03


十歳。こなたのお家は、町のはずれの綺麗でも汚くもない、大きくも小さくもない、なんというか普通のお家。あにうえたちがお迎えにくるまでは、そこでお医者さんをやっていたお兄と二人暮らしをしていた。十つも歳の離れたお兄はこなたなんかより断然頭がよくて、しっかりしていて、剣術に優れていて、そのうえ人望が厚く町の人から頼られきりの腕利きのお医者さん。それに比べてこなたは……病気がちで、生気がなく、表情も乏しく、出来損ないだったけど、お兄だけはこなたに優しくしてくれるから好きだった。生まれた時からずっと一緒。これからも一緒。それ以外の未来は考えたこともなかった。
お兄は朝から晩まで患者さんのお世話をする日もあって、忙しくしているのをこなたは奥の部屋から覗き見るだけ。お兄のためにお手伝いしたかったけど、こなたは不器用だからだめだった。昔から、手で物を触る時に変な感じがするのだ。変な感じって、何、って思うけど、それは読み書きの苦手なこなたにはどうにも上手く説明できない現象だった。物を触ると、滑る、というか、掴めない、というか……時折若干の熱をもつことや冷たいと感じることもあって、少なからず『変』な感じがするのだ。上手く物を持てないから、手に持った物は気をつけていないとすぐに床に落ちてしまう。上手く物を持てないから、箸を最低限使えるようになるまでも随分と時間がかかったし、お味噌汁の入ったお茶碗を落としたのも数知れず。お兄が一緒に練習してくれたから少しの時間なら訓練すれば持てるようになったけど、長時間ともなると手の集中力が途切れてしまってだめだった。お筆やご本が持てないから、寺子屋でお勉強をするのも一苦労。お兄のいない空間ではこなたを助けてくれる人がいないのだ。頑張って普通の子のフリをするのが何よりも苦痛だった。
最初は全員こうなのだ、こなたも練習すれば普通みたいになれるって、そう思っていたけど。実際にこんな体質を持っていたのはこなただけだった。こなたは普通にはなれなかった。だから、周りの子どもたちはこなたのことを鈍臭いと突き飛ばし、お母とお父は死ぬまでこなたのことを出来損ないだと非難した。すぐに死んで清々した。
「おまえさんは、ただお兄のそばにいて、元気でいてくれりゃそれでいいんだ。俺が一生面倒を見てやるからな」
こなたの不器用を、お兄はただの不器用じゃないと言った。きっと筋肉が普通の人より動かしづらいんだ、とか。もしや感覚神経が少々イカれてるのかもしれない、赤琉は熱湯風呂に軽々と入れるし、とか。だからこれはおまえが鈍臭いからでも、出来損ないだからでもない。って言ってた。お兄は体のことに詳しいから、こなたや他の人とは違った見方をできるのだと感心したものだ。そう、お兄の言うことは全面的に信頼しているけど、でも既に何もかも自信をなくしていたこなたからしてみれば、そんな言葉はただの慰めでしかなく、いくらお兄の言うことでも安易には受け入れがたかった。
お兄はこなたが上手に筆を持っていると、たくさん頭を撫でて褒めてくれた。だからお兄の前でも頑張って頑張って、いかにも普通みたいに振舞っていたけど、……本当は辛かった。それでもこなたが頑張れたのは、お兄のことが大好きだからだ。そして、こなたがお兄のことを大好きでいられたのは、お兄のことだけは普通に触れたから。こなたが違和感を覚えていたのは物を持つ時だけじゃない。お父もお母も、寺子屋の子供たちに触る時も、同じような『変』な感覚があった。でもこの世でお兄だけが普通に触れた。抱きしめられると安心するし、頭を撫でられると嬉しい。こなた、お兄だけには心を許せた。お兄だけには嫌われたくない、嫌われたら死んじゃうと、思った。

