「あ、岩本さん。一つ下の階に、伊藤さんいるそうですよ」
マネージャーからそんなことを聞いたのは、個人での撮影を終えてすぐのこと。
どうやら真衣も別の撮影で、このスタジオに来ているらしい。
そうと聞いたら会わない理由なんかなくて、俺はすぐに一つ下の階に向かった。
マネージャーから聞いた部屋を目指して歩いていると、不意に後ろから声をかけられた。
「あれ…照?」
聞きなれた声に振り返ると、そこにいたのは案の定真衣で。
俺がここにいることに驚いたような表情をしていて、すごく可愛い。
…と同時に、その衣装が目に入って、俺は自分でも分かるくらい顔を顰めた。
「………なに、そのカッコ」
肩を露出させたいわゆるオフショルダーのトップスに、膝上丈のタイトなミニスカート。
そして真衣の綺麗な長い髪は高い位置でポニーテールにされていて、そのせいで肩が丸出し。
もやもやと、黒い感情が広がっていくのを感じた。
「ああ、これ?雑誌の衣装だよ。今撮影中なの」
「………肌出しすぎ」
「まあ、夏特集だからね」
なんて、本人はあっけらかんとしていて。
一体何が問題なのか、全くもって分かっていない。
「…………来て」
「えっ?あ、ちょっと照…!」
真衣の腕を掴んで歩き出すと戸惑ったような声を上げたが、今はそんなことを気にしている余裕なんてない。
マネージャーから聞いていた真衣の楽屋を見つけると、俺はそこに彼女を押し込んで、鍵をかける。
そしてそのまま手を引いてソファに押し倒すと、その唇に噛み付いた。
「ん、!?っ、ひか、んぅ…!ん、っ」
あー、ムカつく。
こんなカッコでうろつくなんて、危機感がなさすぎる。
この綺麗な肌を俺以外の、ましてメンバーですらないヤツが見たのかと思うと、すげぇムカつく。
突然のことに驚いたのか俺の胸元を押して抵抗してくるから余計にムカついて、右手でその両手を一纏めにして頭上で固定した。
そして空いている左手でむき出しの肩に触れると、びくっと真衣の身体が震えた。
「ひか、っん、ひ、かる…っ、!」
「っは、」
「ん、っふ、…っ!んん…っ、!」
そろそろ呼吸が苦しそうなので、名残惜しいが唇を離す。
真衣を見ると目尻には薄く涙が浮かんでいて、ちょっと申し訳ないことをしたなと思ったが、それでも言うべきことは言わなければならない。
「こんなカッコで、一人で歩いてたの?」
「っ、え…?」
「肩も足もこんなに出して、誰が通るか分からない廊下を、一人で歩いてたの?」
する、と肩をひと撫ですると、また真衣の身体はびくりと震えた。
「誰が見た?」
「、え…」
「廊下で誰かとすれ違った?誰かと話した?…俺以外のヤツに、このカッコ見られた?」
今度は足を撫でる。
同じように真衣はまたびくりと考えて、だけどしっかりと首を振った。
「だ、れにも、会ってない。お水、買いに行っただけで…そしたら、照がいて…」
俺を見る真衣の瞳は、嘘を付いているようには見えなかった。
そこで俺はようやく息を吐いて、同時に、全身の力が抜けた。
「……………っ、はあ…………」
項垂れるように、真衣の肩口に額を付ける。
俺の好きな嗅ぎ慣れた真衣の匂いがして、妙に安心した。
「……ごめん。勝手に嫉妬して、暴走した」
もしすでに他誰かにこの格好を見られていたとしたら、俺は未だに力を抜けていなかったかもしれない。
本当のことを言うと、撮影スタッフにだって見られたくない。
けど雑誌のことを考えて衣装さんが選んでくれたものだろうし、自分たちが関わらないところにまで口を出すのは真衣の可能性を狭めてしまうから、俺もメンバーもあまり口うるさくは言わない。
でも、やっぱり嫌なものは嫌で。
それも今回みたいに、真衣一人の現場だと、何かあった時に俺たちは助けてあげられないから。
「…………………マジで閉じ込めたい」
ぼそ、と口に出た台詞は、間違いなく俺の本音で。
けれど幸いにも真衣には聞こえていなかったかのようで、小さく「なに?」という声が聞こえたので、俺は何でもないと首を振った。
「…………撮影、まだあんの?」
「あとワンショットだけ。今、ちょっと休憩入ってて。もうすぐ再開すると思う」
「…この後オフでしょ?予定は?」
「ジム行こうかなって思ってたけど」
それを聞いて、俺は真衣の肩から顔を上げた。
そしてタンクトップの上に羽織っていたシャツを脱いで、真衣に着せる。
真衣は少し驚いたような顔をしていたけど、何も言わずにされるがままになってくれた。
「…撮影まで、それ着てて。ホントは足も隠したいけど、隠せるものがないから我慢する。俺、ここで待ってていい?撮影終わったら、一緒にジム行って、俺の家。………ダメ?」
我ながら自分勝手な申し出だなと、言いながら不安になってきて、最後は情けないくらい弱々しい声になってしまった。
これで断られたらどうしよう、なんて、男のくせにマジで情けない。
けれど真衣はそんな俺の不安を見透かしたかのように、ふっと優しく微笑むと、俺の両頬に手を添えてこう言った。
「…うん。照と一緒に帰る。だから、待ってて?」
そして、ちゅ、と音を立てて、唇が合わさった。
真衣からの予想外の行動に思わず驚いていると、コンコンと扉がノックされて、「伊藤さん、撮影再開するのでお願いします!」というスタッフさんの声が。
それに「はい!」と返事をすると、真衣はするりと俺の身体の下から抜け、最後にこっちを振り返った。
「行ってくるね、照」
にっこり笑って楽屋を出て行く真衣を見て、思ったこと。それは、
「…………いや、シャツ逆効果じゃん」
真衣からすればかなり大きい俺のシャツを羽織ったことで、肩は隠せたがいわゆる彼シャツ状態でかえって足の露出が目立ってしまい、余計に視線を集めそうだということ。
俺は慌てて立ち上がり、楽屋を飛び出した。
「真衣!俺も行く!」
やっぱり、目を離すなんてできない。
追いついてきた俺に真衣はびっくりしていたけど、そんなのは無視して、俺はその腰を抱き寄せて歩き出す。
この人は俺のなんだって、見せつけるように。
誰も俺から、この人を奪わないように。
「……真衣、俺から離れないで」
今だけじゃない。
これからも、ずっと。