イケメンボックス
「あなたのことを愛しています」

夢を見た。白龍くんが私に向かってとんでもないことを口にしていた。あの人なら普通に言いそうだから余計になんか、アレ(語彙力)。目を覚ましてから、なんてめちゃくちゃな夢だろうと数分間動けませんでした。



四限終了後。今日は購買がお休みだということを完全に忘れていた。というか知らなかった。普段はお母さま特製の愛情のこもったお弁当を持参しているのだけれど、今朝は珍しく寝坊したらしく「購買で買って!」と寝起きの私に小銭を渡してからそのまま仕事へ直行したのだった。高校に入ってからこのかた購買メシというものを買ったことがないので、私はついに美味しいと噂の『ミルクチョコパン』でも『唐揚げ弁当』でもなんでも好きなものを食べられるのだ!と胃袋を疼かせながら(?)いかんせん楽しみにしていたのだけれど。ふと行事予定表を見てみると、購買の欄には私の期待をここぞと裏切るかのようにペケされていた。まるで死刑宣告を受けたような衝撃だった。そうか、購買にもお休みの日があるのか、そんなことは頭から抜けていた。
前述の通り私の友だちは運動部の人しかいないので、彼らの今日の部活動のためにも譲ってくれと頼むわけにはいかないし、ていうか彼らは朝練のエネルギー補給のためにだいたい早弁をしている。そもそも論、私は他人のご飯に箸を付けるのはあまり好まない。というわけで、午後の授業は我慢大会の開催である。


「あ」

お手洗いから廊下に出た時、お弁当を持った白龍くんと鉢合わせをした。今日もいつもと変わらずお綺麗なことで。それよりも、白龍くんの顔を見た瞬間に今朝の夢が鮮明に蘇ってきて焦る。

「こんにちは、赤琉さん」
「こ、こここんにちわ……」
「どうしました?」

いつも以上にキョドった私を不思議そうな顔をして見つめてくるが、こんなところでこんな風に話をするのは、白龍くんファンのためにも避けたいところだ。ただでさえ在らぬ噂が立っているというのに、こーんなところで見つめあっているとなればさらに世を混乱に招いてしまうではないか。「じ、じゃあ!」と、そそくさとその場を立ち去ろうとすると。

「待って。お昼、俺と一緒に食べませんか?」

まあ予想通り白龍くんは声をかけてきました。最近白龍くんの考えてることがなんとなく分かるようになってきたかもしれない。

「……え、えっと、白龍くんはまだ食べてないの?ほら、皆早弁してるし……」
「俺はゆっくり食べたい質なので」

まさに白龍くんらしい返答である。しかし頷こうとも断ろうとも、どちらにしろ私には昼食と呼べるものがないのでそれは叶わない願いだ。「今日はお昼忘れて食べるものがないから、また今度でいいかな?」と断る口実には都合のいい展開に内心グッと拳を握るが、白龍くんには私の言語は通じなかったようだ。

「では、俺の弁当を食べてください」
「は!?」

思わず大きな声を出してしまった。

「午後の体育は空腹のままでは持たないでしょう」
「えっ、あれ、今日ってこのあと体育でしたっけ……」
「俺は食べなくても平気なので、赤琉さんは是非これを食べてください」
「いやいや白龍くんこそ部活もあるし、お腹持たないんじゃないの?」
「一食くらい抜いても死にはしません」
「それは私も同じ!」
「いいえ、赤琉さんは食べてください」
「だから……!」

何故そうなるのだ!白龍くんってこういうところで頑固なんだなあ、白龍くんは将来きっといい旦那さんになる。いやまあ、私だって気遣ってくれるのは本当にありがたいしお昼ご飯を食べたいのはやまやまなんですけれど、でもやっぱり気になるのは周囲の目。彼さんの弁当を食べるなんてどこのラブラブカップルだよと突っ込みたくなる(クラスに数組いるけど)。そうやって私が色々と考えている中で、白龍くんは「では」と膠着状態の奪回策を提案した。

「半分こしましょう」

このとき、白龍くんはやっぱり白龍くんなんだなあと思った。思わされた。



半分こにしましょうと言われしぶしぶ納得したものの、私はちょっととんでもないことに気が付いた。これって丸ごと一個もらうよりも恥ずかしくないか?だって箸とか、共有するんだよね?交互に弁当箱を持って食べるってことだよね?待ってください、待ってください。レベルが高すぎます。わたしにそんな芸当は無理です不可能です。もしかしたらもうワンセット割り箸くらいあったりするのかな、とほぼゼロに近い可能性に期待をするも、そんなものは存在しなかった。ですよねー。

