きみも食卓


 初めて2205年の食事を食べた肥前の顔は、たいへんに酷いものだった。と審神者は記憶している。

 用事で政府へ赴いた際に肥前を同行させたときのことだ。そこで昼食を取ろうと2人は食堂に入った。メニューはAかBかの2種類で、その説明の横文字の多さに肥前は早々に審神者に投げた。
注文から5秒後に出されたプレートを受け取った肥前は、暫し固まることになる。長方形の薄いランチプレートの、これまたきっちり区分けされた窪みにそれぞれ入る液状の何か──モスグリーン、紫、サイコロ状になったいくつかのピンクブロック、黄色のブロック。

「おい、コレ……」

そう言って審神者の裾を引っ張った肥前は「これは玩具か?」とでも言いたげな顔をしていた。「食べれるよ」と言った審神者に肥前は未知の生物でも見るような顔になった。
このなんだかよく分からない食事らしきものを持って2人はカウンター席に座り、いただきますと手を合わせる。
「懐かしい」
 審神者はそう言ってピンクブロックをスプーンで掬って咀嚼する。審神者にとってはこれが慣れ親しんだ本来の食事だ。味は形容しがたいものがあるが、栄養に関しては十分。安価なので貧困層でも食べられる──とは、学校の家庭科の授業での記憶である。
 一方で肥前は恐る恐るモスグリーンの液体を掬って、口に運んだ。そして眉を潜めた。例えるならば──歯医者で歯に塗られる、フッ素のような味。口の中が痺れるような感覚がある──端的に言えばゲロまず。次に紫を口に入れるとこれはひたすらにしょっぱかった。色も相俟って食欲すら減退させてくる。ピンクのブロックはどうかと思ったが味のない刺身のような食感が襲うだけだった。
一番マシな味をしていたのは黄色のブロックだ。生のクッキー生地の2分の1程度の風味があった。それでもこれまで本丸で様々な料理に触れてきた肥前にとっては拷問のような有り様だ。特命調査をしていたときはなにも食べていなかったからまだ良く思えたかもしれない。
隣で平気な顔をして食事をしている審神者の肩を突っついて、肥前はプレートに残っている食事を「食えない」と訴えた。審神者は呑気にモスグリーンを口に入れながら、「俺のおふくろの味なんだけどなあ」などと言った。フッ素がおふくろの味など、歯医者の陰謀めいた話だ。肥前は肘をついて、仕方なく残る色々を消化していった。とても辛いわけではないが、朝食に食べた陸奥守特製のだし巻き卵の味を恋しく思った。

 前々から、どこかぼうっとしているヤツだな、と肥前は審神者に対して思っていた。感情の起伏が薄く、喜んでるんだか悲しんでるんだか分からない。ふと思ったのはあんな食事を幼少期から当たり前にしているからだろうか、ということだった。
「疲れたー」
用事を終え、肥前の隣を歩いている審神者は例の昼食をきちんと完食して、あまつさえ「悪くなかった」とまで言った。対して肥前はモスグリーンとピンクを少々残してスプーンを置いた。
「腹減ったな……」
肥前の胃が空しさを訴えるようにギュウと鳴る。
「珍しくちょっと残したもんな。合わなかったの」
「合うとか合わないとかじゃねえだろ……あと、量が足りねえ」
「ふーん……あ、自販機あるよ。なにか買ってく?」
審神者が指したのは通路の隅に置かれた自販機だ。またあの何か形容し難い食物でも売っているのかと肥前は思ったが、空腹に抗えず先に行った審神者についていく。
「えらい旧式だ」
「……!」
身構えていた肥前は目を輝かせた。少し色落ちした自販機の中にはチョコバーやらスナック菓子やらが並べられている。前に南海が通販で買い寄せて、分けてくれた食玩を思い出すような華やかなパッケージ。これなら大丈夫だ。むしろこっちの方が良い。
「肥前? どれがいい?」
審神者が通行証を自販機にかざしながら尋ねてくる。肥前は「これとこれ、と……」流石に3つは食いすぎかと言葉を切った。
「あんたは?」
「俺はいいや」
 受け取り口から審神者が菓子を取り出して肥前に渡す。そのうちのチョコバーを開けてもぐもぐと食べ始めた肥前を、審神者は見つめた。
「なんだよ」
「……うまそうに食べるなあと思って」
審神者は自販機に向き直って、肥前が食べているのとは違う味のチョコバーを買った。封を開け、審神者も同じように齧る。2、3度咀嚼して──そして彼は、不思議そうに首をかしげた。
「うーん」
「うまくねえのか」
「分からん……」
肥前は自身の持っていたそれと引き換えに、審神者のチョコバーを貰った。齧ると、チョコの中にうっすらと薄荷のような風味がある。でも露骨ではなくて、本当に仄かなものだった。
「別に、変な味じゃないだろ」
肥前のチョコバーを齧った審神者はやはり微妙な反応だった。
「肥前が食べてると美味しそうに見えるんだよ」
「なんだそりゃ? 変なこと言うな」
結局審神者の持っていたチョコバーは肥前が貰って、2人は帰路についた。


