まとわりつくような熱気、滲む汗に火照る身体。肌に触れる体温も俺と同じくらい、熱い。

「ニュート……」

渇いた口を開いて掠れた声でその名を呼ぶと、モスグリーンの瞳が俺を捉えた。少し気怠げな表情に、少し開いた唇。
ああもう、我慢ができない、


「………あつい………」
「わざわざ言わなくてもいいだろ、余計暑くなるだけだよ」

大体暑いなら僕にくっつかなきゃいいじゃないか、なんて涼しい顔でそう言うニュート。こ、こいつ…!別にひっつき虫みたいにくっ付いてるわけじゃないし、いつもみたいにソファに座って本を読んでるニュートに寄りかかってるだけなのにこれである。

「なんだよ飄々としてさあ!ニュートは暑くないのかよ!」
「暑いけど、…暑いって言っても涼しくはならないだろ」
「う…」

反論してはみたが全くその通りなので返す言葉もない。仕方ないのでニュートから離れて、隣で大人しく背凭れに寄りかかって手で扇ぐことにした。全くマシにはならないが。
ホグワーツを卒業し、俺が魔法省で働き始めてからもう早いもので、巡り巡って季節が一周した。季節は夏、毎日太陽がかんかん照り、雲ひとつない爽やかな青空だ。夏は好きだ。が、今年の夏は暑すぎる。そして今日は特に暑い。俺とニュートが暮らす寮の部屋のありとあらゆる窓はこれでもかというくらい全開で、風の通り道をちゃんと作っているのだが、肝心の風が全く吹かないのだ、これじゃどうしようもない。せっかくの休みだからニュートと何かしようと思ったのに暑すぎて何もする気が起きない。まあそもそもニュートも俺も恋人らしくデート[V:9825]みたいなことはしないタチだし、何かしようと考えてはみたものの具体的な案は思い浮かばなかったので、こうして休日に部屋でだらだらするのもいいだろうと思うことにした。…のだが、

「暑すぎて俺もう動けない…」
「さっきから1ミリも動いてないじゃないか」

だらりと力無く足を投げる俺にニュートの冷静なツッコミが入る。そのツッコミに返す余裕も気力もない。一瞬魔法を使おうかと考えたが杖を取りに行くのさえも億劫だ。ああ…何か手っ取り早く涼しくなれる方法ないかな…。

「……もういっそ脱ぐか。それがいい、そうしよ」
「えっ」

そして、暑さで参った頭で考えついたのがそれだった。暑いなら、着ているものを脱げばいいのだ。大体がこのクソ暑い中プライベートな空間(自分家)でお行儀良くシャツなんて着てる意味が分からない。原始的だが我ながらナイスアイデアなのでは?思い立ったら即行動だ。すっくと立ち上がってシャツのボタンに手を掛ける。俺の言葉にニュートは固まって嘘だろとでも言うような表情で俺を見ているが、そんなことは気にしていられない。

「何?ニュートも脱げよ、暑いんだろ?脱いだ方が涼しいぞ。自分家なんだから誰も気にしないだろ?」
「………」

あっけらかんとして言い放てば、ニュートはそれきり黙って本の方に視線を戻さずにそっぽを向いてしまった。この反応、人前で上半身裸になることに抵抗があるのだろうか、それとも俺の半裸を見るのに照れているのか。前者なら俺は抵抗なんてないし、後者なら半裸どころか俺の裸をいくらでも見ているのだから今更すぎる。どちらにせよ、暑さには勝てないのだからしょうがない。脱ぎます。

「あーーーー涼しい!涼しいぞ!!」

シャツをソファにばさりと放ってぐ、と伸びをする。結論、脱いだらめちゃくちゃ涼しかった。さっきまでの暑さが嘘のようである。ああ、上を脱ぐだけでこんなに違うとは。開放感が段違いだ。こんなに違うならもっと早くから脱いどけばよかった。そんなことを考えながらこの状態のまま更なる涼しさを求め、しばらく近くの窓から身を乗り出して鼻歌交じりに僅かな風を感じていたのだが。

「…………」

さっきから誰かさんの視線が俺にグサグサと突き刺さっている。ある意味熱い。視線が。誰の視線かなんて分かりきったことだ、この場には俺ともう1人しかいない。無言のままニュートの方に顔を向けると、ぱっと目をあらぬ方向に逸らされた。まるで初めから俺の方なんか見てませんでしたという風に。
その反応にちょっとした悪戯心が芽生えて、自然と口角が上がった。本当に、この親友兼恋人は俺の嗜虐心を唆るのが上手だ。