「あ、のろま鬼」
寺子屋の子供たちは、こなたに意地悪をするのが好きだ。他の子と比べて文字を上手に書けないし、教科書の文も上手く読めないし、こなたが一番足が遅くて、おまけに鈍臭いときた。手を出されてもやり返さないし、やめてとすら言わないし、ただひたすら終わるのを待って、その子たちの気が済んで置いていかれたあと、静かにひとりでお家に帰るだけ。だって叩かれてもあんまり痛くなかった。それよりも、触れられた時に『変』な感覚が残るだけだ。病気がちな割に不思議と怪我はしにくい体質のようだったから、お兄には知られずにいられた。
こなたはお兄の知らないところで鬼扱いされていた。鬼ごっこで無理やり鬼の役を押し付けられ、無理やり走らされて。心臓が弱いからすぐに息が苦しくなって、よく転んだ。お兄は忙しそうにしていたし、こなたをいじめる子供たちはだいたい他のお医者さんのところに行っていたから、こなたがいじめられていることの実態はあんまり分かっていなかったと思う。作った怪我は全部こなたの不器用で説明できるほど軽いものだったし。それに、こなたはお兄にだけは知られたくなかった。自分からは一度も言ったことがない。ただ、それでもお兄はこなたのことをよく見ていて、寺子屋で上手くいっていないことには勘づいていたから、お兄はこなたの小さな怪我を丁寧に手当しながら、たくさん励ましてくれた。嫌になったら行かなくてもいいんだって、お兄は早くに死んだあの人たちとは違って成績なんて気にしないし、将来立派な仕事に就かなくたって、お兄がいるから大丈夫だって。
「お兄はおまえさんのことが何よりも大切だからな」
それは、たとえこなたが鬼になったとしても、変わらず思ってくれるのかな。そんなこと、今思えば杞憂だったのに。

こなたはお兄の役に立ちたい気持ちもあったから、いくら嫌な思いをしても寺子屋には通い続けた。そんな時、事件が起こった。
寺子屋が終わったあと、主犯の女の子とその取り巻きの子たちと一緒に、山奥の古い小さな神社にやってきたこなた。本当は子供だけで入っちゃいけないところなのに、お社が気になるから見てこいって命令されて、なんでこなたが、と思いながらも仕方なく縄をくぐって階段をのぼる。お賽銭箱。ボロボロ。狛犬像、コケだらけ。お社。ボロボロ。でも何も無かった。何も無かったはずなのに、突然床板が抜けて落ちそうになった時、どこからともなく火が現れて、あっという間にお社が炎に包まれてしまった。
「……え?」
驚いてペタンとその場に座り込む。何が起こったのか分からない。でも、熱くない。なんでかよく分からなかったけど、そんなことより。もしかして……こなたにいじわるをしようと、あの子たちが火をつけたのかな。炎に包まれながら呆然としていると、こなたに命令してきた子たちが焦った様子で何かを叫んでいる。あの子たちの仕業なら、あんなに驚くはずがない。なにこれって言ってるってことは、あの子たちがやったんじゃないの?
その炎は、酷くなる前に不自然に弱くなってすぐに鎮火した。ハッとして立ち上がるこなた。お社から離れてその子たちのところに戻ろうとすると、「何したのよ」と言われた。こなた何もしてない。「なんで平気そうにしているの」よく分からないけど、平気だった。なんでだろう。こなた、物事に詳しくないから答えられない。ずっと黙り込んだままのこなたに痺れをきらしたのか、「なんとか言いなさいよ!」と凄まれ手首を掴まれた、その時。
「あ゛っ、……!」
その子の手のひらが、焦げた。じゅううと音がして、一瞬にして焦げた。こなたも、その子もとてもとても驚いて、さっきのに引き続き何が起こったのかまったく分からないという顔をして、……こなたのことを「化け物」と言い捨てて一目散に逃げていった。こなたの腕に触るだけで、熱々の鉄板に触ったみたいに赤黒くなるなんて、変だ。『変』?そう、変な……変な、感じ……。自分で自分の腕に触れても、もちろんなんにも変化はなかった。気のせい?演技?でも、あの子の痛がりようは本物だった。こなたはお兄が痛がる患者さんを診ているのを見ていたから、演技などではないということはなんとなく分かった。呆然としながら後ろを振り返ると、無惨にも焼け落ちたお社が確かにそこにある。……あれもこなたがやったの?身体中に溢れる熱は、どこからやってきたんだろう。

