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「え、ええええ?」

橋田に連れられ特別に並ぶことなく個展に足を踏み入れた俺は、中の様子にしこたま驚いた。なにこれ。予想の斜め上すぎて変な声しか出ないんだけど。

「・・・絵じゃねーじゃん!」

中に入った途端、俺の目に飛び込んできたのは、絵画ではなくマネキンの列だった。それらは一体一体別の服が着せられていて、ひと目見ただけで「服の個展」だということを理解した。橋田の彼女なんだから、てっきり絵画の個展かと思い込んでいたのに。

「待って待って、絵じゃないじゃん。服じゃん。ねえ橋田」

心底主催者を舐めた感想だということは分かっているが、それでも声に出さずにはいられなかった。隣を歩く橋田にしか聞こえないように、小さな声で訴える。もしかして騙した?騙しただろ?お前わざと何も言わなかったんだろ。

「いやあ、なにやらずっと勘違いしとったみたいやから、このまま黙ってた方がおもろいと思って」
「普通に言えよ。俺来るとこ間違えたと思ったわ。・・・何?お前の彼女って、マネキン買い占めてんの?」
「何言うてん、マネキン集めて何が楽しいんよ」
「え、だってこの光景・・・ウニクロでよく見るやつじゃん」
「本人の前で言うたら絞め殺されるで。これ全部、ニアちゃんが作ったやつや」
「・・・え!?」

橋田の言葉に思考が固まる。これ全部、お前の彼女が作ったの?ショーケースの中に置かれたたくさんのマネキン。試しにガラスに張り付いて中の様子を覗いてみると、そこにはまさに都会によくあるオシャレなショップで見るような、女物の服が綺麗に飾られている。目の前にあるのは赤のトップスに白のスラックス。その隣には、花柄のワンピース。こんなの正規品だ。これが店の前に飾られていたとしても、俺は何の違和感もなく前を通り過ぎることだろう。

「嘘だろ?人の手で作れるわけ・・・」
「まあ何も知らん人が見たら、そう思うやろな。僕も最初は驚いたし」
「マジなんだ・・・お前の彼女ってマジに凄い奴なんだな?・・・あ、だからこんなに大勢の人が見にきてんのか」
「ニアちゃんは服飾コースの中でも一番才能ある子やから。先生からの評価もほぼ満点やし、色んなところで表彰もされとる。企業もたまに視察に来るしな」

服飾コースね。たしかに橋田は彼女が美術コースだとか、絵を描いているということは少しも言っていなかった。というか、企業ってすごいな。それはさすがに格が違いすぎる。

「ちなみに聞くけど、お前の彼女って今何歳・・・?」
「僕と同じで早生まれやから、まだ17歳。高校3年生」
「同い年・・・やば・・・」

橋田は相変わらず微笑みながら、ショーケースの前をゆっくりと歩んでいく。途中、何故かショーケースの外に出ていた貝殻の柄のワンピースを見つけた。なんでこれだけ出ているんだ・・・?ケースの中に入り切らなかったのだろうか。いやそんな馬鹿な。と、あれこれ頭の中で考えていたら、橋田はそのワンピースの前に立ち止まって、胸の辺りを触り始めた。

「あ、これアイス零した時のやわ。よく綺麗に洗えたなあ」
「え、展示品ってそんな勝手に触っていいのか?彼氏っても、あんまり良くないんじゃ・・・」
「注意書きよく見いや。『ケースの外にあるものは自由に触ってOK』って」
「あ、ほんとだ」
「にしても、普通アイス零したやつ他人に触らせないやろ・・・ほんま、しょうがない子やなあ」
「アイス零したって?これ、実際に着たりしてんの?」
「この部屋はみーんなニアちゃんの普段着みたいやね。たぶん一日一着ノルマのやつ」


橋田がそう言うと、そこかしこの空気が一気に張り詰めた。騒いでいた女の子たちは口元に手を当て、声を出さないように表情だけで歓喜の様子を表している。


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