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ニアは時折本当の猫みたいになる時がある。あるいは犬か。私の帰りを律儀に玄関で待ってくれているのだ。いくら作業中でも、なんだったらトイレ中でも、インターホンが鳴る音か鍵の回る音がした途端に、それまでの一切を中断して玄関までひとっ飛びで飛んでくる。
それは実家にいた時から変わらない。父の時も母の時も、同様に。そして今も、社長にもインド人にも変わらず。

もちろん、扉が開くのは『外から』『私が』開ける場合の時だけだ。ニアにはいかなる場合も自分から鍵も扉も開けないように言いつけてある。私の言葉を守らないニアではない。あの子は絶対に、自分から外に出たのではない。
だとしたら、あの子が今ここにいない理由は。

ガチャリと鍵の開く音が、私によるものだと思い込んでしまったから。

「やっぱりどーしたの。なんか変だよ?今日の君。って、なんだかんだいって当日お家デートになっちゃったね♡」
「……もしもし社長。お願いがあります。……はい、はい。……ええ、どうか。ぬいぐるみが無いと、寝れませんから」
「え?なにそのかわいい発言」

コンビニのガサツなビニール袋に丁寧に入れられ、ドアノブにかけられていたかわいい猫のぬいぐるみ。昔、私がゴミ捨て場から拾ってきたものだ。こんな敬意もへったくれも無い馬鹿みたいなプレゼントを、妹は至極喜んでくれた。少し汚れる度に大切に洗い続けて、今でも寝る時はこの子が一緒じゃなきゃだめなくらい。それなのに、どうして。

「それよか車に放ったらかしでいいの?このままだと定刻過ぎちゃうんじゃない?ただでさえギリの案件だったでしょ?」
「ええ。だから、あなたはこのまま受け渡し場所に向うようにと言ったのに、どうしてノコノコと家に上がってきてるんですか」
「ええ〜だって、そんなんもう僕が勝手に最初から最後まで仕事こなしただけじゃん」
「だから、あなたが報酬を受け取ればいいのですよ」

さっき同じことを説明したのに。こんな時にとても相手なんかしてられない。もうこれ以上の返事はやめにすることにして、家の中の捜索を続けながらだんまりを決め込むが、やっぱり男は追及してくる。

「ていうか、君がすごい形相で車から降りようとするから!超特急で家まで送ってあげたんでしょ?」

とりあえず社長にはここら一帯の周辺地域の捜索を要請した。社長のみならずインド人も、快く受けてくれたのは有難い。妹の行き先を考えながら、家がもぬけの殻だと分かると即座に車に戻る私。
後部座席には動かない死体がそのままになっている。こうなったらこの案件は取り下げだ。適当なところで死体は処理するとして、このままこの車で妹の捜索に向かうことにする。

「ちょっとちょっと、一体何しに家まで戻ってきたのさ。そのぬいぐるみ可愛いけど、一体」
「お帰りください」

運転席の扉を閉めようとするも、彼の足がそれを阻んだ。

「……ねえ、そんなこと言ってさ。僕が素直に帰ると思う?」
「思いません。ですが」

長々と伝える意味もない。ただ単に、思っていることを簡潔に伝えた。

「お帰りください」

しばらくすると、何かを考えるようにしながらも足を退けてくれたので、もう一度ドアを開け容赦なく扉を閉めた。


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