「まあ、食べることだけが人生の愉しみではないからね」

 手羽先を解体しながら南海が言った。今日の夕飯は水炊きだった。椀にひとつ手羽先を取ったと思えば、そんなことを始めたので肥前は苦い顔になった。
「楽しみとかじゃなくて、単に味を感じてねえって話だよ」
「味覚の鈍さかい?」
よし、できた。と南海が満足そうに骨から外した肉を口に入れる。すっかり冷めたそれだが南海は気にする様子もなく笑顔だった。
「あんたはちゃんと感じてんだろ」
「うん。鍋物はいいね、なにを入れても旨味になる」
「はあ……」
春菊は好まない。横に除ける。みょうがも必要ない。鼻にくる。肥前が箸で除けていくと、最後に淡白な色の手羽先だけが残った。
それがどうにも昼のあれらを思い出して、肥前は除けた春菊を戻して乗せた。合わせて食べる。癖があるが不味くはない。みょうがを乗せて、また食べる。辛い。
「なんじゃ、おんしら。ちまちま食っちょるのお!」
通りがかった陸奥守が不思議そうに言った。やはり手羽先を解体する南海と、かたや薬味をちまちま摘まんでいる肥前。
「うるせえ」
 南海は「陸奥守くん。見てくれ、きれいに取れた」と無邪気に骨を見せている。それで、陸奥守は「ほーッ」などと感心している。肥前は途端にばからしくなってやめだやめだと手羽先にかぶり付いた。肉の脂も骨の固さも、味として良いものだと肥前には分かる。これを人生の勘定に入れない審神者は、じゃあ一体何が愉しいんだとぼんやり思った。
離れて座っている審神者の様子をちらと伺う。審神者は南海と同じように丁寧に手羽先の骨から肉を剥いていた。
「……」
終わると口に運んでいる。特に表情の変化もないが、2杯目を取ろうとしていたので肥前は視線を外した。
水炊きは美味だった。目の前のボウルに積まれた骨を一瞥して、肥前は何杯目かのお代わりを貰いにお玉を取った。肥前の対面に座る小竜はそれを見、なんとも言えない表情をしていた。



「肥前ー」

 審神者が呼ぶ声がする。肥前は丸まっていた体を伸ばして、障子の向こうから聞こえる声に耳をすませた。
出ていけば良いのだが、先程まで夢うつつだった頭ではそれも怠い。
とん、とん、と廊下に通った足音が近づいて、障子越しに止まった。「肥前? いる?」声がかかる。返事をするのがいまいち面倒で肥前は障子の先をじっと見つめた。断りなんて入れずとも入ってくればいいのに、審神者はとん、と離れていく。
「いる」
離れかけた気配に、肥前は声を上げた。障子が開いて審神者が顔を出す。
「寝てた?」
「……さみい、閉めろ」
審神者は後ろ手に障子を閉めて、寝転がったままの肥前の横に座った。肥前はゆっくりと起き上がってふらふらと胡座をかく。
「何か用か」
「用っていうか……すぐ済むよ」
審神者は手に袋を持っていて、それを肥前に手渡した。
「なんだよ……」
肥前が袋を探る。入っていたのはサンドイッチだった。そこで肥前は首をかしげた。これは確か、刀の誰かが審神者のためにと作り置いて行ったものではないか。それも審神者は分かっているはずだから、どこか後ろめたそうな表情をしていた。

