命の在処


⚠️特記事項
・R-18G
(がっつり性描写、反社会的描写あり)
・登場人物《全員》ヤバい

※グロくないです。
ただのイチャイチャ回

マフィアなチリちゃんは舌ピもへそピもちくピも開いてる教の信者です。どうぞよろしくお願いいたします。


[newpage]


 襲われている。

「あ、ぅ、……さ、さわっちゃ、やぁ……」

 結局、下着なんか着ても着ていなくてもほとんど変わらないと思わされるような有様だった。だって、そんな、下着の中に手を入れられたら、元々少ししかない布が否が応でもあるべき場所からずれてしまって、たとえば強風に煽られたスカートさながら、もはや身につけている意味もない。
「……っ……チリさ、」
 チリさんは後ろから抱きしめるようにして、私の下着の中に手を入れている。バランスのいい食事を取るようになってから、若干大きくなった気がする胸を、宣言通り、やさしく、やさしく、たいせつに揉みしだいている。
 もっと言えば、肩やお腹や脇腹や、太ももやおしりにも手をすべらせて、さわさわと素肌を撫でている。思い出すのは……初めてここに来た時に、裸で目覚めた時のこと。あの時は恐怖しかなかったけれど、でも今はそれとは少し違う。何が違うって、私に触れる手つきが、変なのだ。

 今日は朝から機嫌のいいチリさんに、急に思いの丈を打ち明けられ、はい?と首を傾げていたら、とことん可愛がらせてもらうわ、なんて押し倒されて、抵抗する暇もなく、これ。
 もちろん、了承した覚えはない。了承のないまま、チリさんは私の体に触れてくるばかりか、突然下着の中に手を突っ込んできた。さすがにびっくりして全力でたいあたりして逃げ出したけど、当然のように確保されてしまうみじめな私。
 今はあぐらをかいたチリさんのうえで、座ってもがいているところ。

「やわっこい……きもちい〜……。現役やないけど年齢的には実質JKの……肌、もちもちや……」
 ……なんだかへんたいおじさんみたいなこと言ってるけど、今日は、私の中の彼女のイメージがことごとく崩されているような気がする。普段はかっこつけた大人のおんなのひとが、頬をゆるゆるに緩ませているところを目撃するとなんとも言えない気持ちになる。
 そんなことより……そんなところをそんなふうに、いやらしい手つきで人に触られることなんか初めてのことで、全身がぞわぞわする。
 チリさんが何をしているのか全然わからない。可愛がるって、どういうことなの?
「あ、……う……」
 チリさんの手が動いた弾みに、ずれた下着が上にあがってくるのを、必死に手で直した。あってもなくても変わらないって言ったけど、やっぱり肌を少しでも隠すものがあるとそれだけで気が紛れる、気がする。
 利き手が痛む今の状況では、抵抗しても簡単にあしらわれるだけ。分かっていても何かをせずにはいられなくて、無事な方の左手でチリさんの手首をひしっと掴む。
 そしたら、押さえをなくした下着がどんどん上にずれてくる。それがいやで、すぐに下着に手を戻す。でもそしたら、チリさんを止められない。片手が使えないからてんやわんやだ。
 泣きそうになりながら訴えた。
「や、やめて、ください……」
「いやや」
 そしたら、思いっきり首を振られた。
「……い、いやじゃないっ」
「そっか。嫌やないか。こうされるの」
「ち、ちがあう……さわるの、いやっ」
「嫌やない。すぐ良くなるで」
「、はぁ……っ?」
 今がもう既に嫌だから、今すぐにやめてほしいのに。変なへりくつを口にしてまで、チリさんの手は止まらない。
 するとそれまで胸を鷲掴んでいた手が、今度は胸のそれぞれの中央に集中して、先端の部分をつまんできた。途端に感覚に変化が生まれ、一懸命首をふる。
「そ、そこ、やだ……っ、いや……」
「嫌やない」
「い、いや、なの……っ」
「嫌や、ないよ」
 チリさんは私のことばを全部否定してくる。いじわる。ぜんぜんやさしくない。でも、触る手つきはすごくやさしい。そのギャップが意味わかんない。
「嫌そうな顔、しとらんもん」
「そんな、の、しらない……っ」
 今私がどんな顔をしているのかなんて考えられない。そんなこと、どうでもいいでしょ。どうでもいいのに、どうしてこんなに体があつくなってくるんだろう。
 チリさんはこうしてる今も手を動かし続けてる。くるくると、胸の突起をいじくっている。つまんだり、ひっぱったり、頭がへんになりそうだ。シーツの上にかかとをこすりつけ、必死にもがく。じわりと目頭が熱くなる。
 耐えられない。
「ち……チリ、さん……っ、やだ」
「なにがや」
「だから、さわるの……!」
「……」
「ね、ねぇえ、……っ、やめて、って……言ってるの……」
「……」
 とうとう返事もしてくれなくなった。
 ひどい。ひどい。やさしいのに、やさしくない。私のこと、大切そうに触ってくるのに、ぜんぜん大切にしてくれない。そのギャップに混乱して、泣いた。
 何を言ってもだめ、という絶望感で頭の中がいっぱいになり、ぽろぽろと涙をこぼした。もうやだ。もうだめ。何かが決壊したみたいに目の前が真っ暗になった。無駄な抵抗だと分かっていても、弱い力でもがいてもがいて、チリさんの腕を振り払う。
「っはな、して……!はなして……ッ!」
 癇癪を起こした子どものように、嗚咽混じりに、言葉にならない声で喚く。泣き喚く。
 もう、これで怒りを買って殺されてもよかった。そんなことより、ここでこの人に屈して自分を押し殺したら、それこそ“自分が死んでしまう”と思った。
 まあ実際はそんな深いことまで考える余裕もなくて、ただ感情に任せてそうしただけなんだけど。
「……タンマ。落ち着きや」
 そうしたら……普段は血も涙もないチリさんでもさすがに情けの心を思い出したのか、パッと手を離してくれた。少し、意外に思った。
 チリさんが私からの単純な要求を受け入れたのは、これが初めてのことだ。以前なら絶対に聞かなかったのに、これもまた、この人の内なる感情が変わったことを示しているのだろうか。
「……、ひっく……っ」
 逃げるように少し距離を置いて、左手の甲で涙をぬぐう。ベッドの端でぐすん、ぐすんと静かにすすり泣く。その間、チリさんは枕元で片膝を立てて頬杖をつきながら、私が落ち着くまで大人しく様子を見ていた。
 その顔には若干反省の色が見えたけれど、まあ心の中まではそうはいかない。
「可愛いなぁ」
「……」
「泣いてるとこ見ると、もっともっとイジメたなるわ」
「……」

