「ねえ、ポケモンリーグ行っちゃだめ……」
困った。
セキルと初めて手を繋いだ日から数日。リーグによる素早い対処のおかげでナッペ山ジムは運営を再開し、そらとぶタクシーを使えばすぐに挑戦できるようになった。もちろんすぐにバッジを取りに向かった。一番レベルが高いジムだからさすがに多少は苦戦するかと思いきや、まあ予想通りの範疇でジムリーダーを倒すことができたので、重畳。これからチャンピオンを倒すんだから、これくらい当たり前。
そして翌々日。準備が万全に整ったので、いよいよテーブルシティ北西のポケモンリーグに向かった。セキルがお見送りのためわざわざリーグの前までついてきてくれたはいいものの……セキルがしたいのはどうやらお見送りではなかったようで。
ポケモンセンターの前で「行かないで」とおれの腕を抱きしめたまま、離してくれない。というのも、昨日こんな会話があったからだった。
「スグリくんってチャンピオン倒したらどうするの……?」
「うーん、また別の地方のポケモンリーグさ挑戦しようかなって。でも、次どこに行くかは決めてない。まあ、近いからカロスがいいかなぁとは思って、る……けど」
「……」
「……セキル?」
テーブルシティの店先に並ぶイスとテーブルの一つに座って、さっき露店で買ったアイスを食べていたおれたち。何気ない会話の一つだと思って、何気なく質問に答えたら、セキルが急に瞳をうるうるさせて見つめてくるから驚いて姿勢を正した。ど、どうしたさ?
「……パルデアからいなくなっちゃうの?」
余命宣告を聞いた時みたいな悲しげな声色でそう言われ、あ、ああ……と声がもれる。おれが他の地方へ行くつもりだと言ったから、付き合ったばかりなのにお別れが来ると思って不安になったのだろうか。そっか、そっか。
なんていうか、そんなふうに悲しんでくれるなんて、ちょっと、いや、わや嬉しいな……。
「にへへ、なんだそんなことか……あははっ」
途端に笑い出すおれに、セキルはますます泣きそうな顔になって「なんでわらうの!」と立ち上がる。でも手に持ってたアイスが溶けかけで落ちそうになったのを、慌てて口に含んだせいで変な顔になったから、それがさらにおれの笑いを誘ったことでしばらく肩の震えが止まらなかった。
「ぐすん……私、本気でいやだと思ったのに……スグリくんとおわかれするの……」
「そんな、すぐにパルデアさ出発するつもりはないから、安心してな。最初はそう考えてたってだけで……おれもセキルと一緒にいるの、楽しいから」
「ほんと……?」
本当、本当。
「でも、他の地方のポケモンリーグに行くことは決めてるんでしょ……?だったら、私も一緒に行きたい……でも、アカデミーの卒業単位、まだ全然足りないよ……」
「そっか。んだば、のろのろ学校生活送ってたら、おれ、しびれ切らして置いてっちゃうかもしんねぇな」
「え!?」
なんとなくいじわるが言いたくなって、セキルの鼻の頭をつついてみたら、彼女は心底慌てた様子でおれに「やだ、やだ!」とすがりついてきた。思った通りの反応だ。わやめんこい。
とまあ、こんな会話があったので、セキルは自分がアカデミーを卒業するまでおれにチャンピオンランクになってほしくないようだった。
「だめ、ポケモンリーグ行かないで……」
「んなこと言われたって……おれは行くよ」
「……だって、スグリくんどうせ行ったらすぐ勝っちゃうもん」
「それは……わや嬉しい」
「スグリくん、勝っちゃだめ……ずっと一緒がいい……」
「セキル、離して。一生のお別れなんかじゃないから、ほら」
「……」
「……もしかして、負けちゃった?」
「……」
無反応のおれに、セキルは一瞬だけ嬉しそうに見上げたが、すぐに空気を読んで心配そうにおれの顔を見つめた。よっぽど悲惨な顔をしていたんだろう。ていうか、おれは今とんでもなくイライラしているので
「四天王……には、勝ったの?」
「……」
少し間を置いてうなずいた。
「スグリくん、前に、パルデアのチャンピオンの子は因縁の相手……って言ってたよね」
「……」
「そんなに勝ちたい相手だったんだね」
「ごめ、……ごめんなさい」
「……何が?」
「その、……今朝は、勝っちゃだめ、とか、言っちゃって、ごめんなさい……」
「…………ああ、そのことか」
「いいよ、セキルのせいじゃない」
「でも……」
「そういう意味で言ったんじゃないって、わかってるから」
「うん、でも、ごめんなさい……」
「おれが負けたのが悪いから」
「……スグリくん」
「明日もリーグさ行ってくる。セキル、ごめんな。ちょっとおれ、その辺走ってくるから、先帰ってて。ひとりにして」
「やだ、ひとりにしない」
「……セキル」
「わ、私も一緒に、はしるから!」
「えっ?」
思わず振り返ると、セキルはまっすぐおれを見つめてキリッとした表情で拳を握りしめていた。え、一緒に走る……の?
