美しい女神さま
たとえどんなにイケメンでモテモテの男の子から告白されようと、私にその気がないのであれば二つ返事で承諾してしまうのは違うのではないか、と思うのに。

「なんだかなー、私にはよく分からないよ。どうすればいいと思う?花くん」

放課後、私は校舎の裏にひっそりと佇む花壇の花に水をやりながら、ついでに一方的な恋の相談をしていた。一人で花相手に話しかけているなんてどんだけ悲しい奴かよと思われてしまっても仕方がない。自分自身が過去運動系の部活に属していたからか、私は小学校のころからほぼ体育会系の子としか仲良くなれないから、彼らの忙しい部活のせいで休日はあまり遊んだ覚えがないということを、私は無実の表明に採用したい。あと、クラスに帰宅部が私しかいないのだ。みんな張り切りすぎ。
白龍くんからの告白を、未だ受け止めきれていない自分がいる。これは夢か?現実か?そんなことはとっくのとうに分かりきっているのだけれど、それでも私にはどうすれば良いのか全く分からない。そもそも私はあの時中庭で断ったはずなのだが……どうにもそこら辺が、彼の達者な返答によって無かったことにされているような気がする。つまり事態は、修学旅行のあの時から、何一つ変わっていないということだ。

覚悟はしておいた方が、身のためですよ。

とは言われたものの、白龍くんは私が思っていたよりも派手な接触はしてこなかった。今まで通り朝のおはようや下校時にまた明日とか、すれ違う時にその程度の挨拶をするだけで。このまさかの展開に、特に変わった様子がない白龍くんとは違い、私は面白いくらい戸惑う一方だった。というか、これでは本当に何も変わってなくないか???なんだか私だけが勝手に悩んで勝手に困って、馬鹿げた話である。

「赤琉さん。またあなたはこんなところで」
「!」

突然背後から聞こえてきた白龍くんの声に驚いて、手に持っていたジョウロを地面に落としてしまった。ちょうど胸の高さから落ちたせいで中に残っていた水が盛大にはねて、回避もできずローファーが少しだけ濡れた。幸いにも花壇から外れたところに落ちたので、花には当たらなかった。そんな私を見て、白龍くんは慌てた様子もなくスマートにハンカチを取り出して、冷静な声で「拭いてください」と差し出してくるものだから、素直に受け取ればいいのについ首を横に振って断ってしまった。なんで拒否したのだろう?私は自分が思っているよりも、白龍くんに影響されているようだ。少なくとも今までと同じように白龍くんのことを見れないということだけは、明らかだった。
即座にジョウロを拾ってくれた白龍くんにお礼を言ってから、問う。

「こんなところに、どうしたの?もしかして私に用があるの?」
「はい。あなたに用事があります」
「……」

自信満々な返事だった。

「今日は部活を休みにしたので、一緒に帰れないだろうか、と」

見ると、そういえば白龍くんは放課後にもかかわらず道着を着ていなかった。まあそれはいいとして、突然の申し出に内心慌てふためく私。自分もすぐに帰る予定だったから断る理由はないのだけれど、なんだか頷き辛いというか。一緒に帰るという行為は割と勇気のいることだと思うのが、なんだかなんだか。……そうか、これは単純に、白龍くんが遂に行動に出たということなのだろうか。

「いけませんか?」
「い、いや、いけないというか……べ、別に私は構わない、です、けど」
「そうですか、では決まりですね」

不自然なくらいに目を泳がせてキョドる私に、白龍くんはやっぱりいつも通りの様子で言い切った。羞恥心に襲われながら「あ、うん、」と細切れに返事をするも、私が今彼と交わした会話の内容を理解したのは何秒か後のことで、あれ、でも白龍くんは既に鞄をしっかり持っていて、帰る準備オッケーみたいな雰囲気である。

「か、鞄取ってくる!」

私は倉庫にジョウロをしまってから、慌てて教室へ向かった。



先生さまは私が急いでいたのが見えなかったのだろうか?廊下は走るなと注意されないように教師とすれ違う時だけは早歩きに留めていたのだが、運の悪いことに担任の先生さまが私の姿を見つけた途端に、待ってましたと言わんばかりに「これ運ぶの手伝ってくれないか?」と何かの紙の束を指し示した。こんなもの先生さまなら一回で運べるだろう……と言いたかったところだが、実際に山積みになっているのは確かに一人では運べなさそうな量である。ならば往復でもなんでもすればよかろうに、と再度心の中で悪態をつきながら、しかし私は成績表に余計な傷を付けたくはないので、素直に従った。社会的立場が違うのだ。致し方ないことだ。

「そういやお前、生徒会入らねえ?」
「え」
「いやあ、こんな風に頼むことでもないんだがなあ」

運び終わって職員室から出るときに、先生さまは言った。なんでも人手が足りずに困っているらしい。何故私にと思うところは色々あるが、しかし私は今白龍くんを待たせているため「考えておきます〜」と適当に返事をしておいた。