 殺してやろうか。

 私は右手の拳を強く握り締めた。
「あかんあかん、“優しく”、やったな今日は。今の忘れて。ほんで、ちょっくら意地悪チリちゃん殺してくるから、待っててな。……んー。ほれ。殺した。今、ぶち殺したで。もうここには優しいチリちゃんしかおらん」
「……」
 へんな、ひと。


 落ちた肩紐や捻れたリボンを直していたら、四つん這いで緑の悪魔がちかづいてきた。
「もう楽にならん?チリちゃん、可愛がりたいだけやのに」
「……」
 やっぱり解放まではしてくれないらしい。チリさんの言う通り、潔く諦めてしまう方が後々は楽なのかもしれない。けれど、ここで素直に言うことを聞くのは癪に障る。むかつく。俯いたままそっぽを向く。
「こっち見て」
「や、」
「ほれ、ほれ」
 ちょん、ちょん。と人差し指で顎の下をつつかれた。何かしら文句を言おうと渋々顔を上げれば……私の目の前には、ふわりとほほえむチリさんが。
 ……あ。予想してた顔と違って、思わず見つめてしまった。
 ぜんぜんいじわるな顔じゃない。いじわるなことを企んでいる顔じゃ、ない。ただの純粋な、ほほえみ。もともと顔がいいから、なんだか天使さまみたいな、女神さまみたいな……そういうものを連想させる、きれいな顔。
 ベッドに垂れ落ちる長くてさらさらな髪の毛を、手でかきあげ、ピアスがいくつも開いた耳にひっかける。まるで、本当のおねえさんみたいな雰囲気で私に笑いかけている。怯える要素なんてないのに、なぜだか逆にこわくなって、声が震えた。
「な、なあに……?」
「……」