「どうしろって?」
「代わりに、食べてほしいんだ」
「あ?」

 肥前は3つのそれをじっと見下ろした。「おれのためのモンじゃねえだろ」言うと、審神者はうん、と頷く。
「別に迷惑なわけじゃない」
「じゃあこれが嫌いなのか」
「なんていうか……」
審神者はうんうんと唸ってしばらく考え込んでいたが、それから顔を上げて肥前を窺った。肥前は袋を膝に乗せたまま審神者を見返した。
「味が、しないんだ」
審神者はそう言ってまた視線を落とした。
──味?
肥前は袋からサンドイッチを1つ取ると、審神者に断りを入れて1口食べた。なんてことはない、野菜と卵が挟まれたそれだ。マヨネーズの味もする。
「フツーだけど」
「そうだよなあ……」
「あんた、病気じゃねえの。医者に診てもらえよ」
「いや……味がしないのは元々なんだけどな」
「なんだ、そりゃ。生まれつきなのか?」
「そうそう」
 審神者曰く。2205年の人間の特徴がそうなのだと言う。約100年前、高度に発展した安価な携帯食の普及で、主に貧困層から中流程度の家庭ではそれで食事を摂るようになった。味は悪いが栄養があり、食パンを1斤買う値段で20食分が購入できる。食費を削るためにと仕方なく摂った──その過程で味覚が退化して、次世代の子供がその性質を遺伝してしまったということなのだ。
つまらないと肥前は思った。そうまでして生きたいかと人間のことはよく分からない。南海は人間の3大欲求は食欲、性欲、睡眠欲だと言っていたが、この分だと審神者は食欲は元より性欲も怪しい。人生の中で主に欲望を満たすのが睡眠なら、生きながら死んでいるみたいなもので、哀れな感じがした。

「あんた、何が楽しくて生きてんだ?」
肥前は思わずそう尋ねた。1口食べただけだったサンドイッチに本格的に手を付けながら、舌に乗る味を確かめる。
「さあ」
審神者は要領を得ない呟きをした。それからサンドイッチを食べる肥前を見て、「肥前はどうなの」と言った。
「……少なくとも、食うことには満足してるよ」
「確かに」
きみはよく食べるよな、と審神者は笑った。肥前が2つ目のサンドイッチに手を伸ばすと、審神者も最後の1つを手にとって食べ始めた。
「うまいのか」
肥前が尋ねる。
「うん」
審神者はそれを4口ほどで食べ終えて、肥前の部屋を出ていった。



「ああ、アレね」
 乱が玉ねぎの皮を剥きながら呟く。肥前に例の食事について話を振られ、彼はどこか苦々しい表情を浮かべた。過去に審神者と政府に行ってあれを口にしたことがあるらしい。
「美味しくないよねえ。見た目もいまいちだし。未来はすごーいモノもあるけど、食事だけは好きになれないなあ」
「そんなにまずいのかい?」
「うん。あるじさんも大変だなあって思ったもん。あ、スイーツとかもないんだよー」
「それはたいへんなことだ……」
鍋をかき回していた小豆がこわごわと言うので乱がちいさく笑った。話を振った肥前は眉を寄せてぼやく。
「でも、主にとってみればあれがおふくろの味なんだとよ」
「おふくろの、あじ……?」
「子供の頃とか家でよく食べてたもののことだよ」
「ああ」
「あの人は味を感じねえんだと。でも、おれが食べてるとうまそうだとかよく分かんねえこと言う」
「えー」
乱が顔をあげて肥前を見た。
「それは喜びなよ。あるじさんたぶん、肥前さんが好きなんでしょう」
「は? んな……好きなのと味と関係あんのかよ」
「じゃあ、逆に嫌いな人が食べてるものとか美味しそうに見える?」
「……見えるだろ」
「ははは!」
小豆が笑い声を上げた。乱は呆れた様子で肥前を見て、溜め息をついた。
「……もう」
なんだよ、と肥前は乱を睨む。そこへ一段落ついたらしい小豆がやってきて、肥前に味噌汁を少し入れた皿を渡す。味見をしろということだった。大人しく口を付ける肥前を見ながら、小豆は言った。
「なんにせよ、それはかれにとっておもいいれのあるしょくじなんだろう。つくって、あるじにだしてみればいいじゃないか」
「……」
「えっ本気?」
同じく作業を終えた乱が2人の元へやってきて小豆を覗きこんだ。
「小豆さん、想像が甘くないかなあ。緑と、紫と、ピンクだよ? 黄色はどうにかなるかもしれないけど……」
「……? みどり? むらさき? ぴんく?」
「ほらね」
肥前と乱は顔を見合わせた。けれども、肥前の方はなにか考えているような様子で、じっと困惑する小豆に再び目を向けた。
「……試すか」
肥前が呟く。乱は目を瞬かせてええ、と唸った。

