おれが在籍しているブルーベリー学園には、鬼のように強い女の子がいる。鬼のようにと言っても実際の鬼は見たことがなかったんだけど、彼女の強さを表現するにはこの言葉がしっくり来るのだ。
当時、実際の鬼がどんなものか知らなかったおれは、想像だけで表現するしかなかったけど、
入学したての頃、ブルベリーグのトップに君臨していたのはいかにもバトルが得意そうな強面の高学年の男の人で、入学式の時に新入生の前に立ってスピーチをしていたのをなんとなく覚えている。
バトル自体始めたてだったおれは、ただの雲の上の存在でしかなかった。
「あなた、だーれ?」
と、言われた。
その時の身の凍えるような動悸に身に覚えがあり過ぎて、思わず乾いた笑みが零れた。この人はおれの憧れ。ずっと前から知ってる。でもこの人はおれを知らない。そんなの、予想通りの反応だった。今まで一度も話したことがないんだから、当たり前のことだ。でも妙に重たい気分になったのは確実で。
簡単な話、つい最近の似たような出来事を思い出したからだ。でもつい最近、似たようなことを一度経験しているからこそ、混乱はしなかった。それに、彼女の噂は前々から知っていた。「セキルは相当強い人物でないと、バトルをしかけても軽くあしらわれ、記憶にも残してくれない」と。
だから、同じクラスなのにまるで初対面みたいな反応をしたのも。話をしている今も、ちょっとめんどくさそうにしているのも。理由は簡単。
すべておれが弱いから。分かりきったことだ。
「おれ、スグリ。セキルとバトルさしたい」
「そうなんだ。あなた、強い?」
なまえは至極シンプルな質問を投げかけてきた。その質問の答えはNOだ。おれはまだまだ弱いから。だから、
「これから強くなる」
「ふーん。なんか目がマジだね。いいよ!今日の放課後、バトルコートに来てね」
結果は思った通りの惨敗だった。全力を尽くしたが到底彼女の足元にも及ばない。けれど、下を向くおれとは正反対に、近づいてきた彼女はものすごく楽しそうで。勝つことしか知らないと、こんなにも楽しそうに笑えるんだ、と身勝手な苛立ちを覚えた。
本当の自分と、理想の自分との乖離が甚だしい。それは時に、なんの関係もない憧れの存在自体をも嫌いになってしまいそうになる。それはなんだかおれにとって、自分の弱さを認めるよりも断然苦しかった。
「お名前なんて言ったっけ?」
「……スグリ」
「スグリくん!そうそう、それそれ。さっき聞いたのにもう忘れちゃったの、私ってほんとバカ」
「……。あの、おれ」
落ち込むよりもまず反省会をしなきゃ。だから、急に誘ったのに付き合ってくれてありがとうって、それだけ言ってさっさと立ち去ろうと思ったのに。
彼女はおれの名前を聞くと、その場で「スグリ、スグリ、スグリくん」と何回も復唱し始めた。少し困惑してその様子を見ていたら、
「スグリくんのこと、覚えたよ!」
おれの方に身を乗り出すように、満面の笑みでそう言うから、ちょっと後ずさりした。
わやじゃ、彼女に、セキルに自分の名前を覚えてもらった。負けたけど、学園で一番強いセキルに覚えてもらった。それって、ちょっとくらいは彼女に認められた、ってこと……だよな?