 チリさんの、近くで見ると長いまつ毛が、ゆらり、ゆらゆら揺らめいた。

 チリさんは無言のまま私に目配せしたあと、そっと顔を近づけて、むちゅう、と私のくちびるを塞いでしまった。
「う、ぇっ」
 柔らかい感触に目を見開く。今、き、き、キスされた……?思考が中断するなか、一度離れて、また二度目のキスがやってくる。二度目、どころか、三度目、四度目。いっぱいいっぱい、キスしてくる。
 まさかそれがしばらく続くなんて思わなくて、耐えきれずに途中からふいっと顔を逸らしたら手で顔の向きを戻された。
「……っ、……ん、っ」
「……」
 やっぱり無言でキスをされる。顔を両手で包まれてしまえば逃げることも出来ず、ぎゅっと目を閉じて時が過ぎるのを待つ。
 そうして私の気を引いている間に、チリさんは片方だけ手を離し、とうとう、ついにと言うべきか……ブラジャーの中央のホックを器用に外してしまった。
「あ、っ」
 胸の締まりが緩くなったことに気を取られるも、後頭部を押さえつけられていて、永遠に続くキスから逃れられない。唇が触れ合うだけじゃなく、食んだり、時折舌で舐めたり。
 さっきはあんなに抵抗していたのに、胸があらわになったことよりも、今はそっちの方に意識が集中してしまう。

 身動ぎのために体勢を変えようとした時にまた、あっ、と思う。チリさんの隙のない手はいつの間にかパンツの腰紐まで解いていたらしい。少しおしりを浮かせた瞬間に、はらりと布が落ちる感触がして、さすがにパニックになった。
「あ、え、……っあ」
 自分の体を見れば、もう本当の意味で裸も同然だった。紐やレースがかろうじて肩や太ももに引っかかっているだけの状態で、隠れなきゃいけないところはもう全て丸見えになっている。
「や、やぁ……っ」
 焦って手で色んなところを隠す私に、チリさんはくすくすと笑っている。してやったり、と言わんばかりの……けれどやっぱり毒気のない楽しそうな笑顔。
 ひとしきり笑ったあと、また顔がちかづいてきた。また、キス?なんで、そんなに飽きないの……?と思っていたら、今度はいつまで経っても離れてくれなかった。口を塞がれて、舌が割って入ってくる。
 くちゅ、と唾液の絡まる音が口の中から耳に届く。さりげなくまた体を触られながら、キスされてる。おとなのきすってみんなこんななの……?経験も知識もなくて、どうすればいいのかわからなくてほぼ何もできなかったけど、チリさんはそんなことはお構いなしに、好きなだけ私の口の中を楽しんでいた。私の口の端からよだれがこぼれるくらい。
「ん……、っ……」
 なんというか……何もできない人間に対してやり慣れてる感がある。このひと、今までにもこういうことをして来たのかもしれない。
 だって、このひとの舌の上、なんだか冷たくて丸いものが乗っかってる。ぜったい遊び人だ。耳だけでも派手なピアスだなと思ってたけど、こんなところまで穴空いてるんだ。今まで顔や口元をじっと直視したことなんかなかったから、知らなかった。


「はぁ、……はあ、……」
 自分だけ服を着たままのグレーのシャツを握って、ぐったりしながら息を整える。もう自分がはだかであることは考えないようにした。
「少し伸びたやね。髪」
 こっちはこんなに息切れしているのに、平然とした顔でチリさんの手が私の前髪をかきあげる。ついでに額を押され上を向かされ、口の端からこぼれたものを舐めとられた。かたいピアスが肌の上を滑る感触が変なかんじする。
 さっきよりもだいぶ大人しくなった私に、チリさんはまた笑う。だから、その顔なんなの。そんな顔ができるなら、最初からそんなふうに笑ってほしかった。人をむやみに怖がらせるな。

「……決めた。やっぱ、チリちゃんだけのもんにしよ」



 

