09


「赤琉殿。俺とお手合わせ願えませんか」

ザガンから帰還し、少しの月日が経過した。怪我の具合もおおよそ良くなってきて、そろそろ体を動かすべきかと思ったそんな矢先の出来事である。
煌帝国の皇子さまともあろうお方に早朝から中庭にお呼び出しを受けたかと思えば、あまりにも予想外で突飛なお言葉を頂き恐れおののく此方であった。思わず、一歩どころか三歩くらい後ろに下がってしまった。

「な、なぜ此方にそのような……?」
「あなたが立派な剣士だからです」
「いやあ、此方では白龍皇子ほどのお相手は務まりませんよ……なおさら今のあなたさまは金属器をお持ちなのですし」
「謙遜なさるな。思えばあなたは最初からご自身の能力をひた隠しにしていましたが……先日のアル・サーメンとの戦いで俺は確信しました」
「な、何を」
「赤琉殿。あなた、相当の手練でしょう」

後ずさる此方に対し、真剣なお顔のままずんずんと近寄ってくる白龍皇子。右手にはザガンの入った槍を持ち、この間の“騒動”で義手へと姿を変えてしまった左手は、既に使い慣れたもののように力強く拳を握り締めている。
……此方が三日三晩眠りについている間に行われた宴の最中、またもやアル・サーメンが懲りずに姿を現したらしい。それがなんと、白龍皇子の左手から。その後遺症なのか彼の左手は亡き者になってしまったというのだ。むごい。むごすぎる。
既に木製の義手を装着なされてはいるが、あまりのおいたわしいお姿に初めて見た時は思わずその左手を握り締めてしまったくらいだ。白龍皇子はそれにも嫌な顔せず(いやしていたかもしれない)、もう歩いていいのかと此方の怪我を心配してくださった。

「……えっと」
「俺の目は誤魔化せませんよ。それに赤琉殿は眷族器使いなのでしょう?」
「それは、そうですが」

先日共に戦ったのだから、今更それを隠す気はありませんが。な、なんだか初めてお会いした時とは比べ物にならないほど気迫が凄まじいというか……そんなに切羽詰まったお顔で見つめないでくださいな。

「俺はまだ、アリババ殿やモルジアナ殿にも及ばない……もちろん赤琉殿にも。未熟さを自覚しているからこそ、精進しなければ!」

なんだろ……先日から思ってましたけど、迷宮内で何かありました?アラジンさまたちにそれとなく話を振っても、やけに困ったように愛想笑いだけで返してくるんだよな。聞かないであげてって、逆に気になりますが。
しかし、今の白龍皇子は確かに本気でものを言っているように見える。少なからず武に携わってきた此方だから、彼の思いの丈が物凄くよく伝わってくる。それに、そんなに真剣な表情で「よろしくお願いします」なんて頭を下げられてしまっては、断る方が不敬に思われて仕方がない。

「……分かりました。そこまでおっしゃるのなら、此方でよければお相手致します」
「あなたならそう言ってくださると思っていました。では、お手合わせ願います」

此方は観念してあらかた体をほぐし始めた。一応病み上がりだからな。それから精神を整えるため、ふうと息をついて『華刀』の柄に右手を添えた。お互い位置につき、脇を締め、両足を揃え、左足を引き、柄を握る右手が顔の目の前を通るように、まっすぐ刀を引き抜く。勝負は真剣。とりあえず、最初は眷族器を使うのはやめておこう。

「……!」

此方としては七海さまを真似しているつもりはないけれど、戦う時に口角があがる癖は、もう直す気もございませんの。



「あなたの体は、一体何がどうなっているのです……?」

チ、と最低限の音を立てながら華刀を鞘へと収めた。地面に突き立てた自身の槍を抱えるようにして腕組みをする白龍皇子は、此方が一切の息切れを起こしていないことに疑問を抱いているようだ。
勝負は期した。一瞬の油断をついて、此方が彼の首を落としたのだ。否、彼は一切油断などしていなかった。むしろ大健闘だったのに……最終局面でこちらが常軌を逸した『動き』をしたために、彼は防御に徹しきれなかった。端的に説明すればこんな感じだろうか。

