「はああ〜〜………」

とりあえず息を吐いてみる。が、胸の動悸は収まらない。
シャワーを浴びたあと、バスタオルを肩にかけてパンツ一丁でベッドサイドに腰掛けゲンドウポーズをしているなうなのだが、何が問題かというと、そうだ。ソーと一緒に寝た昨日に引き続き、今日はロキと一緒に寝る、らしい。一体どうしてそうなったのか。全ては酒のせいである。

「(ああ無理、なんか、すごくドキドキしてるんだけどなんで?!)」

とりあえず気を紛らわすために立ち上がり、寝間着を手に取ってのろのろと腕を通す。
ソーとは何度か、シールドにいる時に添い寝的なことをしたことはあるのだが、それでもめちゃくちゃドキドキしたのだ。目を覚ましたら整ったソーの顔が俺の視界を埋めていたなら顔が赤くなるというものだろう。大体あの神兄弟は顔が良すぎる。…ああ違う、なんだか脱線してしまった。つまり俺が言いたいのは、ソーとは何度かあったけど、流石に今まででロキと一緒に寝るなんて経験なかったということだ。だから心臓がドキドキどころではない、バクバクである。

「(というか、一緒に寝る以前に、まだあんまり、2人でちゃんと話したことないのに)」

ロキと話すときは自然とソーが一緒にいることが多かったので今まで何となく平気だったけれど、2人きりで話したことはほとんどなかった。ロキと確執があるわけじゃない。いや、それは嘘だ。ロキが地球を襲った時、ヘリキャリアでの出来事からのトラウマ的なアレはあった。でもそれももう何年も前の話だ。あれから前世のことを思い出して、それに少しの間だけでも一緒に過ごして、今まであったロキに対する苦手意識は薄れてきたように思う。

「(…それでも)」

今日は2人きりになるのだ。俺は口下手だから何話していいのか分からないし、ロキと2人きりになるというので妙に緊張しているし、更にいきなり一緒のベッドで寝るなんて、ハードルが高すぎやしないだろうか。

歯磨きを終えて濡れた頭をタオルでごしごしと拭く。幸いにも(幸いなのか?)、ソーとの二度寝から起きて仕事をして夕飯を食べ、シャワーを浴びる今までにロキとは出くわしてはいない。…よし、歯磨きはしたし、髪を乾かしたら後は寝るだけだ。だから髪を乾かしたらロキの部屋に行こう。よし、とは呟いてみたものの、ああダメだ、変にドキドキしてきた。酒を飲んでいたらこんなにドキドキしないで済んだんだろうな、なんという皮肉だ。なんだよ、一緒に寝るだけじゃないか、初夜じゃあるまいし。同じベッドで寝るだけだ。添い寝だ添い寝。なのに。

「ああ…どうしよう」
「何が?」
「ひえっ」

独り言に答えが返ってきたのにびっくりしすぎて肩が思い切り跳ねてしまった。更に言うなら変な声も出た。
声のした方を恐る恐る向けば、薄く笑みを浮かべたロキが俺の隣に座っていた。

「………」
「………」

沈黙。テンパって頭が混乱して、思わずソーがしているみたいに(流石に物を投げることはしなかったが)ぺたぺたとロキに触ってしまう。触れる。触れるということは魔法じゃないということだ。
リアルだ。リアルに目の前にロキがいる。

「こ、こんばんは……」
「こんばんは、ナマエ」

何を言えばいいか分からなくて、俺のとりあえずの挨拶を律儀に返してくれたロキはにこり、と笑う。相変わらずロキの笑顔は何を考えてるのか分からない。軽装姿のロキはなんだか新鮮だった。

「…俺、その、髪乾かしたらロキのところに行こうと、思ってたん、だけど」
「私がナマエの部屋に来たのだから問題ないだろう?」
「ウン、ソウダネ」

何か話を、と発した言葉がどこか言い訳がましくなってしまって心の中で盛大な悪態をつく。どうして俺はこう話が下手くそなんだろうか。ちらりとロキの方を見てみるものの、目の前で細められる緑色の瞳から目を逸らしてしまった。くそう、顔が良い。何を言えばいいのか分からず、とりあえず髪を乾かすためにタオルを頭にかけてごしごしとする。ああ、ロキの方から来てくれたのはありがたいけど心の準備をする暇がなくなってしまったじゃないか!!