 身体中の全神経が絆されたように、熱くて、熱くて、とろけそうだ。

 そうするのが好きなのか、それとも体勢的に楽だからそうしているのか、やっぱり後ろから抱きしめるように私の体を拘束して、足の間の、あそこ、に、中指を、すべらせている。
 いつのまにか、自分でも知らないうちに糸を引くほど濡れていて、またパニックになった。私の体、へんになっちゃった。
「やだ、やだ……」
「いややない」
「も、それいいから……っ」
「うるさいお口はこうやで」
 また。顎を持たれて後ろを向かされ、口を塞がれた。当然その間にも指は動いて、敏感なところに優しい刺激を与えている。胸を触られていた時とは比べ物にならないほど、体が動いた。足を閉じても太ももの隙間は埋まることなく、チリさんの手は自由なままだ。
「ん、や、だぁ……へ、へん、に、なっちゃう……っ」
「変やないよ。可愛い体しとる」
 これならさっきの方がマシだった。自分のじゃなくなったみたいに全身がふわふわして、お空に飛んでいきそうになったから、チリさんの腕をぎゅっと握る。無意識に爪を立てても、怒られなかった。そればかりか、本人はとっても楽しそうだ。
「きもちいい?」
「ち、ちが、う……っ」
「怖がらんでええよ。すぐに良くなる。変なとこなんて何一つない。このチリちゃんにまかせてや」
 何言ってるの、ぜんぜんよくない。へんなことばかり。こわい。
「気になるんならチリちゃんの顔見てて」
「……っ、うう」
「こわい?でも、痛くないやろ?」
「……う、ん」
「な?なら、あと少しだけ……気張れる?」
 耳元で囁かれ、背中がぞくぞくと震えた。今でいっぱいいっぱいなのに、がんばれる?なんて嫌な質問。でも少しだけ?本当に少しだけ?……少しだけ、なら。
「えらい子やね」
 口を閉じたことを肯定と認めて、頭を撫でてきた。こんなふうに誰かに褒められたのは初めてのことで、少し嬉しかった。

 とろとろのへんな液体をあそこに塗りたくる中指。……と、薬指も増えた。その二本の指はしばらくの間ただ上下に動くだけだったけど、そこから徐々に上の方へきた瞬間に、勝手に足が浮いた。びくっとふるえた。
「っあ、え……っ?」
「ここな、女の子の敏感なとこ」
 ぜんぶ、びんかんだったけど?
 でも確かに、そこの付近では今までとは比べ物にならないくらい強い刺激が私を待ち受けていた。反応をみながら、ゆっくりと時間をかけてほぐしていくチリさんの指。だんだん、確実にそこの近くを攻められている感覚がする。
「……や、やだぁ……っ」
「嫌やない」
「……ぅ、……」
 今日は何度このやり取りを交わしたんだろう。もう嫌がるのも嫌になってくる。
 でもそうでもしないとどうにかってしまいそうで、断続的に強くなる刺激に頭を振った。このひと、ちょっと楽しんでる。
「ぁ、あ……っひゃ、う……っ」
「かわいいなぁ」
 だんだんと頭がぼんやりとしてきた。さっきので涙腺がゆるくなり、涙が出るのは当たり前。へんな感覚と同時に、このままどうなってしまうんだろうという恐怖心が芽生えた。
 チリさんの服を掴んだ。
「や、だ、……こ、こわい……っ、こわい、い……」
「怖くない、怖くない」
 暴れる私の胴体に、チリさんの腕が力強く巻きついてきた。
「っ、うぇ、……ひっく、やだ、やだぁ……っ」
「一人やないよ。チリちゃんがちゃんと見てるから」

 指をぐぐ、と押し付けられたところで、
 頭が真っ白になった。
「ん、……っ〜〜〜!っはぁ、……っぁ」
 な、なあに、いまの?足ががくがく震えて、一瞬意識が飛んだかと思った。これまで私の体に現れていた反応の中で、群を抜いて様子が違った。呆然とする私に、チリさんは頭を撫でて頬ずりしてくる。
「いい子、いい子。今の感覚、忘れるんやないで」
 私の足、未だにがくがく震えてる。チリさんの指は少し名残惜しそうに離れていった。濡れたままの手で太ももをなでてくる。
「……ぅ、あ……」
 おわった……のかな。チリさんはゆっくり瞬きを繰り返す私の体を寝かせると、そのまま抱き枕みたいに抱きしめて、しばらく何も言わずに寄り添い、頭を撫でていた。
 あたたかかった。

 おちていく感覚がした。


[newpage]


「チリさん……ま、待って」
「ん?」
「その……、あの……。……き、今日は、いつ帰ってきますか」
 お仕事へ向かうチリさんは、たまに何も言わずに出ていくことがある。そういう時は決まって私が寝過ごしている時か、寝ぼけている時なんだけど。
 準備する物音にうっすらを目を開けて、寝癖を付けたまま玄関へ向かうと、チリさんは上着を肩に担いでドアノブに手をかけたところだった。
「んー、まあ、太陽が沈んだ頃やな」
 ……ってその時は言っていたのに、窓の外が真っ暗になってもチリさんは一向に帰ってこない。ごはんも一人で食べてしまった。お風呂も入った。待ちくたびれた。やることがない。
「……」
 ねむい。