「…おい、何変な想像してんだよすけべ」
「なっしてない!」
「嘘つくなよ顔で分かる」
「う…」

さっきまで涼しい顔をしてたくせに今はどうだ、俺のたった一言にニュートは言葉を詰まらせて、そんな分かりやすいかな僕…なんて言いながら少し赤らんだ頬をさすっている。その様子は何となく小動物を思わせた。ていうかいい加減学んだらどうなのだろう、他の奴らにとっては知らないが、

「お前はすごく分かりやすいぞ、俺にとっては」
「だ、だって、…」
「だって、何?」

何か言い訳をしようとして口をまごつかせるニュート。そんな奴にからかい半分で助け船を出してやろうと、窓際からニュートの元へと戻って目の前で仁王立ち、腰に手を当てながらぐ、とニュートへと顔を近づける。ニュートはそれに顔を後ろに引いて逃げようとするけれど、ソファの背もたれが邪魔をした。
距離がいっそう近くなってドキドキしているのか、緊張しているのか、その顔はさっきよりも赤く色付いている。読みかけの本の見開きページには、彼の手によるシワができていた。ああ可愛いなあ。なんだか無性に愛おしく感じて抱きしめたくなったが我慢した。こういう奥手でオドオドしているところは学生時代イライラしていたものだが、今となっては一周回って愛おしささえ感じる。
ニュートの視線はおろおろとあちこちに動くが、決してこちらを見ようとはしない。けれど俺が静かに名前を呼べば視線がぴたりと止まって、ゆっくりと俺へと向けられる。そしてもう逃げられないと悟ったのだろう、う、と呻きながらニュートは口を開いた。

「…だって、ナマエの身体、きれいだし、汗で余計に…その、際立つというか」
「………」

…こいつ、こういうたまに拍子抜けというか、予想外の答えをぶっ込んでくるんだよな。そんなところも嫌いじゃないが。

「…おう、…ありがとう?」

目的語がないので何が?と言いそうになったが、身体がきれいと言われたことには普通に嬉しいので、素直にお礼を言っておいた。そしてふう、と息を吐いてニュートの隣に座って、深く沈んだソファに身を預ける。しばらくこの状態でいたらだいぶ涼しくなってきた。このままあまり動かなければ汗をかかずに済むかもしれない、ぐうたらもいいところだが。

「………」

それから会話が止まって、部屋には時計の針が時間を刻む音が静かに響く。お互い近くにいて、それでいて言葉を交わさずに静かな時間を過ごすことはよくあるし、俺にとっては心地良い。目を閉じてその穏やかな時間に身を預けていると、ぱたり、本が閉じられる音が耳に入った。徐に視線を向けると、ぱちり、ニュートと視線が合わさる。視線をやる前から俺を見つめていたのだろうか。ニュートは躊躇う素振りを一瞬見せたけれど、きゅ、と口を結んで、それから再び俺を見つめた。

「(ああ、したいんだ)」

ニュートの瞳や視線の僅かな表情でその意図が分かってしまうようになったのは、いつ頃からだっただろうか。
寄越された視線に応えようと、ニュートとの距離を詰め、ソファに横向きに座る。彼の膝上に置かれていた本は、いつのまにかソファの脇に追いやられていた。
それから顔をお互い近づけて、鼻先が触れる距離で数秒見つめ合う。ゆっくりと目を閉じると、その合図に合わせるように、そっと乾いた唇が合わせられた。遠慮がちの触れるだけで離されたそれに、瞼を開けてニュートを見遣る。「これだけでいいのか?」なんて気持ちも込めて。それが通じたのかなんなのか、お互いの視線が絡まり合った直後、今度は目を瞑る暇なんてなく勢いよく唇を塞がれた。

「ん、ぁ」

さっきの可愛らしいキスとは違う、味わうようなキスだ。啄むように唇を吸われ、上唇を食まれる感触が気持ちいい。

「っふ、ぅン」
「…かわいい、」
「っは、阿保か、んっむ、ぅ」

自然と漏れる声と鼻から抜ける声のどこにかわいさを感じたのかは分からないが、笑みを含んだ声で、ぽつりとキスの合間にそんな言葉が漏らされた。骨ばった手が俺の後頭部に回って、指がうなじを優しく撫でる。その感触に少しぞわりとした。
どうやら俺が半裸になったことでニュートのスイッチを押してしまったらしい。何時もは俺がぐいぐい行かないと何もしてこないクセに、一度スイッチが入ると本当に積極的になるのだ。まあ、そんなところも好きなのだが。
薄く開いた唇の入り口に、ニュートの熱い舌がそろりと触れる。迎え入れるように口を開いて舌を出せば、軽く吸われてから舌を擦り合わされた。

「っんぅ、は、ぁ…んんっ」

もっとしたい、してほしい。キスがどんどん深くなっていく。きゅ、とニュートのシャツに縋る手に力が入る。じわじわと味わい尽くすようなそれに、さっきまで涼しさを感じていたはずなのに、今度は別の熱さが身体の内側から滲み出て、徐々に火照っていく。

