「…す、スティーブ、っ」
「…ナマエ…」

首筋を唇でなぞられ、その感触にぞくりと震えた。堪らずスティーブの肩に手を置きながら名前を呼べば、俺の首筋から唇を離したスティーブが俺を見る。その瞳には、今まで見たことのないような熱が篭っていて。それに心臓がどくりと音を立てて跳ねた。

「(な、なんでこんなことに……!)」

今までこんな展開になったことなんてないのに!なんでだと原因になりそうな出来事を沸騰しそうな頭の中を引っ掻き回して探すが、かろうじて思い当たる節は一つしかない。
それは時を遡ること数時間前、アベンジャーズの基地でのことだ。



「スティーブ、バッキーにサムもおかえり、任務お疲れ様」
「おいこらナマエ、俺たちをついでみたいに言うなよ」
「言ってないよ!」

文句を言いながらしゃぐしゃと頭を撫で回すバッキーに大きく返す。そう、仕事中丁度任務帰りのスティーブたちと鉢合わせたので、勤務時間ももうすぐ終わりだからとスティーブと一緒に帰ることになったのだ。こういう時にお互いの家も近いとお得だ。なんせ同じアパートに住んでるし、スティーブの部屋は俺の部屋の向かいなので、ギリギリまで一緒に居られる。

「じゃあまた後で」
「うん」

終わったらお互い連絡すると約束をしたあと、じゃあ行こうとスティーブは今回の任務で一緒だったバッキーとサムに声を掛けたのだが。

「あースティーブ、俺はちょっと野暮用思い出したから先行っててくれ」
「?ああ、分かった」

すぐ行くから、と続けるバッキーにスティーブは会議室で、とサムと一緒に歩いて行く。2人を見送るバッキーの傍で俺はといえば、その場を離れていった2人に馬鹿みたいにぼんやりと手を振っていた。そして、スティーブとサムの姿が見えなくなったところで。バッという効果音がしそうな程に勢い良くバッキーが俺を見た。え、なにこわい。

「………な、何?」
「おいナマエ来い」
「は?!っうわ!」

その勢いの良さに若干引いて後ずさったのだが、抵抗する間も無く真顔のバッキーにあっという間に腕を掴まれずるずると物陰へと引っ張られてしまった。なんなんだ!スーパーソルジャーこわいぞ!俺なんかしたっけ?!と慌てて何かやらかしたかと頭を巡らせる。あっまさかこの前バッキーに秘密で今度一緒に行こうって言ってたアイス屋さんに俺1人で行ったのがバレたのか?!

「ば、バッキー、あのさ」
「スティーブとはどうなんだ」
「………」

とりあえず謝罪の言葉を口にしようとした。のを遮って開口一番放たれたその一言に口が閉まらない。意味が分からず一瞬フリーズしてしまった。

「どうって……なにが」
「何がって決まってんだろ、どこまで進んだかだよ。お前とスティーブ、付き合い始めてそろそろ3ヶ月は経つだろ?」
「え、そうなの?」
「そうだよちゃんと数えてたからな。で、どうなんだ」

俺でさえ気付いてなかったのによく知ってるな…なんて思いながらバッキーの言葉におお、となんとない返事を返す。そういえば約3ヶ月前、俺とスティーブが恋人という間柄になったことを報告して、誰よりも喜んでくれたのがバッキーだった。まさか期間まできちんと数えてくれているとは思わなかったが。とまあ、そういうわけで恋人という関係になってからスティーブとしたことを問答無用で吐かされるハメになった。プライバシーのカケラもない。そしてその挙句、

「………お前ら修行僧か?」
「う、うるさいな………」

お前らマジかよみたいな表情をされた上にこのコメントである。バッキーのこの台詞から考えるに、世間一般の恋人たちと比べてそういうことに関しては全然進んでないということなのだろう。バッキーがあの野郎長いこと眠ってたせいで性欲まで年取って枯れ果てたのか?なんてブツブツ言ってるが気にしないことにした。

「キスしかしてないのか?ディープなやつはしたか?」
「し、してない」
「マジかよ」

俺の答えにバッキーははーっとため息を吐き大げさに顔を覆う。何が「マジかよ」なのだ。別にいいじゃないかディープなやつじゃなくても。大体人の恋愛事情がどうとかこうとか聞いてくるのは大きなお世話だし下世話もいいとこじゃないだろうか。まあでもバッキーがスティーブの親友であることを考えれば、からかい半分心配半分、ということなのかもしれないが。
アベンジャーズが結成されたNYでの戦い以降、長年友人、むしろ年の離れた兄のような存在であったからなのか、スティーブと「恋人」という関係になっても俺とスティーブの間で交わされる会話や一緒にすることはあまり変わらない。唯一恋人らしいことといえば手を繋いだり、ハグしたり、キスをするようになったくらいで、それ以外は友人という関係の延長線上にいるような関係性が続いているのだが。