 ようやく玄関の扉が開いたのは、リビングのソファーのチリさんの席で体育座りをしてうとうとしていた時で。気配もなく背後に近づいていたチリさんに、頭からジャケットを被せられてハッとした。
「……あ、お、おかえりなさい」
「ただいま」
「おそかった、ですね」
「夜になるって言うたやろ」
「……もう日付こえてるもん」
「夜は夜やもん」
 そうは言っても、おそすぎるもん。「日没する頃」って言い方してたじゃん。
 チリさんから受け取ったジャケットを抱きしめていたら、あっちの方でポケットに片手を突っ込み、片手を広げながら「本物はこっちやで」と言うチリさん。立ち上がっておそるおそる近づいたら、ぎゅうう、と片腕で抱きしめられた。わあ。
「随分と甘え上手になったなぁ」
「……べつに、甘えてないもん」
「ふーん」
 一度離れたチリさんは、私の顔の前で人差し指をくいくいっと動かした。それにつられて上を向いたら、唇を塞がれた。
 ちゅう、された。
「……う」
「おまたせ。ほな、もう寝る時間やで」
 手を引かれて寝室へ。これまでは入れなかった、チリさんの寝室。もう一緒に寝てるからほとんど自分の部屋だ。
 ベッドに入りふとんをかぶったら、チリさんはお仕事着のままへりに腰をおろす。
「まだ、ねないの?」
「その前に、風呂入らせて。小腹も空いたわ」
「ふーん」
 ふいっと反対側の方を向いて顔のところまでふとんをひっぱる。目を閉じたところで、こめかみのところに柔らかいのが押し付けられた。チリさんの優しい弾丸は、それだけで待ちくたびれた不満などかき消し、私の心を癒し撃ち抜いた。





「……初めまして。アオキ、と言う者です」

 今日はチリさんに連れられて、最上階の展望台にある例のカフェ……ではなく、その一つ下の階にある和風のレストランに来ていた。
 そこの店員さんたち(この普通そうな顔をして働いている人たちもみんな組織の人なのだ)は、チリさんの顔を見た途端にそれはそれは丁寧にお辞儀をした。そして決まった段取りであるかのように、すばやく個室に通される私たち。
「さあこちらへ。本日はどうぞ、心ゆくまでおくつろぎくださいませ」
「どーも」
 私もとっくに顔が知られているようで、初めて組織の知らない人からそれが常識であるかのように名前に敬称をつけて呼ばれた時は、驚いて返事をすることもできなかった。
 それももう昔の話で、二ヶ月も経てば今はもうなんなくお辞儀をするくらいには慣れたものだ。……まだむず痒いけど。

 通された個室に入った時には、既に豪勢な料理がテーブルに並べらていた。いつもそうだからそこにはべつ驚かないけれど、すぐにおかしな点に気づく。
「……?」
 あれ、これ二人分じゃないな。もう一人分、多い。それに、いつもならチリさんはテーブルに対して向かい合わせに座るのに、今日は私の隣に座ってくる。
 お座敷席なので、あぐらをかいたチリさんの長い脚が邪魔で、手でぐいっと押しのけた。仕返しにわあっ!と脅かされ首を締められた。
「脚くらい我慢せえよ」
「……げほ」
 誰か、来るのかな。そんな話は聞いていないけど。チリさん、いつもならなんでもかんでもお喋りするのに、サプライズか何かかな?
 そんな予想を立てたところで、タイミングよくコンコンコンとノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ〜。開いてますよ」
「?」
 チリさんが、敬語?かと思えば、中に入ってきたのは店員さんより一般人みたいなオーラを纏う男性で、首を傾げた。もしかしたらこれまでに街のどこかですれ違ったこともあるかもしれない、そんな雰囲気の人。
 でも、どう考えたって普通の人じゃなかった。だってチリさんが敬礼するみたいに手を上げて、「お久しぶりです〜」と挨拶してるんだから。誰かわかんないけど……私もつられてぺこりとお辞儀をした。そしたら、お辞儀をかえしてくれた。……うーん、良い人そう。
「この人、アオキさん。幹部の一人や」
「どうも……アオキです」
「忙しい人やからなかなか会わせられんくてな。今日少し時間あるって言うから、食事誘ったら来てくれたんや。ここの店を条件に」
 なるほど、幹部のかたでしたか。チリさんはハッサクさんにも敬語だから腑に落ちた。


 ここで、突然ですが。
 この組織にはボスの下に四人の幹部がいて、その下に八人の準幹部がいて……また、他にも色々な専門分野を取り扱う特別な立ち位置にいる構成員が何人か存在する。彼らが組織を運営する上での主要メンバーというわけだ。
 チリさんは例外的に組織のお仕事だけをやっているようだが、本来はそれぞれが全員普通の“表職”を持っており、中には世界的に顔を知られている有名人もいるそう。
 今私が分かっているのは……