でもおれたちは今バトルを一戦しただけだ。こんなんで、憧れに一歩近づけた……のかは分からない。でも今の自分には、たったそれだけのことが死ぬほど嬉しかった。
あ、おれ、今……笑ってる。
それからおれは何度も彼女のところへ通ってバトルをした。それはもうしつこいくらいに。でも彼女は二度目以降は初めて誘った時のような嫌な顔は一切せず、用事がある時以外は喜んで付き合ってくれた。
バトルの前後におれがアドバイスを求めれば、その時々で彼女は的確な答えをくれた。バトルの最中、おれが間違った選択をすれば、「今の、なんか変。こうすればいいのに」と欠かさず指摘してくれた。
セキルだけでなく、他の人とのバトルもたくさん組むようにした。数を重ねる度に、その場その場の最適解が分かるようになってきた。おれのポケモンたちも、おれのために全力を尽くしてくれた。そうしているうちに、普段のバトルの勝率は以前よりも桁違いに上がっていった。
けれど、相変わらずセキルには勝てないまま。近づけば近づこうとするほど、彼女が実際どれだけの実力なのかが本当の意味で分かるようになってきた。
その日、いつも通りおれとのバトルに勝ったあと、「スグくんさ、前より断然強くなったよね」と笑うセキルは、あまり実感の湧かないおれよりも何故かものすごく嬉しそうにしてて。それは言葉通り“以前までのおれと比べて強くなった”という意味で、客観的に考えても嫌味でもなんでもないのに、その時のおれにはそれがまるで皮肉っぽく言っているように感じられて、堪えた。
は?何言ってる?セキルの強さに比べたら、こんなの全然だめだ。毎日授業とバトルだけの生活を繰り返して切羽詰まっていたこともあり、ちょっと強めに言い返してしまったっけ。
ここまで来てもまだ満足のいかない、諦めの悪いおれ自身、もうけっぱることにも疲れてきた。おれは弱い、弱い、弱い……弱いおれが、嫌いだ。コートに突っ立ったまま項垂れて、静かに取り乱したおれを見て、セキルは呆れるでもめんどくさがるでもなく、おれの手をむりやり引っ張って人のいない空き教室に引きずり込んだ。
「スグくんは強いよ」
「……セキルのが強い」
「それはただの勝敗の結果でしょ?スグくんは強いよ。この学園ならほとんど敵無し」
「おれはセキルに勝ちたい。それに、この学園の外にも負かしたいやつがいんだ。でも、ちょっと自信さなくしてきた。ここですら勝てない人がいるんじゃ、おれ、もう、……」
「ねえねえ、私たちさ、まだまだ育ち盛りなんだから、もう限界を知ったふうな口聞くの、やめた方がいいよ?」
「……」
セキルはたまに正しすぎる正論で刺してくるところがある。そこはちょっと苦手。でも、セキルの言う通りだから、これで傷つくのはやっぱり違う。
おれが目を閉じて何も言わずにいると、セキルは自分で言い過ぎたと思ったのか、わたわた慌て始めて「い、いまのっ、ちがうの、スグくん、泣かないで、おねがい」とすがりつく。ちがう、おれべつに泣いてない。あと、言い過ぎでもなんでもない。
「セキル」
「な、なあに?」
「ありがとな」
「え、なにが?」
「えっと……色々」
セキルが言ったことに、というよりはセキルが急に慌てたことに対して、だけど。困った顔でおれの服にしがみつくセキルを見たら、とたんに緊張感が抜けて、元気みたいなものが戻ってきた。失笑にも近い笑みをこぼすおれに、セキルも安心したように笑いかけてくる。
「えへへ、スグくん、笑った」なんて、それだけのことで嬉しそうに飛び跳ねるセキルが、そのままこっちに飛びついてきたから、おれはわやびっくりしてとっさに彼女を受け止める。
「ちょ、セキル、なに……」
「私、スグくん好き」
「……うえっ!?あ、え、急に、なに言って……!?」
「私、スグくん好き。今気づいちゃった」
は?そんなの……
おれの方が、ずっと前から好きだった。
ただの憧れと言われたらそうなのかもしれない。けれど、ただの憧れからくる好意では説明がつかないような、強烈な感情がおれの脳内を支配した。嬉しい。
おれがこれまで「憧れ」の存在に向けた感情すべてが、報われたような錯覚。おれが勝手に感じただけ。セキルの中にはそこまでの真意はなかっただろう。でも、おれはこの瞬間に彼女のことが特別に思えて仕方なかった。
