04


わやじゃ。不測の事態だ。
パルデアに来てから今日でおよそ二週間ほど。ジムのレベルが上がってからは万全な状態で挑みたいと思って、ここでよく使われているポケモンを調べ上げたり、その辺をうろついているトレーナーを片っ端から倒したりしていたおかげで、あっという間に何日も時間が経ってしまった。勝てるバトルは純粋に楽しいんだ、仕方がない。
そして今日、ようやく八つ目のナッペ山ジムに向かおうと山の麓まで来てみたら、なんと昨日のうちに大規模な雪崩が発生していたらしく、思いっきり通行止めされていた。これでは山を登れない。
「……足止めくらっちまった」
あとバッジ一つでポケモンリーグに行けるのに。こんなことになるなら山頂付近にあるフリッジジムを終えたあと、そのままフリッジタウンで待機しておけばよかった。

山に登れないのでは仕方がない。こんなところにいても、おれには待つ以外に何もできないので大人しく来た道を戻って昨日までと同じようにその辺を散策でもしようかな。

「おっ、ブルーベリー学園の兄ちゃんやん。災難やなぁ、これからナッペ山登るとこやったんやろ。こりゃ復旧にしばらくかかりそうや」
「……」
なんだか馴れ馴れしい人に声をかけられた。男の人?いや、女の人か……。
「んー?スグリ、やっけ。覚えてへんの?ほら、こないだベイクジムで会うた、チリちゃんやで」
「ああ、はい……こんにちは……」


「四天王、なんですよね」
「せやけど」
「バトルしませんか」


「あっはっは!やる気満々やないの。けど、そのやる気は本番まで取っときや。どうせ君はリーグまで余裕やろ?なによりチリちゃんは大将の命令でこの雪崩の対処に駆り出されてきたんやからな」

「そいや君、うちらの新しい大将と同い年くらいやないの?」
「……アオイのことなら、そうですね」
「うん?知り合いなん?」
「昔、林間学校で」


「ああ!アオイがそんなこと話しとったかも」

「ブルーベリー学園に新しいライバルができたって、楽しそうに言っとったな。それ君のことやったんか」
新しいライバル?

「へぇ、それは…………光栄ですね」

君が来るのを楽しみにしてる、と言ってその人は去っていった。



『えへへ。やっほー。スグリくんいま何してるの?暇かな?』
「ん、セキル。おはよう、どうしたの」
『んとね、その、あれだよ……』
「あれ?」
山の麓を離れてチャンプルタウンまで戻ってきたところで、スマホロトムが鳴り出した。最近何かと要件を見つけては連絡を寄越してくる彼女。この前この近くの定食屋で一緒に食べて以降、何故か一日に一回は電話をかけてくるようになった。友だちと電話をするという行為が楽しいのだそう。おもしろいことを言う。
最初は戸惑ったけど、この何日かで二回も食事をして、毎日のように電話をして、さすがのおれもセキルと話すことには慣れてきた。たぶんこれ、飽きるまで続くんだろう。
『あのね、もし近くにいたら会いたいなぁって思って。スグリくんと一緒にパルデア観光したいの』
「えっ、……いいけど、おれでいいの?」
『スグリくんしかいないもん。知ってるくせに。言わせないでよー』
「にへへ、ごめんごめん。それでセキルは今どこにいんだ?」
『えっとね、今はマリナードタウンってところのホテルでお魚食べてる』
彼女とこうして話をしている間は、自然とバトルのことを考えなくて済む。当たり前のように思えるけど、そのことがわりと心の休息になっているというのは自分の中で結構大きな発見だった。
どうせ今日はナッペ山に登れないんだ。ありがたくセキルの誘いに乗るとしよう。
「マリナードタウンって……どこだ?ちょっと調べるから待っててな」
『うん。あ、新しいお料理来たみたい。お魚食べ終わったらまた電話する。それじゃ』

セキルは食べるのが好きなのだろうか。すぐ食事に誘うし、この前テーブルシティを一緒に歩いた時に通りかかった屋台とかじぃっと見つめてたし、今もホテルでながら食事。セキルはアローラからアカデミーに留学しにきたらしいけど、学生って普通は寮に泊まるものじゃないのか?
聞くところによると、今は宝探しの期間らしいのでそういうものなのかもしれないけど。とにかく彼女には自費でホテルに泊まれるお金があるようだ。金持ち……っぽいよなぁ。