ボタンさん:?《情報屋》
ミモザ先生:高校の養護教諭《医者》
リップさん:モデル兼ブランド運営《準幹部》
サワロさん:小学校の教員《構成員の栄養管理》
ハッサクさん:大学の教授《幹部》
ポピー?さん:謎
オモダカさん:謎
シュウメイ?さん:デザイナー《オシャレ担当?》

ボス:世界的に有名なグループ会社の代表取締役、CEO《ボス》

 このくらいだろうか。
 他にもチリさんとの会話の端々で色んな人の名前が出たこともあるかもしれないが、私の記憶力ではとりあえずこのへんだ。
 で、何が言いたいかというと。
 アオキ……さんって、そういえば、チリさんがあの日電話に向かってそう名前を呼んでいなかったっけ?そうだ、あの時も敬語だったよな。そうだそうだ、普段は口の悪いチリさんの、珍しい敬語に聞き覚えがあったのだ。今、ふわっときた記憶が浮上してきた。

アオキさん:一般会社員《幹部》

 あの日。チリさんはターゲットが既に死んでいるという不可思議な状況に直面した時、他の誰でもなくこの人に電話をかけた。なにか、特別な繋がりでもあるのかな。それとも……信頼に厚い人なのかもしれない。

「普段は一人でここに出入りしているんですが、……まあ、たまにはこういうのも、悪くないと思いまして」
 アオキさんはスーツの上着を脱いで自分でハンガーにかけると、向かいの席に座り、ネクタイを緩めた。ふつうの会社員って感じの仕草だ。
 そして、それぞれ「いただきます」をして食べ始める私たち。知らない人がいると緊張するものだけど、不思議と今は普通だった。
 アオキさんがこちらのことなんて気にもせず、ただ食べることに集中しているからかもしれない。なんだか見つめてしまう。
「良い食いっぷり。もしかしてやけど、チリちゃんに奢られるつもりで来はったんですか?抜け目ないわ〜」
「いえ、そんな。ただ料理を味わっているだけですので、お気になさらず。むしろ、ここは自分が」
「えーほんまですか!?いやいや、誘ったのうちやから、そこまでしてもらわなくても」
「いいんです。元々そのつもりで応じましたので。それに、積もる話もありますから」
 その発言は、単に同じ幹部であるチリさんに向けて発せられたものだと思って、気にも止めなかった。しかし、その次の発言にはさすがに箸の手を止めた。そのくらい衝撃的なものだった。

「……あなたは母親にそっくりですね」

 ?

 一瞬、誰に対して言っているのか分からなかったけど、アオキさんの視線がじっと私を向いているから、首を傾げた。
「……?」
 アオキさんを見つめ返す。
「その……『自分いつでも殺れます』、とでも言わんばかりの目が、母親そっくり」
「……え?」
 動揺してチリさんの方を見ると、じいっと瞳を見つめられた。
「そうか?そないなこと言うてもなぁ、くりくりしてて可愛いだけですよ」
「いえ、今のは、ただの表現ですので」
「あ、そうなん。自分、アオキさんのこと憎んでんのかと思たわ」
「まさか、初対面ですよ我々は」
 そうだ。初対面だ。私は今初めてアオキさんと出会った。
 けれど、彼は……この人は。
「母を、知っているんですか……?」
「はい。僭越ながら……直属の上司という立場でしたので」

 …………ええ?

 頭にたくさんハテナを浮かべる私を見て、ほんの少しだけアオキさんの口角があがる。あんまり笑わなさそうな人なのに、そんなに私の顔が面白かったのだろうか。

 母。いつも家に居座っていた父とは逆に、家にはほとんどいなかった。外で何をしていたのかは、教えてくれなかったから全然分かっていなかった。
 母は優しかった。優しかったと思う。たまに帰ってくると、私の頭にぽんぽんと手を置いて、最低限のゴミを片付けて、またすぐにどこかへ出かけていった母。
 寂しい思いをするのは当たり前だった。当たり前だったから、そういうものなのだと思って気にしないように生きていた。
 けれど、死んだら死んだで、間接的に私の心にモヤモヤを遺してしまうんだから……母はそれだけ自分の中で大きな存在だったのだろう。死んでから気がついた。でも死んだらもう、それで終わりだ。

