06


あの時、此方は堂々と聞いていた。白龍皇子とシンドバッド王さまの密談を。煌帝国の船団が港にやってきたというのが学生たちの間でも話題になり、さすがに此方としても情報を集めないわけにはいかなかった。なぜなら彼らは鬼倭のすぐ近くの大陸で侵略戦争を繰り返している要注意国家なのだから。
世界から人が集まるシンドリアだ、煌帝国の人が来ることも想定の範囲内とはいえ、普段海越しにしか情報を得られない我々にとってこれは絶好の機会。そう思ってわくわくしながら皇子さまの動向を眺めていたら、到着した初日から随分と踏み込んだことをシンドバッド王さまにお話なさるから、驚いた。

彼は語った。煌帝国にあの『アル・サーメン』が巣食うていることだとか、それらを束ねる首謀者が白龍皇子の実の母親、つまり現皇帝の妃であることだとか、そしてさらに……白龍皇子が国を滅することを企てているのだとか。
ついでに此方の因縁のマギである、ジュダルさまもそこに座してお仲間に加わっていることも聞いてしまった。これぞ常日頃から宮中のどこにでも聞き耳を立てていたお陰である。
……とはいえ、此方にはどうにもならないことばかりだった。

色々な理由をつけて、念のためにと盗聴したけれど。鬼倭に関する情報などそうそうあるわけがないのだから、あまり意味のない行為ではあった。正直、今や我が国との関わりが全くと言っていいほど無くなってしまった煌帝国のスキャンダルなど、手に入れたところで持て余すばかりである。
鬼倭王国が煌帝国へ手を出す予定があるのならこの情報の価値も跳ね上がるものだけれど、そんな未来など訪れない。そもそもシンドバッド王さまに開示された話なのだから、情報の独占も叶わない。とりわけ急いで国に報告する必要性もなかろう。
……ただ、此方がシンドリアに来てから今まで手に入れた情報の中で、これはかなり重大な部類に入るのではないだろうか。広い心をお持ちのシンドバッド王さまはともかく、白龍皇子にこの盗聴が知れたら即刻打首にされそうな気がする。彼は一見誠実そうに見えて、その実女子供にも容赦なさそうだ。そうそう、復讐を語るくらいのお方なのだから。
正直今の時点ではこんなのただの偏見であったはずなのに、後日それも決して間違いではなかったことを思い知った時の衝撃さたるや……まあ此方が彼の本性を知るのもまだ先の話であるから、ここでは割愛。

「それは、どういう意味なのでしょう?」

母上、という言葉に少し彼の指が動いたように見えたけれど、しかしそれも幻覚だったかと思うほどに白龍皇子は変わらぬ素振りで首を傾げた。これが演技なのか、そうじゃないのか、此方には判断に難い。
要らぬ賭けに出てしまったようだ。好奇心からつい彼の抱えている何がしかを聞き出してみようと思ったけれど、今はその時じゃないな。この、人の顔色を伺い慣れたような雰囲気。下手をすれば此方の方が暴かれてしまうかも。

「ああ、母上というか……鬼倭王国民全てをお守りするため、と言った方が正しいですね」
「はあ、鬼倭国の方々を」
「我が国は今現在、鎖国体制をとることで国の安寧を図っています。国内の情報が外部へ漏れることをなるたけ防いでいるのです。ですから今、国外に出ている此方の存在は本来危うきものでして」
「だから他言無用、と?それは正直、俺に何のメリットもないというか……まあデメリットこそありませんけど」
「そうですね、白龍皇子の言う通りです。別にスルーしてくださっても構いません。此方はただお願いするだけですから」

せっかくのお料理を零さぬよう、慎重に皿を持ち上げながらそんなことを告げる。
ふと気づけば、たった今、この不思議なタイミングで白龍皇子が素の笑顔を見せてくれたような気がした……此方の見間違いでなければ。なぜか今になって、ほんの少しだけ心を開いてくれたようだ。

「分かりました、善処します。このことはどうやらアラジン殿らにも秘密にしているようですし……余程のことなのでしょう。俺の口からは何も言わないようにします」
「あ、ありがとうございます!此方、てっきり断られるかと……」
「そんな、隣国の者同士こうしてお話ができるのも御縁があってのことですし。手伝って頂いたお礼とでも思ってください」

警戒心が薄れたのか、それとも此方の秘密を手に入れたことで親近感が増したとでもいうのだろうか。此方は貴殿のもっと重大な秘密を、既に手中に握っているというのに?
どう考えても同等じゃない、天秤も傾きっぱなしの秘密の重さの違いを知っていながら、にこやかな笑顔で感謝の意を唱える此方、なんて悪い子なのかしら。



「君たちに迷宮攻略をしてもらいたい!」

ででーん、と背後にそんな効果音が聞こえるほど自信満々に、シンドバッド王さまは此方らに向かってそんなことを告げられた。と言っても此方に関しては物理的に耳に入っただけであって、その依頼が向けられたのは別の御三方であったのだが。
シンドリアでは気配を消して聞き耳を立ててばかりの此方であるが、常にそうしているわけではない。この時は此方も正式にシンドバッド王さまにお呼ばれして、正々堂々、人の形を保ったまま王室に立っていた。
知っての通り、アラジンさま方を『ザガン』へ御案内する命を授かったのだ。彼らと面と向かってお会いしたのはこの時が初めてである。