「…なあナマエ、」
「何だよ」

不意にバッキーは名前を呼んで俺を静かに見た。

「これは俺のエゴだし、下世話なのは分かってる。でも俺はお前のことも好きだし、スティーブは親友だ。だからこそお前らには上手くいっていて欲しいんだよ」

幸せになってほしいんだ。ぽつりと呟かれたバッキーの言葉に閉口する。ここまで思ってもらえてるなんて、思いもしなかった。つくづくスティーブも俺も幸せ者だ。バッキーのその気遣いにありがとう、とはにかみながら返すと、彼は柔らかく微笑った。

「でだ」
「うん」
「お前、スティーブと先に進みたいとは思わないのか?」
「先にって、…どういう、」
「キスよりも先ってことだ。お前ら…いや、ナマエがそれで幸せなら、俺はなにも言う資格はないが」
「そ、それは、」

バッキーの言葉に返せず思わず言い淀む。キスよりも先ってなんだ。キスよりも先?想像ができずに眉を寄せる。体を触り合うとか?バッキーの言うようにディープなキスとか?悲しいことに女の子とも付き合ったことないし、もちろん同性とも経験したことがない。スティーブが初めての恋人だから、何もかもが初めてで、全くの未知の世界だ。異性との恋愛と、どこから一緒でどこから違うのだろう。スティーブと一緒に居られるということ自体が幸せなので現状に何ら不満はないのだけど、でも、ハグや唇を合わせるだけのキスでは物足りないと思ってしまう時は、ある。が、漠然とした思いだけで、具体的なイメージは思いつかない。ああだめだ、考えていたらなんだか顔が熱くなってきた。

「.……思わなくは、ない、けど」

我ながら曖昧な答えだと思う。萎え切らない答えに腕を組んだバッキーはくい、と器用に片眉を上げてつまり、と口を開いた。

「イエスだなそれは」
「あ、はい多分……」
「多分……じゃないイエスだ」

有無を言わせないような口調に思わず頷いてしまう。

「い、イエス」
「よし」

若干吃り気味のイエスにバッキーは満足げに頷き、俺の額に触れるだけのキスを贈る。それから俺をぎゅ、と抱きしめた。

「ば、バッキー、何これ」
「お前とスティーブが上手くいくようにおまじないだ」

お前も腕を回せよ、そう言われたのでよく分からないままバッキーの背中に腕を回す。その状態をしばらく続けた後何やらよしと呟いて、体を離し俺を見てにやりと笑った。

「任せとけ」


そして冒頭に戻る。のだが。


ちゅ、ちゅ、音を立てて俺の首筋や頬に唇が落とされていく。突然のことに身体が強張って動けない。待て、待ってくれ、この展開は知らないぞ。お互い別れる時に触れるだけのキスはしていたけれど、それからのこれは未体験だ。今までされたことのないそれにどんどん顔が熱くなって、身体が火照っていく。
まずい。何がと言われたら明確に言葉には表せないが、ここでスティーブを止めなければ非常にまずい。俺の本能がそう告げている。どくどくと速く脈打つ心臓に耐えながら、俺の腰をいつもより強く引き寄せてキスをしようとしたスティーブから顔を逸らして、待って、と声を絞り出す。幸いにも必死の俺のプリーズに(めちゃくちゃ吃ってた)スティーブは動きを止めてくれた。

「…す、スティーブ、っ」
「なに?」
「おねがい、っ部屋、部屋がいい」

ああ、スティーブからの熱に当てられてくらくらする。何?その一言さえも熱が篭っているように聞こえるのだから相当だ。でもこれだけは譲れない、言わなきゃだめだ、

「ここ、廊下の真ん中だから………」
「………」

絞り出すように出した言葉を聞いて、スティーブはようやく場所のことに気づいたらしい。そうなんです、ここ俺とスティーブの住むアパートメントの廊下なんです!部屋じゃなくて!気付いてくれて良かった!