 恐らくこんな試みに加担してくれるのは余程酔狂な刀ぐらいのものだ──肥前はそう思っていたのだが、意外なことにその日非番であった光忠が快く受け入れてくれた。
「きみがお願い事なんて珍しいからね」
それで何を作るんだい、と微笑む光忠に肥前は簡潔に答える。
「主の時代のめし」
数秒の沈黙ののち、光忠が固まった。
「え、ええと……ああ、成る程ね、うん。アレか……そうきたか……」
光忠が主と共に政府に赴いたことがあるのは把握済みである。
肥前は他の刀と2205年の食事について会話したときの反応でも薄々感じ取っていたが、彼らは意図的にこの話題を出すことを避けている。主と共に出かける機会であっても、行き先が政府となると一部の刀剣たちが急に大人しくなる理由はそこにあるのだ。有り体に言えば暗に他の刀に押しつけている。それ自体に文句はない。肥前も次回からはそうしようと考えていた。ただこれは毎回あの食事を同行した刀に食べさせる審神者側にも問題がある。単に食文化を分かってほしいということなのか、性格が悪いだけなのか。──多分、何も考えていないだろうが。未だうんうんと唸る光忠を見て肥前はため息をついた。光忠は料理が上手い。だからあの食事も再現できるだろうと思って肥前は声を掛けたわけだが、それが仇となってしまった。
「別に強要してるんじゃねーよ。嫌なら嫌で、他をあたる」
「待って待って……」
光忠はこめかみを揉みながら肥前を引き留めた。
「1度は引き受けた以上、僕にもプライドというものがある」
「ぷらいどってなんだよ」
「自尊心さ」
真顔でそう言った光忠に肥前は気圧されてへえ、と小さく呟いた。光忠は気持ちを切り替えたのか「まずはレシピを……」とぶつぶつ言っている。

「あ、味見は君に頼むよ。僕、主と政府に行ったのは1年も前なんだ」
「げ」

 恐ろしいことだが、あの食事は一般的な家庭にある材料で再現できるらしい。レシピがあったというのも驚きだが、恐らく2205年の人間は好奇心が旺盛なのだろう。
「糧食みたいだな……」
ひと通りレシピを読んだ光忠はそう呟くと顔を上げて、「できそうだよ」と肥前に告げた。それが良いことなのか悪いことなのかは2振りには判断しかねるが、目的は達成できる。厨に向かっている途中で2振りは南海に出会った。
「珍しい取り合わせだね」
「ちょっと料理を、肥前くんと」
南海はふうん、と言って「何を作るんだい」と尋ねてきた。
「主のいた時代の食事ですよ」
「僕たちの主?」
「そうそう」
「それは興味深いね」
南海が笑う。光忠がちらと肥前に視線をやると、関わるなと言わんばかりにそっぽを向いていた。「良かったら僕にも貰えないかな」すぐに肥前が南海に顔を向けた。
「やめとけよ、先生。前にまずいって話したろうが。忘れちまったのか」
「うん、もちろん分かっているよ。ただ、僕自身がどう感じるのかは別の話だろう」
「……」
肥前がどうにかしろと光忠を見る。光忠は苦笑して、「まあなんでも試してみるのはいいんじゃないかな」と言った。
「……おれは知らねえからな。残っても食わねえぞ」
「うん、うん」
南海は満足そうに頷いて、「楽しみにしているよ」と去って行った。光忠が肥前に目を向けて、微笑ましげな様子を見せた。
「頑張って作らないとね」
肥前は忌々しそうに俯いた。
「……どいつもこいつも……」
「あ、今の伽羅ちゃんに似てる」
「……」
肥前は口を引き結んだ。もしかしたら、刃選を間違えたのかもしれない。