この瞬間に、おれの中でセキルの存在が特別なものへと変わった。
「私、強いスグくんが好き。だけど、もっともっと強くなろうとするスグくんも好き」
……好きと言われて好きになるなんて、おれはどれだけ単純なんだろう、と思った。でも仕方がない。好きになっちまった事実は覆らない。
「ね、一緒に強くなろうよ。私、はやくチャンピオンとしてスグくんと戦いたい」
その言葉通り、おれが倒すまで彼女はそこにいてくれた。
「わあ!すごいすごーい!スグくんが私に勝っちゃった!ついにここまで来たんだね!」
セキルはおれの中での憧れが強すぎて、いざ勝った時にも嬉しさに混じって違和感が残った。
「わ、や、じゃ」
おれは自分の
「な、なんでセキルがここいんだ、こ、ここ、おれの部屋だべっ」
「なんで?スグくんが連れてきてくれたんじゃん」
「え……!?そんなわけ、……あったかも」
「寮で一人でいるのが寂しかったの……だから、少しの間だけでも、スグくんと一緒にいたいな」
彼女の口から一人でいるのが寂しい、と聞いて何かを思わずにはいられなかった。
おれがセキルと伝承の鬼さまを重ね合わせていたのは、単純な強さだけではなかった。
彼女はいつも一人だったのだ。そりゃあ四天王とか、その他バトルが強い生徒とかと話をしているところは何度も見かけた。先生とも仲が良くて、別に人といることが嫌いなわけではないのだと思う。
だけど、ブルーベリー学園の短い歴史の中で、異例とも言えるくらい長い間チャンピオンの座に君臨し続けたその強さは、どこか人を寄せ付けず、一定の距離を引かれてしまうところがあるのだろう。セキルはいつも食堂ではなく、中庭の端っこで自分と手持ちのポケモンたちだけでごはんを食べていて。休み時間に話しかけられていたのはいつも、セキルの腕前をネタに絡んでくる高学年の生徒たち。友だちと呼べるような相手がいるようには見えなかった。
それでも、彼女はいつも一人でいるにしては底抜けに明るかった。おれはそんな彼女に度々勇気づけられた節もある。バトルが強くて明るいこと以外は、おれと同じだったから。まあこれはおれの勝手な思い込みだけど。
たとえおれの気をひくための口実であっても、セキルが寂しいという言葉を使うのが、なんだか彼女の本心が垣間見えた気がして、何も言えなかった。おれはセキルを追い出さなかった。バレたらどうなるかわかんないけど、ここで今すぐ彼女を追い出す気には、どうしてもなれなかったから。
「ねえ……スグくん」
「なに?」
「私、スグくんと、その……してみたい」
「ぐふっ」
お腹を殴られたような声が出た。
「な、なに……するの?」
「なにって、い、言わせないでよ……」
セキルは顔を真っ赤にして俯いてしまった。これは……完全にあれのことだ、とおれは確信した。
「き、きす……したいの」
「へ?」
思ってたのよりは
いや、待って。よく考えたらそっちもかなりハードルが高いやつだ。思ってたのよりは
近づいてくるセキル。
「ま、待って……心の準備が」
「もう!スグくんの意気地無し……私が勇気持って誘ったのに」
「あ、う、……わかっ、た。する、します」
「わ、わやじゃ、おれ、ゴム持ってね……」
「あ、私持ってる」
「なんで!?!?」
「……も、もしかして、セキルって初めてじゃ、ない……?」
「ち、ちがう!スグくん以外とこんなことしないもん……!」
「なんか、親戚のいとこのお姉ちゃんがくれたの……いざとなったら使えって……その時はよく知らないで受け取っちゃったけど、たぶん、これがその、あれ、でしょ?」
「一個しかないけど……」
「セキル、声、だめ……隣に聞こえちまう……」
「……っ、う、うん……」
女の子を抱いてしまった。
「はぁ、……も、こんなん、バレたら退学だべ……」
「えへへ、わたし……スグくんと一緒なら、こわくないよ」
「無敵の人やめて……」
「わ、わた、わたし恥ずかしいから帰る……」
「あ、待って……今は、だめ、かも」
「なんで……?まだ私と一緒にいたいの……?じゃあ残る……」
「ちが、ちがくて……そういうんじゃ、なくて!」
「え……違うの……?」
うわー!!!!色々違う!