「……そう、だね」

ごめん、ぽつりと呟いたスティーブは俺と目を合わせる。その表情は色っぽくて、瞳には依然として熱が見えた。その瞳を見て確信した。これはここで「じゃあまた明日」と別れるパターンではない。案の定俺の指に自分のそれを絡ませながら、スティーブはいつもよりも色づいた唇を震わせる。

「…僕の部屋でもいいかな」
「……うん」

ああこういう会話、恋愛映画で観たことある。頷きながら、他人事のようにそう思った。これはもしかしなくてもバッキーの言う、「キスのその先」フラグではないだろうか。まさかこんなにタイミング良く来るとは思わなかったけれど。スティーブに聞こえないようには、と緊張で溜まっていた息を漏らす。どうしよう、身体が燃えるように熱い。これからどうなってしまうのだろう。困惑と不安と、期待と嬉しさが綯交ぜでぐちゃぐちゃな頭のまま、俺はスティーブに手を引かれて彼の部屋へと足を踏み入れた。

「う、わっ」

夕陽が射す部屋に入ってばたんと扉が閉まった途端、ぐいと強く引っ張られ、あっという間に近くの壁に体を押し付けられる。その時の衝撃に少し眉を寄せてしまった。次の瞬間には手首を壁に縫い付けられ、いつもより強引に唇を合わせられる。

「ンう、!ッスティーブ、なんで、っね、」

繰り返されるキスの合間を縫ってどうしたのと聞くが答えてはくれない。俺の体をなぞる手もいつもはもっと優しいのに、今のはまるで快感を引き出すようなそれで。今までにない強引さに不安が心を覆っていく。何がスティーブをこんなにさせているのか。怒ってる?俺が何かした?それともほかの誰か?どちらにせよ何かあったのは確かだ。

「っスティーブ、なあ、バッキーが何か言ったの?」

だから自分の微かな心当たりを元にバッキーの名前を出したのだが、これがいけなかった。スティーブは動きを止め、しばらく俺を見つめて、それから一言。

「……バッキーのことは、今はいいよ」
「え、ちょ?!うわあ、ぁ」

今明らかにムッとした!ムッとしたぞ!そう思ったのもつかの間、今度は強く腰を抱き寄せられて唇が塞がれる。スティーブの俺を抱き締める力が強すぎて苦しいし、いきなりのことに鼻で上手く息できずに苦しい。ん、ん、とくぐもった声が漏れる間にスティーブの俺を触る手つきはエスカレートする。そしてついに俺の身体の線をなぞっていた大きな手がするりと俺の服の下に潜り込んだ。

「ッン、ぅ、!」

素肌に直接触れられるその感覚が堪らなくて、びくりと身体が震えた。甘い痺れが腰を震わす。声が漏れそうになるのを我慢したが我慢できずくうと変な声が鼻から抜けた。そんな俺の反応に気を良くしたのかなんなのか、スティーブの俺を触る手つきは段々とエスカレートしていく。脇腹から腹へ、腹から胸へ。

「ぁ、す、てぃーぶ、(だめだ、)」

スティーブの服にしがみ付く俺の手には力はほぼ入っていない。
くるしい、きもちいい、こわい、色々な感情が溢れて濁流のように脳に渦巻く。これ以上は無理だ、これ以上のことをされたら脳が処理しきれない、パンクする、

「ま、待って……………」

酸欠で死ぬし羞恥でも死ぬ。苦しさと恥ずかしさで涙が出てきた。はあ、と大きく息を吐いてからもう一度必死にプリーズ、待ってと辛うじて入る力を振り絞って体を離そうと胸に手を置いてから、スティーブを見上げる。生理的に出た涙のせいで、視界は曇っていた。そして、俺の言葉を聞いて俺の顔を一瞥したスティーブは一瞬固まって、

「…っごめん、僕、」

我に帰ったようにみるみるその表情を青くさせていった。それから俺を優しく抱きしめて、後悔の色が滲み出る声色でごめん、ともう一度。それに少し安心して強張っていた体に力が抜ける。よかった、いつものスティーブに戻った。

「ああ…ナマエ、怖がらせてごめん」
「ううん、…怖かったし戸惑ったけど、…嫌じゃなかった、から」

スティーブの肩に顔を埋めながら、のろのろと彼の広い背中に腕を回す。それからしばらくその温かさを堪能してから、彼からそっと体を離して、スティーブを見遣る。彼の眉は申し訳なさそうに八の字になっていた。

「スティーブ、何かあった?」
「………」

いきなりこんなことをしたのには、何か理由があるはずだ。案の定俺の言葉に少し逡巡したそぶりを見せた後、スティーブは俺をまっすぐ見つめて。

「…今日、バッキーと何話してた?」
「……えっ」

それから単刀直入に聞かれて言葉が詰まる。ムッとした表情からバッキー関連のことなのかとは思っていたけど、まさか本当にそうだったとは。ていうか見てたのか。サムと一緒に先に行ったのだとばかり思ってたのに。