マリナードタウンはパルデアの一番西にある港町で、チャンプルタウンからモトトカゲを走らせてだいたい一時間もかからない距離らしい。パルデアの観光スポットのことはほとんど調べてないし、進んで観光をして来なかったので、どこに行けばいいのか分からないな。
先に合流するのがいいと思って、ひとまずマリナードタウンに向かって出発した。

「お、スグリくん来た。会えて嬉しい」
「うん……おれも」



「今日は何も予定なかったの?」
「ううん、実は今日は朝からナッペ山ジムさ行くところだったんだけど」
「えっ、今日ジム行く日だったの?もしかして邪魔しちゃった……?」
「ああ、違う、違う。ニュース見てない?ナッペ山が雪崩さ起こして、通行止めになっちまって」


「ここに来るまでにオージャの湖っていうでっけぇ水溜まりがあってさ、綺麗だったから良かったらそこ行こ」
「うん。行きたい!」


「歩いて行くには大変だべ。ほら乗って」
「……どこ乗るの?」
「おれの後ろ」
「ふたり乗り、いいの?」
「セキル、一人で乗れる?」
「……」
自身無さそうに「乗ったことない……」と呟くセキル。確かに乗ったこと無さそう。なんか馬車とかで移動してそうな雰囲気してる。
「大丈夫、このモトトカゲさかなりの力持ちだから。セキルは軽そうだし、余裕だと思うけど」
セキルは良いとこの子っぽいから、ふたり乗りに抵抗があるのかも。でも大丈夫大丈夫。ちょっとそこまで走らせるだけだから。そう促すおれに、ようやく決心がついたらしい。
うんしょ、とかけ声を出しながらおそるおそる跨るセキル。揺れるモトトカゲから落ちないように、ぴったりとおれの背中にくっついて服を握りしめてきた。あ、やば、これ。自分から誘っておいてなんだけど、これかなり恥ずかしいかも。わやじゃ。
「じゃ、行くべ」
「うん……」
「どーした?急に元気なくして」
「あ、あんまり速く走らないでね」
「怖い?」
「こ、こわくはないけど……」
「安全運転な。しっかり掴まってて」
そう言いながら、中途半端なところを握る手を取ってお腹に腕をまわしてもらった。恥ずかしいの上塗りを繰り返してるけど、ちゃんと抱きついてもらった方が安心できるからさすがにな。
セキルもほんの少し遠慮がちに寄りかかっていたのが、走り出すとすぐに力を入れて全力で抱きついてきた。振り落とすような走り方はもちろんしないけど、これくらいのことで怖がってる彼女がなんか……その、めんこい。色んな意味でハンドルを握る手に緊張感が走る。
「ねーね、スグリくん」
「ん?」
「普段服に隠れてるから分かんなかったけど、なんか、思ったより細いね。ちゃんと食べてる?」
「食べてるよ。セキルほどじゃないかもだけど」
「……大食いだって言いたいの?」
「ちっ、ちがう!そういうんじゃないべ……ただ、よく食べる子だなぁって」
「言ってること変わんなくない?」



「セキル、前見て。見えてきた」
「……?……わあ!」
写真で見たことあるような景色。


おれが先に降りてから、次にセキルの手を取って支えながら降りてもらった。この短い距離なのに、走行中少なからず揺れたせいで、地面に立ってからも「ふらふらする……」と言っておれから離れようとしない。
乗り物酔いか?モトトカゲに乗ったのは初めてだと言うし、体が驚いたのかも。心配になって木の影にでも座って休憩しようかと提案してみたが、セキルは大丈夫と首を振っておれをみあげた。
「……本当に平気?休憩しない?」
「うん。しない。はやく行こ」
「わかった。」


