卒業前の、最後の夏休み。

「ッニュート!!」
「ナマエっ、わ、」

キングスクロス駅まで出迎えに来てくれたニュートは相変わらずだった。雑踏の中、人ごみをかき分けてニュートの元へと駆け寄った。この前の冬休みの時とは違って今度は俺から勢いよくぎゅう、と抱きついて、そのキャラメル色のふわふわした髪をわしゃわしゃと撫で回す。そしたらやめてよと弱々しい声で怒られた。久々に恋人の顔を見るんだから致し方ないと思うんだけどな。

「最近どう?仕事は?」
「変わらないよ。やることがなくて退屈だ」

歩きながらお互いの近況について話し合う。行き先はもちろんニュートの家。手紙でのやり取りで既に分かっていることも、相手の顔を見て話すとどこか新鮮に感じるから不思議だ。

「卒業だね、おめでとう」
「ああ」
「……おめでとう、ナマエ」
「え?」

少し間を置いて、ニュートは再びおめでとうと俺に言う。ん、どういうことだ?

「手紙で言ってたじゃないか、魔法省だろ」
「ああ〜、そのことか」

ニュートの言葉にああ、と納得がいく。
そうなのだ。なんと、この俺が実は魔法省に就職が決まったのである。

「まあな…滑り込みというかなんというか…勉強頑張った甲斐があったよ」

本当は特に志望している業界なんてなかったのだが、どうせならニュートと同じところか近いところで働きたいと思ったので毎日めちゃくちゃ勉強して頑張ったのだ。まあ、こんなこと言ったら引かれそうだし、このことは心の内に秘めておこう。

「どこだって書いてたっけ?魔法法執行部だよね?」
「そう、そこのウィゼンガモット最高裁事務局。お前んとこ地下4階だろ?昼休みに遊びに行くよ」
「うん。ありがとう」

俺の言葉にニュートは嬉しそうにはにかむ。ああ、やっぱりこいつは癒しだ。




「あれ?!」

ニュートの部屋に足を踏み入れたら驚いた。この前俺が来た時も物は少なかったが、断捨離したのかってくらい見事に部屋に何もなかったからだ。

「随分さっぱりしてるな。荷物まとめてあるし…どっか引っ越すのか?」
「え、ああ、うん。新年度から新しいとこに引っ越すんだ」
「そうなんだ…」

俺的にはこの部屋結構気に入ってたんだけどな、と思いつつ部屋を見回す。何しろ色々な思い出が詰まってるからな。ナマエ、住むところはどうするの?と続けたニュートに、俺はうーんと唸り声をあげる。

「実家からだと遠いしどっか探して借りようかなと思ってる。本当は魔法省の寮が良かったんだけど、手続きするのが遅くてもういっぱいって言われたんだよ」

めんどくさいことを後回しにするのは良くないな〜と呟きながらがらんとした部屋をこつこつと歩き回る。ほとんどなにもない、がらりとした部屋に革靴の音が響いた。

「ナマエ」
「ん?」
「…あのね、僕、寮に移るんだ」
「え、そーなの!」

突然のニュートの言葉に俺は目を丸くする。なんと羨ましい。俺も早く住む家決めないといけないな。

「良かったじゃんか、今の部屋より寮の方が職場に近いしさ」
「うん、ちょうど部屋に1つ空きが出たみたいで。でもその部屋、2人部屋なんだ」
「おお、」

そう言って言葉を切ってからじ、と俺を見つめてくるニュートの意図が読めなくて、ん?と首を傾げる。
そんな俺を見てごほん、とニュートが咳払いをして、そして続けた。

「…ええと、君も魔法省で9月から働き始めるだろ?」
「ああ」
「だからその、」
「うん」
「ナマエさえ良ければ、一緒に、住ま」
「えー住む!めちゃくちゃ住む!」

ニュートの言わんとしていたことを理解した瞬間、ごにょごにょ言っていたニュートの言葉に食い気味でそう返してしまった。食い気味だった俺の言葉にニュートはほっと口元を緩めて良かった、と呟く。俺からすれば願っても無いことだった。あー妥協して変なところ契約しなくて良かったー!

「なかなか良い条件の部屋がなくて困ってたんだ!ありがとニュート!」

今日は良い日だ、ニュートと会う日にまさか住む場所も決まるなんて!新年度に向けての大きな心配事が1つ減ったぞ!ニュートと再会して上がっていた俺のテンションは更にだだ上がりである。

「そっかー、そしたら、これからニュートと一緒に居られる時間が増えるってことだよな!ルームシェアというか、共同生活って感じ?なんか、ホグワーツの頃みたいでワクワクするな!」
「うん、そうだね」
「家事とかは全部自分たちでやらなきゃいけないけど、………」
「うん、……ナマエ?」

ぺらぺらとそこまで口に出して、不意にはたと気づいた。

「(これはもしや、)」

同棲というやつでは………?!ルームシェアとか共同生活とかの前に、同棲というやつでは?!

「…………えと、ニュート」
「なに?」
「……その、ふつつかなものですが、どうぞ、よろしくお願いします………」

居住まいを正してぺこりと頭を下げたら、ニュートがぶっと噴き出して笑った。

「いきなりどうしたの!」
「いやだって一緒に住むって、同棲ってことだろ!」
「どっ、……………」

そうムキになって返したら、ニュートが変に吃って黙ってしまった。その顔は赤い。

「そう、なるのかな」
「そうなんじゃないのか…?」
「そ、…そう、だね」

ぽつりぽつりと交わされる会話。

「………」
「………」

そしてがらんとした部屋の中、お互い黙り込んでしまう。
ニュートと一緒に暮らすってことは勿論2人きりってことだ。家事も食事も何もかも2人でやるし、毎日一緒に寝…ってさすがに2人部屋なのだからベッドは2つあるよな、でも俺たち恋人同士だし、だからつまり、もしかしたら

「(もしかしたらあんなことやそんなことがあるかもしれないってことだよな?!)」

想像しそうになって思い切り首を振ってばっと顔を覆った。

「どうしたの!?」
「なんでもない」

顔を覆ったままニュートに努めて平静な声で返す。だめだ、考えるのやめよう、なんだか変にドキドキしてきたし思考がピンク色になってきた。おいまだ昼だぞ。落ち着け俺。変な空気を変えようと(俺がそう感じてるだけかもしれないが)、何か言葉を探してとりあえず口を開いてみる。

「っあー、同棲とかどうとかそういうのは置いといて、なんつーか、…俺、これからはお前と一緒に居られる時間が増えるのは、…嬉しい」

嬉しいと言うのがなんだか照れ臭くて、ニュートから目を逸らしてしまう。

「…うん、僕も」
「…あー…、その、ナマエ、」
「ん………」
「………よろしく、ね」
「ん」

はにかむニュートが可愛くて愛おしくてぎゅうと抱きしめたら、優しく抱きしめ返してくれた。
ああ、やっぱりこいつはかわいい。






20170523

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