今日は仕事でちょっと嫌なことがあった。
ほんの些細なことで、いつもならすぐに切り替えて終わるんだけど、なんとなく今日はずっとモヤモヤが残ってしまっていて。

こういう日はさっさと帰って真衣に癒されるに限るなと思い、寄り道せずにまっすぐ家に帰ってきた。



「ただい……、えっ?真衣?」

「しょったぁ!」



玄関のドアを開けて中に入ると目に飛び込んできたのは、玄関マットにぺたんと座り込む真衣の姿で。
思いもよらない場所にいたので、思わず驚いてしまった。



「あ、翔太おかえり。真衣、しょった帰ってきたね。よかったね」

「うん!」



タオルで手を拭きながら現れたのは涼太で、真衣の頭を優しくぽんぽんと撫でると、笑いながらこの状況を説明してくれた。



「さっき買い物から帰ったんだけど、手洗い終わるやいなや『あっちでしょったまつの!』って、俺が手洗ってる間に玄関に逆戻り」

「え、そうなの?」

「そう。で、ここから全然動かなくて」

「へえ、珍しいな」



普段まったくワガママを言わない真衣だから、今日みたいなことは珍しい(まあこんなの、ワガママのうちにも入らないけど)。



「しょった、あっこぉ」

「ん?あ、ちょっと待って。手だけ洗わせて?」

「ん、」



言えば素直に聞いてくれる。
めちゃくちゃ聞き分けいいんだよね、ほんと。

俺が洗面所に向かう時もぴったりくっついてくるし、手を洗っている間もその大きなくりくりの瞳でじっと俺を見上げてきていて、とんでもなく可愛い。



「ん、お待たせ。おいで?」



そう言えばすごく嬉しそうな顔をしながら俺に抱きついてきて、たまらなく愛おしい。

小さな身体を抱き上げれば、ぎゅっと俺の首元にしがみついた後、少し身体を離して俺の顔をじっと見つめてきた。



「ん?どうしたの?」

「…しょったぁ」



無言で数秒目が合って、顔に何か付いてんのか?と思い始めたその時、真衣の眉がふにゃりと下がった。



「……しょった、えんえん?」

「……え?」



言葉の意味が一瞬分からず、間の抜けた声が出た。

…えんえん?泣いてるってことか?



「俺、泣いてないよ?」

「んん…、しょった、えんえんなのぉ…」



そう言うと真衣は俺の肩口に顔を埋めて、ちょっとぐずぐずし始めてしまった。
どうすればいいのか分からず、真衣の頭を撫でながらとりあえずリビングへ向かう。

リビングでは涼太がちょうど夕飯の準備に取りかかろうとしていたけど、俺たちを見るなりその手を止めて、キッチンから出てきた。



「あらら、真衣どうしたの?」

「わかんない…。なんか、俺がえんえんだって」

「えんえん?……翔太泣いたの?」

「いや、全然…」



涼太が真衣の背中を撫でると、真衣が顔を上げて涼太を見つめた。
俺からその表情は見えないが、涼太が困ったような顔をしたから、きっとさっきみたいな悲しい顔をしているんだろう。



「…真衣?どうしたの?」

「りょーたぁ…」

「ん?」

「…しょった、えんえんなのぉ…」

「そっか、えんえんかぁ」



さっきと同じことを言う真衣。
俺には意味がよく分からなかったけど、どうやら涼太は何かを思い付いたようで。

少し笑いながら、俺にこう問いかけた。



「翔太、今日何かあった?」

「…何かって?」

「えんえんとまではいかなくても、なんかちょっと嫌なこととか」

「……あ、」



言われて思い出したのは、仕事であったちょっと嫌なこと。
正直、家に帰って真衣の顔を見たら忘れていたくらいの些細なこと。



「それ、真衣は感じたんじゃない?」

「え…?」

「ほら、この前ラウールも言ってたでしょ。大人の時と同じだって」



確かにこの前、ラウールが言っていた。

『真衣ちゃん、大人の時とおんなじようにオレの気持ちを感じ取ってくれてさ。小さくなっても、真衣ちゃんは真衣ちゃんなんだって思ったんだよね』

…じゃあ真衣は、自分ですらも忘れていた嫌な気持ちを読み取って、心配してくれたってこと?



「…俺、もうなんともないのに。真衣の顔見たら忘れるぐらい、すっごいちっちゃいことだったのに」

「うん。だから真衣は、すごいんだよ。…真衣?もうしょった、えんえんじゃないんだって」

「…ほんと?」

「ほんと。ほら、しょったに聞いてごらん?」



涼太がそう言うと、真衣はくるりと振り返って俺を見た。
くりくりの瞳と目が合う。



「…しょった、えんえんじゃない?」

「…うん。真衣に会えたから、もうえんえんじゃないよ」



そう答えると、真衣の表情がパッと明るくなった。
そして再び涼太の方を振り返り、嬉しそうな声で話しかける。



「りょーた、しょったえんえんじゃない!」

「はは、うん。よかったね」

「うん!しょったぁ!」

「ふははぁ、マジで可愛い(笑)」



腕の中の天使があまりにも可愛すぎて、顔がニヤける。

あー、マジでなんでこんなに可愛いんだろ。
小さくなっても好きが増すばっかりだわ、ほんと。



「真衣ぎゅーしよ」

「するぅ!」

「あー可愛い。マジで可愛い。天使…」

「はは、可愛いねぇ」



涼太は今から夕飯の準備、他のメンバーはまだ仕事中で帰ってきていない。

つまり、しばらくは俺が独り占めできる。

涼太には悪いけど夕飯の準備は全部任せるとして、俺はこの可愛い天使と思う存分イチャイチャするとしますか!



HOME