……一つだけ、可能性が」
「何だ?」
「異世界からの召喚です」

 魔術は万能ではない。この世に存在するものにしか作用しないのだが、世界というのは一つだけではなく、いくつもあるのだという。その異世界に存在しているものに対しても干渉することは可能だと、古い魔導書には書かれている。

「しかし、現実的ではありません。方陣は複雑で、道具もそうそう手に入れられるようなものではないですから」
「……祭場を調べる必要がありそうだな」
「なぁ、俺、帰る!」

 話が本題から逸れ始め、恭一郎は声を上げた。
 何でもいいから早く帰してくれ。異世界とか何とか聞こえた気がするが、現実にそんなことがあるわけがない。
 死後の世界だなんて、非現実的な勘違いをしていたことなどすっかり忘れ、恭一郎はただただ帰宅を望んだ。