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「ネコチャーン。ゴハンノ時間デスヨー」

インド人は何かとニアの世話をしてくれるのでものすごく、それはそれはものすごく助かっている。こんな薄汚い会社に妹を連れてくるのはいかがなものかと自分でも思うが、アパートに置いていこうとすると毎朝強力な磁石のようになって意地でもくっついてくるものだから、仕方なく同伴を許す毎日。これも私のことが大好き故の行動だから仕方あるまい。

「ネコチャーン」

そもそも実家に置いていけという話だが、いざ家を出ようとした日に窒息しそうなくらいに激しく泣きじゃくる姿を見せつけられたのは言うまでもない。母も、そしてきっと死んだ父も、もう一緒に連れて行きなさいという顔をしていたから……実際近くにいてくれると私の方こそ助かるというのはあるのだが。
妹の顔を見ていると、ちゃんとしなければという気持ちになるというか、生きる活力を見失わずに済むというか、と、とにかく元気になるから、助けられているのだ。毎日。妹と一緒にいないと泣きたくなるのは私も同じだ。

「インド君、人間の女の子を猫ちゃん呼ばわりするのはどうかと思うけど……」
「ア、シャチョー。ダッテ、ニアチャンッテ猫ノ鳴キ声ッポイデショ。ニアー、ニァー、ミァー……ネッ?」
「あ、そういう?」

その辺で買ってきてくれたらしいハンバーガーショップの紙袋を揺らしながら、絶え間なく猫ちゃん猫ちゃんと呼び続けるインド人。いつまで経っても出てこないから、痺れを切らしたのかシャトーサンモ呼ンデクダサイヨと彼のデフォルトのジト目で睨まれた。

「……ニア。出てきなさい」

はあ、とため息のあとに名前を呼びかけると、さっきまでの時間はなんだったのかと思うほど呆気なく、私のデスクの下から「にゃー!」と元気な声が聞こえてくる。声の主は無理やり膝の上に乗りあがってきて、いつもと違わず熱いハグを繰り出すのである。この時間になると最早毎日の恒例行事だ。スーツに皺がつくからやめて欲しい。

「イタイタ、ネコチャーン。ホラ、一緒ニ食ベマショ。君ノ大好物デスヨー」
「インド人!一緒に食べる!」
「モチロン皆サンノ分モアリマスヨ。社長モ、シャトーサンモ、ソロソロ休憩シテハ?」
「お姉ちゃんと食べる!インド人!」
「アー僕ハ食ベナイデクダサーイ」

手慣れたような気のない返事をしながら、ローテーブルにハンバーガーやポテトを並べていくインド人。すぐさまニアと社長が匂いにつられてソファーにつくと、それぞれ軽くいただきますをしてからせかせかと食べ始めてしまった。
確かに、昼過ぎと言うにはもう遅い時間だ。たまの事務仕事で朝から座りっぱなしだったことだし、ここはいい休憩のタイミングかもしれない。立ち上がってニアの隣に座り込むと、手付かずのチーズバーガーを手に取った。

「そうだ社長。この間の案件についてですが」
「コラコラ。ニアちゃんの前で仕事の話はするもんじゃないよ」
「ニアは口が固いので心配に及びません」
「そういう問題じゃないってば〜……」
「うん!わたし社長のひみつ守れるよ。こないだ宝石屋さんでお買い物しようとしたけど結局お金足りなくてやめたこととか、」
「ア゛ーーーーー!!!!!なんで知ってんだお前!?こら!!!!」
「宝石?奥サンニデスカ?誕プレトカ?」
「ニアちゃん!!!絶対にあいつには言うなよ!サプライズなんだから!!!」
「ヘエーイイコト聞イチャッタ」

まったく、いちいち騒がしい人たちだ。まあたいていはニアが掻き回すからなんだが。結局話が逸れてしまったし、黙々とチーズバーガーを完食するだけの私。今夜予定している仕事のことを考えながら、ズゴゴとジュースを啜った。


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