 アオキさんは語り出す。
「彼女は大変優秀で……部下として重宝しておりましたが、一年と半年ほど前に弊組織から除名する運びとなりました。すなわち」

 組織に殺された。

「アオキ……さんが、始末した……ってことですか」
「……正確には、別の部下に指示して暗殺させたのですが」
「暗殺……」
「ええ。交通事故に見せかけて」
 交通事故って、見せかけることができるのだろうか。よく分からないが、一年くらい前に母が車に轢かれて死ぬ現場なら、私もこの目で見ている。
 珍しく家の外であの人を見かけて、声をかけようと後を追いかけたら車が突っ込んできたのだ。加害者は捕まってそのまま拘置所行きになったと思う。よく覚えてないから、わかんない。そもそも、毎日生きるのに必死だったから、母が死んだという一大イベントのことなんか、今更頭から抜けていた。

「へえ……はあ……。そう、だったんですか。あの、チリさんは、知っていましたか?このこと……私、結構びっくりなんですけど」
 母はてっきり夜のお仕事をしているのかと思っていた。娘の私から見ても身綺麗にしていたし。帰ってくる度に生活費を置いていったから。……まあほとんど父の懐に消えたが。
 隣で食事を続けながら話を聞いているチリさんに視線をやる。
「そういや、あんたの家に行く前にアオキさんから聞いた気がせんでもないけど、今の今まで忘れとったわ」
「……」
 お喋りなチリさんでも母のことについては何も言及しなかった理由に納得。
 へえ、あの人、そんなに危ない仕事をしていたんだ。普通そうにしていたのに。頑なに仕事のことを話さなかったのは、そういうこと。
 感心しながら箸を動かす私。アオキさんは、そんな私のことを見つめている。何か話し足りないことがあったのだろうか。
「気になりませんか?」
「……何が、ですか?」
「あなたの母親が、暗殺された理由です」
「ああ……」
 そういえば、ただ除名になったとしか言っていなかったっけ。
「自分の部下でありながら……同じ組織の人員でありながら。どうして殺したのか」
 マフィアが仲間を殺す理由?うーん、と頭を捻って考える。これは一般論だけど、

「そんなの……母が組織にとっての“ゴミ”になったから、じゃないんですか?」

「……」
 なに、この沈黙。
「なっはっは!だから、やめっ、あんたいきなり、笑わすな!この!」
 急にチリさんにバシバシバシバシ背中を叩かれた。いたい。いたすぎる。やめて。
「まあ、その通りですが。他人事のように言うんですね。なかなか面白い」
「せやろ〜?この子おもろいねん。チリちゃんのやから、くれって言われてもあげへんで」
「べつに、いりませんけど」
「いらんやって!?こんなに可愛いのに!?アオキさんの目は節穴か!?」
「……はあ、そうですかね」
 さわぐチリさんを一瞥したアオキさんは、すごくめんどくさそうな顔をしていた。なんだか面白くて吹き出してしまう。あと、チリさんのことは軽くどついて黙らせた。仕返しに首を締められた。なんなの。

 げほげほ咳き込む私。アオキさんの方に向き直って、尋ねてみる。
「じゃあ、聞きますけど……なんだったんですか?その、理由って」
「ええ、はい。簡単なことです。彼女は常日頃から組織の資金を横領していました。と言っても、些細な額だったのですが、ボスはそれを反逆行為とみなし……」
 職場のお金を盗むなんて、大胆な人だ。ていうか、マフィアの人が何か大事な仕事でミスを犯したわけでもなくお金を盗んだくらいで殺されてしまうなんて、滑稽な話である。
「本当は……人手が減ると困るので見逃したかったのですが、まあ仕方ありませんね。ボスの命令を無視するわけには参りません」
「アオキさんはあの人の言いなりですもんな」
「……」
「いやいや、べつに、バカにしてませんけど」
「……」
 アオキさんは、あなたもボスの言いなりなんじゃ?という目をしていた。この二人、仲良さそうだな……。

「でも、納得いきました。……母がたまにどこかからたくさんのお金を貰ってきていたのは、そういうことだったんですね」
 食費も、生活費も、学費だって。
 たぶん……私の制服も、そのお金で。
 死ぬほど貧乏だった私が高校まで行けたのは、何も奨学金と生活保護のおかげだけではなかった、という話。
 もちろん、余計にお金のかかる修学旅行やイベント事などには何一つ出席できなかったけれど……そんなことはどうでもいい。今となっては些細なことだ。
 なんだ、私は最初からこの組織に生かされていたのだ。今に始まったことではなかった。