「ごめんロキ、その、もうちょっと待ってくれる?髪乾かさないと」
「私がやろう」
「え」

ロキがそう言ったかと思うと、頭を拭いていた俺の手にロキの手が添えられる。その手つきは存外柔らかくて優しい。手を退けてと、そう言われたので言われるがままにロキに身を任せると、タオルを被せたままの頭がじんわりと温かくなっていく。

「ほら、乾いた」
「え、ってわあマジだ」

なんと、一瞬である。タオルを取って頭に触れるとサラサラに乾いていた。もしかしなくても魔法を使ったらしい。魔法すごい。今までロキの魔法を間近で見てきたけど、今実感した。なんて便利なんだろうか。

「すごい…俺も魔法使えたらなあ」
「不可能ではないだろうな。お前は兄上よりも素養がある」
「まじか!そしたらロキ、俺に魔法教えてくれる?」

ロキのその言葉にぱっとテンションが上がってそう聞いてみると、ロキはぱちりと目を瞬かせた。それに出過ぎたお願いをしただろうかと不安になったが、やがてロキが悪戯っぽく笑う。

「そうしたら、ナマエは私に何をしてくれる?」

この私が魔法を教えるのだから、それ相応の対価が要るだろう、ロキはそう続けた。
確かに、ロキはアスガルドの中でも魔法の扱いにずば抜けて長けている。そのロキに教えてもらうのであれば、確かに何かしらお礼が要るだろう、と俺は頷いた。うーん、対価…そう言われて俺があげられるものを考えてみるけれど、ロキが満足しそうなものは何も思いつかない。

「……ええと」
「思いつかないか?ならこの話はなしにしよう」
「うーん待って、もう少しで何か思いつきそうだから待って」

折角ロキに魔法を教えてもらえるチャンスなのだ。だからこの機会を無下にするわけにはいかない。
ロキに待ってとお願いしてうんうんと唸っていると、突然頭にピンと考えが思い浮かぶ。ああ、そうだ!

「俺の時間をあげる!」
「…は?」

ばっとロキの方を向いてそう言うと、彼は若干眉間のシワを寄せては?ときた。いやなんでだ。我ながら良い交換条件だと思うのだが。いやむしろこれ以外思いつかない。

「ロキは魔法を教えるために俺に時間を割いてくれるだろ?だから、俺もロキに時間をあげる」
「………」
「それじゃだめかな?」

お願い、と続けると、ロキはしばらく黙って何か考えるような仕草をした後、やがてOK,と頷いた。
よっしゃ!!とガッツポーズで喜んだのも束の間、

「…なら魔法をお前に教えた日は、私と一緒に夜を過ごしてもらおう」
「へ」

予想外の言葉が返ってきて固まった。

「お前から貰った時間を私がどう使うかは自由だろう?」
「そ、だけど、………」

そうだけどまさか夜を一緒に過ごしてなんて言われるとは思わないだろ!俺的にはてっきりロキのパシリというか小間使いとか、そういうアレを想像していたのに!

「ナマエ」
「何、」

名前を呼ばれて頬を撫でられる。それに顔を上げると、ロキがどこかなんとも言えない表情で俺を見つめていた。

「…私と過ごすのは嫌か?」
「え?そんな、」
「私が怖い?それとも、嫌いか?」

唐突にそう聞かれたかと思うと、頬に添えられていた手が移動して、首筋に触れられる。ひんやりと冷たいその手は、わざとあの時のことを思い出させようとしているのだろうか。
少し自虐的な、悲しそうな笑み。その表情を見ると、やっぱり、なんだか俺まで悲しくなる。
嫌いだなんて、そんなことあるわけないのに。だからロキの腕に手を添えて、ゆっくりと首を横に振った。

「違う」
「……」
「嫌なんじゃなくて、怖いんでもなくて、その、心臓に悪いから…良い意味で」
「…良い意味で?」
「あー………」

どういう意味だ、と首を傾げるロキに思わず唸る。自分でも思った、良い意味でってなんだ。もう少しなんか言葉があっただろ。母語の日本語でも語彙力不足が酷いのに英語だとさらに酷い。

「その……なんというか、ロキとこういうことするの慣れてないから、ドキドキするというか。怖いとか嫌だとか、そんなことは全然ないんだ、ただその、…照れる、というか」
「……」

俯いて、自分の手を弄りながらもにょもにょとそう口に出してみるが、この自分の気持ちをどう正確に表現すればいいのかわからなかった。

それにしても、なんでいきなりロキは「俺と過ごすのが嫌か?」なんて聞いてきたのだろうか。俺に嫌われてると思ってる?なんで?とそこまで考えて、もう何年も前の、ロキが地球を襲った時のことを思い出す。
もしかしてロキは、あの時のことを気にしているのかもしれない。ロキに殺されそうになったから、俺がロキのことを嫌いだと、そう思っているのかもしれない。…それなら、

「あのさ、ロキ」

ぱちり、きれいな緑色の瞳と目が合う。少し怖気付いたけれど、今度は目を逸らさずに、真っ直ぐに彼を見つめた。

「あの時の、ヘリキャリアでのこと。俺はもう何も気にしてないから、」

もしロキがそのことを気にしているのなら、とそう続けたが、次の言葉が出てこない。なんて言えばいいのだろう。そのことはもう気にしないでいいよ?ロキのこと、嫌いじゃないよ?だろうか。