「今は人が多い時間だから、今出たらバレるかもって、こと……」
「そっか、そういうことね……」
「……スグくん、好き」
背中にぴったりくっついてくるセキルの体温の温かみが、おれの鼓動の加速させる。
やっべ、おれのおれがまた元気になる気配が。
セキルはそのあと外の様子をうかがいながらおそるおそる帰っていった。本当はおれもついて行ったほうが良いんだろうけど、セキルが「ついてこなくていい……」って言うから、そっか、って返して玄関のところで見送った。
それから警報音が鳴り出したりとか、他に何か変わった出来事は特に起きなくて、だから彼女はきっと人知れず自分の寮に帰ることに成功したのだろう。それよりもおれは、セキルが帰ったとたんにさっき見た光景が何度も何度もフラッシュバックして、高鳴る心臓を落ち着かせるよう精一杯深呼吸をしながら、もう一度ひとりで抜いた。
どうしよ、明日からセキルと目合わせられないかも……。
「ぁ、う、……スグく、」
「……ん……」
「そ、れ、すき……、……かも……」
「ここ……?」
一度部屋に入ることを許したら、もうおれたちの中には守るべき校則なんてあってないようなもので、何かしら理由をつけてはお互いの部屋を行き来するようになった。
一緒に勉強したいとか、一緒にバトルの話をしたいとか、そういった偉そうな建前を用意しても、結局やることはひとつだけ。セキルの方はもうゴムがないからと思って、あまりそういう期待はしていなかったみたいだけど、おれは普通に期待しすぎて自分で何個も用意してた。海の上の全寮制学園なので入手経路は色々大変だったけど、どうにかした。
それより、セキルとまたしたかった。
「ぁ、あ、……っ、や、やだ」
「ん、やだ……?」
「ちが、う……今の、やめないで、っ」
「ああ、わかった……」
おれが手を動かしたり、腰を動かしたりすると、セキルは顔を真っ赤にしながら息絶え絶えにおれの名前を呼んでくる。めんこい。
普段はバトルで勝てないけれど、今は完全にセキルより優位に立てていると思うと、興奮する。もっと犯したい。ひどいことも、してみたい。
「ね、セキル。顔……見せて?」
「……む、むり……」
「そっか」
「ね、ぇ……スグく、ん……」
「ん?」
「ちゅう、したい……」
おねだりしてるのめんこいけど、おれは少しいじわるに笑って今の動きを続行する。
「顔、見えないと……できないべ」
「……うぇぇ」
セキルはへんなうめき声を出すと、しばらく何も言わなくなってしまった。おれが動くのに合わせて「あ、ぁ」と高い声を出すだけ。でもその数秒後、セキルは顔にタオルを被せたまま上半身を起こそうとする素振りを見せた。ん、と思って体を支えてやると、完全に起き上がって挿れたままおれの上に跨る体勢になる。
重力でタオルがぱさり落ち、ようやく拝めたセキルの顔はわざとらしく斜め下を向いていたけれど、耳まで赤いのが丸見えで顔を逸らしてる意味が無い。セキルはさっきよりも強く訴えかけるように口を開いた。
「ちゅう、して……?」
なに、このいきもの。めんこいすぎる。我慢ならなくなってそのまま出すところだった。あぶない。二度もお願いしてくれたのだし、今度こそ言うことを聞いてあげようと、おれはセキルの細い体に手を添えて唇を合わせた。恥ずかしそうに、でも嬉しそうに応えてくれる彼女。