「ぁ、にゅーと、」

汗ばむ俺の身体をなぞり始めたその手を柔らかく制した。俺の汗がニュートの手に付いてしまう、そう思ったが、逆にニュートによって手を絡め取られ、シャツのボタンへと手を導かれる。

「ナマエ…脱がせて」
「ん…」

恋人に熱の籠った瞳で見つめられ、艶やかな、少し掠れた声でそんなお願いをされて、断れる奴がいるのだろうか。むしろニュートのお願いに興奮した。だって俺の前でだけなのだ、普段は極度の人見知りで、おっちょこちょいの彼がこんな、雄の表情をするのは。

「っ、ナマエ、ぅ」
「ん…きもちい?」
「ぁ、ちゃんと、んぅっ脱がせてよ…っ」
「はいはい」

ボタンをいくつか外したところでシャツの隙間に手を入れながら少し湿った首筋に唇を寄せると、 ひくりと僅かに震える肩。小さな喘ぎ声混じりで出された文句にふ、と笑みが溢れた。
改めて見るとこの光景、なかなかにエロい。服の隙間から見える赤らんだ肌が扇情的だ。夏は暑いからやりたくはないが、着衣プレイってのも良いかもしれない。冬になったら言ってみようかな、なんて変態じみてるだろうか。少なくともニュートよりはマシだろうけれど。

「何考えてるの?」
「もうちょっと寒くなったら教えてやる、楽しみにしてろ」
「なにそれ、っぁ、ちょ、ナマエ…!」

シャツの下に入れていた手を再び動かしながら耳を柔らかく食む。それだけでニュートは泣きそうだ。眉を下げて、そばかすだらけの顔を赤くして。緑色の瞳は今は溜まった涙で揺らめいている。

「…かわいい」
「ぅ、僕はかわいくなんか、」
「何時も俺に言ってるくせに」

自然と口をついて出た言葉になんとなく納得する。なるほど、ニュートも俺のことかわいいって思う時はこんな気持ちなのだろうな。かわいいと言われて少しいじけるニュートにそう返しながらこめかみに唇を押し付ける。腹筋の筋をなぞって、胸へ、鎖骨へ、そして肩へ。ニュートの身体を下からなぞるようにしてから、シャツに手を掛けて脱がせてやる。俺はニュートの肌を味わっていたのだが、ニュートはゆっくりとした動作に途中から焦れたのか、袖に引っかかっていたシャツを自分で脱いで床に放った。俺の肩を掴んでソファに押し倒すと、ニュートは俺の顔にキスを落としながら、その長い指を俺の胸に這わせ始める。

「っぁ、…ふ、」

まだ片手で数える程しかしてないけれど、行為をするたびにいつもニュートは俺の胸を弄る。マッサージするように胸全体を揉んだり、舐めたり、時には乳首を弄ったり。勿論女みたいな柔らかい脂肪は胸にくっついていないので、毎回何でだろうななんて思いながらそれを受け入れているのだが。

「お前、っそこ、好きだよな」
「ん…気持ちよくない…?」
「うーん…気持ちいいっていうか、どっちかっていうと変な感じ」
「そっか」

俺の真っ平らな胸に顔を埋めているニュートはその答えに満足したらしい。が、俺は逆に釈然としない。

「…どういうことだよそっかって」
「いつか分かるよ、楽しみにしてて」
「はあ?」

ふ、と含み笑いのニュートに少しときめきつつ、俺はニュートからのキスを迎える。わずかな衣摺れの音、ソファが軋む音。静かな部屋でちゅ、ちゅ、と繰り返されるキスの音に今更恥ずかしくなってきた。不意にやってきた羞恥から逃げようと、そういえばソファでしたことないかも、なんて蕩けた思考の片隅でぼんやり考える。ニュートはといえば、キスの合間に俺の身体の線をなぞりながら、熱を持ち始めた下腹部へと手を伸ばしてきた。服の上から緩く勃ち上がった形を確かめるようになぞられれば、期待で甘い痺れが腰を重くする。

「ンっ」
「は、ナマエ…っ」

耳元で荒い吐息交じりに囁かれる声は熱を持っていて。それに堪らず吐息が漏れる。恥ずかしいが、でもそれよりも、今はニュートが欲しい。
手を回してニュートの腰を引き寄せて、お互いのそれをズボン越しに擦り付ける。布越しからでも熱く硬くなってるのが分かって、ニュートが俺で興奮しているということが益々身体を熱らせた。

「…ニュート、あついよ」
「うん、…僕もあつい」


ああでも。
この暑さは、嫌いじゃない。





20180817

[ 13/16 ]

[*prev] / back /[next#]