「…私を拒絶したりしないと」
「、うん」

言葉に迷っていると不意にロキがぼそりと呟いたので、それにイエスと頷く。でも拒絶だなんて、そんな大げさな。

「…例えば、私がそういう意図でお前に触れたとしても?」
「っ、…え、」

そういう意図って、どういう意図だ。そう思ったのも束の間、するり、頬を細いきれいな指でなぞられて、顎をくい、とあげられる。その薄い唇は緩く弧を描いているけれど、いつもの何か企んでるような、悪戯っぽい微笑みじゃない。何か言葉を発しようと薄く開けた唇を、その指がなぞる。それにぴくりと肩が震える。

「どうする、ナマエ」
「…ぁ、おれ、」

まさか、そういう意図って、性的対象としてってこと?そう考えた瞬間、顔がぼっと熱くなる。いやそんな、まさか。そう思うけれど、今まで見たことのないロキの表情にますます分からなくなる。嘘なのか、本当なのか。感情の高まりのせいか、色々と混乱しているせいか。じわりと視界が少し滲む。鼻先が合わさりそうなほど、ロキの顔が近い。どうしよう。身体がどうしようもなく熱い。心臓がばくばくと激しく音を立てている。顔を逸らしたいのに、魔法にかかったようにロキの瞳から目を離せない。

「…は、……我ながらタチの悪い悪戯だ」
「ぁ……ロキ?」

そのままどれくらい時間が経ったのか。
不意にふ、と息を漏らしたロキが俺から身体を離す。それにほっとして胸を撫で下ろした。すっと身体の熱が冷めていく。なのになんだか胸のあたりがモヤモヤした。
それに、悪戯だと彼は言ったけれど、さっきのロキの表情は、悪戯のようには見えなかったのだ。まるで、本音を悪戯で誤魔化したかのようで。

「寝るぞ、ナマエ」
「あ、うん、………」

どこか釈然としない俺を他所に、ロキはごそごそとまるで自分のベッドのようにシーツを捲って俺のベッドに潜り込む。それに続いてのろのろとシーツを被ってロキの隣に寝てみる。目を瞑って心を無にしてみるが、さっきからのこれで寝れるわけなんてなかった。もぞもぞと寝返りを打つ。すると俺の方に身体を向けて寝ているロキと思い切り目が合った。めちゃくちゃビックリしすぎてまた変な声が出そうになった。しまった、ロキの方に寝返りを打ってしまうなんて。アホじゃないのか俺は。逃げようと反対方向に寝返りを打とうとしたが、ロキに腰に手を回されて呆気なく失敗に終わった。勘弁してほしい。

「あの、俺、」
「ああそうだ、兄上とは抱き合って寝たのだろう、抱き心地は良かったか?」
「な、何故それを」
「何故って兄上が今朝嬉しそうに言いふらしていたからな」
「あ、あにうえ〜……!」

あああめちゃくちゃ照れるからやめてくれ!冷めてかけていた熱がまたぶり返してまた顔が熱くなっていく。恥ずかしくて顔を覆おうとしたが、空いてる方のロキの手にやわりと掴まれて制された。なんでだよ!羞恥プレイかよ!

「うう…」
「それで?抱き心地はどうだった」
「とっても良かったです……」

そう言わざるを得なかった。だって抱き心地が良かったのは事実である。ロキの方をちらりと見ると、俺の真っ赤な顔を見るのが好きなのかなんなのか、ロキは俺の指で遊びながら楽しそうに笑う。ううくそ、趣味悪いぞ!ロキを睨んでみるが彼はその口角を益々上げるだけだ。全く効いていない。そういう俺も、睨んだつもりだったのにいつの間にかロキの瞳に見入ってしまうのだから相当駄目だ。
俺がロキの瞳を覗き込んでいたのが分かったのか、彼は何だ?と聞いてくる。

「……ロキの瞳の色、」
「ああ、兄上と違うだろう?」

そう返されて無言で頷く。ソーの瞳は透き通るような空色の瞳だ。確かにソーとは違う。でも、

「うん、緑色できれいだ」

ロキの瞳の色、好きだよ。ロキを照れさせようと俺の最大限の仕返しのつもりで続けてみる。仕返しだが俺がロキの瞳の色が好きなのは本当だ。

「………」

俺の言葉にぱちくりと瞬きをさせてロキは俺を見た。そのまま数秒の間黙って俺を見る。が、徐に横向きにしていた身体を仰向けにしたかと思うと、その顔を手で覆った。そしてはあああ…、と大きな溜め息。待て何故だ。褒めたつもりだったのに、もしかして俺のボキャブラリーの無さに呆れられているのだろうか。
ロキのその反応から、これは失敗した、これぐらいではロキを照れさせるなんてできないかと、そう思ったのだが。

「っうぶ!」

次の瞬間、何も言わずにめちゃくちゃ抱き締められる。いきなりのロキの行動に(そして全く予想外だった)目を白黒させた俺だけど、抱き締められた隙間からロキの赤く染まった耳が見えたので、嬉しくて頬が緩んでしまったのは致し方ないと思う。








20171112

ロキと一緒に寝る



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