「ん、ぁ……う」
「セキル、勝手に腰動いてる……」
「っ、……い、言わないで……」
当時、実際の鬼がどんなものか知らなかったおれは、想像だけで表現するしかなかったけど、
入学したての頃、ブルベリーグのトップに君臨していたのはいかにもバトルが得意そうな強面の高学年の男の人で、入学式の時に新入生の前に立ってスピーチをしていたのをなんとなく覚えている。
バトル自体始めたてだったおれは、ただの雲の上の存在でしかなかった。
「あなた、だーれ?」
と、言われた。
その時の身の凍えるような動悸に身に覚えがあり過ぎて、思わず乾いた笑みが零れた。この人はおれの憧れ。ずっと前から知ってる。でもこの人はおれを知らない。そんなの、予想通りの反応だった。今まで一度も話したことがないんだから、当たり前のことだ。でも妙に重たい気分になったのは確実で。
簡単な話、つい最近の似たような出来事を思い出したからだ。でもつい最近、似たようなことを一度経験しているからこそ、混乱はしなかった。それに、彼女の噂は前々から知っていた。「セキルは相当強い人物でないと、バトルをしかけても軽くあしらわれ、記憶にも残してくれない」と。
だから、同じクラスなのにまるで初対面みたいな反応をしたのも。話をしている今も、ちょっとめんどくさそうにしているのも。理由は簡単。
すべておれが弱いから。分かりきったことだ。
「おれ、スグリ。セキルとバトルさしたい」
「そうなんだ。あなた、強い?」
なまえは至極シンプルな質問を投げかけてきた。その質問の答えはNOだ。おれはまだまだ弱いから。だから、
「これから強くなる」
「ふーん。なんか目がマジだね。いいよ!今日の放課後、バトルコートに来てね」
結果は思った通りの惨敗だった。全力を尽くしたが到底彼女の足元にも及ばない。けれど、下を向くおれとは正反対に、近づいてきた彼女はものすごく楽しそうで。勝つことしか知らないと、こんなにも楽しそうに笑えるんだ、と身勝手な苛立ちを覚えた。
本当の自分と、理想の自分との乖離が甚だしい。それは時に、なんの関係もない憧れの存在自体をも嫌いになってしまいそうになる。それはなんだかおれにとって、自分の弱さを認めるよりも断然苦しかった。
「お名前なんて言ったっけ?」
「……スグリ」
「スグリくん!そうそう、それそれ。さっき聞いたのにもう忘れちゃったの、私ってほんとバカ」
「……。あの、おれ」
落ち込むよりもまず反省会をしなきゃ。だから、急に誘ったのに付き合ってくれてありがとうって、それだけ言ってさっさと立ち去ろうと思ったのに。
彼女はおれの名前を聞くと、その場で「スグリ、スグリ、スグリくん」と何回も復唱し始めた。少し困惑してその様子を見ていたら、
「スグリくんのこと、覚えたよ!」
おれの方に身を乗り出すように、満面の笑みでそう言うから、ちょっと後ずさりした。
わやじゃ、彼女に、セキルに自分の名前を覚えてもらった。負けたけど、学園で一番強いセキルに覚えてもらった。それって、ちょっとくらいは彼女に認められた、ってこと……だよな?