「おお、おかえり赤琉。顔に泥ついてんぜ。どれ、見せてみな」
その日は何も理解できないまま家に帰った。裏口から音も立てずに入ってきたこなたにすぐに気づいて、お履き物を脱いだこなたの正面に膝をつき、親指で頬を撫でるお兄。お着物についた砂も払い、いつもやるみたいにこなたの両頬をむにむにとつまんで「変な顔〜。でも今日も可愛いねェ、おまえさんは。はは!」と無邪気に笑うお兄。普通に触ってるのに、お兄はあの子みたいに焦げたりしないんだ。なんとなく、その気になってお兄の頭を抱きしめたら、なんだなんだと言われながらも大切に抱きしめ返してくれた。
「今日は甘えたな日か?いいぜ、お兄はとことん付き合ってやる」
「……」
こなたが離れようとしても、一向に離れないお兄。正面口の方から誰かが訪ねてきた声を聞いてようやく顔をあげた。良いところに誰だい、とぶつぶつ文句を言いながら立ち上がるお兄。たぶん怪我人か病人だと思うけど。お医者さんが来訪者に対してそんな消極的でいいのかな。こなたにはよく分からない。こなたは洗い場で手を洗った後、夕餉のお汁物をつくるためにお鍋に水を汲んだ。
丁寧に切ったけど、どうしても歪な形になった具材を適当に放りこんで、ぐつぐつと煮えるのを待つ。今日のあれはなんだったんだろう、と思い返す。寺子屋の中でもひときわ肌が白いあの子の右手が、明らかに真っ赤になっていた。あれはたぶん、火傷。熱いところに触ったらああなる。それくらいはこなたも知ってる。じゃあ、今、この熱々のお鍋に触ったら、こなたの手も同じように……なるのかな。名前のつけられないあの現象に対してそれなりに不安を感じていたこなたは、少しでもこの気持ちを和らげたくて、軽い気持ちでお鍋に触れた。手のひら全体でぴたっと。
「ぅあ、っ」
当たり前に、激痛が右手を襲う。反射的に手が離れた反動と、もはや熱さですらない想像以上の痛みに耐えかねて、こなたの体は真後ろに倒れてしまった。痛い。痛い。物音が聞こえたのか診察部屋の方から「大丈夫か?」というお兄の声がする。急いで立ち上がって、痛みからじわじわと溢れる涙を拭って、右手を背中に隠すこなた。襖から顔を出して様子を見るお兄の前で、お着物の裾を払う動作をして……転んだだけ、と呟く。
「転んだァ?おいおい、火のそばなんだから気をつけろよ?怪我、してねえよな」
「……」してない。
「そうかい。何かあったらすぐに呼べよ?」
頷くこなた。評判が良くていつも引っ張りだこのお兄は、また患者さんに呼ばれて診察室に戻っていった。初めてしらばっくれたけど、バレなかった。
お鍋の火を止めてから、外の水場にしゃがみ込むこなた。熱いだけだと思ったのに、こんなに痛いなんて思わなかった。お兄の目から離れたことでがまんする必要がなくなり、一斉に涙が溢れ出す。火傷したら、すぐに冷やさなきゃいけないって前にお兄が言ってた。使い慣れない左手で桶に水を張って、右手を浸す。未だにキリキリと痛む。ズキズキと痛む。涙が止まらなくなるほど痛い。お鍋に触れたところがこんなに真っ赤。あの子と同じ。でもあの子とこなたで違うのは、触れた場所がただの腕か熱々のお鍋か、ということ。こなたの腕はあの鍋ほど熱くないはずのに、どういうこと?ますます意味が分からない。
水、もっと冷たい方がいいのに。でも氷は貴重だから無駄にするわけにはいかない。冷たくなれ、冷たくなれ、かき氷みたいになれ。……かき氷食べたい。現実逃避をするかのように、無意味にそんなことを考えてみる。すると、次第に桶の水がパキパキと音を立て始めた。あれ?と思って覗き込むと、手のまわりの水の一部が固い何かに変わっている。透明なそれは、まさしく氷だった。ただの水だったはずのところから、氷が急に浮かび上がってきたのだ。……なにこれ。
その感覚はさっきお社が突然燃えた時と似たような感じがした。自分の体が熱くなったり冷たくなったり、変なことばかり起こる。あれ?でもさっきは今回みたいに『燃えろ』って念じたわけじゃないのに……。何もかも分からないことばかり。さすがにお兄に聞いてみた方がいいのかもしれない、と考えた。何かの病気かもしれない、治す方法があるかもしれない。お兄はこなたより物知りなお医者さんだから。でもどうやって説明しよう。こなたはもう、これ以上お兄に迷惑をかけたくないのだ。