「嫌いなものとかありますか?」
「私?好き嫌いはあまりしないけど……強いていえば、桃かな」
「桃、ですか?」
「うん、おばあちゃん家から毎年のように大量に送られてくるから。もうあれは見ているだけで辛い。それに、もともと食べるときのあの触感が好きじゃないの」
「そうですか、心得ておきます」
「……なんの心得?」
「将来の心得です」

将来?とただならぬ言葉が聞こえてきたが、私は聞こえないフリをした。滅多に人が入ることのない旧校舎の空き教室に到着すると、隣同士で机をくっつけて私たちは椅子に座った。白龍くんがここを提案してくれた時は人がいないから丁度いいと思っていたが、よくよく考えたら二人きりになってしまっているので、この気まずさと言ったら。告白の返事をしたあの中庭といい、彼は人が来ない場所を知り尽くしている謎。白龍くんが弁当を開くと、私はまず見た目の色鮮やかさに驚いた。綺麗過ぎやしないか。さすが、優秀でなんでもできる白龍くんのお母さん(かお父さん)はやっぱり弁当でも他の追随を許さないのだ、と感心していたら「口に合うかどうか分かりませんが、お好きなだけどうぞ」と白龍くん自身が謙遜した。

「……つかぬことをお聞きしますが、これって誰が作った、のかなって」
「俺です」
「……」

何も言うまい。

私がさっきから危惧していたお箸を共有する点に関して、白龍くんは私の心を見破っているのかいないのか、先に私が半分食べてから次に俺が食べるという案を出してくれた。やっぱり彼には乙女心が分かっているのね。お言葉に甘えて、私は白龍くんに見守られながらというこれもまたなかなかレベルの高いシチュエーションで白龍くんから受け取った弁当に箸をつける。まず目に付いた玉子焼きがとても美味しそうだったのでそれをぱくりと口に入れると、玉子焼きごときにはあるまじきふわふわふわふわが私の口内を襲う。やばい、ただの玉子焼きではない。これは玉子焼きさまだ。「……!!」美味しすぎて美味しいとも言えずに目で訴えると、このとき、白龍くんがくすっと笑った。白龍くんが笑うところ、初めて見た、!ごくりと飲み込んで、慌てて白龍くんの方を見る。

「これ、めちゃくちゃ美味しい!」
「それは良かった。好きな人に褒めてもらえるほど嬉しいことはありませんね」

好きな人、という言葉にどきりとして、思わず視線を弁当箱に戻した。二口目を素早く飲み込んでから話を続ける。

「料理、得意なの?」
「姉が世話焼きで、だいたいのことはできるようにと仕込まれたんです」
「へえ、お姉さんいるんだね」

白龍くんは、私の勝手なイメージで『慕われている一匹狼』というような印象があるから、同時に兄弟はいないものだと思っていた。どんな人だろうか、似ているのかな、と他人の家族を好き勝手に思い浮かべるのは案外楽しい。

「赤琉さんに兄弟は?」
「いないの。よく兄か姉がいそうって言われるんだけど。私って妹に見えるのかな?」
「確かに妹にも見えますね」
「そ、そう?」
「妹というのは、だいたい可愛がられる対象ですからね。赤琉さんがそれくらい可愛らしいということではないですか?少なくとも俺はそう思っています」

可愛らしいとかいきなり言うのはやめてくれ。と思いながら、残りのお弁当をいただきます。本当に美味しいから、なんなら私のお母さんのお弁当よりも美味しいものだから、つい全て食べちゃうところだったけれど、そこはきっちり思いとどまった。

「はい!ありがとう、美味しかったよ」
「……これが半分ですか?」
「うん、半分」
「どう見ても全然減っているように見えませんが」
「ああ、うん、物理的には半分じゃないけど、気持ち的には半分だよ。あと体格差的にも」

なんだか無理やりすぎる言葉を並べて弁当を無理やり白龍くんに受け取らせる。眉を下げて困ったような顔をしていたけれど、私は半分食べていいと言われて半分きっちり食べるような貪欲さは所持していないので、今食べた分だけで充分だった。

「赤琉さん」
「なに?」
「五十音の一番最初の音は、何でしたっけ」
「……えっと、『あ』?」

と、口を開いた瞬間に、白龍くんに残しておいたはずの玉子焼きがひょいと突っ込まれた。

「!」

またさっきみたいに、ふわふわふわふわ柔らかい食感に襲われる。私は二度目の幸福をしっかりと味わってからごくりと飲み込んで、すぐに「なななな、なんてことを……!」と素知らぬ顔をする白龍くんに詰め寄ると、今まで見たこともないくらい満足げな顔をして笑われた。

「たまらないですね、その表情」


- イケメンボックス -
[ backtop ]