「あ、いや、えーと………その、」
「僕には言えないこと?」
「違う、言えないというか、言い…づらい」

まさか本人の目の前でスティーブとどこまで進んだか聞かれました、なんてさらりと言えるわけがない。もごもごと口をまごつかせて出した俺の答えに不満なのだろう、スティーブはきゅ、と眉を寄せた。ああ違う、そんな表情をさせたくないのに。俺は言い訳の言葉が見つからなくて、スティーブは何か考えているようで口をひき結んでいた。俺が正直に言えばいいだけの話なのに、言うのが躊躇われてお互い黙ったままの時間がしばらく続く。気まずい時間がどれくらい続いただろうか、やがてスティーブがゆっくりと口を開くのを見て、思わず身構えてしまった。

「……君は、バッキーのことが好きなのか?」
「…へ、」

静かな口調で聞かれたことは俺が思っていたのとは違ったもので、思わず間の抜けた声が出てしまう。好き?なんで今そんなことが出てくるんだ?

「そりゃあ好きだけど、スティーブだって分かってるだろ。そういう意味での好きじゃな……、」

そこまで言いかけてはたと気付く。いや待て、バッキーのこと好きかなんて聞いてくるってことはつまり、

「………もしかして見てた?」

スティーブの表情が固くなる。この反応は、イエスだ。ということは、おまじないと称してバッキーが俺にキスして抱き締めたところや、俺がバッキーの背中に腕を回したところも、
……側から見たらそういう仲だと「勘違いされそうな」やり取りを一部始終を見てたってことだ。

…もしかしてスティーブは、俺がバッキーに浮気したと思ってる?

そこまで考えが及んだ瞬間、一気に思考が回り始めた。

「…ナマエ、本当にバッキーが好きなら」
「あーーーーーーそういうことかバッキーあの野郎」

思わずFワードが出そうになったがそこは我慢した。代わりに奇声が出たけれど。自分の言葉を遮ったいきなりの俺のリアクションにスティーブは戸惑いの表情を浮かべてナマエ?と名前を呼ぶ。

「これ、全部バッキーだよ」
「は?」
「バッキーが先行っててくれって言っただろ、あの後バッキーが俺に聞いてきたんだ。恋人としてどこまで進んでるのかとか、スティーブと、その、キスよりも先に進みたくはないのかって」
「………………は、」

俺のその言葉でスティーブも察したらしい。
黙って、一拍置いて、はああと珍しく大きなため息を吐いた。そして余計なことを、とぼそり。本当それだ。聞けばどうやらサムも一枚噛んでいたらしく、サムにも同じような話題を出され、上手く誘導されてバッキーと俺が抱き合っているところをちょうど目撃したらしいのだ。なんて奴らだ。こんなことなら躊躇わずにバッキーと話したことを素直に言えば良かった。

「ああ………僕はてっきり、君は僕じゃなくてバッキーのことが好きなのかと」
「っううん、違う」

スティーブのその言葉に慌てて、力強く首を横に振った。「てっきり」なんて、そんな風に思わせてしまっていたことが申し訳なくて仕方がない。きっと俺がはっきりと自分の想いを伝えていなかったからだ。スティーブはよく俺に好きだという言葉を言ってくれるけれど、俺は照れ臭さが勝って殆ど自分からスティーブへ、好意の言葉を伝えたことがなかったから。
ちゃんと言わなきゃ。でなきゃ、今回みたいにまた勘違いをさせてしまう。

「俺が、…キスとか、そういうことしたいと思うのは、スティーブだけ」
「…ナマエ」
「す、…好きだよ、」

小さかったし吃ったが、それでもスティーブの目をしっかりと見てその言葉を伝える。ああ、顔が熱い。思えば、付き合い始めてこうしてしっかりと自分の想いを伝えたのは、初めてかもしれない。

「…僕もだ」

ミートゥー。いつもは俺が言うフレーズを、きれいな形をした口が紡ぐ。スティーブは嬉しそうに頬を緩ませて、いつもの優しく触れるだけのキスをくれた。俺はこのキスが大好きだ。味わうように唇を食まれた後、ゆっくりと離される。離れた拍子に小さく鳴ったリップ音が恥ずかしかったけれど、それ以上にこのキスをされたことが嬉しかった。それから鼻先がくっつきそうな距離で深い青色の瞳を見つめ合って、どちらからともなく微笑いあう。が、不意にバッキーの言葉が脳裏をよぎった。
「スティーブと先に進みたくないのか?」
実にはた迷惑な話ではあるが、バッキーとサムは俺たちをキスよりも先に進ませたいからこうしたんだろう。じゃあ、実際のところ、スティーブはどう思ってるのか。キスよりも先に進みたいと思ってくれているのだろうか。