「どうした?ぼうっとして。食べねえのかい?せっかく美味しいのに。んまっ」
夜、こなたが作ったお汁物を美味しそうにすするお兄の左隣で、こなたが食事に手をつけずにいるからお兄は首を傾げた。一方で、こなたは焦りに焦っていた。さっき右手を痛めたから、今のこなたが箸を掴めるはずがない、と今更になって気づいたのだ。それ以前に袖から右手を出したら、お兄の真似をしてその辺の適当な布を包帯代わりにぐるぐる巻きにしていることがバレてしまう。食事もお風呂も寝る時も一緒なのに、火傷のことを隠し通すなんて最初から不可能だったのに。そんな簡単なことが分からないなんて、こなたは相当焦っていたみたい。
「おにい……」
「もしかして、腹が痛いのか?よく見たら顔色悪いし……」
お兄がお茶碗とお箸を置いた。うつむくこなたの顔を覗き込み、額に手を当てた。
「熱いな……。風邪か?」
「……か、ぜ?」
右手のことばかり考えていたから、熱い、と言われたことに反応してしまった。お兄は普通にこなたの体を触ってるけど、突然あのお社やあの子みたいになったりしないよね……?嫌なことを考えてしまって、どきどき心臓が音を立てる。
「口、開けて」
こなたの顎に手を添えて、見本を見せるようにあーと自分のお口を開くお兄。その真似をするこなた。
「扁桃腺は普通だな……。気分はどうだ?」
「……ふつう」
「まあ、食欲がないんじゃ普通とは言えねえよなぁ。粥なら食えるか?ちょいと時間はかかるけど」
「……」
こなた、食欲がないんじゃなくて、本当はお腹すいてるの。でも右手が使えないから食べられないだけ。ここまで来たら自分で言い出すこともできず、「とりあえず寝床へ行こう」と立ち上がりこなたに手を差し出すお兄。正座したまま体の向きを変えて、無意識のうちに左手を出して立ち上がる。
「うん?赤琉、右手見せてみろ」
「……」
あれ、どうしていきなり?
「赤琉。右手だ」
「……。なんで……?」
「いいから」
「……」
なんてことはない、お兄はお医者さんだから、観察力が凄いのだ。ていうか、今のはこなたが利き手である右手を出さずに、わざわざ体の向きを変えてまで左手を出したことがただ変に思われただけなのだけれど、察しの悪いこなたはそのことにすら気づかなかった。じっとこちらを見下ろすお兄。こなたが突っ立ったまま何も言わないから、お兄はその場で膝をついて「触るよ」と断りを入れてから、こなたの右手の袖をめくった。
「なんだこれ?怪我、してんのか?」
物を上手く持てない、上手く扱えないこなたが利き手じゃない左手だけで頑張って巻いた不恰好なそれは、お兄が少し引っ張っただけではらりと床に落ちてしまった。うつむくこなた。痛みには慣れてまあまあマシになったけど、見た目がさっきよりも酷くなっていることがなんとなく分かる。水が氷になったことに驚いて、また怖くなって、あんまり冷やせなかったのだ。そんなこなたの右手を見た途端、お兄は目を見開いた。
「ばっかやろう……!腫れてんじゃねぇか!なんですぐ言わなかったんだ……、手当するから来い!」


