何があったのか、全然覚えてない。
断片的な記憶だけだ。敵に殴られて気を失って、目が覚めたと思ったらロキがいて、その時なんだかすごく怖い思いをして、そしてまた気を失った。そして目が覚めたら個室のベッドに寝かされていた。場所は恐らく変わってはいない、あの馬鹿デカい、船みたいな飛行機みたいな乗り物だ。確かヘリキャリアとか言ってたっけ。場所も変わっていないし、もう銃の音や爆発音も聞こえない。ということは戦いは終わったのだろうか。墜落してなくて良かったとぼんやり考えた。怪我はしていない、と思う。強いて言うなら多少の倦怠感と、頭が少し痛いくらいか。ていうか何回失神してんだよ俺。とそこまで考えてセルフツッコミしてしまった。どうやら頭は正常に働いているようだが、怠くて自分の身体を動かす気にはなれなかった。
そのまましばらく目が覚めてぼう、っと宙を見上げていると、誰かが部屋に入ってくる音が聞こえた。
「目が覚めたみたいだね」
「…………す、てぃーぶ」
ゆっくりと声のした方に顔を向ける。スティーブが俺を見て安堵したように息を吐いた。そして俺に柔らかい笑みを向けてくれた。それに笑い返すだけの力が出ない。なぜか首を動かすこの動き一つだけでも怠かった。そして自分の声が思ったよりも出ていなくてびっくりした。
「大丈夫かい?」
「……うん」
座ってもいいかな?とスティーブが聞くので、ゆっくりと頷くとスティーブはベッドサイドに浅く腰掛けた。
「見たところ怪我はしてないみたいだね。君が無事で良かったよ」
「………え、と」
ああだめだ、いまは長い英語を解読するだけのエネルギーがあまり残ってない。とりあえず無事で安心した的なことを言っているのは分かった。
無機質な空間で、無言の状態が続く。気まずいとか、そんなことを考えられる余裕はなかったけれど、でもスティーブの着ているスーツ?ユニフォーム?が汚れているのを見て、この人は怪我はしてないのだろうか、と思った。
「スティーブ、は…大丈夫?」
Are you okay?という簡単な英文さえも口に出すのに時間がかかるのだから相当だ。けれどスティーブはしっかりとイエス、と答えてくれた。良かった。怪我がないことと、答えてくれたことの二重の意味で。そのまま安堵の息を吐いてスティーブの青色のスーツをなんとなく見ていると、ふと、彼の腕に赤黒い色が滲んでいるのが目に入った。そしてその赤黒い色が血の色だということに気づくのに、そう時間はかからなかった。瞬間、どくり、と心臓が波打つ。
「待って、怪我、してる」
「え?ああ、ちょっと弾が掠っただけだよ。これくらい、…ナマエ?」
「…ぁ、…」
苦しい。その赤黒い血の色を見て、鼓動が急速に早鐘を打ち始めた。全身の毛穴からぶわりと冷や汗が流れ出て、呼吸が乱れる。若干驚いたようなスティーブの声が聞こえたけど、そんなことお構いなしに俺の視界はどんどん歪んで、滲んでいく。鼻がツンとして、思わず目を強く閉じた。溢れて零れ落ちた涙が頬を伝っていくのを感じる。
「っなんで、ごめんなさ、俺、こんな」
「ナマエ、」
落ち着いて。ゆっくりと俺の頬を両手で包んで、目を合わせて落ち着いた声音でそう言ってくれたスティーブの青い瞳がとても優しくて、なんだか余計に涙が出てきてしまった。ただ涙が出ていただけだったのに、それは次第に嗚咽混じりのものに変わっていく。最悪だ、こんな泣きじゃくっているところを見られているなんて、鼻水も出てきた、本当に最悪だ。
「っう、」
「安心して、もう大丈夫だから、ね」
ふわりとスティーブの匂いが鼻を掠めた。「It's okay,」と何度もそう言いながら俺の背中をさすってくれる。彼の温かい体温が酷く安心する…、そうぼんやり思ったところで、どうやらスティーブに抱きしめられているらしいというのが分かった。
「っスティーブ、おれ、」
「ナマエ」
耳元で優しく名前を呼ばれる。鼻水とか涙とか諸々がキャプテンアメリカのスーツについてしまうと思って身体を離そうとしたのだけど、それを見透かしたようにスティーブは「Don't worry」と言って、俺の頭を優しく撫でた。
ああ、この人はなんて優しいんだろう。そのまま何も考えずにしばらくスティーブに身を委ねていると、段々と心臓も落ち着いてきた。
「……落ち着いた?」
くっ付いていた身体を少し離して俺を覗き込むスティーブに、ゆっくりと頷いた。スティーブは少し安心したように笑う。
「心配しないで、本当に大したことない傷だから。」
「う、ん」
スティーブの言うことは本当のようで(別に疑っている訳ではない)、恐る恐るもう一度見てみると俗に言う傷は浅いけど血がたくさん出るという類の傷みたいだ。それに安心して息を吐いた。それにしても、別に血とか傷とかそういうものに対しては耐性があるはずなのに、なんであんなに取り乱したりしてしまったんだろう、我ながら恥ずかしい…。
「ありがとうスティーブ。もう大丈夫」
「そう、それは良かった….、」
ふと、瞬きをして俺の頬から流れ落ちた涙がスティーブの傷の部分にぱたり、と落ちた。と思ったら、
「え、あ」
「…?あれ、」
傷がゆっくりと塞がっていく。しばらくして、傷なんてなかったみたいに、傷口が跡形もなく消えた。残ったのは、血が滲んで破れたユニフォームだけ。
「…………????」
「……???」
起こった現象が理解の範疇を超えすぎていてあんなに溢れ出ていたはずの涙がぴたりと止まった。ついでに言うなら鼻水も。そして思わずスティーブと目を見合わせてしまった。
なんだこれ。
20160423