「マラソン得意じゃないし、すぐ疲れちゃうけど……なんか、スグリくんのこと、なんか、ひとりにしちゃだめな気がする」
「……」
どうしてそう思うんだろう。
「あ、わかった。じゃあ、私のイワンコと一緒に走ってくれる?ほら、出てこーい」
呆然とするおれを前にして、セキルは良いアイデアを思いついたと笑いながら、ボールを投げてイワンコを外に出した。地面に着地したイワンコは、事情も分からないだろうに元気におれたちの周りを走り出し、元気に「ワン!」と吠えている。体力なら有り余ってると言わんばかりの威勢のよさだ。
「ね、スグリくん。やっぱり私のことはいいから、私のイワンコ連れてって。そしたら、無茶しないでしょ?」
「……」
「イワンコなら、スグリくんともきっと余裕で走れるよ。ていうか、追い抜かしちゃうかも。だから、思いっきり走ってきてもいいよ。その代わり、イワンコのことそのへんに置いてきちゃだめだよ。わかった?ちゃんと日付が変わる前に、帰ってくるんだよ。……わかった?」
セキルは一生懸命言葉を選ぶように、そうまくしたてた。どこからどう見てもおれに気を遣っている。そんな彼女の純粋な瞳を見るうちに、緊張感が一気に解れてああ、まいったと頭を抱えた。そして、大きなため息をこぼす。
この子って、相当おれを思ってくれているんだな。自意識過剰?いや、そうだとしても、彼女の目に嘘はない。少なくともおれにはそう思える。それなのに、おれは負けたことにただ心抉られ、そのことばかりに意識を持ってかれて、関係のないセキルに素っ気ない態度をとってしまった。
相変わらず自分は弱いままだ、と思った。広義の意味で。あの時から何も変わってない。今まではバトルにさえ勝てれば他のことはどうでもよかったけど、今は……セキルに対してこんな自分を見せてしまったことが、少し情けないと思った。
下から不思議そうにおれを見上げるイワンコと目が合う。なぁイワンコ、君のご主人、良い人だな?おれ、ちょっと今ので分からせられたかも。
「セキル……ありがとう。元気でた」
「え、今ので?そっか、でも、よかった」
顔をあげると、セキルはただ純粋な笑顔で笑っている。なんか、だめかも。もう認めよう。認めてもいいか?おれ、セキルのこと、好きだ。愛おしい。彼女のことが可愛く思えて仕方がない。付き合って数日なのに、今更?って思うかもだけど、他でもない今、強くそう思った。
なので、おれは耐えきれなくなってその場でセキルを抱きしめた。昨日までは手を繋ぐだけでドキドキしてたのに、なんだか恥ずかしいよりもありがとうのが上回って、そうしたくなったのだ。
セキルは少し驚いたあと、すぐに嬉しそうに腕をまわしてぎゅうっと抱きしめてくれた。それがものすごく嬉しい。温かい。ずっとこうしてたい。一緒にいたいという彼女の気持ちが、今ようやくわかった気がする。
「ねえ、セキル」
「なあに?」
「走るのは、やめた。でもちょっとは風に当たりに行きたいから、一緒にドライブしよう。そしたらセキルもイワンコも一緒に走れるべ」
「え!行く!楽しそう!」
一番負けたくない相手に敗れたあとなのに、こんなに気分が解れるなんて信じられない。ああ、セキルと出会ってよかった。心の底から思う。
困った。
セキルと初めて手を繋いだ日から数日。リーグによる素早い対処のおかげでナッペ山ジムは運営を再開し、そらとぶタクシーを使えばすぐに挑戦できるようになった。もちろんすぐにバッジを取りに向かった。一番レベルが高いジムだからさすがに多少は苦戦するかと思いきや、まあ予想通りの範疇でジムリーダーを倒すことができたので、重畳。これからチャンピオンを倒すんだから、これくらい当たり前。
そして翌々日。準備が万全に整ったので、いよいよテーブルシティ北西のポケモンリーグに向かった。セキルがお見送りのためわざわざリーグの前までついてきてくれたはいいものの……セキルがしたいのはどうやらお見送りではなかったようで。