「さっき転んだ時にやったんだろ。痛かったろうに……我慢したのか。おまえさんは前より泣かなくなったよな。顔にも出さないから、お兄は全然気づかなかった」
「……」
お兄の見てないところで泣いた。
「大きくなったね。お兄は嬉しいよ。けどな赤琉、我慢できるようになったのは偉いけど、我慢することが必ずしも良いこととは限らないんだよ。怪我っつうのは悪化したら大変なことになるからな」
「……」
「ちゃんと冷やしたのかい?」
「……少し」
「少しじゃだめだ。」


「ちなみに、どんな流れで火傷した?ただ転んだだけじゃ、こうはならないだろう?」
「……ころんだのは、やけどしたから」
「なら、どうして火傷したんだ?」
「あつあつのおなべに触った」
「どうして」
「……やけどってどんな感じなんだろうって、思ったから」
お兄はいつもこなたのことを茶化すのに、今はこなたの言葉にしっかりと耳を傾けて、笑い飛ばしたりしなかった。お父とお母ならきっとひとしきり笑ったあとに『頭のおかしい子』と言って夜通しお説教していたと思う。こなたも今日あんなことがなければ、熱々のお鍋に触るなんてことはしなかった。そうだ、今なら……話せる気がした。今日こなたの周りで起こったことを。我慢するだけが良いこととは限らないって、お兄が今教えてくれたから。でも、あのお社の方は、子供は入っちゃだめなところだから秘密にしておかなきゃ。
「……おにい」
「なんだい?ちゃんと聞いてるよ」
「今日……おともだちと遊んでたら」
「うん」
「……こなたに触った子が、じゅううってなって、やけどしたの。熱いって、その子が痛そうにしてたから、こなた、なんでかよくわからなくて……怖かった」
ありのままを告げた。具体的に、今こなたが話せる最大限の語彙力で、あの時のことを思い出しながら言った。さすがのお兄でも今の発言にはピンと来なかったのか、考えるような素振りをする。少しして、お兄は顔を上げた。こなたの手を優しく撫でながら。
「ああ……鬼退治ごっこのことか?」
「……?」
「鬼ってのは火を吹くやつもいるからねェ。ここは武士団に守られてて、おまえさんは本物の鬼を見たことねぇから想像つかないかもしれないけど……」
「……」
「無理やり鬼役でもやらされたのかい?前からそうだったろう。武士が人気なのはまあ、分かるが。そいつはひでぇよなぁ……俺が懲らしめてやろうか。しっかし、火傷をネタにするとはまたコアな遊びをするようになったよなぁ、最近の子供たちは」

こなたは瞬きを忘れてお兄の手を見つめた。

こなたはうんともすんとも言えなかった。全然違うのに、お兄はそう思ったんだ。触れただけで火傷をさせるなんて所業は、鬼の仕業だって思うんだ。……うん。そうだ、こなたもそう思う。こんな話を傍から聞かされただけでは、こなたが鬼役をやらされて、武士役の子が火傷させられた演技をしたのかなと、そう考えるのも何ら不思議ではない。本当は違うのに。
それよりも、お兄がこなたを鬼扱いする言葉を発したのがあまりにも衝撃的で、胸が傷んだ。目が眩んだ。物理的に右手が痛み始めた。今の話が本当のことだと知られてしまったら、こなた、きっとお兄に鬼だと思われて、お兄に嫌われてしまう。嫌われたくない。こなた、お兄と一緒にいたい。秘密にしなきゃ。隠し通さなきゃ。必死に頭を動かすこなた。不思議とお兄はこなたにも触っても大丈夫みたいだから、外にいる時は何も触らないようにして……。
「さぁて、もう遅くなっちまったけど飯にしよう。大丈夫、俺が食べさせてやるからな。懐かしいなぁ、赤琉が小さい頃は毎日そうしてたんだ。覚えてるかい?」
覚えてる。お兄は昔からこなたに優しかったのだ。普通みたいにできないこなたに嫌な顔せずに助けてくれるお兄のこと、こなたはずっと大好きだから。大好きなお兄とこれからもずっと一緒にいたいから……秘密にしなきゃ。この我慢は、良い我慢。


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