「ねえ、はるかちゃんってさあ……」
美術コースの人間でも美術部の人間でもなく、将来美術系の学校を目指しているわけでもないのに、しょっちゅう美術室に入り浸ってはデザイン画を描く変人がこの私である。
**高校の奇人の集まりとも言われる服飾コースに通って早三年目、環境のおかげで周囲の目を気にせず自分の好きな服装をするようになったから、校内では結構“奇抜だなんだ”と噂されていることも少なくないようだけど……そんな私にも負けず劣らず噂の中心になる男の子がもう一人、この美術室に存在している。
「なんや?そない不穏な顔して」
そうそう、橋田悠その人だ。
「ずっと前からおもってたんだけどさ……」
そりゃあ男の子で三つ編みで大男って注目もされるよなあ。何故か知らないけど色んなコースの人と学年問わず仲良いし。結構な有名人だと思う。……何回か、可愛い女の子から告白されてるところ見たことあるし。
「おかしいなあ、僕なんかしたっけ?全然覚えないんやけど」
油絵で美大を目指すらしい彼は、受験生となった高校三年生の春も毎日のように美術室で絵を描いている。予備校もあるから、もっとずっと多くの枚数を描きこなしているようだ。そういう私も、進学先に決めた服飾専門学校のAO入試のためのデザイン画案を進めているところなのだけれど。
多くの絵描きがするように、自分の絵を離れたところから眺めるはるかちゃん。夏も近づいてきたから白衣の袖をまくって、何かを考えるようにく首を斜めに傾けている。
そんなはるかちゃんが履いている平たい革靴を見て、私は思わず悪態をついた。
「はるかちゃんって、ほんっとうにそういうところあるよね」
「いや、何がやねん」
広げていた用紙を一旦端によけ、べちゃりと机に突っ伏す私。
「……もうやだなあ」
「どうしたん、さっきから」
「……」
「ニアちゃん?」
彼が近づいてくる音がする。べつにはるかちゃんの絵の邪魔をしたいわけじゃないのに、小さなことでうだうだ文句を言う私って本当にめんどくさい女。
それなのに彼は面倒くさがらず話を聞こうとしてくれるから、余計に情けない気分になってしまう。
「なあ、ニアちゃ」
「はるかちゃんってさ……私なんかが隣で歩いてて恥ずかしくないの?」
重たい空気を感じた。
思ったことをそのまま声に出したのがまずかった。いくら受験生で気が滅入ってるからと言って。さすがに不穏すぎるな、この言葉選びは。
「……どういう意味や?」
「……なんでもない」
「なんでもないわけないやろ」
はるかちゃんから遠ざかるように、突っ伏したまま体を丸める。
「だって、」
「なんや?」
「だって、はるかちゃんばっかり」
「うん」
「はるかちゃんばっかり身長のびるんだもん!もう私みじめで隣あるけない……もうやだ」
頭上から大きな大きなため息が聞こえた。
「……ニアちゃんって、そういうところあるよなあ」
「そういうところってどこよ!」
「ええ?めっちゃ可愛いとこ?」
「話逸らさないで!」
「おお危ない危ない」
立ち上がってはるかちゃんに殴りかかろうとしたら、急に動いたからかバランスを崩してまんまと抱きとめられた。彼の包容力のある腕に。
そして、教室に誰もいないのをいいことにそのまま思いっきり抱きしめられた。頭にあごを乗せられぎゅうと体重をかけられ、「わあ」と後ろに倒れそうになるのを彼の手で支えられるこの変な体勢。
「僕はどんなニアちゃんも好きやけどなあ」
「……」
……絵の具の匂いがする。
ていうかそんなに押し付けられたら彼の自慢の白衣に紅がつく、紅が。
「言ったっけ?僕、こないだの身体測定からまた1cm伸びたんよ」
「げ」
思わず顔を上げたら、よほど面白い顔をしていたのかはるかちゃんは「んふ、んふふ」と気味の悪い声で笑い始めた。何この人。
「でかすぎ」
「せやねえ」
ためしに机に置いてあった30cm定規を頭の上に立ててみても、彼の脳天には届かない。きちんと背比べしたら私の目線は彼の鎖骨より下なのだ。振る舞いに気を使わないと、妹か、はたまた娘に間違われるレベル。
「不満そうな顔やね」
「だって」
「だって?」
「はるかちゃんだけ身長制限に引っかかって遊園地の乗り物一緒に乗れなくなったらやだ」
「は〜あ。ニアちゃんってなんでこんなに可愛いんやろ。よしよし」
ムカついてタコ殴りにしたら悦ばれたので色々と後悔した。
「ニアちゃん、ちゅーしよ」
「……」
「ほら、はよ」
「……はよ?」
「いつも僕からやん。たまにはニアちゃんの方からしてくれん?」
「……うええ、わかった」
あのね、はるかちゃんは自分が可愛いってことをもっと自覚した方がいいと思う。そんな顔しておねだりされたら頷くしかないじゃん。
仕方なく了承してはるかちゃんの両肩を下へ下へ押さえるも、彼は私を見下ろしたまま直立不動で微動だにしない。この人……絶対楽しんでるじゃん。
たしかに私、はるかちゃんは背が高いのに割と姿勢がいいところが好きなポイントではあるけれど。そっちが屈んでくれないと私が背伸びするだけでは一生届かないのに。
こうなったら椅子に乗るまでだ。
「あ!ズルやんそんなん」
「何言ってるの、はるかちゃんの存在がそもそもズルなんじゃん」
三つ編みを掴んで鞭を打つみたいにぺしぺししたら、「激しいなあ」と言いながら何故か笑うはるかちゃん。なんで嬉しそうなの。これSMプレイじゃないんですけど。