でもおれたちは今バトルを一戦しただけだ。こんなんで、憧れに一歩近づけた……のかは分からない。でも今の自分には、たったそれだけのことが死ぬほど嬉しかった。
あ、おれ、今……笑ってる。
それからおれは何度も彼女のところへ通ってバトルをした。それはもうしつこいくらいに。でも彼女は二度目以降は初めて誘った時のような嫌な顔は一切せず、用事がある時以外は喜んで付き合ってくれた。
バトルの前後におれがアドバイスを求めれば、その時々で彼女は的確な答えをくれた。バトルの最中、おれが間違った選択をすれば、「今の、なんか変。こうすればいいのに」と欠かさず指摘してくれた。
セキルだけでなく、他の人とのバトルもたくさん組むようにした。数を重ねる度に、その場その場の最適解が分かるようになってきた。おれのポケモンたちも、おれのために全力を尽くしてくれた。そうしているうちに、普段のバトルの勝率は以前よりも桁違いに上がっていった。
けれど、相変わらずセキルには勝てないまま。近づけば近づこうとするほど、彼女が実際どれだけの実力なのかが本当の意味で分かるようになってきた。
その日、いつも通りおれとのバトルに勝ったあと、「スグくんさ、前より断然強くなったよね」と笑うセキルは、あまり実感の湧かないおれよりも何故かものすごく嬉しそうにしてて。それは言葉通り“以前までのおれと比べて強くなった”という意味で、客観的に考えても嫌味でもなんでもないのに、その時のおれにはそれがまるで皮肉っぽく言っているように感じられて、堪えた。
は?何言ってる?セキルの強さに比べたら、こんなの全然だめだ。毎日授業とバトルだけの生活を繰り返して切羽詰まっていたこともあり、ちょっと強めに言い返してしまったっけ。
ここまで来てもまだ満足のいかない、諦めの悪いおれ自身、もうけっぱることにも疲れてきた。おれは弱い、弱い、弱い……弱いおれが、嫌いだ。コートに突っ立ったまま項垂れて、静かに取り乱したおれを見て、セキルは呆れるでもめんどくさがるでもなく、おれの手をむりやり引っ張って人のいない空き教室に引きずり込んだ。
「スグくんは強いよ」
「……セキルのが強い」
「それはただの勝敗の結果でしょ?スグくんは強いよ。この学園ならほとんど敵無し」
「おれはセキルに勝ちたい。それに、この学園の外にも負かしたいやつがいんだ。でも、ちょっと自信さなくしてきた。ここですら勝てない人がいるんじゃ、おれ、もう、……」
「ねえねえ、私たちさ、まだまだ育ち盛りなんだから、もう限界を知ったふうな口聞くの、やめた方がいいよ?」
「……」
セキルはたまに正しすぎる正論で刺してくるところがある。そこはちょっと苦手。でも、セキルの言う通りだから、これで傷つくのはやっぱり違う。
おれが目を閉じて何も言わずにいると、セキルは自分で言い過ぎたと思ったのか、わたわた慌て始めて「い、いまのっ、ちがうの、スグくん、泣かないで、おねがい」とすがりつく。ちがう、おれべつに泣いてない。あと、言い過ぎでもなんでもない。
「セキル」
「な、なあに?」
「ありがとな」
「え、なにが?」
「えっと……色々」
セキルが言ったことに、というよりはセキルが急に慌てたことに対して、だけど。困った顔でおれの服にしがみつくセキルを見たら、とたんに緊張感が抜けて、元気みたいなものが戻ってきた。失笑にも近い笑みをこぼすおれに、セキルも安心したように笑いかけてくる。
「えへへ、スグくん、笑った」なんて、それだけのことで嬉しそうに飛び跳ねるセキルが、そのままこっちに飛びついてきたから、おれはわやびっくりしてとっさに彼女を受け止める。
「ちょ、セキル、なに……」
「私、スグくん好き」
「……うえっ!?あ、え、急に、なに言って……!?」
「私、スグくん好き。今気づいちゃった」
は?そんなの……
おれの方が、ずっと前から好きだった。
ただの憧れと言われたらそうなのかもしれない。けれど、ただの憧れからくる好意では説明がつかないような、強烈な感情がおれの脳内を支配した。嬉しい。
おれがこれまで「憧れ」の存在に向けた感情すべてが、報われたような錯覚。おれが勝手に感じただけ。セキルの中にはそこまでの真意はなかっただろう。でも、おれはこの瞬間に彼女のことが特別に思えて仕方なかった。