 私の命は最初からここにあったのだ。

 ふと、思い至る。
 ただの一般人であった父がどうして組織の情報を盗んだのか、またどうしてそんなことができたのか。その理由がまだ判明していなかった。
 しかし、母が組織の人間であったという事実を並べると、一気に状況が変わる。
「もしかして、父は知っていたのでしょうか」
「その可能性が高いでしょうね」
 目的語を言わなかったのに、アオキさんは頷いた。話の文脈から母のことについてだとすぐに察してくれたようだ。
「もしくは、勘づいていただけかもしれません。交通事故という手法を選んだのは、警察を欺くためではなく……目撃者を多数用意することで、あなた方遺族に不審がられないようにするためだったのですが」
 たしかに、ちっとも不審に思わなかった。
「あなたの父親は、妻の死に違和感を覚えたのかもしれない。そして……どこからか組織の情報を掴み、仲間を集い、犯行に及んだ」
「……」
 そこまでして、何故。
「現に、持ち出された情報は組織の構成員リストです。あなたの母親の名前も、そこに記されています」
 手段は分かったにしても、結局動機のほうは分からないまま。
 父はいったい何を考えていたのだろう。危険を犯してまで得たものが、金ではなく、構成員リスト?何を知りたかったのだろう。尋ねようにも、もう私が殺してしまったからそれは不可能だ。まあ、あの世へ行けば聞けるかも。全く興味も湧かないが。
 反社会的な生活をしていた二人だ。どうせ両方とも地獄へ堕ちたことだろう。今頃はあの世で再会しているのかもしれない。
「……」
 それを言うなら、私もか。私も……死んだら地獄であの人たちと再会することになるのだ。そんなの、今更気まずい。死にたくない理由が増えた。

「にしても……ボス、当時のことよう許したなぁ。普通裏切り者は家族もろとも皆殺しにするもんやないんですか?」
「……当時、激務だったもので、少しでも負担を減らそうと……。いえ、言い訳ですね。認めましょう、自分のミスです。おかげで情報の流出を許してしまったのですから」
 このひと、一年半前、私を殺しそびれたことを私の目の前で懺悔している。
「しかし、この子が生きていたお陰で先日のあなたの仕事が一つ減ったんですから、結果オーライじゃないですか。そういうことにしておいてください」
「なっはっは。それもそうですね。じゃ、感謝しときますわ。ほれ、自分も言うことあるやろ」
「いたっ」
 考えごとをしていたら、背中をバシッと叩かれた。ええ……?なんのこと?
「ほれ、『一年半前、私を見逃してくれてありがとうございます』は?」
「え?えっと……い、一年半前、私を見逃してくれて、ありがとうございます……?」
「……いえ、礼を言われるほどのことじゃ」

 なんの会話をしているんだろう、私たち。





「さーて、これで四幹部全員対面できたことやし、本格的にうちらの仲間入りやな。もう楽には生きられへんで」
 食事を終え、部屋のソファーでダラダラする私たち。チリさんは私のことをぬいぐるみみたいに後ろから抱きしめてくる。
 やっぱりこの体勢が好きなのかな。さりげなく胸に伸びた手をはたきおとしたら、こめかみのところにキスされた。不意をつかれた……首締められるかと思ったのに。
「四幹部って……あと一人足りないんじゃ」
 1、2と指折り数える私。チリさんと、ハッサクさんと、今日会ったアオキ……さん。
「ポピーのこと、抜けてるんやろ」
「……?」
「一度この部屋に遊びに来たやろ?言っとくけど、この建物は元々セキュリティえぐいから、あの日に限ってチリちゃんが戸締りしくったわけやないからな。勘違いするんやないで」
「……?」
「単純にあの子がピッキング得意ってだけで……ほれ、天使みたいに可愛くて、おめめくりくりで。そんで、あとは……首からでっかいもんぶら下げとったやろ。なんや知らんポーチみたいなやつ」
「……」
 だんだんと、思い当たる姿が頭に浮かんできて、ぽかんと口を開けた。そんな私に構わずペラペラとしゃべり続けるチリさん。
「ポピー、アレいつも肌身離さず持ち歩いてるから、チリちゃんはあの中に仕事道具やらなんや大事なもんが仕舞われてるんやないかと踏んどるんやけど……実際のところはどうやろな。……うん?思い出せん?分かるやろ?あの、ちっこい子やで」

え、あの子幹部なの?


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