「……ねえ、スグリくん」
「ん?」
「手、繋いでもいい?」
「……」
急なお願いに目をかっ開いてしまった。いきなり何言い出すんだ、この子。
「お友だちとね、手を繋いで歩いてみたかったの」
「……」
それって……友人同士でやること?女の子同士ならまだしも。おれ男だけど?え、本気?突然心臓がバックンバックン暴れ出したおれ。しかし、心の中で動揺するおれとは裏腹に、セキルはなんだか感傷的な表情で俯いていた。そのことにすぐに違和感を覚える。
あれ、もしかして。今のそれ、恋愛感情的な、そういう意味合いで誘ったような空気じゃない……感じがする。たぶん。おれもそういうのには疎いけど、まるで孤独を感じるかのように、寂しげな顔をしているセキルの表情に思い当たる節があった。かつて孤独が怖かったおれを見ているかのようだ。
「……セキルってさ、これまでも同じようなこと他人にお願いしたことある?」
「……?一人だけあるよ。でも、断られちゃった」
「そいつ男?」
「え?なんでわかるの?うん、男の子だよ。幼なじみの。普段はすっごい紳士的で優しいのに、手は繋いでもらえなかった」
「それはたぶん、友達同士でやることじゃないからだべ」
「……?」
言いながら、おれは理解した。セキルとテーブルシティのレストランに入った時、男と二人で食事をしたことがない、と言っていたのは、たぶん本当のことで……それどころか、友達同士ですらあまり遊んだ経験がないんじゃないだろうか。おれが言えたことじゃないけど。でも、たぶんそういうことだ。
「おれは会ったことがないから、その人がどんな人なのか分からないけどさ……普段紳士的って思うのなら、そいつは実際に、紳士なんだと思う」
「どうして?」
「手を繋ぎたい、とか、そんなの、おれだって急に言われたら身構えちまう」
ちょっとショックを受けたように、困り眉で上目遣いをするセキル。
「……私と手繋ぐの、嫌?」
「い、嫌とかじゃなくて……!わやじゃ、説明がむつかしいけど……」
慌てて否定するが、セキルはおれの言うことがよく理解できないという顔をして、今にも泣きそうな顔である。困った、どうしよ、とにかく思ったことを言わなきゃ……。
「おれたちさ、とっくにそういう年頃だから、女の子からそんなふうに誘われたら、意識するよ、ふつう……」
なんか説明しながら自分の顔が真っ赤になっていくのがわかる。全身が熱くて、いてもたってもいられない。
でもわかった。この子、恋愛経験がまったくないんだ。おれが言えたことじゃないけど。だって男に手を繋いで歩くことを、普通に友達同士でやることだと思ってるんだから。中には男女の友情が成立している人たちもいるかもしれない。けど、ぶっちゃけおれとセキルは友人としてもまだ薄い関係なのに、その領域に達しているとは到底思えない。
「だから……ちょっと心配かも。女の子にならまだしも、男にそうやって恋人にするやつみたいな思わせぶりな態度とるの、やめたほうがいい、よ」
勘違いするから。特におれみたいな経験ないやつは特に。勘違いして、変な思い込みをしてしまったらどうすんだ。

「じゃあ、スグリくんと恋人になったら、手繋いでもらえるの?」
「…………ハッ!?」


「ねえ、スグリくん。私の恋人になって、手を繋いでください」
「え、あ、え、」
「……だめ?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!?セキル、今自分で何言ってんのか分かってる……!?」
「うん」
「いや、分かってないべ!?」

「私、お友達も欲しかったけど、同じくらい誰かとお付き合いしてみたかったの。だから、スグリくんがよければ……」

「え、えっと、急にそんなこと、こ、困るっていうか……」
「……」
「だ、だって」
おれは友達と呼べる相手すらいないし、だから恋愛経験もまったく無いし、今はバトルにしか目がなくて、勝負に勝ち続けることだけを目標に今日まで生きてきた。だから今しばらくは恋人を作るつもりもまったく無くて、


「……本当におれでいいの?」
「スグリくんをお誘いしているのに、どうしてそんなことを聞くの?」
「他にもっと良い人がいるべ……おれって田舎生まれの小心者だしさ……」
「なんで出身の話がでてくるの……?」


「私、スグリくんのこととっくに好きだよ」
「……えっ」
「最初に森で助けてもらったのもそうだし……それ抜きにしても、スグリくんは普段からとっても優しくて、笑顔が素敵で、あと、訛ってるところとか、落ち着くから好きだし、」
「ま、まって……それ、恥ずかしいから、やめて……」

「でも、スグリくんが私のことそんなに好きじゃないなら……仕方ないね」
「それはっ……その、そんなこと、ない」


「おれもセキルのこと、結構、好きかも……」

そう言うと、セキルは嬉しそうに恥ずかしそうに笑って両手で自分の頬を覆った。おれも同じように顔を隠したかった。けど、セキルがすぐに「手、繋いでもいい?」と言うから、おずおずと片手を差し出した。
「えへへ、ありがとう」




「恋人できちゃった」
と、ひとりごとのように呟くセキル。おれたちはやっぱりそういう関係になったらしい。さっきの会話から続く体の火照りのせいで、手汗がすごい。こんなんで手繋いでて気持ち悪くないだろうか……しかし、彼女はただただ嬉しそうに、楽しそうに、ほとんどスキップするみたいに、軽い足取りでオージャの景色を楽しんでいた。
今朝の雪崩に対するイラつきはどこへやら。まさかこんな展開になるとは思わず、まだ全然現実味がない。



04top