思ったよりも長らく待たせてしまったようで、白龍くんは校門で可愛い女の子二人組に捕まっていた。……ああ、いつものやつね。じゃあ私は裏門からこっそり帰ろうかな。考えてからゼロ秒後に思った。違うや。私ってば白龍くんと帰る約束してるじゃん。

「ねえ、私たちと帰らない?それとも誰か待ってる?」
「待ち合わせをしています」
「じゃあもう少しだけ話していこうよ」
「いえ、すぐに来ると思うので」

これはいつもの変わらない光景だ。こういうやり取りは教室でもどこでも何度も見てきた。白龍くんはきっと好き好んでそういうことを受け入れる人ではないけれど、分かりやすく拒絶をしているところも見たことがない。だから彼女らは屈せず話しかけているのだろう、と私は勝手に解釈していた。モテる男は大変だなあ、とその時は他人事のように思っていたけれど、たった今、ほんの少しだけ心が曇ったことに、疑問を抱く。
私はご存知の通りここで出ていけるほど勇者を名乗ってはいないので、待たせている立場で正しい判断ではないが、仕方なく物陰に潜んで彼女らがいなくなるまで待つことにした。いつまで経っても動じない白龍くんに、ようやっと諦めた女の子たちが名残惜しそうにさようならしたあと、慌てて彼の元へ走る走る。あ、しまった、タイミングが良すぎただろうか。

「お、お待たせ……」
「いえ。待っていませんよ。では帰りましょうか」
「待ってなくなんか、ないよね……?」
「俺は待っていたつもりはありません。赤琉さんに会えるのであれば、俺に時間など関係ありませんよ」
「……」

なんか、やば。


「……そういえば、白龍くんの家ってどこにあるの?」

沈黙のまま駅までの道を歩き続けるのはさすがに気まずいので、私は勇気をもって話しかけてみた。告白されたらまずは相手を知れ、とも言うもんね。知らんけど。そもそも白龍くんから一緒に帰ろうと持ちかけてきた割には何も話題を振ってこないから、とうとう私が折れた。中学の時に足を骨折した時みたいにぽっきり折れた。

「赤琉さんが降りる駅の二つあとです」
「あ、あれ?私の最寄り知ってるの?」
「ついこの間の修学旅行の帰り、同じ車両に乗っていたでしょう?」
「そういえば……」
「……まあ、そのずっと前から知っていましたけどね」
「?」

最後の言葉がよく聞こえなくて首を傾げるも、白龍くんはそれ以上は何も言わなかった。そのまま私たちは何をするでもなく駅に向かい、地味に混んでいる電車に発車するギリギリのところで飛び乗った。ふう、危なかった、とため息をつきながら、私はなんとなく白龍くんの方を見てみた。すぐに目が合った。このとき、心臓がドラムセッションをしているようだと思った私はちょっと頭がおかしい。それはさておき、私は一体白龍くんのことをどう思っているのだろうか。今までは目が合っただけでこんなにどきどきするなんてこと、なかったはずなのに。
そんな時、次の駅に到着すると同時に電車がガタンと大きく揺れて、手すりも吊革も何も掴んでいなかった私の体がそのまま目の前にいる白龍くんに突っ込んだ。

「あだっ」

間抜けな声を出したことに恥ずかしさを感じる以前に、私の頭が白龍くんの胸の辺りに文字通り接触してしまった事実に、心がぐるぐるとかき混ぜられる。さらに、開いたドアから人がたくさん乗り込んできたせいで、私はそのまま白龍くんに引っ付く形で残り数駅を過ごすハメになった。あ、やばい。やばい。白龍くん、いい匂いがする。吐きそう。とかそんなことしか考えられない。一種の地獄である。いつの間にか白龍くんは行き場を失った私の手を握って、親指で手の甲をさわさわと撫でる。あれ、これって意識してやってるのかな、無意識でも怖いけど、有意識のほうが全然怖いのですが。ていうかやばい、手汗やばい。

「……!」

上を見上げてしまったことを酷く後悔した。広告を見るでもなく、他のどこかを見るでもなく当たり前のように私を見下ろす白龍くんの横髪が頬にさわりと触れ、途端にかあと顔が熱くなる。この人、なんで私のことをみているの?はれ?えっと、白龍くんって、こんなに綺麗だったっけ……?いや、わかってますわかってます白龍くんは騒がれるほど超イケメンなんです、でもこれだけ近くで見たことなんてないから、今はなんだかただのイケメンではなくそれを通り越したクールなイケメンというか涼し気なイケメンというか、ちょっと何言ってるか分からないけど、そんな白龍くんの信じられないほどお肌の綺麗なお顔を見て、私は思わずアホみたいに口を開いた。何も言わずにじっと見つめる私に「どうかしましたか」と目だけで尋ねる白龍くん。いや、あなたの存在の方がどうかしている。そっか、白龍くんは女神さまなんだな、と一人納得した帰り道でした。


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