「…なあ、」
「ん?」
「スティーブはどう思ってる?俺たちキス止まりだろ」
「……そうだね」

その質問でスティーブは俺の言いたいことを分かってくれたようだ。ブルーの瞳は細められ、彼の大きな手が俺の頬を優しく撫でる。

「僕は、…君に無理はさせたくない」
「それは…、」

珍しくはっきりとした答えを言わなかったスティーブのその言葉を、ゆっくりと脳内で咀嚼する。「無理はさせたくない」。つまり、こういうことだろうか。

「…先には進みたいけど、俺次第ってこと?」

俺の言葉に少し間を置いてイエス、と頷くスティーブ。あれ、この感じ、

「…もしかしてずっとそう思ってた?」

続けるとバツが悪そうに無言で顔を逸らして、それからまた頷いた。それに愕然とした。う、と言葉が詰まる。なんということだ、全然気づかなかった。もしかしてずっと我慢させてたのか俺。

「…ごめん」
「君が謝ることじゃないよ」
「でも我慢させてたんだろ」
「…君は無防備だからね」

困ったように笑ったスティーブのその言葉は、我慢していたという意味だろう。も、申し訳なさすぎる…。

「あのな、その、俺スティーブと一緒に居れるだけで嬉しかったからキス以上のこととか考えたことなくて……、っでも別にしたくないとかそういうわけじゃないっていうか!」

つらつらと喋っていたらなんだか言い訳くさくなってしまったし嘘っぽく聞こえるのだから本当に勘弁してほしい。それでもスティーブはありがとう、と優しく微笑んでくれた。

「う、嘘じゃないから、」
「うん、分かってる」

分かってるよ、俺に触れながらもう一度口に出されたその言葉は柔らかくて。それにじんわりと暖かいものが胸に広がる。

「…僕も、君と一緒にいるだけで嬉しいし、幸せだ。でも」
「うん」
「でも、僕はナマエを…君をもっと愛したい」
「え、…ぁ、」

今、この人はなんと言ったのか。スティーブがゆっくりと、それでいて確かに、俺に向けられたラブという言葉に、ぽかんと口を開けた馬鹿みたいな顔でスティーブを見てしまう。意味を理解するのに数秒かかって、そして数秒後に理解した瞬間には、途端にぼっと火が点いたように身体が熱くなった。
嘘じゃない。
そんな表情でそんなこと、言われるなんて、

「じゃあ」
「ナマエ?」
「あ、………あい、して」

半ば衝動的だった。ラブミーと、考えるよりも先に口が動いていて。

「おねがい」

お願いと、そう言い終わった時に思った。なんてことを言ってしまったんだ、と。恥ずかしさはあれど、そこに後悔の気持ちはなかった。ああ、さっきよりも顔が熱い、最早熱すぎて湯気が出そうだ。きっと夕方の空よりも真っ赤な顔をしているだろう。俺の突然の言葉に対するスティーブの返事は返ってこない。どんな表情をしているかなんて確認する暇もない。なんとも言えない沈黙にも強烈な恥ずかしさにも耐えきれず、顔を両手で覆ってからスティーブの胸に顔を埋めた。

ラブという言葉をこんな風に使うなんて、思わなかった。でも、嘘なんかじゃない。心からの本心だ。だって、あんなことを言われてしまったら答えは1つになるに決まってる。その一言で、今まで曖昧だった自分の思いがはっきりと形作られた。
俺も、この大好きな人を愛したい。スティーブにならキスより先のことも、何だってされてもいい。

「…ナマエ」

再び熱を孕んだ声音で名前を呼ばれる。顔を上げれば、スティーブはさっきと同じ、心臓がどくりと高鳴るような大人の表情をしていた。それから頬をするりと撫でられる。それはまるで、「本当に良いのか」と確認されているようで。だから了承の意味を込めて、自分からそっと触れるだけのキスをする。唇を離した瞬間、それを追うように、そして性急にもう一度唇を重ねられた。それから段々と深くなっていく初めての大人のキスに応えようと、そっとその広い背中に腕を回した。





20180726

ずっとさきの話 スティーブと勘違い



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