美術コースの人間でも美術部の人間でもなく、将来美術系の学校を目指しているわけでもないのに、しょっちゅう美術室に入り浸ってはデザイン画を描く変人がこの私である。
**高校の奇人の集まりとも言われる服飾コースに通って早三年目、環境のおかげで周囲の目を気にせず自分の好きな服装をするようになったから、校内では結構“奇抜だなんだ”と噂されていることも少なくないようだけど……そんな私にも負けず劣らず噂の中心になる男の子がもう一人、この美術室に存在している。
「なんや?そない不穏な顔して」
そうそう、橋田悠その人だ。
「ずっと前からおもってたんだけどさ……」
そりゃあ男の子で三つ編みで大男って注目もされるよなあ。何故か知らないけど色んなコースの人と学年問わず仲良いし。結構な有名人だと思う。……何回か、可愛い女の子から告白されてるところ見たことあるし。
「おかしいなあ、僕なんかしたっけ?全然覚えないんやけど」
油絵で美大を目指すらしい彼は、受験生となった高校三年生の春も毎日のように美術室で絵を描いている。予備校もあるから、もっとずっと多くの枚数を描きこなしているようだ。そういう私も、進学先に決めた服飾専門学校のAO入試のためのデザイン画案を進めているところなのだけれど。
多くの絵描きがするように、自分の絵を離れたところから眺めるはるかちゃん。夏も近づいてきたから白衣の袖をまくって、何かを考えるようにく首を斜めに傾けている。
そんなはるかちゃんが履いている平たい革靴を見て、私は思わず悪態をついた。
「はるかちゃんって、ほんっとうにそういうところあるよね」
「いや、何がやねん」
広げていた用紙を一旦端によけ、べちゃりと机に突っ伏す私。
「……もうやだなあ」
「どうしたん、さっきから」
「……」
「ニアちゃん?」
彼が近づいてくる音がする。べつにはるかちゃんの絵の邪魔をしたいわけじゃないのに、小さなことでうだうだ文句を言う私って本当にめんどくさい女。
それなのに彼は面倒くさがらず話を聞こうとしてくれるから、余計に情けない気分になってしまう。
「なあ、ニアちゃ」
「はるかちゃんってさ……私なんかが隣で歩いてて恥ずかしくないの?」
重たい空気を感じた。
思ったことをそのまま声に出したのがまずかった。いくら受験生で気が滅入ってるからと言って。さすがに不穏すぎるな、この言葉選びは。
「……どういう意味や?」
「……なんでもない」
「なんでもないわけないやろ」
はるかちゃんから遠ざかるように、突っ伏したまま体を丸める。
「だって、」
「なんや?」
「だって、はるかちゃんばっかり」
「うん」
「はるかちゃんばっかり身長のびるんだもん!もう私みじめで隣あるけない……もうやだ」
頭上から大きな大きなため息が聞こえた。
「……ニアちゃんって、そういうところあるよなあ」
「そういうところってどこよ!」
「ええ?めっちゃ可愛いとこ?」
「話逸らさないで!」
「おお危ない危ない」
立ち上がってはるかちゃんに殴りかかろうとしたら、急に動いたからかバランスを崩してまんまと抱きとめられた。彼の包容力のある腕に。
そして、教室に誰もいないのをいいことにそのまま思いっきり抱きしめられた。頭にあごを乗せられぎゅうと体重をかけられ、「わあ」と後ろに倒れそうになるのを彼の手で支えられるこの変な体勢。
「僕はどんなニアちゃんも好きやけどなあ」
「……」
……絵の具の匂いがする。
ていうかそんなに押し付けられたら彼の自慢の白衣に紅がつく、紅が。
「言ったっけ?僕、こないだの身体測定からまた1cm伸びたんよ」
「げ」
思わず顔を上げたら、よほど面白い顔をしていたのかはるかちゃんは「んふ、んふふ」と気味の悪い声で笑い始めた。何この人。
「でかすぎ」
「せやねえ」
ためしに机に置いてあった30cm定規を頭の上に立ててみても、彼の脳天には届かない。きちんと背比べしたら私の目線は彼の鎖骨より下なのだ。振る舞いに気を使わないと、妹か、はたまた娘に間違われるレベル。
「不満そうな顔やね」
「だって」
「だって?」
「はるかちゃんだけ身長制限に引っかかって遊園地の乗り物一緒に乗れなくなったらやだ」
「は〜あ。ニアちゃんってなんでこんなに可愛いんやろ。よしよし」
ムカついてタコ殴りにしたら悦ばれたので色々と後悔した。
「ニアちゃん、ちゅーしよ」
「……」
「ほら、はよ」
「……はよ?」
「いつも僕からやん。たまにはニアちゃんの方からしてくれん?」
「……うええ、わかった」
あのね、はるかちゃんは自分が可愛いってことをもっと自覚した方がいいと思う。そんな顔しておねだりされたら頷くしかないじゃん。
仕方なく了承してはるかちゃんの両肩を下へ下へ押さえるも、彼は私を見下ろしたまま直立不動で微動だにしない。この人……絶対楽しんでるじゃん。
たしかに私、はるかちゃんは背が高いのに割と姿勢がいいところが好きなポイントではあるけれど。そっちが屈んでくれないと私が背伸びするだけでは一生届かないのに。
こうなったら椅子に乗るまでだ。
「あ!ズルやんそんなん」
「何言ってるの、はるかちゃんの存在がそもそもズルなんじゃん」
三つ編みを掴んで鞭を打つみたいにぺしぺししたら、「激しいなあ」と言いながら何故か笑うはるかちゃん。なんで嬉しそうなの。これSMプレイじゃないんですけど。