この瞬間に、おれの中でセキルの存在が特別なものへと変わった。
「私、強いスグくんが好き。だけど、もっともっと強くなろうとするスグくんも好き」
……好きと言われて好きになるなんて、おれはどれだけ単純なんだろう、と思った。でも仕方がない。好きになっちまった事実は覆らない。
「ね、一緒に強くなろうよ。私、はやくチャンピオンとしてスグくんと戦いたい」
その言葉通り、おれが倒すまで彼女はそこにいてくれた。
「わあ!すごいすごーい!スグくんが私に勝っちゃった!ついにここまで来たんだね!」
セキルはおれの中での憧れが強すぎて、いざ勝った時にも嬉しさに混じって違和感が残った。
「わ、や、じゃ」
おれは自分の
「な、なんでセキルがここいんだ、こ、ここ、おれの部屋だべっ」
「なんで?スグくんが連れてきてくれたんじゃん」
「え……!?そんなわけ、……あったかも」
「寮で一人でいるのが寂しかったの……だから、少しの間だけでも、スグくんと一緒にいたいな」
彼女の口から一人でいるのが寂しい、と聞いて何かを思わずにはいられなかった。
おれがセキルと伝承の鬼さまを重ね合わせていたのは、単純な強さだけではなかった。
彼女はいつも一人だったのだ。そりゃあ四天王とか、その他バトルが強い生徒とかと話をしているところは何度も見かけた。先生とも仲が良くて、別に人といることが嫌いなわけではないのだと思う。
だけど、ブルーベリー学園の短い歴史の中で、異例とも言えるくらい長い間チャンピオンの座に君臨し続けたその強さは、どこか人を寄せ付けず、一定の距離を引かれてしまうところがあるのだろう。セキルはいつも食堂ではなく、中庭の端っこで自分と手持ちのポケモンたちだけでごはんを食べていて。休み時間に話しかけられていたのはいつも、セキルの腕前をネタに絡んでくる高学年の生徒たち。友だちと呼べるような相手がいるようには見えなかった。
それでも、彼女はいつも一人でいるにしては底抜けに明るかった。おれはそんな彼女に度々勇気づけられた節もある。バトルが強くて明るいこと以外は、おれと同じだったから。まあこれはおれの勝手な思い込みだけど。
たとえおれの気をひくための口実であっても、セキルが寂しいという言葉を使うのが、なんだか彼女の本心が垣間見えた気がして、何も言えなかった。おれはセキルを追い出さなかった。バレたらどうなるかわかんないけど、ここで今すぐ彼女を追い出す気には、どうしてもなれなかったから。
「ねえ……スグくん」
「なに?」
「私、スグくんと、その……してみたい」
「ぐふっ」
お腹を殴られたような声が出た。
「な、なに……するの?」
「なにって、い、言わせないでよ……」
セキルは顔を真っ赤にして俯いてしまった。これは……完全にあれのことだ、とおれは確信した。
「き、きす……したいの」
「へ?」
思ってたのよりは
いや、待って。よく考えたらそっちもかなりハードルが高いやつだ。思ってたのよりは
近づいてくるセキル。
「ま、待って……心の準備が」
「もう!スグくんの意気地無し……私が勇気持って誘ったのに」
「あ、う、……わかっ、た。する、します」
「わ、わやじゃ、おれ、ゴム持ってね……」
「あ、私持ってる」
「なんで!?!?」
「……も、もしかして、セキルって初めてじゃ、ない……?」
「ち、ちがう!スグくん以外とこんなことしないもん……!」
「なんか、親戚のいとこのお姉ちゃんがくれたの……いざとなったら使えって……その時はよく知らないで受け取っちゃったけど、たぶん、これがその、あれ、でしょ?」
「一個しかないけど……」
「セキル、声、だめ……隣に聞こえちまう……」
「……っ、う、うん……」
女の子を抱いてしまった。
「はぁ、……も、こんなん、バレたら退学だべ……」
「えへへ、わたし……スグくんと一緒なら、こわくないよ」
「無敵の人やめて……」
「わ、わた、わたし恥ずかしいから帰る……」
「あ、待って……今は、だめ、かも」
「なんで……?まだ私と一緒にいたいの……?じゃあ残る……」
「ちが、ちがくて……そういうんじゃ、なくて!」
「え……違うの……?」
うわー!!!!色々違う!