ポケモンセンターの前で「行かないで」とおれの腕を抱きしめたまま、離してくれない。というのも、昨日こんな会話があったからだった。
「スグリくんってチャンピオン倒したらどうするの……?」
「うーん、また別の地方のポケモンリーグさ挑戦しようかなって。でも、次どこに行くかは決めてない。まあ、近いからカロスがいいかなぁとは思って、る……けど」
「……」
「……セキル?」
テーブルシティの店先に並ぶイスとテーブルの一つに座って、さっき露店で買ったアイスを食べていたおれたち。何気ない会話の一つだと思って、何気なく質問に答えたら、セキルが急に瞳をうるうるさせて見つめてくるから驚いて姿勢を正した。ど、どうしたさ?
「……パルデアからいなくなっちゃうの?」
余命宣告を聞いた時みたいな悲しげな声色でそう言われ、あ、ああ……と声がもれる。おれが他の地方へ行くつもりだと言ったから、付き合ったばかりなのにお別れが来ると思って不安になったのだろうか。そっか、そっか。
なんていうか、そんなふうに悲しんでくれるなんて、ちょっと、いや、わや嬉しいな……。
「にへへ、なんだそんなことか……あははっ」
途端に笑い出すおれに、セキルはますます泣きそうな顔になって「なんでわらうの!」と立ち上がる。でも手に持ってたアイスが溶けかけで落ちそうになったのを、慌てて口に含んだせいで変な顔になったから、それがさらにおれの笑いを誘ったことでしばらく肩の震えが止まらなかった。
「ぐすん……私、本気でいやだと思ったのに……スグリくんとおわかれするの……」
「そんな、すぐにパルデアさ出発するつもりはないから、安心してな。最初はそう考えてたってだけで……おれもセキルと一緒にいるの、楽しいから」
「ほんと……?」
本当、本当。
「でも、他の地方のポケモンリーグに行くことは決めてるんでしょ……?だったら、私も一緒に行きたい……でも、アカデミーの卒業単位、まだ全然足りないよ……」
「そっか。んだば、のろのろ学校生活送ってたら、おれ、しびれ切らして置いてっちゃうかもしんねぇな」
「え!?」
なんとなくいじわるが言いたくなって、セキルの鼻の頭をつついてみたら、彼女は心底慌てた様子でおれに「やだ、やだ!」とすがりついてきた。思った通りの反応だ。わやめんこい。
とまあ、こんな会話があったので、セキルは自分がアカデミーを卒業するまでおれにチャンピオンランクになってほしくないようだった。
「だめ、ポケモンリーグ行かないで……」
「んなこと言われたって……おれは行くよ」
「……だって、スグリくんどうせ行ったらすぐ勝っちゃうもん」
「それは……わや嬉しい」
「スグリくん、勝っちゃだめ……ずっと一緒がいい……」
「セキル、離して。一生のお別れなんかじゃないから、ほら」
「……」
「……もしかして、負けちゃった?」
「……」
無反応のおれに、セキルは一瞬だけ嬉しそうに見上げたが、すぐに空気を読んで心配そうにおれの顔を見つめた。よっぽど悲惨な顔をしていたんだろう。ていうか、おれは今とんでもなくイライラしているので
「四天王……には、勝ったの?」
「……」
少し間を置いてうなずいた。
「スグリくん、前に、パルデアのチャンピオンの子は因縁の相手……って言ってたよね」
「……」
「そんなに勝ちたい相手だったんだね」
「ごめ、……ごめんなさい」
「……何が?」
「その、……今朝は、勝っちゃだめ、とか、言っちゃって、ごめんなさい……」
「…………ああ、そのことか」
「いいよ、セキルのせいじゃない」
「でも……」
「そういう意味で言ったんじゃないって、わかってるから」
「うん、でも、ごめんなさい……」
「おれが負けたのが悪いから」
「……スグリくん」
「明日もリーグさ行ってくる。セキル、ごめんな。ちょっとおれ、その辺走ってくるから、先帰ってて。ひとりにして」
「やだ、ひとりにしない」
「……セキル」
「わ、私も一緒に、はしるから!」
「えっ?」
思わず振り返ると、セキルはまっすぐおれを見つめてキリッとした表情で拳を握りしめていた。え、一緒に走る……の?