「素面勝負かと思いきや、白龍皇子が地味〜に金属器をお使いになるので、此方も眷族器で対抗したのではありませんか」
「俺は自身の肉体を千切れさせる人間など見たことがありません……夢幻を見たのかと」
「何を言いますか。では言わせて頂きますけれど、此方こそ植物を自在に操る人間など初めてお会いしましたよ。お互いさまでは?」

お互いジンの金属器と眷族器を持っているのだから、そういう次元の戦いになるのは致し方ないことである。
別に難しいことは何もしていない。ザガンの植物で此方の両足が地面に固定された時、完全に入ったと思われた彼の太刀筋を、此方はその部位だけを空気に変えて『素通り』させたのだ。身を翻して避けたのではなく、武器が当たる胴体部分だけを塵に変えて文字通り空振りさせた。
そもそも此方に対して拘束する以上に無駄な事などない。『アミー』の眷族器は戦闘においてはまるっきり回避に特化した能力なのだ。

「やっと金属器をそれなりに扱えるようになったと思っていたのに、あなたはそれを遥かに上回っている……」
「手に入れてからたった数日でそこまでものにする方が、賞賛に値すると思いますよ。此方の能力など、既に伸び代ないですし」

といってもそれは先日までの認識で、アル・サーメンとの戦いでもっと眷属器を有効的に戦闘に活用する方法を見つけなければならないと痛感した。べつに今のままでも此方一人が敵から逃げ回るだけなら容易い。けれど周囲の人々をお守りすべき時に、たとえタケル様がおそばにおらずとも力を発揮できなければ意味がない……今に至るまで平和な島国でぬるい暮らしをしていた此方だからこそ、今後襲い来るかもしれない脅威に対して対策を怠らぬようにせねば。
なにはともあれ対戦ありがとうございました。胸に手を当て頭を下げると、白龍皇子も同じように額の前で片拳を包んで敬礼をした。煌の挨拶、ちょっと好きだな。

「あなたの眷族器は、俺が今まで見た他のどれとも種類が違うような」
「そりゃまあ、物理法則を凌駕するジンですからね、『アミー』は。使いこなすのにも苦労しました」
「赤琉殿も相当ですが、そのジンを攻略したあなたの主はもっとお強い方なのでしょうね」
「……そうですね」

そう、遜色なく返事をした。眷族器を持つ人間がいるのだから、その主たる迷宮攻略者の存在を伺うのは当然の反応だ。しかし……此方は事情を知らない異国人に病で倒れた母上のことをお話するのは慣れていなかった。別にタブーとかではなくて、ただ慣れていないだけ。
このまま話をすべきか迷いに迷い、そのまま黙りこくった此方に、白龍皇子は何かを察したのかそれ以上突き詰めることはなかった。やはり間に一線引かれているような気がする。気遣われているのは嬉しいが、共に一度は死線をくぐり抜けた者同士、他人のままで終わるのはなんだか寂しい。だから、こちらから飛び越えてしまえ。

「白龍皇子!そんなことより此方、あなたさまの金属器をもっと拝見したいです。さっきザガンが実際に植物を操っているのを見て、此方大興奮なんですが!」
「だ、大興奮……?本当に植物がお好きなようで……それなら今後も俺の鍛錬にお付き合いくださいよ」
「えっ!そういうことなら!」
「チョロいですねあなたは。最初のやり取りは一体なんだったのですか」

手合わせを終え、昼時だからと参られた煌の文官殿の後ろについて、シンドリアの華美な宮中を歩く。なんとお礼を申し上げたらいいものか、白龍皇子から共に昼食を取りましょうとお誘いを頂いてしまった。
幼い頃、まだ両国が朝貢関係だった時代に食べたきりだった煌のお料理が地味に好きだった此方からしてみれば願ってもないお誘いだ。考えてみれば、ザガンに同行した時に頂いた白龍皇子のお料理も、食材はシンドリアのものだったが煌ならではの味付けがなされていてとても美味だったなあ……それを今日の昼食でも頂けるなんて!
わくわくしながら両手を合わせて喜ぶ此方であったが、すぐにあることを思い出しだんだん虚無な気持ちになってきた。

