07


タケル様より、国の外ではあまり力を使うなと仰せつかっている。眷族器しかり、『華刀』のことも指しているのだろう。それは鬼倭にまつわる情報を易々とひけらかすなという趣旨も含まれているのだろうが、あの王がそう言ったのは全て此方の保身のためだ。
あらゆるトラブルに巻き込まれないように。そしてあらゆる危険に近づかずに済むように。父上ほどじゃなくても、タケル様も存外甘々な御方だなあ。……しかし、このような諍いの場に居合わせてしまっては、いくらタケル様のお言葉でも遵守できない場合もある。
己の身がどうなろうと関係ない、危ぶまれているのがたとえ他国の人間であろうと、無実の民を守るためならば、いざという時には力を賭して戦うのが鬼倭の忍というものだ。それが、他のなによりこの心と体に刻みつけている志。

「此方の墓場はここですか?」

アラジンさまたちを見送ってからどのくらい過ぎただろう。迷宮攻略は至難の業だ。此方自身も経験しているからその大変さは身に染みて分かっている。だから彼らの無事を心から祈りながら、以前ここへ来た時と同じようにトランの民たちに混ざってお食事をご馳走になっていたところだった。
急にからだの中で何か悪いものがうごめくような気味の悪い感じがして、嫌な予感と共に一度海風を浴びようと村の外に出た瞬間に……黒い彼らは現れた。

「いいえ?死ぬこたぁないわよ。そうねえ、なんだか、あなたからはあたし達とおんなじ気配がするもの」

明らかに、分かる。彼らは、そうだ。此方が一番見つかってはいけない人たち。ほかの何よりも、此方は彼らに見つかるわけにはいかなかった。このままだと今度こそ利用されてしまう。此方が過去に黒いマギによって闇にぬか漬けにされたルフが、彼らの悪事に利用されてしまう。そう、これこそが父上やタケル様がもっとも危惧していたこと。
アル・サーメンとの再びの対峙。まさか平和なシンドリア海域で出くわすことになるとは。生きるためには戦わなければならない。でも、勝てる気がしないよ……母上。三対一だ。これはさすがに覚悟を決めるが潔い。傷を受ける覚悟を。



にっくきアル・サーメンの襲来はいつだって突然なのだ。

「赤琉おねえさん……!」

敵の攻撃によって『アミー』の魔法で作った氷の足場が崩れ空中に放り出された此方は、人の形を保ったのまま落下する最中にアラジンさまの呼ぶ声を聞いた。
よかった、ここにいるということは迷宮を攻略できたのだ、彼らは。なんとか加勢が来るまでは持ちこたえることができた。いくら相手が余裕ぶっこいていたとはいえ、致命傷を負わずにたった一人で応戦し続けた自分を褒め称えてあげたいくらいだ。
とはいえこうして追い込まれ、全身に傷を負わされ、集中力がぷっつりと切れた状態では、ここから更に体の『状態』を変えることなんてできない。尚更負荷がかかってしまう。そんなのは命を削る行為だ。そもそも人に見られているんじゃあ、これ以降眷族器を使うのもばかられるというもの。
受身も取れぬまま地面に追突するのを待っていると、予想外なことに此方の体を受け止めた腕があった。既に迷宮内で傷を負っているはずの白龍皇子の逞しい両腕が。

「は、白龍皇子……」
「赤琉殿……!だっ、大丈夫ですか!?」
「お怪我を……」
「あなたこそ大怪我じゃないですか!?俺の心配をしている場合じゃ……!」

此方はただ余りある持久戦に疲れているだけで、実際大した怪我はしていない……はず。そんなことより彼らは迷宮から帰ってきた直後なのだ、言われるまでもなく中ではさぞ大変な出来事があったのだろう。アラジンさまも白龍皇子も既に満身創痍のようである。
見た感じ、怪我の程度は此方とどっこいどっこいだというのに、此方が何かを言う前に白龍皇子は此方の心配をしてくださる。恐れ多いことだ。そんなことを、悠長にも考える。

「一体何が……!?あいつらは……!」
「あ、アル・サーメンです……」

島の上空にいる三人の男たち。あれはアル・サーメンの金属器使いだ。どうやら彼らが手にしているのは普通のものではなく、特殊な金属器のようだが……どちらにせよ常人の動きでは対応できないような変わった能力の使い手だ。金属器使いと戦い慣れていない此方ではこんなにも苦戦してしまった。
にしても、こんな辺鄙な島にどうして突然現れたのかが分からない。彼らの目的をそもそも知らないけれど……今思ったこととしては、シンドリアが迷宮『ザガン』を攻略する動きがあったのを、どこかで情報として手に入れていたのだろうか?突然の襲来とはいえ、アル・サーメンの登場と、アラジンさまらのご帰還それぞれ、あまりにもタイミングが良すぎる。
どう考えても待ち伏せを企んでいたとしか思えない。たまたま此方がここにいたから、ある程度被害は抑えられているものの。

「ま、またアル・サーメンかい!?迷宮の中で戦ったばかりなのに!」
「それ、本当ですか……?」
「そうさ。でも話は後にしよう!今到着しているのは僕と白龍おにいさんだけのようだけど、中に囚われていたトランの人達がどんどん出てくるはずだ!」

中に囚われていた……村長さまからそんな話を聞いたっけ。ていうか、今アラジンさまたちがここにいるということは、どなたかが迷宮攻略を果たしたということなのでは?そのことを祝福する間もなく戦闘を強いられるとは、本当に奴らは面倒なことをしてくれる。
此方は白龍皇子に支えられながら地面に降り立ち、なんとか地に足をついた。

「見ての通り、現状は最悪です。村人たちの槍は届かず、唯一眷族器を持つ此方ですらまともに歯が立ちませぬ……。なにしろ此方の眷族器の能力は回避特化なので、ただ逃げ回ることしかできないのです……どうかお力添えを」
「逆に、よくここまでたった一人で……!行きましょう、アラジン殿!」
「うん!」

結果として、未熟な此方らが彼らの放つ極大魔法に抗えるはずもなく、後から現れた八人将の方々に命を救われることとなった。……此方は眷属器使いゆえ、タケル様のお背中をお守りすることしか能がない。隠密を得意とするただの忍が表立って戦うやり方では本領発揮ができなかった。しかしこんなものは言い訳にしかならない……無念である。

驚くべきは、全くの同時刻、シンドリア本島にあのジュダルさまがお見えになっていたということ。近頃はアル・サーメンが活発に動いているようだ、というのは偵察で得ていた情報だが、実際に目の当たりにするとは。
もしシンドバッド王さまの命でザガンの島に来ていなければ、此方は彼と相対していたかもしれない……運がいいのか悪いのか、次にシンドリア宮中の医務室で目覚めた此方は、天井を見つめながら物思いに耽る。
結局、今回もあんまり探索できなかったな。残念だけど、それでも命には変えられないから生きてザガンの島から帰還できたことをまず喜ぶべきだ。黒き彼らが此方のすぐ近くをたむろしているなんて……この数ヶ月で多くのことを経験できたし、そろそろ国へ帰る時なのかも知れない。


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