07


春がすっかり終わりを告げ、外を歩けば若干汗ばむ微妙な季節の幕開け。この時期、年度が始まってから初めてやってくるイベント……ずばり体育祭が近づいてきた。
体育祭といえば運動が得意な人による運動が得意な人のためのイベントだと思われがちだが、この高校においてはそうではない。運動が苦手な人が多い音楽、美術、服飾これら芸術コースもばりばり活躍する(されられる)かなり面倒なイベントだ。

「あおちゃん今年何組だっけ?」
「青組だよ」
「へえ〜覚えやすくていいね。あたし赤だから別だ。そっちは色T進んでる?」
「い、一応……」

音楽コースは当日の開会式のファンファーレや応援団の鼓笛隊などで、ほぼ一日中演奏するのがお仕事。もちろんそれもかなりキツいのだろうけど、美術と服飾は彼らとは違い事前準備が大変なのだ。
我ら服飾コースは、体育祭の目玉種目である色対抗別・応援ダンスで使う衣装の制作をするのが仕事。これがどういうものなのかというと、文字通り色ごとにそれぞれ自前の衣装を用意して、大人数でダンスをするというもの。参加するのは希望者だけだが、毎年割と参加率が高いのである。その人数分だけ衣装を用意しなければならないので、まあ大変といえば大変だ。

「おつかれさん」
「う〜わ〜!はるかちゃんナイスタイミング手伝って!」
「あ、職人モードのニアちゃんや」

まあ、衣装といっても一から作るわけではなく土台となるTシャツを外注してそれらに装飾していくだけの代物だ。お代も参加者自身が持つので、そういう負担はかからない。ただしなにぶん数が多いから、作業できる人手は多いほうがいい。
……美術コースは美術コースで大変みたいだけど、はるかちゃんなんでここにいるんだろう。もしかしてサボり?

「いやあ〜今年の美術コースの一年がめっちゃ優秀でな?やる気ありまくりで僕らの仕事全部なくなってしもうて」
「はあ〜?こっちの一年生は例年通り仕事が遅いんですけど〜???まあ私らの代よりはマシですが」
「ああニアちゃん……そないにイライラしとったら可愛い顔が台無しやで」
「……」

彼のこういう発言は入学当初は周囲がザワついたものだが、今となってはもう苦笑いされるだけなので私もあまり気にしなくなった。一緒に作業を進めていた、青組の服飾コースの二年と三年の輪の中に入る美術コースの大男。何も知らない人間からしたらかなり異質な空間だが、もはや誰も気にもとめない。いい環境だ。
あーあ、さすがに疲れたな。ちょっと小休憩。

「なあ、僕何すればいいん」
「膝かして」
「え?」

はるかちゃんが隣に座った瞬間に、彼の太ももの上に倒れ込んだ。なんていい高さのいい枕。このまま五分だけ寝させてもらおう。

「……よっぽど疲れてるんや」
「橋田聞いてないの?今本人いないから言うけど、今年の衣装リーダーが仕事投げちゃってさあ……あおちゃんが代打やってんの」
「え、そうなん?」
「まああの子外部でモデルの仕事やってるし、しょうがないとは思うけど。だったら最初から立候補すんなって話でさ」
「空気おも〜……」

服飾コースは、まあ活発な子や個性的な子が多いがゆえに性格がキツい子も中にはいて、他のところと比べたら結構ギスギスしやすい空気なんじゃないだろうか。同じ教室でも派閥がいくつか生まれているし、他コースとの混合クラスだった一年次とは違い、二年三年はそのコース単体でクラスが構成される。
つまり二年の時からクラス替えがないのだ。トラブルがあっても、卒業までの二年間同じ教室で過ごすことになる。……と、いうことを寝ながら考える私。はるかちゃんがさりげなく頭を撫でてくれているのが嬉しくて、つい安心して身を任せてしまう。

「そういえば去年の合同発表の時もギスギスしとったなあ、君ら。夏休み明けたら文化祭なんかもあんのに、大丈夫なん?」
「あー……文化祭は気合い入れる子多いしね。今年最後だし荒れそう〜……てか、そういう美術コースはずっと平和で羨ましいわ」
「みんな絵描いてるだけの変人やしな」
「それあんたが言う?ウケる」




「事実や事実。ほら今年受験やから、絵描かない時間の方が少ないで。僕も僕で予備校通って描いてるし……、…………」

弱いなあ、なんでこんなに弱いんだろう。こんなことで何をくよくよしているんだ、私は。

「……あらら」

彼の人差し指が、一粒の涙を掬った。



「どした?橋田」
「ごめんなあ、ちょっと用事思い出したからニアちゃん連れて帰ってもええか?」
「え?まあ……割と終わり見えてきたし大丈夫じゃない?」

はるかちゃんに立つよう促された私が、目元を手で覆いながら上半身を起こした様子を見て、みんなは『こっちが』大丈夫じゃないことを察してくれたようだった。

「来たばっかでなんも手伝えなくてごめんな。借りは今度返すから」
「いや平気平気。ぜんぜん気にしないでよ。それよりあおちゃんのことよろしくね」
「ん」

絵描きの彼は自分の荷物だけでも多いのに、私の荷物まで肩に担いで、さらには私と手を繋いで、無理のない歩幅で歩き出した。




+残されたものたち。

「いや、橋田あいつ良い奴すぎない……?」
「そりゃあ彼女いてもモテるわけだわ」
「まあ、彼フレンドリーに見えて実際あおちゃんのことしか見てないけどね」


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