「シンドバッド王さま。此方がそのような任務を任せられるとは光栄の至りですけれど、適任が他にいるのでは……?」
「何を言う!現地の民たちとはもう顔見知りなのだろう?それにほら、前回帰還した時にまだまだ探索し足りないと嘆いていたじゃあないか」
「そ、それは確かに……」
「ザガンに行き慣れている君に、是非とも同行を頼むよ。同年代の彼らとなら、きっとすぐ仲良くなれるだろう」

ニコ、と人の良い笑顔で笑いかけられてはもう断れる術もなく、此方は背後から感じる皆々様からの期待の眼差しを受けながら「……仰せのままに」と返事をした。そこにまさかあの白龍皇子も加わってくるとは思いもせず、さらに責任感が増してしまったことに思うことがないでもない。
シンドバッド王さまが頬杖をつく長机の端の方に寄り、振り返って御挨拶賜る此方。

「短い間になるかと思われますが……ただ今ご紹介に預かりました通り、皆さまの案内役を仰せつかりました、赤琉と申します」
「よろしくな、赤琉!俺はアリババ。てか、そんな畏まらなくていいんだぜ」
「アリババさま。いえ……これが此方の喋り方ですので、気にせず接してくださいな」
「そうか?まあよろしくな!」

馴れ馴れしさを通り越してとっても元気な御方だなあ……裏など微塵も感じさせぬ爽やかな笑顔で両手を握られ、此方はついつい身動ぎをしてしまったが、こちらの反応など気にも止めずぶんぶんと全力で握手をなさったこの金髪の青年は、これでもあのバルバッド王国の王子さまだったはず。
ザガンの島で何度かお会いした第一王子と第二王子とは似ても似つかないな、と初対面で思ったことを、現地でもまた思う此方であった。


「アブマドさま。サブマドさま。この間ぶりですね。お元気で過ごされておりましたか?」
「や、やあ赤琉さん。話は聞いているよ、ど、どうぞこっちに……」

数時間の船旅を終え、ザガン近くのトランの民の島に到着した此方たち。同伴のピスティさまらを乗せた船は既にシンドリア本島に向かって旋回し、海の向こうですっかり小さくなってしまった。
大きく言えば、此方のお仕事はここまでだ。あとはアブマドさまらに引き継ぎをして、此方は此方で植物の調査をする許可を村長から得ねばならない。
ところで、実の兄たちと感動の再会を果たしたアリババさまは、とても嬉しそうに弟の方との会話に花を咲かせている。似ておらずとも仲は良いようだ。一番上の兄とはそうでもなさそうだけれど。
……。此方には兄弟がないから、それがどういうものなのかよく分からない。そして、兄弟と語らうアリババさまの様子を、なにやら物騒な顔をして見つめる白龍皇子の心境も、此方にはよく分からない。

「赤琉さん。大丈夫ですか?」
「ああ、モルジアナさま。いえいえ、ぼーっとしていただけですよ。此方たちも参りましょうか。村長にお目通りを……」
「あの」

歩き出そうと一歩踏み出したところで、右手を握られた。この暑さで手汗が若干滲んでいるような気がしていたが、……彼女は全く気にもしていない様子で此方の手を握り締めている。
あのファナリスの少女だ。その気になれば此方の貧弱な手など意図も容易く粉砕してしまうのだろう(誇張しすぎ?)。そんなことより、この子は何かを訴えかけるように熱い視線を寄越してくる。故に、此方にはその手を振り払えなかった。なんだろうか。そんなに見つめられると、少し恥ずかしいのだが。

「船にいる間、ずっと私たちに気を配っていましたよね。お水を下さったり……。ありがとうございます」
「えっ?」

まさかこんなところでお礼を言われるとは思わなかった。何事かと身構えていた分、少々呆気に取られる此方。

「いいえ、それが此方のお仕事ですから」
「でも、本当は……暑いところが苦手なのではないですか?私にはそんなふうに見えました。だから、“大丈夫ですか?”と……」

心臓を射抜かれた。
なんて可愛い子なんだろう……そしてとても心優しい。一つ年下の女の子に、こうも心配されてしまうなんて。七海とは大違いだ。思わず笑みを零して、未だ此方の手を握る彼女の手に、上からもう片方の手を被せた。

「ふふ、ありがとうございます。今のでとっても元気が出ました。いや、もともと元気いっぱいでしたけれどね!」
「……?だ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ!モルジアナさまも、体調にお気をつけて迷宮攻略に参られてくださいね。此方は中まで同行出来ませんが……」

先日アリババさまにそうされたように、精一杯の握手をして笑いかけた。元気づけられた分、元気のお返しをしなくては。
よく見たら、ていうかよく見なくても、この子とっても可愛いな……なんてことだ、こんな可愛い子を危険な迷宮攻略に送り出すとは、シンドバッド王さまは何をお考えなのだ。彼らが無事に戻って来られるまで、此方はここで座して待つことにしよう。賑わう市場を見て回るのもいいけれど、今回はいつもより長居する分森への探索も捗りそうだ。


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