「なあ八虎、今度の日曜暇やない?」
「おわっ」
今日の予備校が終わった。せっせと片付けをしていたら、もう既に帰りの支度を終わらせたらしい橋田がぬっと俺の前に現れた。びっくりしたあ、これやられると毎回心臓がぎゅっとなるんだよな。もっとゆっくり現れてくれ。
「おわってなんや。人をおばけみたいに」
「いや〜ごめんごめん。で、日曜?」
「そ、日曜。僕行きたいとこあんねん」
今度の日曜日と言えば、久しぶりに予備校がない日だ。これと言って用事はないから、家でじっくり絵を描こうと思っていたところ。
橋田のことだからまた美術展か何かに誘ってくれるのかもしれない。そう思って、特に誤魔化すことなく答えた。
「まあ暇っちゃあ暇だけど……その日何かあんの?」
「彼女が個展開くんよ。暇なお友だちいっぱい連れてこいって言うから、八虎もどうやと思って」
「へえ、個展?」
思っていたものとは少し違う言葉が聞こえてきて、ふいに興味が湧いてくる。
以前、橋田と世田助くんとモルゾン美術館に行ってから、ポスターや広告を見て気になった美術展には何度か足を運ぶようになったが、実は個展というものにはまだ一度も行ったことがなかった。
……個展か、たしか俺みたいな一般人でもやろうと思えばできるんだよな。いや、こんなレベルでまだ開こうなんて到底思えないけど。
待て。
「お前今、なんて言った?」
「ん?せやから、暇なら一緒に個展に行かへんかって」
「違う違う、その前」
「今度の日曜日暇?」
「それは戻り過ぎだ」
俺の指摘に、橋田は不思議そうな顔をしながら首を傾げた。しかし、すぐに俺が聞きたかったところを思い出してくれたようだ。
「僕の彼女が個展……」
「それだーーー!!!」
俺が大声を出すと、この部屋にいた全員が何事かとこちらを振り返った。やっちまった。俺は顔を引き攣らせながらそそくさと橋田の腕を掴んで、部屋の隅に引きずる。
「……なんやねん八虎、何をそんなに驚いてんねや」
「おまっ、彼女いたのかよ!」
「知らんかった?ここにおる人ならみ〜んな知ってると思っとったけど。あかんなあ、僕記憶が曖昧で」
「俺は初耳だ!ていうかお前、この前フリーだって言ってなかったか……?」
「ええのええの。僕の彼女、そういうの全然無頓着やから」
「いやいや、全然良くないだろ」
馬鹿なことを抜かす橋田に、俺は呆気に取られた。こいつ、俺の勝手なイメージでは友だちとか彼女とか、すんげえ大事にするタイプだと思ってたのに……実は結構遊んでたりするのか?
そういえば世田介君が予備校を出ていった時も、こいつは随分とあっさりしてたな。俺橋田を見る目が変わるかもしれない。
「むしろ僕の彼女の方が男(の為に服を作るのが)好きなところあるからなあ、似たもん同士や」
「お、男好きって……それお前は大丈夫なの?」
「ゆうても、いつもいつも1番は僕って言うてくれとるし。結婚しててもアイドルが好きな人は大勢おるやん」
「まあ、たしかに……」
そういうものだろうか。でもそうやって余裕をかましていたら、いつか本気で浮気されそうで(しそうで)友だちながら怖いんだけど。
さっきも言った通り、橋田はさっぱりしてる奴だから、もしそういうトラブルがあっても案外立ち直りは早いのかもしれない。ていうかそもそも、落ち込むところが想像出来ない。
「八虎も、本命が別におっても可愛い子はみんな好きやろ?」
「いや、別にみんな好きってことはないけど」
「どっちにしろ、僕らの仲なんて八虎が気にすることやない」
「いや気にするって」
「心配あれへん。どんなに可愛い子が現れても、僕ん中でニアちゃんだけは別格やから」
「本当か?でまかせじゃなくて?」
「会うたら分かる。八虎もたぶん、ニアちゃんのこと好きになるで」
なんだそれ。俺も好きになっていいのかよ?なんだか色々と不安になるやり取りだった。
+
「おはよう八虎。ごめんなあ、服が全然決まらんくて」
「いいって、それくらい」
当日。約束していた時間ぴったりに到着した俺だが、橋田はお約束通り10分程度遅れてきた。けど10分くらいなら許容の範囲だ。ちゃんと謝ってくれたし。俺たちはさっそく目的のギャラリーに向けて歩き出した。
「おまえ、ファッションとか意外と気にするんだな?」
「意外?彼女に会うのに気にしないわけないやん」
「たしかに、言われてみれば」
「どうや?今日の僕」
「イケてる。ていうか、橋田って背高いからなんでも似合うと思うけど」
今日の橋田はモノクロだ。いつも無地でシンプルな服装が多いけど、言うても俺は橋田がダサい服を着てるところを一度も見たことないけど。まあシンプルとはいえ三つ編みおさげはいつもと同じだから、個性的なのは変わらない。