 夕方になり、審神者はそろそろご飯時だと頬杖をついた。審神者の部屋は厨から離れているので香りが漂ってくるわけでもないが、いつも大体、この時間になると刀の誰かが呼びに来てくれる。
「おい、入っていいか」
障子の向こうから声がした。審神者がいいよ、と答えると、なにかプレートのようなものを2つ持った肥前が部屋に入ってきた。彼が審神者の部屋に来るのは珍しい。目を丸くした審神者の前にどっかりと座った肥前は、プレートを床に置いた。おや、と審神者は思った。見慣れたものではあるが、この本丸においてはそうではない──自分の時代の食事だった。
肥前は特にそれについて説明するでもなく、黙々と自分の側にある食事に手を付け始めた。審神者は事態を飲み込めないまま肥前を見る。彼はなんとも言えない表情で食事を口に運んでいて、まるで食事をしているような感じではない。ただ手を止める気配もなく、審神者は自分の側に置かれた食事を見下ろし、肥前に倣って手を付け始めた。

 数口ほど食べ進めて、審神者は首を傾げた。いつもと何か、違う。これまで、淡々と食べ進めることができたそれが、今日はなんだか食べ進まない。酸味と苦味が重いような気がする。あまり考えたこともなかったが、滑らかに落ちる触感は味気ない。審神者は肥前を見た。先日政府に出向いたときには横に座っていたので分からなかったが、肥前は眉を寄せてあまり面白くなさそうな表情をしていた。彼は食事をするときに、そういった表情を見せることはない。審神者の知る限り、初めてだった。
「肥前」
「なんだよ」肥前は黄色を咀嚼しながら答えた。
「おいしい?」
聞くと、肥前は手を止めた。それから、ふるふると首を横に振った。
「じゃあ、まずい?」
「……まずい」
はっきりとした答えだった。肥前は更に続ける。
「どうして、あんたがこういうモン食って、おふくろの味だとかなんだとか抜かすのか、分かんねえ」
言い終え、肥前は匙を置いた。それからぐしゃぐしゃと髪を掻き回して、唸った。「なんで頼んじまったんだか……」彼はしばらく俯いていたが、再び匙を取る。食事を再開するらしい。審神者はその一連の様子を眺めて、再び自分の手元にある食事に目を落とした。単色のそれを再び口に入れて数回咀嚼する。次に緑を飲み込んで、しばらく考え込んだのち、うん、と頷いた。

「まずい」
「……」
「……俺たちの文化はまずいんだな?」

審神者はそう言って、どこか照れくさそうに笑った。肥前は顔を上げた。そりゃあそうだ、光忠に「こんなに美味くなかった」と何度も口出ししたのは自分なのだから。「それ、褒めてんぞ」言うと、審神者は「マジかあ」と言って、また笑った。
「でも、流石にこんなにまずくなかったよ」
「いや、まずかった」
「そうかな」
「そーだよ」
肥前は残りを流しこむように食べ終えた。それから、まだとろとろと食べている審神者をじっと観察した。審神者はうーん、と眉を寄せて、ただ口には運び続けている。先日とは大違いだ。それがなんだか愉快だった。べつに仕返しのつもりではなかったが、これはこれで面白いと肥前は感じていた。
「……おら、頑張れ。喰い終わったら晩めしだってよ」
「入るかなあー……」
「量、少ないだろ、それ」
楽しそうだな、と審神者が苦笑した。楽しい、と肥前は少しもためらわずに言ってから、慌ててむつかしい表情を作った。あまりにも気持ちを出しすぎたと思った。
「おい、嫌がらせじゃねえからな」
「え、じゃあなんで?」
「あんたが……」
言いかけて、肥前は口を噤んだ。それから、「……嫌がらせだよ」と訂正した。
「なんだよう」
文句を言う審神者の顔はそれでも笑っていた。審神者はやけくそ気味に食事を流しこんで、「ごちそうさま」とプレートを置く。肥前は空になったふたつのプレートを見て、それから立ち上がった。
「……めし」
そう呟いて部屋を出た肥前の後を審神者が続く。廊下を歩きながら、審神者が肥前に「誰に作ってもらったのさ」と尋ねた。
「燭台切光忠」
「そっか」
流石だな、と審神者が言った。



「……肥前くん」
「おい」
「肥前……南海にまで嫌がらせしたのか?」
「誤解生むような言い方すんじゃねーよ。第一、おれは止めたのに、先生が──」
「これは、いいね。味はともかく、栄養を手軽に摂れるのがいい。これからも作れるかね。研究で忙しい時に使いたいのだが……」
今度こそ、肥前と審神者は顔を見合わせた。


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