「マラソン得意じゃないし、すぐ疲れちゃうけど……なんか、スグリくんのこと、なんか、ひとりにしちゃだめな気がする」
「……」
どうしてそう思うんだろう。
「あ、わかった。じゃあ、私のイワンコと一緒に走ってくれる?ほら、出てこーい」
呆然とするおれを前にして、セキルは良いアイデアを思いついたと笑いながら、ボールを投げてイワンコを外に出した。地面に着地したイワンコは、事情も分からないだろうに元気におれたちの周りを走り出し、元気に「ワン!」と吠えている。体力なら有り余ってると言わんばかりの威勢のよさだ。
「ね、スグリくん。やっぱり私のことはいいから、私のイワンコ連れてって。そしたら、無茶しないでしょ?」
「……」
「イワンコなら、スグリくんともきっと余裕で走れるよ。ていうか、追い抜かしちゃうかも。だから、思いっきり走ってきてもいいよ。その代わり、イワンコのことそのへんに置いてきちゃだめだよ。わかった?ちゃんと日付が変わる前に、帰ってくるんだよ。……わかった?」
セキルは一生懸命言葉を選ぶように、そうまくしたてた。どこからどう見てもおれに気を遣っている。そんな彼女の純粋な瞳を見るうちに、緊張感が一気に解れてああ、まいったと頭を抱えた。そして、大きなため息をこぼす。
この子って、相当おれを思ってくれているんだな。自意識過剰?いや、そうだとしても、彼女の目に嘘はない。少なくともおれにはそう思える。それなのに、おれは負けたことにただ心抉られ、そのことばかりに意識を持ってかれて、関係のないセキルに素っ気ない態度をとってしまった。
相変わらず自分は弱いままだ、と思った。広義の意味で。あの時から何も変わってない。今まではバトルにさえ勝てれば他のことはどうでもよかったけど、今は……セキルに対してこんな自分を見せてしまったことが、少し情けないと思った。
下から不思議そうにおれを見上げるイワンコと目が合う。なぁイワンコ、君のご主人、良い人だな?おれ、ちょっと今ので分からせられたかも。
「セキル……ありがとう。元気でた」
「え、今ので?そっか、でも、よかった」
顔をあげると、セキルはただ純粋な笑顔で笑っている。なんか、だめかも。もう認めよう。認めてもいいか?おれ、セキルのこと、好きだ。愛おしい。彼女のことが可愛く思えて仕方がない。付き合って数日なのに、今更?って思うかもだけど、他でもない今、強くそう思った。
なので、おれは耐えきれなくなってその場でセキルを抱きしめた。昨日までは手を繋ぐだけでドキドキしてたのに、なんだか恥ずかしいよりもありがとうのが上回って、そうしたくなったのだ。
セキルは少し驚いたあと、すぐに嬉しそうに腕をまわしてぎゅうっと抱きしめてくれた。それがものすごく嬉しい。温かい。ずっとこうしてたい。一緒にいたいという彼女の気持ちが、今ようやくわかった気がする。
「ねえ、セキル」
「なあに?」
「走るのは、やめた。でもちょっとは風に当たりに行きたいから、一緒にドライブしよう。そしたらセキルもイワンコも一緒に走れるべ」
「え!行く!楽しそう!」
一番負けたくない相手に敗れたあとなのに、こんなに気分が解れるなんて信じられない。ああ、セキルと出会ってよかった。心の底から思う。