ていうか、比較的背が高いはずの俺よりも頭一個分でかいのだ、こいつは。スタイルが良い分どんなにシンプルな服装でもそつなく着こなしている。もうバレーボールでもやっとけよと思う。
「それがそうでもないんよ。背の高さと服の似合う似合わないは、やっぱり違うみたいやで。あの子の持論やけどな」
「へえー、そんなもんか」
「僕がこれまでニアちゃんに服褒められたのも、実は片手で数える程しか無いしな」
「マジ?」
「高校は私服やから、毎日ほんと大変やわ。おかげで見た目とか気にせんと、外に出られんくなったんよ」
へえ、そういうところは結構厳しい子なのか。橋田の可愛い子好きは気にしないのに、服は気にする彼女って……なんだかよく分からない。ちなみに俺はここに来る前に一度高校に寄ったから、悩むことなくそのまま制服で来た。たしかに制服は楽でいい。
「そういや、彼女の名前って?その、お前が言ってるニアちゃん……って、本名じゃないよな?ハーフ?」
「僕がつけたあだ名や。あと生粋の日本人やで」
「へー。で、名前は?」
「教えたってもええけど、僕が言ってもつまらんし。このあと本人から聞きや」
「お、おう」
「八虎、こっちこっち。ここ間違えやすい道なんよ。この道抜けたらもうすぐそこや」
いくつか会話を交わしていたら、いつの間にかギャラリーの近くまでたどり着いていた。やけに迷わずスイスイ歩くなと思ったけど、そういや橋だってこういうところの常連なんだった。
それに……彼女も人に見せられるくらいの絵を個展を開くレベルでたくさん描けるって、普通に凄いことだよな。
「え、ここ?」
たどり着いたのは、オシャレな卵型のビルだった。たしかにここは都会の中心地だ。こんなふうにカーブを描いた建物なんて、そこかしこにあるだろう。それにしても、個展って色々とお金がかかるイメージがあるけど、こんなところ場所代だけでどれくらいかかるのだろうか。
地味に驚愕している俺を気にすることなく、橋田は軽い足取りでビルの自動ドアをくぐろうとする。
「何してん、はよ行こや」
「ごめん、ちょっと驚いて」
「驚くのはまだ早いで。感想は作品を見てからや」
「はは、そうだな。ちなみにさ、お前の彼女ってどんな絵描くの?」
「見たら分かるよ」
そりゃそうだ。こんなくだらないこといちいち他人に言われるまでもない。苦笑しながら頷くと、反対に橋田は意味深な笑みを浮かべた。
「おわっ」
今日の予備校が終わった。せっせと片付けをしていたら、もう既に帰りの支度を終わらせたらしい橋田がぬっと俺の前に現れた。びっくりしたあ、これやられると毎回心臓がぎゅっとなるんだよな。もっとゆっくり現れてくれ。
「おわってなんや。人をおばけみたいに」
「いや〜ごめんごめん。で、日曜?」
「そ、日曜。僕行きたいとこあんねん」
今度の日曜日と言えば、久しぶりに予備校がない日だ。これと言って用事はないから、家でじっくり絵を描こうと思っていたところ。
橋田のことだからまた美術展か何かに誘ってくれるのかもしれない。そう思って、特に誤魔化すことなく答えた。
「まあ暇っちゃあ暇だけど……その日何かあんの?」
「彼女が個展開くんよ。暇なお友だちいっぱい連れてこいって言うから、八虎もどうやと思って」
「へえ、個展?」
思っていたものとは少し違う言葉が聞こえてきて、ふいに興味が湧いてくる。
以前、橋田と世田助くんとモルゾン美術館に行ってから、ポスターや広告を見て気になった美術展には何度か足を運ぶようになったが、実は個展というものにはまだ一度も行ったことがなかった。
……個展か、たしか俺みたいな一般人でもやろうと思えばできるんだよな。いや、こんなレベルでまだ開こうなんて到底思えないけど。
待て。
「お前今、なんて言った?」
「ん?せやから、暇なら一緒に個展に行かへんかって」
「違う違う、その前」
「今度の日曜日暇?」
「それは戻り過ぎだ」
俺の指摘に、橋田は不思議そうな顔をしながら首を傾げた。しかし、すぐに俺が聞きたかったところを思い出してくれたようだ。
「僕の彼女が個展……」
「それだーーー!!!」
俺が大声を出すと、この部屋にいた全員が何事かとこちらを振り返った。やっちまった。俺は顔を引き攣らせながらそそくさと橋田の腕を掴んで、部屋の隅に引きずる。
「……なんやねん八虎、何をそんなに驚いてんねや」
「おまっ、彼女いたのかよ!」
「知らんかった?ここにおる人ならみ〜んな知ってると思っとったけど。あかんなあ、僕記憶が曖昧で」
「俺は初耳だ!ていうかお前、この前フリーだって言ってなかったか……?」
「ええのええの。僕の彼女、そういうの全然無頓着やから」
「いやいや、全然良くないだろ」
馬鹿なことを抜かす橋田に、俺は呆気に取られた。こいつ、俺の勝手なイメージでは友だちとか彼女とか、すんげえ大事にするタイプだと思ってたのに……実は結構遊んでたりするのか?