「白龍皇子。残念ながら、やはり此方では鍛錬のお相手は十分に務まらないやもしれませぬ」
「……何か訳があるようですね?」
「はい、本国より帰国命令が出ているのです。先日シンドバッド王さまを通して伝令が」

療養中にかの王が見舞いに来てくださった時、あんなにも花開いた世間話はむしろついでだったようで、彼はタケル様直筆の書簡をわざわざ自分の足で此方に届けに参られたのだった。
内容は至ってシンプルで、何の変哲もない在り来りな理由と共に、安全を期して国へ帰れという内容が達筆に記されていた。おそらくはここ最近シンドリアに接近したアル・サーメンの襲来に此方が巻き込まれ、さらには三日三晩寝込むほどの重傷を負わされたことが直接の原因だろう。
留学(という名の諜報活動)は安全性が確立できる場合にのみ続行を許す。タケル様のお言葉。その点シンドリアなら心配は無用と思っていたのに……シンドバッド王さまは、この国で起きたことをそのままタケル様に報告したようだった。それも、今回の留学の規約に含まれていたからな。

「なので、思い出になった……というのは変な話ですけれど、このタイミングで皇子さまと一戦交えることができて光栄でした」
「いえいえ。それは俺が頼み込んで叶ったことで。そういえば、アラジン殿も同じようなことを言っていましたっけ」
「アラジンさまも?」
「魔法の勉強をしにマグノシュタットへ向かわれるそうですよ。アリババ殿やモルジアナ殿も色々悩まれているようですが……」

マグノシュタットといえば、今シンドリアの王宮内にムスタシム王国の王女が匿われているのではなかったっけ。これも諜報活動の賜物であるが(シンドバッド王さまにバレてからは程々にしている)。なんでも、これにもやはりあのアル・サーメンが関わっているとかなんとか。

「白龍皇子は今後どうなさるおつもりなのですか?」
「実は俺も近くここを出る予定です。義姉上の帰国日も決まったようですし……」
「まあ、紅玉姫も……。もしかして、此方らがザガンにいた時にこの王宮に参られたという、貴国の神官殿の影響で?」
「……ええ、それも理由のひとつです」

途端にピリつく空気。やってしまった、此方が今同行して歩いているのは、白龍皇子だけではないのに。煌の従者たちもたくさんいる中、宣戦布告をしに単身で突入してきた荒くれ者のことなど、気軽に振っていい話題ではなかった。
そもそも白龍皇子こそ彼のことを毛嫌いしているのではなかったっけ……。

「ご、ごめんなさい。深い意味はないのです。此方もその話を聞いていたもので……」
「いいんですよ。事実ですから」
「しかし……」
「俺も立場上迂闊なことはいえませんが……シンドバッド王が、“あれ”の言葉を真に受けるような人ではないことは分かっています」
「あ、“あれ”……」
「紅炎殿が何をお考えなのか……そもそもあの宣戦布告が本当に皇帝のご意志なのか、俺には分かりかねます」

なんだろう、どこか諦めるように言い捨てたのに、何か大事なものを諦めきれないような、諦めなど微塵も感じさせないような、色んな感情が織り交ざった表情で彼はそんなことを言った。
ただ聞き耳を立てただけの此方が知ったような口を聞くが、彼は彼で多くのことを抱えていらっしゃる。それこそ一端の他国民には及びもつかないほどに……。シンドバッド王さまは侵略的な煌帝国のことはもとより要注目しているようだが、留学にまで来た白龍皇子のことも割と気にかけていらっしゃるようだし、なんとかするおつもりなのだろうけれど。
煌帝国がシンドリア、すなわち七海連合を敵に回すということは、その同盟国鬼倭とも敵国同士になるということ。それは、なんか嫌だな。なんでだろう、何故か……頭の片隅に朧気な記憶がぽつり、浮かんでは消えた。


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