「今は人が多い時間だから、今出たらバレるかもって、こと……」
「そっか、そういうことね……」
「……スグくん、好き」
背中にぴったりくっついてくるセキルの体温の温かみが、おれの鼓動の加速させる。
やっべ、おれのおれがまた元気になる気配が。
セキルはそのあと外の様子をうかがいながらおそるおそる帰っていった。本当はおれもついて行ったほうが良いんだろうけど、セキルが「ついてこなくていい……」って言うから、そっか、って返して玄関のところで見送った。
それから警報音が鳴り出したりとか、他に何か変わった出来事は特に起きなくて、だから彼女はきっと人知れず自分の寮に帰ることに成功したのだろう。それよりもおれは、セキルが帰ったとたんにさっき見た光景が何度も何度もフラッシュバックして、高鳴る心臓を落ち着かせるよう精一杯深呼吸をしながら、もう一度ひとりで抜いた。
どうしよ、明日からセキルと目合わせられないかも……。
「ぁ、う、……スグく、」
「……ん……」
「そ、れ、すき……、……かも……」
「ここ……?」
一度部屋に入ることを許したら、もうおれたちの中には守るべき校則なんてあってないようなもので、何かしら理由をつけてはお互いの部屋を行き来するようになった。
一緒に勉強したいとか、一緒にバトルの話をしたいとか、そういった偉そうな建前を用意しても、結局やることはひとつだけ。セキルの方はもうゴムがないからと思って、あまりそういう期待はしていなかったみたいだけど、おれは普通に期待しすぎて自分で何個も用意してた。海の上の全寮制学園なので入手経路は色々大変だったけど、どうにかした。
それより、セキルとまたしたかった。
「ぁ、あ、……っ、や、やだ」
「ん、やだ……?」
「ちが、う……今の、やめないで、っ」
「ああ、わかった……」
おれが手を動かしたり、腰を動かしたりすると、セキルは顔を真っ赤にしながら息絶え絶えにおれの名前を呼んでくる。めんこい。
普段はバトルで勝てないけれど、今は完全にセキルより優位に立てていると思うと、興奮する。もっと犯したい。ひどいことも、してみたい。
「ね、セキル。顔……見せて?」
「……む、むり……」
「そっか」
「ね、ぇ……スグく、ん……」
「ん?」
「ちゅう、したい……」
おねだりしてるのめんこいけど、おれは少しいじわるに笑って今の動きを続行する。
「顔、見えないと……できないべ」
「……うぇぇ」
セキルはへんなうめき声を出すと、しばらく何も言わなくなってしまった。おれが動くのに合わせて「あ、ぁ」と高い声を出すだけ。でもその数秒後、セキルは顔にタオルを被せたまま上半身を起こそうとする素振りを見せた。ん、と思って体を支えてやると、完全に起き上がって挿れたままおれの上に跨る体勢になる。
重力でタオルがぱさり落ち、ようやく拝めたセキルの顔はわざとらしく斜め下を向いていたけれど、耳まで赤いのが丸見えで顔を逸らしてる意味が無い。セキルはさっきよりも強く訴えかけるように口を開いた。
「ちゅう、して……?」
なに、このいきもの。めんこいすぎる。我慢ならなくなってそのまま出すところだった。あぶない。二度もお願いしてくれたのだし、今度こそ言うことを聞いてあげようと、おれはセキルの細い体に手を添えて唇を合わせた。恥ずかしそうに、でも嬉しそうに応えてくれる彼女。
「ん、ぁ……う」
「セキル、勝手に腰動いてる……」
「っ、……い、言わないで……」