そういえば世田介君が予備校を出ていった時も、こいつは随分とあっさりしてたな。俺橋田を見る目が変わるかもしれない。
「むしろ僕の彼女の方が男(の為に服を作るのが)好きなところあるからなあ、似たもん同士や」
「お、男好きって……それお前は大丈夫なの?」
「ゆうても、いつもいつも1番は僕って言うてくれとるし。結婚しててもアイドルが好きな人は大勢おるやん」
「まあ、たしかに……」
そういうものだろうか。でもそうやって余裕をかましていたら、いつか本気で浮気されそうで(しそうで)友だちながら怖いんだけど。
さっきも言った通り、橋田はさっぱりしてる奴だから、もしそういうトラブルがあっても案外立ち直りは早いのかもしれない。ていうかそもそも、落ち込むところが想像出来ない。
「八虎も、本命が別におっても可愛い子はみんな好きやろ?」
「いや、別にみんな好きってことはないけど」
「どっちにしろ、僕らの仲なんて八虎が気にすることやない」
「いや気にするって」
「心配あれへん。どんなに可愛い子が現れても、僕ん中でニアちゃんだけは別格やから」
「本当か?でまかせじゃなくて?」
「会うたら分かる。八虎もたぶん、ニアちゃんのこと好きになるで」
なんだそれ。俺も好きになっていいのかよ?なんだか色々と不安になるやり取りだった。
+
「おはよう八虎。ごめんなあ、服が全然決まらんくて」
「いいって、それくらい」
当日。約束していた時間ぴったりに到着した俺だが、橋田はお約束通り10分程度遅れてきた。けど10分くらいなら許容の範囲だ。ちゃんと謝ってくれたし。俺たちはさっそく目的のギャラリーに向けて歩き出した。
「おまえ、ファッションとか意外と気にするんだな?」
「意外?彼女に会うのに気にしないわけないやん」
「たしかに、言われてみれば」
「どうや?今日の僕」
「イケてる。ていうか、橋田って背高いからなんでも似合うと思うけど」
今日の橋田はモノクロだ。いつも無地でシンプルな服装が多いけど、言うても俺は橋田がダサい服を着てるところを一度も見たことないけど。まあシンプルとはいえ三つ編みおさげはいつもと同じだから、個性的なのは変わらない。
ていうか、比較的背が高いはずの俺よりも頭一個分でかいのだ、こいつは。スタイルが良い分どんなにシンプルな服装でもそつなく着こなしている。もうバレーボールでもやっとけよと思う。
「それがそうでもないんよ。背の高さと服の似合う似合わないは、やっぱり違うみたいやで。あの子の持論やけどな」
「へえー、そんなもんか」
「僕がこれまでニアちゃんに服褒められたのも、実は片手で数える程しか無いしな」
「マジ?」
「高校は私服やから、毎日ほんと大変やわ。おかげで見た目とか気にせんと、外に出られんくなったんよ」
へえ、そういうところは結構厳しい子なのか。橋田の可愛い子好きは気にしないのに、服は気にする彼女って……なんだかよく分からない。ちなみに俺はここに来る前に一度高校に寄ったから、悩むことなくそのまま制服で来た。たしかに制服は楽でいい。
「そういや、彼女の名前って?その、お前が言ってるニアちゃん……って、本名じゃないよな?ハーフ?」
「僕がつけたあだ名や。あと生粋の日本人やで」
「へー。で、名前は?」
「教えたってもええけど、僕が言ってもつまらんし。このあと本人から聞きや」
「お、おう」
「八虎、こっちこっち。ここ間違えやすい道なんよ。この道抜けたらもうすぐそこや」
いくつか会話を交わしていたら、いつの間にかギャラリーの近くまでたどり着いていた。やけに迷わずスイスイ歩くなと思ったけど、そういや橋だってこういうところの常連なんだった。
それに……彼女も人に見せられるくらいの絵を個展を開くレベルでたくさん描けるって、普通に凄いことだよな。
「え、ここ?」
たどり着いたのは、オシャレな卵型のビルだった。たしかにここは都会の中心地だ。こんなふうにカーブを描いた建物なんて、そこかしこにあるだろう。それにしても、個展って色々とお金がかかるイメージがあるけど、こんなところ場所代だけでどれくらいかかるのだろうか。
地味に驚愕している俺を気にすることなく、橋田は軽い足取りでビルの自動ドアをくぐろうとする。
「何してん、はよ行こや」
「ごめん、ちょっと驚いて」
「驚くのはまだ早いで。感想は作品を見てからや」
「はは、そうだな。ちなみにさ、お前の彼女ってどんな絵描くの?」
「見たら分かるよ」
そりゃそうだ。こんなくだらないこといちいち他人に言われるまでもない。苦笑しながら頷くと、反対に橋田は意味深な笑みを浮かべた。