03


五つ目のチャンプルジムを難なくクリアして、近くの野原を散策していたおれ。チャンプルタウン内にあるホテルにチェックインしたはいいものの、日が暮れるまでにやることも無いから、夕暮れの景色を楽しみながらランニングでもしようと思って外に出ていた。
オージャの湖が見えるところまで少し歩いたところで、後ろから何かが接近してくるような気配と足音が。なんだ?と思って振り返ると、見覚えのあるイワンコが一直線におれのところで全速力で走ってきていた。
「……あれ、って……っうわぁ!」
なんかちょっと嫌な予感がした通り、イワンコは一向に速度を緩めず思いっきり飛びかかってきた。急なことで避けることもできず、思いっきり尻もちをつくおれ。何故かテンションが高いイワンコ。胸の前で抱きかかえながら困惑しているとその向こうからのろのろ走ってくる女の子が見えた。続けて聞こえてくるのは「待ってよ〜!!」という情けない声。聞き覚えのある透き通った声だ。


「はあはあ、ごきげんよう、スグリくん……先日ぶりだね」
膝に手をついて大袈裟に肩を上下させる彼女。えっと、彼女はそう、セキルさんだ。よかった、ちゃんと名前出てきた。
「」
「イワンコがあなたの匂いを覚えていたみたいで、急に走り出すからびっくりしちゃった」


「対策する日とジムさ行く日は、なんとなく別々にしてんだ」
「まあ、効率的な人」
「そう……?わりと一般よりな思考回路だと思うけどな」
「私、バトルのことは分からないの。だから変な相槌を打つこともあるけど、気にしないで」



「スグリくんはパルデアに来るまでは何をしていたの?」
「ここに来る前はシンオウ地方にいて……まあ観光とか含めて、色々見て回ってた」
「私、行ったことないな。もしかして、そこでもジム巡り?」
「うん」
「うまくいった?」
「うまく……まあうん、殿堂入りはした」
「へぇ……それってすごいの?」
あんまりひけらかすようなことでもないけど、殿堂入りをしたと言って驚かない人は初めてかもしれない。少し物珍しい気持ちになった。
「家族にはまあ、すごい褒められたなぁ。でも自分で言うのは、ちょっと恥ずかしい、かも」
「そういう風に照れてるってことは、きっと誇らしいことなんだね。私の友だちにもチャンピオンがいるけど、同じような顔してるもの」
「チャンピオン……?」
「うん。友だちの友だちだからよく知らないけど、その子もチャンピオンなんだって。たぶんジムに行くトレーナーの人が最後に戦う、あのチャンピオンと同じだと思うんだけど……」
思わぬところでその話題。いや……この間新しく入れ替わったばかりだから、世間一般的には時の話題ではあるのか。途端に渦巻く自分の感情をごまかすように、髪をかきあげて反対方向を向いた。が、彼女が不思議そうに顔を覗き込んできたので、思いっきり顔を見られた。
「……スグリくん?……どうかしたの?急に怖い顔になっちゃったね」
「ああ、いや……ごめん……」
チャンピオンという言葉を聞くだけでここまで気分が変わるものか、普通。おれって相当参ってるんだな。バカバカしい……。つい変な空気にさせてしまったが、普段からわざわざこの敵対心を隠そうとは思っていなかったから、モロ顔に出たらしい。
ただ、事情を知らない彼女からしたら、おれが急に顔を曇らせたことが不思議でたまらないようだ。ちょっと申し訳ない。
「セキル、その、一応確認だけど……チャンピオンって、パルデアのチャンピオン?」
「違うよ?アローラのチャンピオン。私の友だちの友だちなの」
「あ、アローラ?」
「言わなかったっけ?私、アローラで育ったの。ちなみに出身はカントー地方!」
「いや、聞いてないけど……」
「あはは、そうだった?」
楽しそうに笑う彼女につい困惑する。アローラなんて、思いもよらない単語が出てくるとは。アローラといえば有名な南のリゾート地だ。ねーちゃんが人生で一度は行ってみたいよね〜と水着のカタログを眺めながら言っていたっけ。
そう言われてみれば、セキルさんは確かに南の島にいそうな感じの見た目をしているよな……まあ、これもただの想像。
「噂によると、パルデアのチャンピオンって新しくアカデミー出身の子がなったらしいけど、アローラの現役チャンピオンも実は同い年くらいの女の子なんだよ。って、アローラの友だちから聞いた話なんだけど」
「へぇ〜……。それは初耳だべ」
なんだ、そういうことか。面食らった。友だちの友だちとか言うから、おれたちの同年代だと思って、だから、つまり、アオイのことを言っているんだと思い込んでしまった。彼女も友だち多そうだし、なにより今おれたちはパルデアにいるんだし。
じゃあおれが勝手に勘違いしただけか。なんだ、しょうもな……。
「それで、パルデアのチャンピオンがどうかしたの?なんだかさっきの表情、けっこう気になっちゃうなぁ」
「……おれもちょっと、その人と知り合いってだけ」
「ただの知り合い?」
あんまり踏み込まないでほしいんだけどな。
「……因縁の相手、かな。ちょっと、本気で倒したい相手なんだ」
「ふ〜ん。スグリくんがそう言うってことは、相当強い人なのかな」
「……」
少し言葉を選ぼうと間を置いた結果。
おれはこう言った。
「おれの方が強いよ」
うん、本心だ。そう願っているんじゃない。ただの本心。おれはこの数年で強くなった。忌々しいことにその分あっちも強くなり続けているけど、おれの中にある程度構築された自信がそう言っている。
「スグリくんの方が強いんだ。じゃあこのあとのジムも余裕だね」
「うん。余裕さ」
「応援してるね」
当たり障りのない応援。でも心做しか嬉しかった。

「ところで、お夕飯はもう済んだ?」
「ううん、これから」
「良かった!それならまた一緒に食べませんか?ほら、近くのチャンプルタウンに美味しい定食屋さんがあるって聞いたの。私、入ってみたくって」
「ああ……さっきジムチャレンジで入ったところかな。確かに美味しそうだった、けど」
また一緒に?と尋ね返すと、彼女は笑顔でうんと頷いた。あ、これは、断れないやつだ。
「今日もお代は気にしないで。私から誘うんだから、好きなもの食べていいんだよ」
「いんやぁ、それは申し訳ねえべ……いいよ、今回はおれが払うから……」
「いいの?」
「うん、いいよ」
「じゃあお言葉に甘えて」




「今日は偶然会っただけだけど、私たちってもう友だちだよね?」
「友だち……なのかな。……うん、たぶん」
そんなの、おれのほうが自信ないけど。そう言ってほしそうだったから、まっすぐ頷いた。
「やった!私、パルデアでお友だちが欲しかったの。ここに来てからずっと一人だったから……友だち作るの得意じゃなくて」
「え?そうなの……?」
「うん。アローラにいた時も、自信を持って友だちって言える人は二人だけしかいなかったし……」
それを言うならおれは一人もいないけど。これまでの人生で心の底から友だちと呼べる人なんて一人もいなかった。一人も。だから、安心してほしい。

「スグリくん、また会いたいな」

「……うん。会えたら、いいね」

彼女とは出会ったばかりだ。おれはまだ上辺だけの彼女しか知らない。この子もどうせいつか、あ、と思う部分が出てくる。あの時みたいに。
こんなんだから、一人も友だちができない。でも別にもう必要ないと思ってる。余計に傷つくくらいなら、最初から関係を持たない方がいいんだ。そういうものだから、どうせ。



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